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春の日の出会いと別れ

本編でそれとなく出ていた柚月さんの両親のなれそめ話です。

 私、佐藤(さとう)()()は殺された。

 とは言っても、犯人は上手い事私の死体を隠したので世間ではただの失踪事件として片づけられている。

 本来なら草場の陰で私を殺した犯人がのうのうと生きているのをハンカチ噛みながら眺めているだけだったかもしれないが天は我に味方した。

 私は幽霊としてこの世に留まり続けることに成功したのだ。

 まぁ、でも泣き寝入りは性に合わないので、犯人への復讐計画を練りつつ、何故私が殺されなければならなかったのか振り返ってみよう。






 きっかけは、私に恋人が出来たことだろう。彼との出会いは忘れもしない高校三年生の春。桜が咲く道をいつも通り登校していた私は、花びらがハラハラと降り零れる桜の木にもたれかかり、空を見上げる青年に出会った。

 制服からして同じ高校だけどこんな子いたかな? とつい見ていると視線に気づいたのか、彼がこちらを見やった。


 天使が地上に降りてきたのだと思った。


 柔らかな朝の光が彼を照らし出し、薄紅色の花の中と相まって美しい絵画の様な光景を生み出していた。お賽銭はいくら払うべきだろう? ありがたや。ありがたや。

 薔薇の様な華やかさではなく、ひっそりと可憐に咲く撫子の花の様な美しい人。


 その瞬間、私は恋に落ちる音を聞いた。どかーん。


 今にも桜に攫われてしまいそうな、儚げな風情に私は思わず手を伸ばした。

 彼はびくっと身を震わせるとわたしの手を振り払った。うん、初対面なのに失礼だったと思い至った私は慌てて自己紹介と謝罪を行い何とか許してもらってホッと息を吐いた。彼は今日から私の通う高校に転入して来たらしく学年も同じだった。一緒のクラスになれるといいね、何て話しながら学校まで一緒に行き職員室まで案内した。


 まぁ、クラスは分かれてしまったが文化祭のポスター用に書いたコスモス畑に座る少女の絵に一目ぼれして彼が作者に会いに美術室に来たらその作者は私ですとなってそこから急速に仲良くなった。

 私の絵にファンが出来るとは嬉しすぎて、今なら苦手な長距離走も喜んで走ってしまいそうだ。

 その日の夜は親に頼んで赤飯にしてもらった。放課後に時間があえば一緒に帰ったり、だんだん休日にも一緒に美術館を巡ったり、図書館で受験勉強をするようになっていた。

 なんと、志望校が彼と同じ大学だったので、俄然やる気を出して猛勉強したのはいい思い出だ。そして見事同じ大学に合格し、卒業したけど、同じ大学だからこれから四年間もよろしくね何て言おうと思っていたのに。

 放課後もう誰もいない、教室の飾りつけがより寂しさを増す教室の中。君があの日と同じように消え去りそうな雰囲気を見せるから、思わず「好きです」なんてまだ伝えるつもりもなかった言葉が口をついていた

 。こちらを驚いたように見やる彼の目からは一筋の涙。泣くほど嫌だったかと、慌ててハンカチを取り出し、近よりながら冗談だよって言おうとした途端にきつく抱きしめられた。


 やばい、内臓が出るよ! マーライオンになってしまう! 


「俺も、ずっと佐藤さんが好きだった。付き合ってください」


 こうして、私は初めての彼氏を手に入れた。友人たちに報告すれば彼を落とすとは尊敬するよ! さすが、月菜! あの人嫌いを恋人にするなんて! 私達に出来ない事をやってのける! と大絶賛され、何故かケーキをおごってもらえた。ラッキー! 

 聞けば、彼はあの美貌に加えて学年トップという秀才であり、おまけにスポーツも出来るという完璧さでかなりの有名人になっていたらしい。当然告白もされるが全て断り、本人も愛想がよくなくどこか人を嫌っている雰囲気のため近寄りがたい高嶺の花という評価をされていたそうだ。

 人嫌いのそぶりなんて見せていたことあったかな? 自分の鈍感さに軽く落ち込みつつ、身の内に転がり込んだ幸運を満喫する事一年。

 大学二年生の春私は唐突に彼から別れを告げられた。婚約者なのだと言うヴィーナスの化身ですと言われても納得できそうな、私では逆立ちしたって敵わない美女が、彼に自分の腕を絡ませながら勝ち誇った笑みを向けて来た。


