血花の宴
薺くんは二重人格です。
相変わらず残酷な描写があります。視点は薺くんです。
久しぶりに目を覚ました。
普段煩い人の意識が眠りについた為に、神としての自分が意識に浮上したらしい。失った体の部位と血の多さから、生存本能のスイッチが入ったらしく、周囲の状況や敵の思考を勝手に分析し始める。
「驚いたな。まだ生きてやがる」
声に目を開ければ、どこかの部屋の絨毯の上に寝かされているらしい。人の子の亡霊が2体と精霊が1体。精霊の被る赤い帽子は匂いからして人の血が染み込んだものだ。
あれは、人をなぶり殺しにすることを楽しむレッドキャップという精霊だな。
連続殺人事件の犯人として処刑された人の子と手を組み、生きている人の意識に入り込んで操っては拷問と殺戮を繰り返し、死体になったところでここに呼び出し、その死体を貪り食っているらしい。
まだ俺をいたぶれると思ったのか、一体が笑いながら近付いてきた。甘いな。男が触れようとしたところで、その両腕を魔法で切り落とす。
「な、なん、で!!!」
幽霊だから攻撃されてもダメージを負うことはないと、高を括っていたのだろう。残念ながら相手が悪かったな。
「お前、なんで怪我が消えていく。何故」
「あぁ。俺は人間じゃないからね」
失った部位を再生させて立ち上がり、相手に向かって口角を上げて笑ってやる。
「さて、今度は俺の番だ」
車輪やファラリスの雄牛、スペインの長靴やトゲだらけの椅子など、世界中の拷問器具を呼び出す。
最後に断頭台を呼び出して、その上に座り室内を見下ろしながら首を傾げる。
今まで悪霊と精霊に殺された人達の霊は、未だ呪詛の言葉を吐きながらこの場に留まり、天に昇れてはいないようだ。
自分たちを殺した奴らが、それ以上に苦しんで死ぬのを見ない限り成仏する気はないらしい。なら、空へと還る気になるように、殺人の神として本気の拷問をお見せしようか。
普段なら止めに入る人の意識も、今日は眠ったまま沈黙を保っている。
大事な■■さんを最初に殺害するターゲットにしようとしたのだ。生まれて来たことを後悔させてやろう。
人の意識の思考が黒い。一体誰のことを言っているのか分からないが、意見の一致は喜ばしい。邪魔は入らなさそうだ。
なら、久しぶりに自由に出来るこの体を楽しませて貰おう。
さて、楽しい楽しいショーの始まりだ。
部屋中に漂うむせかえりそうな甘い血の香りと耳に心地よい悲鳴に、顔がどうしようもなくにこにこしてしまっているのが分かる。
もっと血を浴びたい。苦痛に歪む顔が見たい。悲鳴が聞きたい。
胸がドキドキと高鳴って、欲望が抑えきれない。抑える気もない。興奮して息を乱し頬を紅潮させる様は、はたから見ると無様だろうから深く息を吐いて思考をクリアにする。
次はどうやって責めようか。そろそろ、ファラリスの雄牛を使って蒸し焼きにしてやろうか。
犠牲者の悲鳴がくぐもって聞こえ、それが興奮した牛の鳴き声のようだからこの名が付いたと言われているけど、本当かな。ま、やってみれば分かるな。試してみよう。
黙って見守っている殺人の犠牲者の霊の何人かは、犯人に同情の目を向けてから空へと昇っていった。自分を楽しみの為だけに惨殺したような相手にまで同情するなんて、人の子はなんて甘いのだろう。優しすぎる。だからこそ、その愚かさも含めて愛おしい。
なお、俺自身は、死してなお殺人を繰り返す霊に対して怨みに思うところはなにもない。
人は不完全で、間違いを犯すものなのだから教えて導いてあげなければ。
人が大好きだから、身をもって人を傷つけたらどうなるのか、どんな痛みを被害者にあたえていたのか、俺自身の力をもって教授してあげようね。
そうそう。でも、殺人と流血の神としては、傍観者の被害者のゴーストに、今拷問している奴らと同じと思われるのは我慢出来ない。もう少し美しい教育方法を開発するべきか、と悩んだのが隙になったのだろう。
一体が何事かわめきながら、部屋の外へと続く扉に向かって走り出した。
逃がすか、と首切り用の斧を扉の方向に向けて投げつけた瞬間、扉が開いた。
この場に不釣り合いな、琥珀色の瞳の青年と幼い少女、狼の登場に俺はどうしようかと冷や汗をかいた。
嘘だろう。
侵入者の気配なんて無かったのに。まずい、この光景絶対トラウマになるよな。特に女の子!!
