誰が猫の首に鈴をつけるのか?
後半残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
翌日。天気は快晴で5月だと言うのに真夏日だった。クリーム色の半そでTシャツにジーンズを着た俺は、ジャレつくように壱春さんの手を握る。
なお、妹はパンダモチーフのパーカーに黒のプリーツスカートだ。今日行く動物園、パンダいないけど大丈夫かな。落ち込まないといいけど。
俺が突然手を握ったために、壱春さんは一瞬体が強張ったがギュッと手を握り返される。観察をしていて多少人間に対する嫌悪があるように伺えたが、子どもの容姿のおかげで庇護対象に思われたらしい。日本人の容姿は幼く見えるから調度よかった。
なお、妹は反対側の壱春さんの手を握っている。菖蒲ちゃんは今日も変わらず俺の頭に張り付いているんだが、ここが気に入ったのか?
緑が爽やかな動物園では、家族連れが多く子どものはしゃぐ声で満ちていた。三角屋根の大きな東山タワーも遠くに見える。
「何から見に行こうかー?」
首尾よくパンフレットを手に入れた妹が、ワクワク顔で園内のマップを見せて来る。一緒にパンフレットを覗き込んでいた菖蒲ちゃんが首を傾げる。
「ねー、薺。このイケメンゴリラって何なの?」
「そういえば、一時期流行ったな。この動物園にいたのか」
順路に沿って歩けばそのうちゴリラにも会えそうなので、まずは園内を歩いていく。なお、俺の目当ては白熊だ。
動物園で水浴びしている象やら、キリン、家庭犬にしか見えない可愛いシンリンオオカミや木の上でお昼寝中のコアラに癒され、ショップでコアラの姿を模したのが可愛いチョコアイスを食べる。暑いからこういう冷たいアイスは嬉しい。ところで、真鯉の体に吸い込まれたアイスはどうなっているんだろう。夕理さんも同じことを思ったらしい。
「消化器官、あるのかな?」
「ブラックホールみたいな何かがあるのかもしれないね」
目当ての白熊は、日本の暑さにやられてしまったのか日影でひたすらに寝ていて残念だったが、代わりにカピバラの可愛さに癒された。菖蒲ちゃんの気になってゴリラも見たが、俺は男だからかイケメンかどうかはちょっと分からなかった。
「お腹空いてきましたね。お昼にしませんか?」
壱春さんの服の裾を軽く引っ張って提案すれば頷きが返ってくる。まだ出会って日が浅いから、寡黙なのがもともとなのかは分からないが、少なくとも俺や妹に対する警戒心は大分薄れているらしい。良かった。静かな人だが、彼の纏う色が淡い茶色の髪に桜色の瞳という優しい色彩だから、黙っていられても威圧感はないし、落ち着く。寡黙なほうがむしろらしいとさえ思う。
園内のレストランはそこそこ混んでいたが何とか席を確保する。ハンバーガーのセットに付いているオレンジジュースで喉を潤せば、少し生き返った気分になった。
「壱春さんと菖蒲ちゃんはそれで足りるの?」
ポテトをモグモグしながら妹が尋ねる。二人は飲み物しか頼んでないからちょっと気になっていたんだよね。
「平気。僕たちは地球の人より食事を必要としないから」
「食事行為はほとんど趣味みたいなものなのよ」
さすが、宇宙人クオリティー。じゃあ、遠慮なくと俺もチーズバーガーにかぶりつく。ジュースだけ飲んだ二人は、お店の近くの動物を見に行った。壱春さんの背中に張り付いた菖蒲ちゃんと何かを話しては、時々笑いあっている様子が見えるので、久しぶりの兄妹水入らずの時間を邪魔しないようにしよう、と夕理さんと頷き合って、心持ゆっくり食べていく。
「お兄ちゃんはさ、壱春さんを見て何か感じない?」
密められた言葉に釣られるように小さく問いかけ返す。
「夕理さんは何か違和感を覚えているの?」
「前にどうしても思い出せない人がいるって言ったでしょ。壱春さんから、あの人に似た気配を感じるの」
壱春さんが俺達の記憶を操った犯人なのかと一瞬思ったが、彼は牢獄に50年も閉じ込められていたのだから無理かと思い直す。
「私の探し人ではないと思う。これは勘でしかないけど。でも、壱春さんはあの人に近しい人、もしくは同じ一族なのかもしれない」