 あぁ、夢の時間は終わりだね。


「美男美女、お似合いじゃないか。君の隣には彼女こそふさわしい」


 本当に、綺麗な絵画が目の前にあるように二人の美しさが互いを引き立てていてお似合いだった。彼が私よりも好きな人が出来たのなら喜んで身を引こうじゃないか。


 良くも悪くも人や物に執着心を抱けないのが貴方の個性よね、と両親にしみじみ言われた私の欠陥がこの時も見事に発揮されたのだ。


 彼が幸せならそれでいいじゃん。


「君は今幸せかな?」


 これは確認しなければと聞けば、彼は無言でうなずいた。その目に傷ついた光が宿っていたのは私の勘違いだろう。……そう思っていた私の愚かさ鈍さを私はひどく後悔することになる。


「今までありがとう。君との日々は幸せでした」


 滅多に出せない満面の笑みでお礼を言って、私はその場を去った。カップルのイチャイチャを邪魔するのも悪いし。久しぶりに笑った事で翌日は顔面がひどい筋肉痛に襲われた。

 私は生まれつき、感情に伴って表情を作り出すことがひどく難しい障がいを抱えている。そのせいか、無表情の極みがデフォルトでよく人形が歩いていると怖がられるのが多々ある女なのだ。

 なので、今回は彼の新しい恋を祝おうと頑張って笑ったのだが、あー、すっごい顔が痛い。

 まぁ、でもハーフのせいか色素の薄い髪と琥珀の目を持つ以外は平凡な私が、素敵な彼氏がいたと言う良い夢見れたのだから、この痛みは代償かな。









 彼から別れを告げられて一か月後。私は何故か一度だけ行った事のある彼の実家に呼び出された。断じてホテルの高級ケーキに釣られてのこのこついて行った訳では無い。

 余談だが、招待状の便箋に昼顔が描かれていたのは何の暗喩? 彼には内緒のお話らしく家に彼の姿は無かった。大学でも避けられているのか会わないから、元気な様子を見たかったのだが仕方がない。


 そして、私は毒入りケーキを食べて死んだ。我ながら死因が間抜けすぎる。最後に彼の家族はこういった。


「お前が死ななければ、あれはいつまで経ってもオリエ様を愛さない。ただの庶民の女のくせに、婚姻の邪魔をするのが悪い」


 無駄に広い日本庭園の一角、大きな桜の木の下に私は埋められた。君たちは梶井基次郎か。その晩、狂い咲いた桜の花が血のように赤く染まっていたのは私のせいではないと思いたい。


「しかし、私より婚約者のオリエさんが好きになったから私に別れを切り出したはずでは。一体どういうことなんだろう?」


 気になった私は、彼の様子を見るためにひとり暮らしをしている彼のマンションの部屋を訪れてみた。幽霊である私の姿を普通の人が見ることはできない。あれ、この能力使えばひょっとしてのぞき放題!? 彼のプライベートとか寝顔とか着替えとか! ひゃっほーい! 


 いやいや落ち着け佐藤月菜。着替えは駄目だ。変態だ。犯罪者だ。


 心の中で滝に打たれて煩悩を薙ぎ払い、私は妙に凪いだ気分で一人暮らしの家の扉をすっと抜けた。


 某青い猫型ロボットの通り抜けフープ要らずのこの体超便利。


 そして、彼の姿を見つけた私は絶句することになる。深い闇夜を思わせる瞳は虚ろで目からは止めどなく涙があふれていた。

 まともに眠れていないのか目元には濃い隈ができ、食事もとっていないのか、ただでさえ華奢な体がさらに痩せていた。青白い顔に一瞬お化けかと思った。


「どうしてそこまで悲しむの?」


 心底疑問だった。私のことなどさっさと忘れて自分の人生を歩めばいいのに。

 濡れた頬にそっと触れながら私は眠りの魔法をかける。なんとなく心配で、ベッドに運んで寝かせても手を握りながら傍にいた。

 柔らかな黒髪を撫でながら、ひたすらに謝り倒す。


 いや、だってねぇ? 


 この状態にした原因は自惚れかもしれないが私だろうから。

 すみません、一個千円越えの高級ショートケーキに釣られて、のこのことついて行ったこの私が悪うございました! ショートケーキは大好物だから食欲に逆らえなかったんです! 申し訳ありません!


「ねぇ、どうか笑っていて」



 笑うことが出来ない私は、君の花のように綺麗な笑みが大好きなのだから。



 しばらく経って、彼は目を覚ますと起き上がり、戸棚から腕時計を取り出した。あ、それ誕生日に贈ったものだ。彼はぎゅっと大事そうに腕時計を握りしめるとそっと囁いた。


「月菜ちゃん、すぐに逝くから待っていてね。あぁ、でもその前に奴らに復讐しないと」


 ぞくりとした色気をはらんだ凄絶な笑みに思わず背筋が伸びる。ドラマとかでよく見るお前を殺して俺も死ぬってやつか!? 君にそんな事をしてほしくないと叫んでも、私の声は届かない。こうなったらと私はあの時の借りを返してもらおうと高校からの同級生の家へと向かった。


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