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傷心のティラミス

佐藤家の家宝の中でも流星刀は別格何だよと言うお話。

「え、あんた絵描き放浪旅に出たんじゃなくて殺されてたの? 何やらかしたの?」


 空の青さに気づけばもう夏なのだと思い至る。カレンダーを見れば、私が死んでから三か月以上の時が流れていた。


「かくかくしかじかなことが起きて、今に至るのだよ」


「うわー、マジで。昼ドラみたいだね!」


 ケラケラ笑う大きな茶色の瞳が印象的な明るい雰囲気の彼女は、東雲(しののめ)麻衣子(まいこ)という高校からの友人で霊感が強い。そのせいか、よく取りつかれたりもしている。


 忘れもしない高校二年の時の歓迎遠足で心霊スポットのトイレ掃除を二人でしていた時に女の霊にとり憑かれ体を操られ、「死んじゃいたい」と自殺しようとした麻衣子ちゃんを止めて、女の霊を持てる語彙を尽くして口説き落として無事成仏させたことがあるのだ。


 つまり私は麻衣子ちゃんの命の恩人! さぁ、今こそあの時の借りを返してもらおう。


「で、具体的には彼に会って月菜の言葉を伝えればいいの? いや、絶対信じないでしょ。あの現実主義者が」


 まぁ、オカルトとか信じて無さそうだよね。


「しかし、この婚姻話何かきな臭いね。貴方の家の力を使って調べることはできないの?」


 人には特上の優しさで接しなさい、という家訓のもと生きてきた佐藤家は人助けによって財を成してきたと言う歴史がある。そのせいか妙なコネが世界中にあるのだ。

 盲点だったと早速私は麻衣子ちゃんのパソコンを借りて、自分が死んだことは伏せてそれ以外は全て事実を記し、どうにか情報をくれと頼んでみる。


 そうして早二週間。その間麻衣子ちゃんがくれるお菓子を食べたり、自分の部屋に帰って掃除した後漫画読んだり、テレビを見たり、スマホゲームで遊んだりして情報を待っていると。麻衣子ちゃんが顔を青ざめさせながら尋ねてきた。


「ちょっと、あんたの彼氏大変かもしれない!」


 どういう事だと膝着きあわせて尋ねれば、何でも最近彼の姿を授業で見ないので(麻衣子ちゃんと彼は同じ法学部、因みに私は芸術学部)学生課に尋ねたらなんと彼は退学していたらしい。

 詳しい理由は教えてもらえなかったので、もしものために懐にスタンガンを忍ばせ彼の実家を訪ねたら「そんな人この家にはおりません」と平坦なトーンと無表情で言われてしまったのだという。


 いや、いくら空手全国一位の腕前とはいえ危険じゃない? 無事でよかったと思いつつ私は家人の言葉に引っかかりを覚える。


 そんな人いません? いや、どこのホラー小説だよ! 情報何かないかとパソコンを開いたところでタイミングよく情報提供者からのメールが来た。


 なんでも、婚約者であるオリエさん有するソアベ家は、高位貴族の血筋であり世界でも有数の資産家なのだという。彼の家が事業に失敗し、借金を抱えて路頭に迷いそうになった時に彼の両親が新婚旅行でイタリアを訪れたときに知り合って仲良くしていたことから、ソアベ家が資金提供をもちかけ、無事持ち直したのだと言う。その代わりに当時小学生だった彼が大人になったらソアベ家の物とし、一族の者であると見なさないという取り決めをしたのだと言う。いや、彼を謝礼の品のように渡すとか何それ。20歳の誕生日にそのことが告げられ、当時私という恋人がいた彼は当然反発したが、家を繁栄させるための取り決めだと一蹴され、従わなければ私の命を奪うと宣告された。一族の目的のためには手段を選ばないやり方と、違法行為さえもみ消せる権力を知っていた彼は私を守るために別れを告げたのだと言う。