妹は少し自信がなさそうに言った。俺も考えをまとめようと残っていたポテトを口に放り込み咀嚼した、そんなときだった。
「今、お兄ちゃんの影が動いたような」
妹の呟きに振り向こうとしたところで、影が地面からむくりと立ち上がり見る間に人の形をとっていく。陽光に煌めく金髪。顎を白い両手で捕えられ無理やり上を向かされる。相手が俺の顔を覗くようにぐっと顔を近づけて来たので視界が青藍に染まる。うっとりするほどに美しい、極上のアマゾナイトの色だ。
「君は少し目を離すと、すぐに危ないことをするな」
吐息はまるで甘い花の香りのようで、思考がクラリとした。そのまま、吐息ごと奪って首を絞めてやりたくなって、手を首筋に添えたところでハッとして手を引っ込める。
「なんで、あーちゃんがいるの?」
盛大なため息を吐くと、あーちゃんは俺から離れた。姿勢を正して座りなおす。
「二人で旅行に出たって聞いて、薺さんは確かにしっかりしているけど、初めての場所で戸惑ってないかなと思ってちょっと見たら。……あの二人は何? この世界の者じゃないよね?」
一気に声が低くなって、体感温度が下がる。一瞬ここは雪山だったかなと首をひねる。
「遠い星から来た宇宙人なんだってさ」
事情を説明すれば、あーちゃんの眉間にどんどん皺が寄っていく。
「なんで、そんな訳有りを。優しいのは君の美徳だけど、だからって誰かの代わりに君が危険を背負わなくてもいいだろう!」
「我が家の家訓は人には特上の優しさで接しなさい、だからね。見捨てるなんて出来ないよ」
「それに、多分そろそろ両親か明陽さんが来るって思っていたから、ここの動物園で遊んでたんでしょ」
鋭いな、妹よ。俺だって全部一人で完璧にこなせるとは思っていない。宇宙人がどんな能力を持っているか分からないのだから強力な味方をもう一人くらい引きこんでおきたい。あーちゃんは意味が分からないのか疑問符を飛ばしている。
「ライオンや猫が居て違和感がない施設って他にないよね? まさか、人型で来るなんて俺の気遣いが」
「ご、ごめんね!? あ、いや、待て。これ僕が謝る事なの!?」
「壱春さんは人が苦手みたいなので、俺の影に隠れるか、小さいライオンの姿に化けるかしてね」
「次は、何処に行くつもり?」
「そろそろ、向こうの準備も整っただろうからね。東山タワーに行きます」
「本来のタワーの機能からすごく変異している場所だから危ないって止めても、どうせ聞かないんでしょ」
諦めたようにあーちゃんが再度大きなため息を吐く。
「だって、あーちゃんが守ってくれるでしょ?」
そう言って子どもらしさを意識してにっこり笑えば、彼は頬を真っ赤にして狼狽えたように目線を彷徨わせ、そのまま俺の影の中に飛び込んでしまった。
自分で言っていてなんだけど、そんなにチョロくて大丈夫か。悪い奴に利用されないようにちゃんと見てないといけないな。
「お兄ちゃん達は東山タワーに行くから、菖蒲ちゃん達は植物園に行っておいで。後で落ち合おう」
菖蒲ちゃんがバラを見に行きたいと言ってくれたので、妹を荒事の場に立たせたくなかった俺はこれ幸いと別行動を提案した。
「え、でも、タワー登ってから行っても」
妹が小声で提案してくる。
「悪い宇宙人と戦うかもしれないからダーメ。貴方は人を傷つけられないでしょ」
「私だって攻撃魔法の一つや二つ……」
「魔法を発動できるのと、それを使って人を害することが出来るかは別だよ。俺は貴方にはそれを平気になってほしくない」
少なくとも、まだ6歳のうちは血の匂いなど知らずにただ守らせてほしいのだ。
「……分かった」
不満そうに頬を膨らませていたが、説得は無駄だと悟ったのか存外素直に菖蒲ちゃんを伴って、植物園に向かってくれた。
俺は壱春さんと共に園内のシンボルである市政100年を記念して建てられたというガラス張りの東山タワーを目指す。三角屋根と相まってロケットみたいだ。
