口先だけ、赤いヒヤシンス
ただ甘いだけの話が書きたかったんだ、などと犯人は供述しており。
時系列は最終回の神と戦う夏休みから2ヶ月ほど経ったある秋の日のお話なので、柚月さん達は大学生です。
リュイさん視点のお話なので彼のイメージが変わるかもしれません。
面白くない。
胸の中に湧き上がる黒い感情に、お前ごときがそんな感情を持っていいと思っているのか、ともう一人の自分があざ笑うがそれでもこの感情は止まらない。
秋の日が差しこむ明るい学食で、おそらく授業のグループ課題だろうが、数人の男女が集まってお菓子を食べながら話し合いを進めていた。その輪の中には愛しい恋人でもある佐藤さんがいて、時折楽しそうに笑いながら話をしたり、同じグループの男が持ってきた資料を一緒に覗きみている。その距離の近さと、可愛らしい笑顔を自分以外の人に向けているのが堪らなく嫌だ。
「兄さん、顔が怖いよ」
テーブルをはさんだ向かいでモンブランを食べていたブーリが、咎めるようにこちらを見て来る。
「気に入らないな」
「だからって殺すのはなしだからね」
吐き捨てるように言えば間髪入れずに忠告が返ってくる。勿論分かっている。でもこの身の程知らずの独占欲は日を追うごとにむくむく膨らんでいってどうにも止まらない。絶対的な婚約者という立場を手に入れてしまえば安心できると思っていたのに。
現状は、こんな小さなことにも嫉妬してしまう。そんな自分が嫌だと思うのにどうにも苦しくて仕方がない。
家に帰れば、佐藤さんがキスをしてくれて沢山甘やかしてくれるのだから、これ位の事も我慢が出来ないだなんて自分はどれだけ贅沢なんだろう。
「佐藤さんは俺が誰かと一緒に居ても、こんな気持ちにならないのかな」
むしろ、俺が誰かといる光景を見て嬉しそうな顔をする。彼女は俺といても楽しくないんだろうか。本当は他の人のところに行ってほしい? 俺はいらないのか?
いやいや。佐藤さんは毎日好きとか愛してるの言葉をくれる。俺が抱き着いても邪険にされることはない。そもそも、佐藤さんは俺の為に世界が破壊されるのを自分の身を犠牲にして止めたり、運命神ともやりやってくれた。嫌いな相手に対して間違ってもそんな事はしない。だから、多分好かれてはいるんだろうとは思う。でも。
「俺ばかり好きみたいだ」
「えへへー、ブーリさんから聞きましたよー? ゆうちゃんが嫉妬を見せないのが不満なんだって?」
翌日。授業が終わって構内を歩いていると、何故かにこにこ笑っている夜桜君に呼び止められた。
ブーリったら余計な事を!
この感情、それ自体が罪であり、早く消さないといけないとちゃんと頭では分かっているのだ。わざわざ俺の為に夜桜君にまで時間を取らせるとかあってはいけない。
「不満……というわけでは。すみません、これは俺が全面的に悪いんです。早く失くすから」
「いえいえ、良いんですよ。ゆうちゃんは好きな人には格好つけたいからクールに見えますけど、あれで結構独占欲強いんです。貴方もそれは知っておいた方が良い」
とても信じられないが。疑念がありありと顔に出てしまったのだろう。やれやれ、といった表情をすると夜桜君が俺の方に腕を回して引き寄せ、内緒話をするように耳元に唇を寄せて来た。
「じゃあ、証明してみましょうか。同人誌でよくある嫉妬大作戦ネタ、一度やってみたかったんですよね!」
嬉しそうに笑うと、すっと彼は俺から離れた。嫉妬大作戦? 疑問符を浮かべる俺に夜桜君が説明をしてくれる。
「これがゆうちゃんじゃなかったらバッドエンドもあり得るんで現実じゃ出来ないけど、ゆうちゃんなら安心して実行できますからね。今度の休み、映画研究会主催の鑑賞会があって、会場の部屋を提供している子が俺の友だちで一緒に見ないかと誘われているんですよね。友人を1人なら連れてきていいって言われているんで、俺と一緒に行きませんか?」