 MaJiKa☆ 


 そんな、覚悟があったとも知らずにさくっと別れを受け入れた私を誰か殴って下さい。本当に申し訳ありませんでした。


 そして、現在彼はソアベ家本家があるイタリア・フィレンツェに連れて行かれたのだと。

 うわー、悪い予感しかしねぇ。


「なんか胸糞悪い話ね。それで、真実を知った月菜はどうするの?」


 一緒にパソコンメールを見ていた麻衣子ちゃんが、瞳に炎を宿しながら聞いてくる。


「一日だけでもライオンでいたい。一生が羊であるよりはいいBy佐藤」


「いや、それエリザベス・ケニーの名言でしょ!」


 うわ、麻衣子ちゃんよく知っていたなと思いつつ私はある所に電話をかける。少々時間を取ったが、英語やらロシア語やらで啖呵を切りまくりなんとか条件を飲ませた。

 意に添わぬことを強いられている人を助けるのは、佐藤家の十八番だ。資産家だろうが喰らいついてやる。


「佐藤家の名誉にかけて、目に物を見せて差上げます」


 私は胸に手を当てて華麗に宣言した。


 各国のお偉いさんに話を通すのに時間を食ったが、戦闘機を借り受けた私は最速でイタリア・フィレンツェの地を踏んだ。霊感少女の麻衣子ちゃんが事情を話してくれたおかげで、本来見えなくていないと思われる私の席もちゃんと用意されていた。足手まといにはなりたくないからと、麻衣子ちゃんは日本でお留守番だ。



 何気に初海外なので浮かれてしまうな。テレビでよく見るオレンジ屋根の大聖堂の姿に、思わず写真を撮ってしまう。


 しかし、この町は美術館だな。彫刻やレリーフが風景の一部となって、街に溶け込んでいる。民家の門の上にはカラフルな配色の聖母マリアがおり、十字架や門扉の上など至る所に祭壇があった。

 ふと、天使の像の前で足を止める。剣を掲げ、左手に血の滴る生首を持った少年の天使だ。彼の表情は世界中の悲しみを一身に背負ったようで何だか胸が締め付けられる。


 あの日見た彼の表情が蘇り、私は早く行かないと、と決意を新たにする。


 赤レンガ屋根の町並みや石畳の路地裏はとても絵になるが楽しむのは後にして、両脇に雪の様な白い紫陽花が咲いた藤棚のトンネルの小道を通り抜け、小高い丘を目指せば遠くに一際高い塔が印象的な石造りの中世のお城が見える。

 城の周りには、白ワイン製造のためのブドウ畑が見える。振り返れば、高台のせいかフィレンツェの美しい街並みとその向こうにキャンティの田園風景が見える。

 私は手ぶらで行くのもあれだしと持っていた黄色と紫のクロッカスの花束を抱えなおす。クロッカスは黄色だと「私を信じて」、紫だと「愛の後悔」の意味になる。

 裏の意図を読めずに騙されてすみませんという意味と花言葉を組み合わせて「後悔したくないので私を信じてください」というメッセージを込めてみた。


 私、復讐は自分でやりたい性質だし、それが出来るだけの能力もある。もう、猫かぶりはやめようか。


「やっぱり歴史地区で一番高い建物だけあってドゥオーモはすぐ分かるね。世界史の資料集の表紙を飾っていた建物をこの目で見られるなんて何だか感慨深いわ」


 一人呟き、そろそろお腹が減ったので、手頃な大きさの石に腰かけ青から赤そして紫から濃紺へ。あぁ、夜が咲いていく。夕暮れから夜景への絶妙なグラデーションを見ながら、市場の屋台で買ったハムにリコッタチーズ、菜の花が挟まれたパニーニ(イタリア版サンドイッチ)やライスコロッケを頬張る。デザートとして「私を元気づけて」という意味を持つ薫り高いコーヒーと濃厚なマスカルポーネチーズクリームが絶妙なハーモニーを奏でるお菓子を食べながら思う。彼は無事だよな。今度は間違えずにちゃんと彼を助けられるだろうか。


 でも、やっぱりお菓子を食べると幸せな気分になるね。あ、盗んではないよ。姿が見えない私じゃ買えないだろうと、親切な戦闘機のパイロットさんが代理で買ってくれたものだ。ちなみに花束も。


 食事後、懐中電灯片手に夜の道を歩くのはそこそこスリリングだったが、真夜中にさしかかってようやく無事石造りの城壁に囲まれたソアベ城に到着し、私は堂々と玄関から扉を通り抜けて中へと入る。