エレベーターでタワーの展望室に向かい、名古屋市街の景色を満喫してみる。しかし、不思議と誰もいないな。そこで、唐突に俺の頭に銃のような硬い物が当てられた。でも、ここで引き金を引けば風穴が開くのは犯人の頭の方なので俺に危機感はない。むしろ、俺の影の中で滅茶苦茶に怒った雰囲気を醸し出すあーちゃんを落ち着かせる方に神経を使う。
「こいつを殺されたくなければ我が星まで来てもらおうか!」
「ま、嫌ならここでこのガキを道連れにして死んでもらおう」
「行く、と頷けばその子は」
「傷はつけないよ。お前がその能力で国を発展させてくれるならな」
大きな音がしたのでふと窓の方を見れば、東山タワーは犯人グループの科学力によって宇宙船に改造されたようで、どんどん高度を上げて空へと向かって飛んで行くのが分かる。
あー、星が綺麗だな。窓からは青く輝く美しい地球の姿が見えた。こういうのも悪くない。
犯人グループに欲しがられる彼の能力というのが気になるが、まずは作戦の遂行が先だ。私は犯人さんを上手くおだてて犯行組織の内情や犯行目的、ボスについて知っている事を粗方しゃべらせ、タワーに仕掛けたカメラから撮った映像を実家のサーバーに送っておく。口が軽い奴で良かった。よし、これで撮れ高はいいなと思ったところで、リーダーらしき男がにやりと笑った。
「お優しい我らの主様はお前の妹も一緒に星に連れてきてもいいとの仰せだ。地球での友人も一緒だから寂しくなかろう。寛大な心づかいに感謝するんだな」
やっぱり菖蒲ちゃんの方にも手が回ったか。何の準備もせずに二人だけで観光させるわけないだろう。問題なく対抗魔法が発動した気配を感じて嗤う。
「なに、笑ってるんだ」
「いや? 妹たちを拐うのに失敗したのにそんな事言うのが面白くて」
「な、なに、言って」
「お頭、大変です。向かわせた一般兵の生体反応が全て消えました‼」
そりゃ、全員砂に変えたからね。妹に手を出すとか許さないよ。ところで、生体反応とか漫画でよく見る言葉だけど、本当にそれを捕らえる機械があるんだね。
「俺は今とっても機嫌が良いんだよね。だって、誰の目もなくてやりたい放題出来る空間があって、守るべき国民でもないただの餌がこんなに用意されている」
異常さに気付いた男が俺を撃とうとしたが、その前に銃が砂に変わる。次いで俺を捕らえていた腕が根元から鋭い刃物で斬られたかのようにぼとりと床に落ちる。
「ぎやあぁ、お、俺の、腕がー!!'!'!」
噴水のように血が勢いよく吹き出した。あまりの痛みに床をのたうち回る男を無視して、呆然とこちらを見る残りの船員に微笑んでみせた。
「俺はね、殺すのが愉しくて愉しくて仕方がない人殺しの神なんだよ。さーて、誰から食べようか」
うわー!、と恐怖に駆られた一人が叫びながらこちらにレーザー銃を打ってくる。わあ、宇宙人っぽい。錯乱した状態で放たれる銃撃など、脅威にもならないけれど。軽く避けるが、当たっても船内に損傷はないので安堵する。船内戦も想定していたのかもしれないな。
レーザービームの嵐を潜り抜けて、男に肉薄し、殴りつけて昏倒させる。間髪入れずにライトセーバーがこちらに振り下ろされたので、バク転して避けてから、風の魔法で相手を切り裂く。視界の端で、敵の1人が警備システムを作動させるつもりなのか、コントロールパネルを操作しているのが見えたので、傍で伸びていた男の身体を引っ付かんでそちらに向かって投げ飛ばせば、二人仲良く気絶した。
「えげつない」
手伝ってもくれない影からの声は無視する事にする。戦意を喪失した敵の中には、この部屋から逃げようとするが、俺の魔法でロックされているのでどんなにボタンを押そうが叩こうが扉が開くことはない。
「命だけは。そ、そうだ。その男を食え‼」
「そうだ。俺たちとは違う珍しい種族だからきっと美味しいぞ」
今度は、壱春さんを生け贄にして自分達だけ助かるつもりらしい。ま、壱春さんが言う事を聞かなければ殺すつもりだったのだろうから、奴らに躊躇いはないのだろう。
「確かに。お前達は不味そうだ」
壱春さんの方を振り返れば、憎悪と殺意に満ちた桜色の瞳と目が合った。あぁ、駄目だよ、そんな目でこちらを見ては。興奮してしまうだろう?