「それは。いいですけど……」
ここが肝心だとばかりに、ぐっと顔を近づけてくる。
「そして、その場には女の子もいますからねー。皆でわいわい撮った写真を当日ゆうちゃんに逐一送って行ったら、自分以外の人と楽しそうに遊ぶなんて! って嫉妬してくれるんじゃないですか?」
そう単純にうまく行くだろうかと思うが、折角夜桜君が俺なんかの為に作戦を考えて実行する場を提供してくれたのだから、やれるだけやってみよう。
「下手すりゃ嫉妬のあまり自分以外見られないように体に教えこまれたり、誰とも触れ合えないように監禁したりする子も出るかもしれないけど、ゆうちゃんはまずそれはないからね。安心、安心」
夜桜君はうんうん頷いているが、自分以外の相手を目に映さないように部屋に捕らわれ、彼女の愛をたっぷり教え込まれるシチュエーションを想像して思わず喉が鳴った。
俺と佐藤さんだけ。永遠に2人きり。
下品で申し訳ないが、あらぬところがキュンとしてしまう。嬉しい。そんなの、俺のことが大好きみたいじゃないか。
「嘘でしょ。そこで嬉しそうな顔するの?」
困惑したような表情の夜桜君に首を傾げる。何か変な反応だったかな?
「ホント、貴方の相手がゆうちゃんで良かったですよ。下手な人選んでたら、危なっかしくて見ていられない」
「佐藤さんは俺には勿体ないくらいの、本当にいい子ですからね」
そう答えれば何故か疲れたようなため息を吐かれたのだが、コミュニケーションというものは難しいな。
「今度の土曜日どうします? どこに行きましょうか?」
いつもなら喜んですぐに飛びつく佐藤さんからのデートの誘いだけど、今日は夜桜君とした約束があるから断らないといけない。あ、まずい。ちょっと泣きそうだ。
でも、これで嫌がってくれたら勿論すぐに断るつもりだし、夜桜君も本来の目的は佐藤さんに嫉妬してもらうことなのだからと、断られることも想定済みで誘ってくれている。
「ごめんね、夜桜君と映画を見る約束しているからその日はちょっと無理なんだ。本当にごめん」
どうかな? どんな反応されるかな? ドキドキしながら今日も後光が差している綺麗で可愛くて素敵な佐藤さんを見ていると、彼女はちょっと驚いたように瞳を大きくすると次いで花がほころぶような可憐な微笑みを浮かべた。う、麗しい。思考が飛びそうになるが、彼女が花の様な唇を開くのを見て必死に意識を保つ。佐藤さんの言葉を聞き逃すとかあってはならない。
「二人すっかり仲良くなったんだねー。良かったー。うん、私も急に提案しちゃったからごめんね。楽しんできてね」
一切の邪気の無い笑みで許されてしまった。
「え、本当にいいの? あと、何か嬉しそうだね」
後半の言葉が思ったより低くなってしまい内心で焦る。でも、なんか、その反応だと。俺とのデートは実は彼女の負担になっていたのだろうか。
「え? だって、大好きな人同士が仲良くしてるのって単純に嬉しいじゃん」
デートが嫌な訳では無くて良かったと胸を撫で下ろすのと同時に、大好きって言われて嬉しいはずなのに、夜桜君にもその気持ちが向けられていることにも嫉妬してしまって、自分の醜さに吐き気がした。
「映画って何を見るの? 面白かったら私とも後で一緒に見ようよ」
「スプラッタだって言ってたよ」
「じゃあ、私の趣味じゃないです。二人だけで楽しんで来てください」
「あ、あのね。実は映画研究会の鑑賞会に誘われてて、その場には夜桜君以外の子達もいるんだ」
よく考えたら夜桜君は佐藤さんの先祖で家族なのだから、嫉妬の対象になりようがないのではと思いいたる。
俺だってブーリと佐藤さんが一緒にいるのは微笑ま……微笑ましい……程度によるが微笑ましく思うし。これならどうだと思っていると、「そんなの許せると思うの?」という冷たい目線ではなく、何だか母親に似た慈愛のこもった目で見られてしまう。
