黄色い百合が咲いたので
黄色い百合の花言葉は「偽り」です。
「ごめん、怪我させた! 痛かったでしょう?」
仮死状態を解く魔法を行使してすぐ、ベッドから飛び起きた壱春さんは心配そうにこちらの顔を覗きこみ、頬にそっと手を当ててきた。いや、近いな。目の前の喉笛に噛みつきそうになって思わず後退りする。あ、危ない。
別に心配して頂かなくても神の血を引く俺は傷の治りも早いので、もうとっくに先ほど切られた傷は無くなっているはずだ。
「平気です。むしろ怪我した方がよりリアリティーが増して敵も騙されてくれるでしょうから、丁度良かったです」
殺す気で来てくださって大丈夫ですよ、と壱春さんには事前に言ってある。その通りにされただけなのだから、謝って頂く必要はない。
「そういう訳にはいかないだろう」
何かを耐えるような顔に内心で首を傾げる。
壱春さんが逃げ出した事が敵に知られれば、必ずまた彼を捕まえようと接触してくることは目に見えて分かっていた。だから、いっそ誘拐されやすいような状況を作り出し、犯人の目の前で壱春さんを死体にすることで、敵に死んだと誤解をさせて追手の手をなくすことにしたのだ。
なお、目撃者が残って敵の本部に壱春さんが死んだことを報告してもらわないと困るので、あーちゃんには万が一俺が殺人の神としての本能に負けた場合に虐殺を止めてくれるように頼んでいたのである。壱春さんの演技も上手だったし、確実に騙されてくれただろうからひとまずは安心だな。
しかし、どんな建物でも一瞬で高性能な宇宙船へと変えてしまう宇宙人の科学力には感服する。これを実現する技術力があるなら優秀な者が揃っているだろうに、いい年こいた大人が雁首揃えてなんでこんな馬鹿な策を採ったのだろう。
個人的な意見としては、人質を取り脅して無理矢理従わせるようなやり方は逆に組織に不利益をもたらすと思うんだけどな。組織に忠誠心のない者は害悪だし、人質を奪回されてここにいる理由がなくなったら確実に裏切る人材だし、中央に食い込む重要ポジションだった場合、確実に復讐心も重なって組織ごと崩壊させられる羽目になるのではないだろうか。それよりは、人から与えられる温もりや愛情という名の鎖で縛って自分の意思で組織に所属させ、貢献するように思考を誘導していくほうが後々の事考えたら上手くいくと思うけどなー。これは子どもからくる考えの甘さなんだろうか。
未だ晴れない顔に何だか申し訳なくなってきたので、話題を変える。
「先ほど、敵の首領が話した事と貴方の妹さんが調べ上げたことをまとめたデータです。上手く役立ててくださいね」
USBメモリを手渡せば彼は大事そうに受け取った。
「ありがとう。見ず知らずの君にここまでしていただいて」
「俺が手を貸したんだ。必ず勝てよ」
不敵に笑って言えば、「勿論」と壱春さんも真剣な顔で答えてくれた。
「でも、何でそこまでしてくれるの?」
桜色の瞳に浮かぶわずかな疑念に俺は苦笑する。確かにこんな都合よく救いの手を差し伸べてくれる相手なんて、物語でもなければ怪しさ満点だよね。
「佐藤の家訓が人には特上の優しさで接しなさい、というものだから放ってはおけなかった。ただ、それだけです」
「それでは、君は利もなしに動くと?」
「誰かに迷惑をかけずに一生を生きていくなんて誰にもできない。俺だって周りに散々迷惑かけて生きています。だから他の誰かに優しくすることでその分が0になるんじゃないかなって思うんです」
壱春さんや菖蒲さんに対して不利益になるような真似をするつもりは無いが、何故手助けするのか正面切って聞かれても正直答えられなかったりする。自分でもよく分からない思考なのだから。
「だから、気にせず迷惑かけまくってくれていいんですよ? 俺だって子どもという立場を利用して両親にはこれでもかと迷惑かけまくりたいですもん!」
「お前は何を言っているんだ」
唐突に聞こえた第三者の冷ややかな声に振り返れば、そこには不機嫌そうに頬を膨らませた妹と、安心したように笑う菖蒲ちゃん、そして苦笑いしているあーちゃんがいた。
「おかえり。夕理さんはどうしたの? 大福みたいになっちゃってるよ」
人差し指で膨らんだ頬をツンツン触れば、不機嫌な唸りが返ってくる。
「大福じゃないよ! ハリセンボンだもん!」
そうか、ハリセンボンさんだったのか。可愛いけど何をそんなに怒っているんだろう。
「全くお兄ちゃんは過保護なんだから。私だって格好良く菖蒲ちゃんを助けたかったのに!」
妹のご不満の原因はこれだったらしい。
「ごめんね、お兄ちゃんが心配症なだけなんだ」
本気で戦ったら俺よりも妹のほうがはるかに強いのは知っている。これはただの俺のワガママだ。未だ頬を膨らませる夕理さんを膝に抱き上げて、細い黒髪に顔を埋める。
同じシャンプーを使っているはずなのにどこか甘い香りと、自分より高い体温に不思議と安心して、心で燻り続けていた神の本能が消えて行き、押さえつける、人の理性の部分が強くなっていく。
「お兄ちゃんが怪我してなくて良かったよ」
しみじみと小さく溢された呟きに「ありがとう」と言葉を返すが、それを聞いた壱春さんが深々と頭を下げて謝りだし、菖蒲ちゃんも一緒になって謝りだしていよいよ居心地が悪かった。
「ところで、ずっと気になっていたんだけど、夕理は氷雨とも親しいのか? 彼の守りの気配が濃いのだが」
謝罪合戦が終了してようやくほっとし、あーちゃんに頭を優しく撫でられて和んでいると壱春さんが爆弾を落としてきた。いや、氷雨って誰?
