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白花の独白

薺くん視点でおくるエファさんとの出会いのお話。薺くんの思考においては大分治安が悪いのでご注意ください。

 その人に出会って最初に頭に浮かんだ言葉は、うわー、本物の王子様じゃん! というものだった。




 一つ昔ばなしをしよう。自分の本能を上手くコントロール出来ずに、夜な夜な森や廃墟や山などの怪異に出会いそうな場所を歩きまわっては、手慰みに殺すような可愛くもない子どもの話だ。

 世界を滅ぼせる力を持つ闇の神と人間の間に生まれた俺は、半神ではあるものの能力に関しては神の面が強かった。司るのは、戦乱や殺人というなんとも血なまぐさいもので、今どきそんな衝動は到底赦されるものではなかった。でも、優しく頭を撫でて愛情をたっぷり注いでくれる家族を、親戚を、こちらを疑う訳もなく無邪気に遊ぼうとねだる友達を見て、ふと思うのだ。

 首を絞めたい。ナイフで切り刻んでみたい。毒で苦しむ姿を見たい。大好きだから殺してあげたい。人にとっての一番の幸せって多分死ぬことでしょう? 断末魔を上げる貴方に向かって、綺麗な笑みで言ってあげるよ。



 大好きだって。




 でも、人間の部分があるからそれがブレーキになって、俺の手はまだ近しい人の血には染まっていない。衝動が抑えられなくなって危ないな、と思ったら夜にこっそり抜け出して散歩に出かける。怪異や荒神を殺すために。

 勿論相手は選ぶよ? 理不尽に人の命を奪う相手ならきっと自分の命が理不尽に奪われる覚悟をしているだろうからね。


 そんな、夜の散歩については今のところ両親にはバレていない...と思う。でも、散歩から帰ったあとお父さんが作る朝食は俺の好きなメニューだし、お父さんは何だか申し訳なさそうな顔をしているから、お父さんにはバレているのかもしれない。別にこの衝動はお父さんのせいではないのに。両親もこんな倫理観が欠落した欠陥品を息子に持って可哀想に。絶望して辛くなったのなら、もう苦しまなくていいように殺してあげるよ。


 夏の夜。いつものように、血を浴びたいなーなんて軽い気持ちで外に出た。心霊スポットとして有名なのだという山の道を歩いていく。人間ではないから暗闇でも明かりは必要ない。昼間に友達とカブトムシでも採るような気安さで登っていく。ふと、空を見上げれば降り零れてきそうな星の瞬きが見える。


 あ、獲物がきた。


 ちょっと遊びたいなってなんとなくそう思って、怯えた子どものフリをして駆け出す。走って、走って、走って、走って、走って。森の奥の廃墟に出た。蔦が絡まり、草や木に飲み込まれている石造りの建物は元は教会だったらしい。屋根のてっぺんに月の光を受けて金色に輝く十字架がある。


 わざと走る速度を落とせば、獲物を追い詰めたとほの暗い喜びを浮かべて寄ってくる。にやりと笑みを浮かべ、薄く銀色に透けて輝く人に近い何か達を振り返ろうとしたところで、景色が夜から昼に変わった。


「小さな王子様、こんな夜遅くに出かけちゃ駄目だろう」








 白いジャスミンの香りが鼻腔をくすぐる。誰か、聞き覚えはないけど低めの落ち着く声が聞こえたんだけど何処だろう。空間に交じる気配からしたどこかの神の神域のようだ。


 目の前には、紫の花を満開にさせた藤棚のトンネルに、その下の道の両脇には白い紫陽花が続いている。その花が咲き誇る美しい道に誘われるように進んでいくと、黄色や白、紫のアイリスに赤やピンクのバラが咲く庭園に出た。その中を進めば庭園の頂上に東屋がみえた。金髪の青年がお茶の準備をしている。この神域の主だろうか。神である父に勝るとも劣らない美貌の主だ。