しかし、このホラー映画のような光景だ。すぐに踵を返して逃げ出すだろうと様子を伺うが、一向にこの場を離れる気配がない。
ショックで脳が処理落ちして、足に動けと命令出来ないのかもしれない。ならばより強い刺激を与えればいいか、と丁度良く床に転がっていた男を鉄の処女に放り込む。
ほら、危ないからさっさとこの部屋から出ろ。なお、神の威信にかけて君たちがいた元の場所に送るし、記憶は消すから安心して欲しい。
だが、侵入者は全く逃げる気配がない。何故だ。生存本能機能してる? 心配になってきた。
次はお前たちがこうなる番だと、脅してみれば女の子から格好いい笑顔が返ってきた。ついつい子どもは好きだから笑顔で対応してしまったのが悪かったらしい。う、その好戦的な笑顔好き。
「……私の身体を好きにしていいので、どうか小さいこの子だけは見逃してもらえませんか」
思わず見惚れていると、少女の隣にいた青年が決意を込めた眼差しで懇願するようにこちらを見て来た。
青年と少女の面差しが似ているから、もしかしたら親子なのかもしれない。
そうだよね! こんな拷問を喜んじゃうような神に会ったら、普通生きて帰れると思わないよね! だから、自分の身を差しだしてでもせめて娘は助けたいと。
やめてよね。そんな大切な人を守ろうとする無償の愛なんて見せられたら、悲しくて泣いてしまうじゃないか。
誰だ、そんな非道な事をするのは。血も涙もない化け物じゃないか。待ってろ、今すぐ俺が倒して、いや、その化け物俺だな。俺がそんなことをこのお父さんに言わせてしまっているんだな。
太宰治じゃないけど、生まれてきてすみません。
「へぇ? じゃあ、お前で遊ぼうか」
内心でごめんなさい、と土下座をしながら断頭台から飛び降りて青年の前に立つ。傍で控えていた狼が青年を庇うように前に立ったが、彼の手で抑えられる。
少しでも俺の機嫌を取るためか、無理をしているのがありありと分かる笑顔を向けて来た。本当に生まれてきてすみません。
とりあえず、父親の潜在意識から場所を読み取って親子と狼を家まで帰してあげよう。そう思って彼の頬に触れようとしたところで、勝手に紅華が動いて、正面から刀の刃を受け止めた。
え?
見れば、いつの間にか眼鏡を外していた少女がこちらに刀を向けてきていた。気配が全くなかったぞ。戦いの神である俺にまで気配を読ませないなんて。凄い逸材だ。
星が散った日本刀に、なんだかもの凄い既視感を覚える。そして、幼い少女の持つ赤を帯びた金目に、泣き出したいような懐かしさを覚える。
え、どうしよう。俺、子どもは好きだけど子どもの相手は無理よ。壊しそうで怖い。
こういうのが得意な人の意識に呼びかけても、未だに寝こけている。おい、起きろって!! 脳内でフライパンを叩いてやっても起きない。布団にくるまってしまっている。なんてしぶといんだ。
相手の戦意に反応して、紅華が少女に切っ先を向ける。ま、自分の父親を殺されそうになったらそれは守ろうとしますよね。なんて美しい親子愛なんだろう。映画化したら大ヒット間違いなしだ。号泣する自信しかないから映画館にタオルを持って行かないと。
よそ事を考えていたのがいけなかった。動かない俺に痺れを切らしたように、少女が床を蹴って斬りつけて来た。
慌てて持っていた刀で受け止めるが、剣戟が普通の人間だったら多分目で追えないレベルで早い。う、嘘だろ。この子強い。
初めて本気を出せそうな相手に、顔が勝手に笑顔になってしまうのが分かる。あぁ、嬉しいな。強い相手と戦うの大好きだ。鼻歌でも歌いたい高揚した気分で刀での打ち合いをしていたが、勝負をかけるように少女が一歩踏み込み力を込めた瞬間、俺の手から刀が弾き飛ばされて床の上に転がった。
わぁ、こんなの初めて。今更だけど、この女の子本当に人間? 間髪入れずに刀の切っ先がのど元に突き付けられた。
「俺を殺すか、お嬢さん? 君に人を斬ることが出来るのか?」
自分が殺される覚悟を持つ者以外に、武器を持つ資格はないと思っているから、殺されることに否やはない。ないけど、のどを貫かれた程度で死ねないんだよな。
どうしよう。やっぱり、死んだふりして油断させて、記憶を読み取って元の場所に送ってあげるしか。
「斬れるさ。でも……」
「え?」
俯いていた少女がキッと顔を上げると、俺に突き付けていた刀を放り投げて抱き着いて来た。
いきなりの事に対応出来なくて、少女が怪我をしないようにその体を受け止め、抱きしめながら床に倒れ込む。押し倒されてしまったな。
「何を……?」
「愛しているから、一緒に帰ろうね。お兄ちゃん」