 うわ、意外と薄暗いな。


 灰色の石がむき出しの寒々しい廊下を歩きながら、彼の姿を探す。


 二百年前までは、この城は凶悪犯をを閉じ込め、拷問や処刑を行うための城だったと言うからどことなく空気が重苦しい。司法を司るソアベ家代々所有の城だからそういう用途に使われたのかな。貴族は仕事を家に持ち込むタイプなのか。無実の罪で投獄された人も多かったと聞くけど。精霊として転生したせいなのかは分からないが、この城に過去に居た人々の悲鳴や怨嗟の声が聞こえてきて、体に刃物で切られたような痛みが走る。


 丑三つ時はまだ先では。


 私は考え、少しでも彼らの傷が癒えて楽しい気持ちになるように祈りを込めて歌いながら人がいる場所を目指した。







 座り心地のよさそうな長椅子や暖炉、豪奢なシャンデリアや細かい彫刻が施された本棚が置かれ、ペルシャ絨毯の敷かれた居間にはソアベ家の人々が集まっており、その中には彼の姿もあった。

 暗い色を宿している目に胸が苦しくなる。彼の隣には婚約者であるオリエさんが頭を彼の方に預け幸せそうにしている。ソアベ家当主が、ふと世間話のように二人の式の日取りの話を口に出した時だった。空気がぴりつく。


「貴方方が月菜さんを殺害するよう、俺の家の者に命じたのですか」


 平坦で何の温度も籠っていないような声音だった。オリエさんの顔が微かに強張る。


「あら、あんな薄汚い庶民が美しい貴方に相応しいとは思えないわ。まだ日が浅いから分からないでしょうけど、いずれ貴方も気づくでしょう」


 うわ、薄汚い庶民とか言う人実在するんだ。ソアベ家当主とその夫人も頷いている。


「まさか、まだあの娘を好きなのではなかろうな。お前の家に多額の資金を与えた見返りに我が家に遣わされてきたことを忘れてはならんぞ」


「そうですね。でももう、俺は彼女がいない世界で生きていく気が無いので」


 そう告げると、いつの間に取り出したのか銀色に光るナイフをオリエさんの首筋に当てると躊躇いなく刃を滑らせた。血が噴き出して、彼女は彼の膝に倒れ込む。


「こんなやり方で俺を手に入れようとしなければ良かったのにね」


 人を殺した後の彼がここまで美人度を増すとは知らなかった。衝撃的過ぎたせいか、思考は危うげな色気がある。眼福だ。堕天使の称号もいいかもしれない、というアホな思考を浮かび上がらせる。そのまま彼がナイフを自分の首筋にあてたところでその手を倒れていたオリエさんが掴み、ナイフを取り上げて床に放った。傷口のちを手で拭えば、さっくりと切れた傷は跡形もなくなっていた。


「あぁ、その絶望と憎悪に満ちた魂は私好みだわ。あとは魂に最高の仕上げをしましょう?」


 彼女の目が赤く輝き、今までいた当主と夫人の姿がビスクドールへと変わる。偽物だった?


「私は貴女が生まれたときから、ずっとその魂が欲しかったのよ。ようやくここまで堕ちてきてくれた」


「君は一体?」


「私はこの城にずっと憑いていた悪魔。ソアベ家は私が効率よく餌を貪るために幻術で作り上げた刑罰を司る貴族の家。実在はしないわ。大変だったのよ? 貴方の家が事業に失敗するよう裏で糸を引いたり、貴方を差し出すような条件を飲ませたり邪魔ものを消すために操るのは。でも、操り人形は素敵に踊ってくれて助かったわ」


 オリエさんは、彼の白い頬に自分の血をべっとり擦り付けると、夢見る少女のような眼差しで微笑んだ。


「処刑の塔で殺してあげる。甘美な悲鳴を是非聞かせて頂戴ね。そして死後は」


 私の奴隷にしてあげる。


 少女のように無邪気な笑い声を響かせるとオリエさんと彼の姿が掻き消える。

 まずい。と私は窓から見える闇に浮かび上がる茶色の塔を見上げた。確かこの塔、最上階から下が吹き抜けの空洞になっていて、内部には鋭い刃を上向きにした刃物が何段も構えていて、上から突き落とされた罪人の体は落下しながらずたずたに切り裂かれ、ついには肉片となり果てるんだと情報屋が気を付けろと親切に教えてくれたスポットだよ! 