 庭園の頂上に着くと下にはたわわに実ったブドウ畑が見えて、いよいよこの空間の季節がよく分からなくなる。


「待っていたよ。お菓子は好きかな? どうぞ、召し上がれ」


 青年と目があったので黙礼すれば、心底嬉しそうな笑顔を浮かべてその人は椅子を引いてくれた。そこに座れと言うことだろうか。

 え? 初対面だよね。なんでそんな歓迎モード? それに、この声、この空間に引っ張られる際に聞いた声と同じだ。




 テーブルの上を見れば、色とりどりのマカロンにメロンのタルト、グレープフルーツを器にしたキラキラとしたゼリー、ごろごろとした桃のソースたっぷりかかったパンナコッタというお菓子が並んでいた。

 俺は子供だがそこまで菓子が好きな訳ではないのだが。むしろこの青年の白く美しい肌を傷付けて溢れ出る赤い血を貪りたい。青藍の瞳が絶望に染まるのを見たい。その方がこの綺麗なだけの菓子よりよほど魅力的だ。俺の狩りの邪魔をしてくれたんだから、当然貴方が贄になってくれるんだよね?

 そこまで考えて黒い欲望を無理矢理消し去る。余計な事とはいえ、俺を助けようとしてくれた人に対して抱いて良い感情じゃない。自分を騙すように薄い黄色のマカロンを手に取る。「いただきます」と挨拶して口に入れれば、林檎の仄かな甘味と酸味が口に広がる。これは、好きかもしれない。顔が笑顔になってしまう俺を見てその人は慈愛のこもった笑みを浮かべた。何だか物凄く恥ずかしい事をしたような気がして、顔が火を噴くように熱をもつ。


「どうしたの? 真っ赤になっちゃって可愛いね」


そんな目で俺を見てくるからだ! と叫びたくなったが、やぶ蛇だろうから、今度はパンナコッタを食べる。


「瞳は父さんと同じ色なのか。血が成せる業だな」


「え?」


「全く、こんな小さな子がこんな夜更けに一人で出歩くなんて感心しないな」


 少し怒ったような声音に、フォークを置き、姿勢を正して頭を下げる。ま、おっしゃる通りだからね。


「ごめんなさい。あの、助けてくださりありがとうございました」


「僕が助けたいと思っただけだから、礼は必要ない。それで、何で外に出たの?」


「彗星が見たくて。これ、次に地球に来るのは1000年後だから」


 別にこれも嘘ではない。ニュースでしていたから、夜の散歩がてら見れればいいな、と思っていたのだ。


「彗星か」


 唐突に場所が先ほどまでいた夜の森に変わる。


「間に合ったね」


 青年の目線に釣られるように上を見れば、満天の星空の中、光の尾を長く伸ばした彗星が夜空を翔る様があった。これは、一見の価値があったな。わざわざ俺の希望を叶えてくれるなんて、本当に優しいな。


「連れてきてくれて、ありがとうございます」


「どういたしまして」


 しばらく二人で彗星を眺めていたが、青年が懐中時計で時間を確認して眉をひそめた。


「大分遅いな。君は少しでも寝たほうが良い」


 純粋な人間でないのだから気にしなくて良いのに。そう思った瞬間、俺は自分の家の玄関に立っていた。

あ、あの人の名前聞くの忘れていた!













 件の青年とは、割りとすぐに再会できた。小学校からのいつもの帰り道。空間が歪む気配に振り切ろうと思えば振りきれたが、俺はあえて誘いにのった。慣れた怪異の気配に口角が弧を描く。

 前回、青年に邪魔をされたから不完全燃焼で、自分の本能を抑えづらく感じていたのだ。丁度いい。


 俺は平安時代の貴族の屋敷の庭に立っていた。赤く染まった紅葉が美しい庭に、御簾で仕切られた室内、寝殿造の建物なんて教科書の写真以外で初めて見た。傍らの池の鯉が跳ねて、水しぶきが足にかかる。今は夏だから、紅葉ではなく青もみじの季節なんだか。ま、どうでもいいか。俺は美味しい獲物を探す為に、屋敷の中に足を踏み入れた。


 板張りの床を歩いて、怪異の気配が濃い一室に足を踏み入れる。そこには、狩衣と十二単の着物まで丁寧に彫り上げられた木像が2体、隣り合って置いてあった。なんとなく、雛人形を思い出す。ただし、像の首の部分は切れ味の良い刃物で切られたかのように、綺麗になくなっていた。その代わり、顔がある部分に丁度重なるように後ろの掛け軸には、今度は男女の首だけがそれぞれ描かれていた。思わず、顔を眺めていると女の目だけがギョロリと動き、こちらを睨み付けてきた。売られた喧嘩は買おう、とスッと目を細めると女は気まずそうに目を反らした。つまらない。興が冷めた。


