①-12
帽子をかぶった男がそれを見て、口元をイヤらしく歪める。
「ハハハハハハハハ!実に面白い!思ったとおりに飛んできたが、まさかあんなに簡単に飛んでいくとは思わなかったよ。まるでベースボールのようだ!」
「結果はツーベースヒット程度だけどな」
荷台からもう一人スピーカー越しの様な男の声がし、ガシャガシャと金属がこすれるような音がした。
そして、帽子をかぶった男が笑い終わると、
「ふぅ、そうだな。ついでに性能をこの凡人共に見せてやると良い」
「な、なんだ!なにがあった!」
ボスは何が起きているのか分からなかったようで狂ったように叫んでいた。
「ああ、なにも気にしなくていい。今からこのスーツの性能を見せようではないか。きっと喜びに打ち震えて泣き出すだろうなあ!」
帽子の男がそう言うと荷台から3メートルもある大きさの黒く巨大な人型の機械が出てきた。
「さあて、ネズミちゃんはどこに行った?」
その機械からスピーカー越しで人の声がする。どうやら中に人が乗って操縦しているようだ。
「おい!聞こえるか!」
空海の焦る声が聞こえてくる。
「バイタル確認しろ!至急だ!」
『肉体のダメージが30パーセントほど。ですが、すでに肉体は回復を始めています。スーツのダメージは50パーセントほど、あと二回ほど先ほどと同程度の攻撃を受ければスーツは耐えられません』
どうやらスーツがヤバイことになっているのは分かった。
痛みは一瞬だけあったけど、今までの経験的に、と言えばいいのか体の感覚的にすでに肉体は回復している。
「あーあー、もしもし?」
「大丈夫か!?」
「なんとかね。さっきのは僕が飛んでいった分もあって倍増しちゃったからね。次は大丈夫さ」
「…いけるか?」
「もちろん、任せといてよ」
僕はなるべく軽い感じで言った。心配をかける訳にはいかないし、何よりも自分自身が怖がらないためにだ。
そして、倒れた状態から立ち上がり、相手を指さす。
「さあて、そこのでっかいゴキブリ。次はこう簡単にはいかないからな」
相手がこちらに向けて少しずつ歩いてくる。
「さて、どうやって戦えばいいかな……」
僕がそうつぶやくとアビスが返答してくれた。
『では、こちらはスピードで勝負してはどうでしょう。相手はパワータイプの様です。当たればかなりのダメージですが、それは当たればの話です』
「ハハッ、簡単に言うね」
『このスーツとあなたの力があれば可能かと思います』
「ああ、分かってるよ!」
僕は足に力を入れ左右に素早く動きながら相手に近づく。
「チッ!どっちがゴキブリだ!この野郎!」
相手は何も考えていないように腕を振るっていた。
僕はもちろんその隙を見逃したりはしない。
アビスが言っていた通りパワータイプだからだろう。腕を振る前には振りかぶる動作で、そして腕を振った後に、隙が出来る。ほんの少しだけ腕の動きが止まるのだ。
僕はその隙が一番大きい時を見定めるため、相手の周りを飛び跳ねる。
「ほーら、こっちだよ!そんなに遅いとベッドで女性に嫌われちゃうよ?」
挑発するように軽口も混ぜながら、相手の周りを飛び跳ねる。
「邪魔をするんじゃねえ!!」
やっと相手の我慢の限界が来たんだろう、今回で一番の大振りが来た。
右腕を大きく振りかぶる。
僕はそれを見逃さなかった。相手が後ろに大きく振りかぶっているその腕に向かって僕は飛んでいく。
「ほら、ボールがミットに来たよ!」
「っくそが!」
僕は飛んだ衝撃で相手の腕を思いっきり蹴りつけた。
相手は思ったとおりに後ろに倒れる。僕はそこにさらにけりを入れた。
『起き上がれないように足をまずは攻撃してください』
「りょーかい!」
アビスのアドバイスのお陰か、倒れた後にすぐ足を狙って攻撃を仕掛ける。
相手はそれを振り払う様に腕を振ったが、相手は大きめの機体で下方向が良く見えないのだろう。僕はそれを余裕で躱し攻撃を何度も繰り出す。
「オラァ!」
相手が機体のパワーを使い、無理やり腕だけで起き上がった。だが、それは悪手だ。
足に攻撃を受け続け、ボロボロになった所に無理やり立たされたのだ。その衝撃で下半身が崩れる。さらに、無理やり起き上がった反動だろう。腕の方もバチバチと音を上げて、今にも壊れそうだ。
「お、おい、今にも壊れそうじゃねえか!」
ボスが声を荒げて焦っているようだ。まあ、それもそうか、今買おうとしているブツがお釈迦になるんだからね。
「ふむ、そうだね。まあ、君たちに売る程度のモノなんてあの程度の性能がちょうどいいと思っていたからねえ」
「なんだと!?」
ふたりが言い争いをしているけどこっちにはそんなのを待っている余裕はない。
「これで決める!」
僕は相手の周りをぐるぐると走り回る。
「っ!このすばしっこいネズミめ!」
「おいおい、この姿が分からないの?」
僕はその勢いを使い、相手の上半身と下半身の間、人間で言う腰のあたりを目掛けてキックをする。
「僕は通りすがりの野ウサギ、ジャック・ラビットさ」
相手の機体が崩れ落ちる。
「くそっ!」
中に乗っていたであろう男が急いで出てくるのが見えた僕は、そいつを捕まえにかかる。
「おっと、逃がさないよ」
煙が出てる中から男が出てくる。
その声はもうスピーカー越しではなく、普通の声として僕の耳に届く。
そう、聞き覚えのある声が。
「畜生!おい、ハッター!いつもので行かせろ!」
その降りてきた男は、僕が毎日見ている顔で、
「父さん……!?」
ハッターと呼ばれた男は、
「ハハ、いや、ダメだ。今日は一旦引くとしよう。今回は私たちの負けだ」
「では、退却を」
女性が初めて声を出す。その声もまた、表情と同じように感情が感じられず不気味さを感じた。
そして、女性は手から何か拳大のカプセルを頬り投げる。
それは地面にぶつかると同時に白い煙を出し、辺り一面を見えなくする。
「取引はどうすんだ!」
「それは無かったことにしてもらいたいネ!」
「ふざけるな!」
煙の中で男たちが言い争うのが聞こえる。