「そっか、そっかー。新しいお友達出来ると良いですねー。私のことは気にしなくていいからゆっくりしてきてね!」
「う、うん。分かった」
輝くような笑みに、俺は作戦の失敗を悟りつつも頷くしかなかった。
「やはり手ごわかったですかー」
映画鑑賞会当日。俺は夜桜君と共に会場となる件の学生のアパートに向かいながら、現状を報告した。
「やっぱり、佐藤さんは嫉妬なんてしないんじゃ」
「落ち込まないで! そ、そうだよ! まだ写真作戦があるから大丈夫! ここからが本番だよ!」
知らない人ばかりの集まりに内心緊張していたが、新参者の俺に対しても皆温かく接してくれて、いいように利用している事が何だか申し訳なくなった。
一緒にお菓子を食べながら、あーだこーだ意見を交えつつ誰かと映画を見るなんて少し前までは想像できなかったな。不快ではない。
でも、それでも、やっぱり佐藤さんと一緒の方が何百倍も楽しい。夜桜君に言われるままにスマートフォンで写真を撮り、佐藤さんに送るが、こちらに気を使ってか既読しかつかない画面にため息を吐いた。
「じゃ、頑張ってね!」
何故かブンブンと握手をされ、満面の笑みを浮かべる夜桜君と別れて帰路に着く。佐藤さんに会えるのが嬉しくて、歩調がどんどん速くなっていく。
この一件で思い知ったが、もう嫉妬されない事より、彼女と話したりする時間を削られる方が余程苦痛だという事が分かった。
帰ったら、佐藤さんの頭を撫でて抱き着いて甘えてみたい。それは、許されるのだろうか。自分の欲求と、それが原因で佐藤さんに嫌がられはしないかという恐怖が渦巻いて、いつも触れる前はとても緊張してしまう。
「ただいま」
「おかえりなさい」
にっこり笑って出迎えてくれるのが、本当に幸せで視界が滲んでくる。でも、そんな情けない顔は見られたくないから、手を洗ってくると言って洗面台に逃げる。手洗いうがいをしてちょっと落ち着いたところでリビングに向かえば、佐藤さんはソファに座ってスマートフォンを見ていた。機嫌がいいらしく鼻歌混じりだ。なんだか面白く無くて、羞恥を押し殺して後ろから彼女に抱き付きながら画面を見る。勿論、嫌と思われていないか、彼女の表情を確認することも忘れない。大丈夫そうだ。
「何見てるの?」
「リュイさんが今日送ってくれた写真。写真越しでも和気藹々として盛り上がっているのがよく分かるよ。仲良しになれそうな人はいた?」
他意の無い、俺が他の人とつながりを持つ事を喜んでいるような表情に胸に黒い物が渦巻く。
なんで。どうして。俺は佐藤さん以外いらないのに。
「どうしたの? 何かあった?」
いつの間にかこちらを振り向いた佐藤さんが、心配そうにこちらを見ながら頬に手を当てて来た。黒い物が溢れそうになって口元を押さえる。
「大丈夫? どっか具合悪い?」
そんな心配させるようなことじゃない。これは俺の問題なのだから。だから、早くいつも通りに戻らないと。でも。
「なんで、嫉妬してくれないの……?」
思わず零れてしまった呟きに、彼女が虚をつかれたような顔をした。
あぁ、ダメだ。一度あふれ出した思いは濁流になって、口が止まらない。
「俺ばっかり嫉妬していて、なんで貴方は俺が誰かと一緒に居ても平気なの? 俺は柚月さん以外に好かれたく何か無いのに! 嫌だ。苦しい」
「いや、私も嫉妬はしますよ? ねぇ、どうしたの? 不安があるならちゃんと聞くから話してみて」
「不安なんだ。佐藤さんは魅力的だから誰からも好かれる」
「え、いや、決してそのような事は」
この子は何で自分の価値をこんなに分かっていないんだろう。こんなに心根が美しい人なんていないのに。彼女の誰にでも優しいところが好ましいのに、最近それも、自分以外の者にも彼女が優しいのも疎ましく思ってしまうなんて、本当に俺は駄目だ。やっぱりあの時エファに殺されていれば良かったんだ。