 特に美味しそうではなかったので、部屋を出る。そこで、廊下に血で書かれた文字が浮かび上がった。


「首を見つければ帰れる」


 首? 首ねー。十中八九、さっきの木像の失われし首だよな。宝探し系の怪異か。面倒な。さっさと大元の怪物を血の海に沈める楽しいイベントをこなして帰りたい。

 流星刀を呼び出し、襲ってくる鬼や悪霊を斬ることに残酷なまでの愉悦を覚えながら、廊下を歩いていると前に立ちふさがるように鬼の面をかぶり、身体中に御札が貼られた巨体の主が現れた。大太刀を躊躇いなくこちらに振り下ろしてくるので、後ろに飛んで避ける。廊下に穴が開いてしまったな。この妖力の強さから言うと中ボスかな?

 流星刀を敵に向かって構え直したところで、金色の毛並みの獅子が突如現れると、敵に突進して行った。そのまま、床に引き倒し喉もとに食らいついて喉を噛みきった。鮮血が飛び散る。倒されたためか、夢か幻だったかのように、敵の姿が消える。同じように、木の床を染めた血痕も消えていた。獅子がこちらを振り向くので、思わず身を固くする。


「もう大丈夫だよ。怖かったね」


 獅子の姿がゆらりとほどけ、代わりに前に会った金髪の青年が現れた。安心させるようにふんわりとした笑みを向けられたため、俺は乾いた笑みを返す。また、ご馳走はおあずけだね!



 残念だが、助けに来てくれたという事実だけ見れば素直に嬉しい。両親は俺の能力を知っているから、あんまり殺し過ぎるなよーと言われるだけで、心配なんてまずされない。両親からの愛情は溢れるレベルで感じているから別にいいのだが、心配されるなんて新鮮だ。なんだかむず痒い。でも、決して不快ではないのだ。





「あの、俺歩けますよ」


 機嫌よく鼻歌を歌うその人は、俺を大事そうに抱えあげるとずんずん屋敷の奥へと向かっていく。


「駄目だよ。どこに危険が潜んでいるのか分からないんだから。安心して、僕が守るよ」


 あぶねー。俺が女だったらこの笑顔と言葉にやられて惚れていたかもしれない。この人、幼女の初恋を奪っていく系の危ないお兄さんだ! 


 警戒感を強めた俺を見て不思議そうにすると、お兄さんは俺の頭を撫でてきた。









 その後も怪物の妨害はあったものの、青年が眉一つ動かさずに魔法で殺していたので、俺は何もする事がない姫プレイ状態で、最後の部屋まで来てしまった。

 ありゃありゃ、首が見当たらないな。俺は首を傾げる。どこかで見過ごした? キョロキョロしていた俺の目線に、そっと部屋を出ていこうと、飛び跳ねる木像の首が写った。これで帰れると嬉しくなって思わず青年の腕から降りて首を捕まえた。そんなときだ。


「やっと、捕まえた」


 2つの首が混ざって溶け合い前回、夜の森で俺を追いかけてきた銀色の人のような姿をとる。そのまま、俺を抱えて拘束した。首筋には刃物が当てられる。

「動くなよ? 動けばこの子どもの命はない。お前には前に食事を邪魔された仕返しがしたかったんだからな」

 青年がじっと人影を睨み付ける。俺が人質に取られているから手をだしあぐねているのだろう。

 本気だということを見せるためか、首筋に薄く刃を滑らせてきた。雫が垂れる感触がした。


「狙いは僕だろう。その子に手を出す必要はないはずだ」


「そうだな。お前がなんでもすると約束するのならこの子どもをこれ以上傷付けたりなんかしないさ」


 苦々しげに青年が頷けば、青年の背後にいた銀色の人モドキが青年の身体を拘束する。俺は不思議だった。まだ2回しか会ったことのない俺に対して、この人は何故ここまでしてくれるのだろう。俺はどうしたらその優しさに報いることができるだろう。