頬に小さな手が添えられ、顔が近づく。視界一杯に広がる冬の夕景。黄昏のマジックアワーを閉じ込めた美しい瞳に魅入られてしまう。
動けない。え? 誰? これ? 忘れないで、と喚く声が脳内で五月蠅い。頭が割れるように痛い。なんで、だれ、君は俺の大事な。神の意識が眠りの底に引きずり降ろされる。
あぁ、やっと、起きる気になったか。
「夕理さん」
「お兄ちゃん、ぎゅってして」
体にかかる愛しい重みを抱きしめて、起き上がる。思わず眉根を寄せてしまう血の香りと部屋の惨状に顔が青くなる。
いくら夕理さんを傷つけられる可能性があったことに怒っていたとはいえ、神としての本能を解放したためにやり過ぎてしまった。妹も怖かっているかも。
「ご、ごめんね。迷惑をかけたね。あ、怪我とかしていない?」
「大丈夫だよ。うん、いつもの緑色に戻っているね」
俺の瞳を覗きこんだ夕理さんがニコリと微笑む。普段なら癒されるけど、今日は怖い。彼女の前でここまで本性をさらけ出したことなど無かったから。
「あ、あの、普段はちゃんと我慢できるんだ。今日は、その。でも貴方を傷つけたりはしないから、嫌いにならないで」
夕理さんに避けられるかもしれない。こみ上げる恐怖から意を決して言えば、盛大なため息を吐かれた。もう手遅れなんだろうか。
「私がお兄ちゃんの事嫌いになるわけないでしょ。神様モードの時だって本当は優しいのを知っている。どっちも格好良くて大好きよ」
「あれ? 夕理ちゃんは、なっちゃんの本性を警戒してる訳じゃなかったの?」
「アイルランドの住民を皆殺しにするかもしれない云々は、一琉さんを仲間に引き込むために吐いた嘘だよ。私のお兄ちゃんは強いんだから、そんなことする訳ないでしょ」
少しも疑っていないかのような晴れやかな笑顔に、嬉しくなると同時にその信頼を裏切らないようにしないとと、決意を新たにする。
「え、そうだったの?」
「お兄ちゃんが本性を出さなければいけないほど追い詰められた相手に、魔力をほとんど封印されている状態の私が挑んで勝てるのか怪しかったからね。私は勝てる戦しかしたくない」
「なるほど、よく分かった」
一琉さんは納得したように頷くと、妹の頭を撫でた。夕理さんは俺を助けてくれるつもりだったらしい。嬉しいけど、なんだか照れてしまう。
「ここ、幽霊さんが一杯いるね。後は天の裁きに任せた方がいいな」
夕理さんが生弓矢を召喚して、矢を空中に放てば冥界へと続く光の道が出現する。殺人鬼の霊たちは連れて行かれるのを拒むように抵抗したが、天から降りて来た白く輝く大きな手に捕まえられて強制的に連行されていた。おそらく、地獄行きだろうな。
犠牲となった人たちは、天国で傷を癒して幸せになって欲しい。
「なっちゃんはさー、自分の殺人衝動が恐ろしいなら、その感情を絵とかにぶつければいいんじゃない?」
光の道をぼおっと眺めていると、一琉さんが声をかけて来た。俺はそんなに思いつめた顔をしていたのだろうか。
「他の許される趣味で殺人衝動を昇華してしまうという方法を取るのもアリだと思うよ。血まみれとか、リョナシーンの絵を描いて楽しむとか」
そうか、そういうやり方もあるのか。美術の授業は嫌いじゃないし、本格的に絵を描いてみるのも良いかもしれない。
「そして、良ければ俺の新刊の絵も手伝ってくれない?」
「貴方、それが目的ですか」
思わずジト目で見つめれば、口笛を吹きながら一琉さんが目を反らした。全く。
そこで、妹が内緒話をするように耳に口元を近づけて来たので顔を寄せる。
「大丈夫。もしお兄ちゃんが暴走したら、私が何回でも止めてあげる。だから安心して」
その言葉に、胸に暖かいものがこみ上げてくる。夕理さんが居てくれるなら、俺はまだ化け物にはならない。
「ありがとう。頼りにしているよ」
作者は怖そうな人が実は……というギャップが大好きです。シリアスなんて書けませんでした。なお、兄と妹の禁断の恋という展開にはこの先なりません。
薺くんは殺戮の神としての本能を嫌うあまり、普段は神の意識を心の奥底に封じ込めています。加えて、神の意識の方も人付き合いは面倒という事で余程の事が起きない限り体の主導権を奪う事はないので、結果として薺としての人間関係や家族の記憶を持たないことになり、夕理さんや一琉さんを見ても初対面の人だと思って接していました。夕理さんは兄が知らない人を見る目で自分のことを見て来るので、神様モードの薺くんの事が実はちょっと苦手です。
なお、人の意識も神の意識も、根っこの部分は似ているので無益な殺生は嫌います。神様モードは、人の時より敵に対して残虐で態度も偽悪的なので色々と誤解をされがち。本当は涙もろくて、誰よりも人の温もりを求めています。