「俺は佐藤さんみたいに上手く人付き合いが出来ない。それに比べて貴方は自分でいくらでも世界を広げられる。だから、おいて行かれそうで、忘れられそうで怖い」
「いや、そんな訳ないでしょ! てか、君の方が断然人に好かれているよ!」
それこそ有り得ない。
「だから、安心できるように貴方に縛りつけて欲しい」
言うつもりも無かった本音が飛び出して、俺は恐々佐藤さんのほうを見れば、何かを耐えるような顔をしていた。
「落ち着け、佐藤。今のは変な意味じゃない。でも、縄で縛っても綺麗。芸術品。背徳的でいい。いや、去れ、煩悩!」
「えっと、縛りたいならどうぞ?」
佐藤さんにしたい事を我慢させているのは嫌だし、彼女から与えられるのは何だって嬉しいので断るという選択肢はありえない。両手を差しだせば死んだような目を向けられ、そっと手を下ろされた。
「嫉妬をしない理由ですっけ? でも、君を私から奪おうとする相手には、さすがに嫉妬してしまいますよ」
「そうだったの?」
運命神とのやりとりを思い出して、あれがそうだったのかとソワソワしてしまう。あの時も格好良かったな、と思い出してふわふわしていると彼女が更に言葉を続けた。
「そもそも私はリュイさんを手に入れられるとは思ってないので、正直嫉妬の気持ちを持ちたくないんですよね」
冷や水を浴びせかけられたような気がした。
自分の不安を押し付けるばかりで、彼女に対しての愛が全く足りていなかったらしい。最低だ。どうしたら、安心させられる?
「俺は佐藤さんのものだよ」
大好き、という気持ちを込めて彼女の柔らかい唇にキスをする。酩酊感が頭を支配するが、今日は佐藤さんにちゃんと好きを伝えなければいけないのだからしっかりしないと。
ソファを挟んでいる距離ももどかしくて、回り込んで佐藤さんの隣に座って抱きしめる。頭の天辺にキスをして「愛してる」と言葉を紡ぐ。
「リュイさんはリュイさん自身のものなのだから、私のモノになんか永遠にならないよ」
静かな声に視線を向ければ、愛おしそうな表情で彼女が俺の頭を撫でて来る。
「私は夜柚君が何をしたいのか、そういう意思を尊重したいし、好きだからと言う言葉を免罪符にして君を傷つけるような真似は絶対にしたくない。好きだからって何をしてもいいわけないだろう? でも、私のモノだと思ってしまったら簡単に一線を越えてしまう。だから、夜柚君は永遠に私のものにならないで」
俺は、相手が柚月さんでありさえすれば何をされても幸せなのに。彼女は優しすぎるから、自分を抑え込んでしまう人だと分かっていたのに。
どうすれば、この思いが伝わるんだろう。
そこで、彼女の指が悪戯に耳をくすぐってきて痺れるような衝撃が走る。模様を描くように指で耳をなぞられ、ふにふにと触られて思考がまとまらなくなっていく。彼女がぐっとこちらに近づいてきて、耳元で囁いた。
「私に大事にさせてよ」
ペロリと耳を舐め上げられて、快感に思わず声を漏らす。そのままソファに押し倒されて、彼女を見上げる形になる。
「夜柚君をどれだけ愛しているか、分からせてあげようか」
髪をかき上げ、八重歯がちらりと覗く挑発的な笑い顔に心が高鳴る。
あ、食べられてしまう。
でも、それがとても嬉しいのだから、もう手遅れだ。やっぱり離してあげられない。
「うん、教えて?」
佐藤さんの首に腕を回して引き寄せながら、これから先の甘い快楽を期待してそっと目を閉じた。
全年齢の壁ギリギリを狙ってみました。
赤いヒヤシンスの花言葉は「嫉妬」です。柚月さんはリュイさんを奪おうとする相手には臨戦態勢ですが、基本好きな人が皆に愛されているのを見るのが大好きなので、そもそもあまり嫉妬の感情がありません。なお、送られてきたリュイさんの写真は全て保護をかけています。