「あの子は元の世界中に帰してやれ」


「それを命じるのはお前じゃない。ま、この子どもを解放するかどうかはお前の頑張り次第かな」


 人モドキは、青年の首筋に噛みつくと身体中を撫で始めた。青年の顔に戸惑いが浮かぶ。

「僕は、男なんだか」


「だから、より屈辱的だろう」


 際どい部分に手がかかりかけた時、俺の中に駆け抜けた感情に自分でも驚いた。生まれてから今までで一番の怒りが沸いたかもしれない。


 もう猫かぶりは辞めようか。


「このエロ妖怪どもめが」


 殺意に反応してか、人モドキが一斉に震えて動きを止めた。


「デニス・ウエイトリーの言葉がある。人生にはふたつの選択肢がある。その状況を受け入れるのか、状況を変えるための責任を受け入れるのか」


 これで、青年に怖がられたとしても構うものか。このクソみたいな状況を壊せるなら、喜んで化け物になろう。その場合の責任はとる。俺は躊躇いなく喉元に迫る小刀に自分から皮膚を寄せて、頸動脈を掻ききった。

 妖の血花が屋敷内に咲き乱れたな、と思ったらいつもの通学路に立っていた。


「ごめんね、僕のせいで君があんな真似をしないといけなかったんだから」


 怪我をしていないかと、首筋を撫でて検分する白い指先がくすぐったくて謝罪の言葉があまり頭に入ってこない。でも、謝らせたくはなかったから笑顔を作った。


「気にしないで。俺は戦争と殺戮の神なのだから」


 暖かい腕にぎゅっと抱き締められて、どういう反応をしていいのか分からなくなる。手持ちぶさただったから、気持ちのいい手触りの黄金の髪を撫でておく。






 無防備な背中を刺したくてたまらない、自分の本能に気づかないふりをして。









 あの後、家に送ってもらった俺は、そこで初めて彼が自分の叔父にあたる神だと言うことを知った。母さんの勧めに最初は遠慮していたが、俺も遊びに来てほしいと一緒になって頼んだことで、彼は時々遊びに来てくれるようになった。

 そして、3年の月日が経てば、朝から普通に家のリビングに居ることも珍しくなくなってきた。なお、青年のことは明陽(あけひ)から取って、あーちゃんと呼んでいる。


「あ、玉子焼きだ。美味しそう。ねぇ、余りないの? お兄様にも一個くれよ」


 あーちゃんの好物はちょっと甘めの玉子焼きだったりする。父さんは顔をしかめながらも、うざったそうに朝食の残りの玉子焼きを一個箸で取ると、あーちゃんの口に押し込んだ。


「ライオンの餌やり」


 満足そうに味わうあーちゃんの本性はライオンだ。思わず呟くと。


「仕方ないな。ちょっとだけだよ」


 どや顔の黄金の獅子が姿を現し、何かを期待するようにこちらに口を開ける。妹にもしているので慣れた作業だ。


「はい、どうぞ。美味しい?」


 言い出したのは俺だからと、近寄ってきたあーちゃんの顎に手を添えて玉子焼きを一つ口に入れてやる。戯れのように首筋の指通りのいい毛並みを撫でると不機嫌そうに横を向く。しかし、俺の足に尾が絡んできたから、本心では照れているだけだろう。


「エファ、俺の大事な宝物に何をさせているんだ」


「いや、どうせ頂くなら好きな子の手からの方が。おい、やめろ。家を壊す気か!」


 何だか危ない魔法を生成し出した父さんを落ち着かせるように母さんが軽くハグをする。黒い空気が霧散して安心するが、全く世話の焼ける父親である。


「でも、本当に夜柚くんと明陽くんは仲良くなったよねー」


 しみじみとした母さんの口調に首をかしげる。そりゃ、最初は兄弟なのにちょっとよそよそしいな、とは思ったけどすぐに冬歌さんを挟んでふざけあったりし始めたよね。確かに今みたいな時や、対戦ゲームをしている時はお互い殺しあいでもしているのかという雰囲気になるが、基本は和やかだ。冬歌さんも交ざって家でお酒を酌み交わしたり何かもしているし。


「仲が悪かったの?」


 小首を傾げて聞けば、人型に変化したあーちゃんはきまりが悪そうに、父さんは苦笑しながら口を開いた。


「もう随分昔の話だ」

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