「それ私も気になってた! 氷雨が守る相手なら協力を求めても大丈夫だと思って声をかけたの。氷雨は元気にしている?」
他にも宇宙人のお友達がいたのかと膝の上の妹を見るが、妹のほうも分からないというように首をふり、助けを求めるようにこちらを見上げてきた。
「失礼ですが、その氷雨さんという方は?」
「え? あぁ、僕もそこまで親しいわけじゃないけど他国から僕の母校にあたる高校に留学してきて、一年間だけ同じ教室で過ごして来たんだよ。国の看板を背負って来た国費留学生だけあって恐ろしく優秀な奴だった」
「もしかして名乗ってもらってないの? 美しい銀髪をした精霊さんみたいに綺麗な男の人なんだけど。一度見たら忘れられない顔だと思う」
「私には思い出せない人の記憶があるんだ。もしかしたら、それが氷雨さんなのかもしれない」
記憶を消す魔法をかけた人物と似た気配を壱春さんは持つと夕理さんが言っていたが、本当に知り合いだったとは。世界は狭い。
「地球では宇宙人の情報は規制されているから、情報が漏れないように自分と関わった記憶を消したのかもしれないな。あいつ生きていたのか」
「多分兄さんも氷雨に同じことを思われていますよ」
想定外の情報を手に入れてしまったが、俺の膝の上で考え込む妹が氷雨さんを探しに宇宙に飛び出して行かないかのほうが心配になってきた。
どうしてもお礼がしたいと言う菖蒲ちゃんに半ば引きずるように連れて行かれたのは、名古屋名物ひつまぶしの名店だ。高価だから食べるのを諦めていたのだけれど本当にいいのだろうか。
お櫃に入れたウナギをまぶしたご飯が出て来て視線が釘付けになる。
「お兄ちゃんウナギ好きだもんね。良かったね」
「か、輝いて見える! なにこれ、美味しそう」
皮はパリッと中はふっくらとしたウナギの香ばしさが堪らない。頬が本当に落ちてしまいそうだ。まずは、そのままの味をゆっくり味わってから、次にネギや海苔などの薬味を入れて味を変える。
あー、幸せ―。最後はお茶づけにしていただけば、心まで満たされてポカポカしてしまう。
「薺君もそう言う顔出来るんだなって思うと安心するな。先ほどまで歴戦の戦士のようだったから」
「本当に。可愛いらしいわ」
「福岡に帰ったら僕と柳川に行こうか。うな重奢ってあげる」
「ホント!? あーちゃん大好き!」
「そんなに喜ぶならもっと早く連れていってあげれば良かったな」
あーちゃんとの嬉しい約束にニコニコしながら完食する。うーん、お腹いっぱい。
ホテルに戻ればすっかり夜になっていた。ライトアップされた屋上庭園からは宝石箱をひっくり返したかのような名古屋の夜景も見えて、相乗効果でより美しい。金色の光に照らし出されたシャーベットオレンジの可愛いらしい薔薇を眺めていると、壱春さんが傍に来た。
「今晩妹と帰るよ」
「そうですか。お気をつけて」
彼らならきっと俺が作り出した状況と情報を利用して上手く立ち回ってくれるだろう。
「君に起こされるまで夢を見ていたんだ。稀な力を持つ僕たちが狙われることなく安心して暮らせる生活。そんなものあるはずないのに」
詳しく聞くと闇を引きずり出しそうだったので、俺は目線を合わせて話を聞いているアピールをするだけに留める。
「君はさ、僕の仕事が凄いしなかなか出来ることじゃないって誉めてくれたけど、本当は守りたい正義も人もいない。ただ自分の力に手を出されるのを防ぎたいだけだったんだ。苦しいだけなら、長い人生なんていらないなんて思ってしまう。こんな気持ちで本当に実現出来るのかな」
12歳のガキ相手にガチな重い話をしないでくれ。でもまあ、多分話を聞いて欲しいだけなのだろう。ただ頷くだけの人形でもまずい気はするので、偉大な先人の言葉を借りることにする。
「ウォルト・ディズニーの言葉がある。夢を見ることができるのなら、貴方はそれを叶えられる」
背伸びをしてぐしゃぐしゃと髪を撫でる。イマイチ決まらないな。早く来い、成長期。
「でも、一人で大変ならまた迷惑かけに来い」
「……薺って人生何回目なの?」
「前世の記憶なんてないから認識としては一回目ですよ」
妹に呼ばれてそちらを見れば、あーちゃんに買ってもらったのかアイス片手にこちらに手を振っていた。鯉のぼりな菖蒲ちゃんも美味しそうにアイスを吸い込んでいる。笑って手を降り返しながら、壱春さんと一緒に妹たちが待つアイリスの庭園に向かって歩き出した。
これにて、名古屋編は終了です。
次回は久々に柚月さんとリュイさんのイチャイチャ話になりそうなので、苦手な方はご注意ください。