「僕は妹を残して死ぬわけにはいかない」
「勿論。抵抗していただいて構いませんよ」
普段、魔力を抑える目的でも使用している孔雀石のブレスレットを外し、流星刀に変える。氷の弾丸がこちらに向かって一斉に飛んできて、急いで結界を張って防ぐ。壱春さん、魔力とか感じないのに魔法使えるのか。これが、狙われている原因なのかも。床を蹴って、一気に跳躍して近づき切り裂こうとしたところで、壱春さんが出した氷の剣で受け止められる。触れあった刃から流星刀が凍りつき始めて急いで飛び退いた。氷を溶かしつつ、刀を向けて隙を探る。舐めてかかるつもりは初めからなかったが、やはり強い。
「いいね。遊び相手にはぴったりだ」
「そうやって、今まで何人殺して来たんだ」
「そんな些末な事、覚えているはずがないでしょう」
「自分より弱い者をなぶって殺すのがそんなに楽しいか。あんたの気紛れで一体どれだけの人が犠牲になった」
「人にとっては俺に殺されるのは幸福な事ですよ」
「人はあんたが楽しむ為の玩具ではない。これ以上被害者が出ない為にも、あんたは俺が止める!」
この会話、俺がラスボスで壱春さんが勇者みたいだね。一人称が俺に変わったけどそちらが素なのかな。あと、あーちゃんは何で笑っているのかな。魔王がはまり役過ぎるって? 後でホテル裏な。
鋭い剣撃を流星刀で受け止めるが力が強い。何度か撃ち合った挙げ句に、頬にピリリとした痛みが走る。やば、斬られた。あーちゃんが壱春さんに向かって攻撃魔法を放とうとしたのを打ち消しつつ、催眠作用を持つパターンの光を壱春さんに見せる。狙い通り動きが止まったところで、心臓目掛けて深々と刃を突き立てる。どくどくと流れる赤に目線が釘付けになりながらも、何とか倒れ込んで来た身体を受け止める。
流星刀を消して彼の身体を横抱きにするが、意識がない人間ってこんなに重いのか。落とす訳にはいかないので、魔法で筋力をアップさせる。
「死んだのか?」
「確かめてみるか」
男の一人に近づけば恐々壱春さんの胸に耳を当てて心音を確かめ、次いで手首を取って脈を確かめた。男は黙って首を振る。
「心臓が止まっている。確かに死んでいるな」
「おい、そいつの遺体をどうするつもりだ」
「俺の獲物だ、食べるんだよ。それ以外に何がある。今日は極上の餌が手に入ったから今回は見逃すが、次会ったらお前達を食うからな」
星空が普段みているものとは違い、本当に宝石箱をひっくり返したようだ。将来は宇宙飛行士になるのもいいなと思いつつ、これ以上この宇宙船に用はないので壱春さんの身体を抱え直して転移魔法を使う。この距離ならまだ問題ない。実家のサーバーには菖蒲ちゃんが掴んだ事件のいきさつも送っておいたので、後の捜査は大人たちに任せることにする。
狙い通りに無事にホテルの部屋に降り立った。ベッドに壱春さんを寝かせてホッと息を吐く。微動だにしないから本当に美しい死体にしか見えないな。仮の死体を作り出す魔法は初めて使ったが上手く行って良かった。流星刀のサポートのお蔭である。しかし、夜桜の秘術であるこの魔法、いつ使うんだと思っていたがまさか本当に使い道があるとは。無駄な知識って存在しないんだな。
あー、でも、疲れた。ふと、無防備にさらされた白い喉に目線が行ってしまう。ま、頑張ったし。報酬としてちょっと血を貰うくらいいいよね。ベッドに乗り上げて、服をはだけさせ、ゆっくりと口を開いて首筋に噛みつこうとしたところで冷静な声が聞こえてきた。
「ほら、僕の血をあげるからその子の血を飲むのはやめなさい」
弾かれたように声の主を振り返れば、自分でシャツのボタンを外し首もとをあらわにしたあーちゃんが立っていた。こういう自己犠牲精神溢れるところ、ホント父さんと兄弟だよな。冷や水を浴びせかけられたように一気に思考が冷静になる。
「いいよ。あーちゃんは夕理さんたちを迎えに行ってくれる? これからのことを話さないといけないし」
「本当に大丈夫?」
「我慢くらい出来る。悪いけどお願い」
頼めば、ボタンを自分で留めながらあーちゃんが頷いた。
「了解」
その場からかき消えたあーちゃんを見送って、壱春さんの方に向き直る。先ほどのやり取りのお蔭で血生臭い欲求はなりを潜めた。内心でごめんなさい、をして乱した服装を元通りに整える。
「さて、眠り姫を起こすとするか」
一人呟いて仮死状態を解くための魔法を行使した。
タイトルは、自分を犠牲にしてまで他者の為に危険を侵すことはない、という意味の「猫の首に鈴をつける」ということわざからです。
東山タワーを見た時、これは宇宙に飛ばさなければという思いに駆られました。愛知の皆様申し訳ありません。