 私は慌てて空へと飛び出し、処刑の塔に向かった。彼が突き落とされた瞬間、私は今後二度とこんな高速飛行は出来ないだろうという素早さで彼の体を抱き止めた。危ない。すぐ下には月の光を浴びた剣が鈍い光を放っていた。


 月という字が入っているせいか、満月の光を浴びたときにだけ私の姿は人にも見える。彼の目から涙が零れる。


()(ぎり)。迎えに来たから一緒に日本に帰ろう?」


「っ月菜ちゃん」


 ぎゅーっと縋りつくように抱き着かれ、耳元で聞こえる嗚咽に罪悪感でキリキリ胃が痛くなりながらポンポン背中をたたく。地面に降り立ち、彼を庇うように前に出ようとした所で、強引に彼の後ろに引き戻される。


「あら、幽霊として戻ってきたところで、どうせ滅ぼされるのにね。そもそもここに巣食う私の奴隷たちに、貴女の始末を頼んだはずだったけど何しているのかしら」


「あー、ここに居る幽霊たちなら結ばされた不当な契約の元天界に行けていなかったから、その契約に糸を切ってあげたよ。皆今頃は冥界にいるんじゃないかな」


 青く輝く星紋が散った黒い刀身の剣である流星刀を取り出す。佐藤家の家宝であり、目に見えないもの、幽霊や妖怪、果ては人々の感情や縁まで切ることが出来る霊刀だ。


「さて、復讐させていただきますね」


 悪魔との縁なんてろくでもないし、この悪魔放っておいたらさらに人が死ぬかもしれないのは目覚めが悪すぎるので私は彼の前に出て刀を投げつけた。流星刀は空中で回転すると、悪魔を串刺しにして消え去った。

 恐ろしい断末魔とともに悪魔の姿が揺らぎ、禍々しい黒い煙となって空へと昇って行った。





 花束を悪魔のせいで命を絶たれた人々のために捧げようと、処刑の塔に投げ入れて祈りを捧げた後、塔から外に出れば空には大分地平線に差し掛かっているものの黄金の月が輝いている。

 もう少し時間はありそう。ここには誰もいない。


「ごめん。許さなくていいから謝らせてほしい。本当に申し訳ありませんでした。俺のせいで月菜ちゃんが死んでしまうなんて」

 後悔の念を浮かべ、処刑を待つ罪人のような顔で私を見る彼に、私は素直な気持ちを口にする。


「時々考えるよ。もしあの時会ってなかったらって。でも弥桐に会えない人生なんて空しいだけだわ。生まれ変わってもずっと好きですよ」


 躊躇い勝ちに彼が手を伸ばすので、私は思いっきり抱き着いた。久しぶりの甘く優しい香りにうひゃー、いい匂いだ―とついつい深呼吸して堪能してしまう。

 ぐへへ。

 しばらくお互いのぬくもりを分け合い、離れていた日々の事を話しているとだんだん空が明るくなってきた。もう、奇跡の時間は終わり。


「月が綺麗ですね」


 優しく髪を撫でながら彼が囁く。泣きそうな、しかし愛しい者へと向ける声音に知らず頬が熱を持つ。


「そう? 今私の隣にいる極上の月には敵わないけど」


 私は顔を上げて目の前の柔らかなそっとキスをした。どうしてか、泣きたい。その瞬間、流星刀が光り輝き、私の中に溶けて消えていった。魔力が上がった? 

 太陽が昇り、また新たな一日が始まっても、私の姿は彼に見えていた。

 胸から引き抜いて刀を取り出すことは出来たが、この子は本当に凄い子だったらしい。


月菜さんは流星刀の霊力で生かされており、精霊に近い存在になっています。実体があって、普通に触れたり、会話したり、ご飯も食べられるスーパーな幽霊さんです。

この後、お付き合いをもう1度始めた二人の元にまだ滅んでいなかった悪魔が襲来してきますが、その都度流星刀に撃退され、最後は生弓矢の力によって完全に滅ぼされます。

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