天使と月夜、またはタヌキの鼓笛隊
佐藤さんとリュイさんの娘であり、薺くんの妹視点のお話しです。
10月4日、天使の日に合わせたお話しです。
「夕理さーん、おやつにしよー」
「はーい、今行く」
お兄ちゃんが呼ぶ声に答えて、私は読んでいた絵本を片付けて下に降りる。今日のおやつは何かなー。
お父さんとお母さんは平日はお仕事で忙しく夜まで帰ってこない。だから、学校から帰ったらお兄ちゃんとおやつを食べて、一緒に宿題をして、それが終わったらゲームで遊んだり、本を読んで両親が帰るのを待っている。
別に寂しくはないよ。
優しいお兄ちゃんも一緒にいてくれるし、それに私はランドセルを背負って1人で学校にも行ける立派な1年生だ。間違っても赤ちゃんではない。だから、全く平気だ。
ま、小学校の行き帰りは、今のところ同じ学校に通うお兄ちゃんと一緒だけど。でも、お兄ちゃんが迷子になったら大変だからね! 登下校時の警護は任された!
手を洗って犬の名探偵が主人公のアニメを見ながら、お兄ちゃんと一緒にロールケーキを食べる。
「ねー、お兄ちゃん。天使って何処に行けば会えるの?」
「いきなり、どうしたの?」
学校の図書館で借りてきた絵本に出てきた天使が優しくて、綺麗な人で是非お友達になりたいのだと拳を振り上げながら力説する。
天使は歌がとっても上手らしいから、聞いてみたい。お願いしたら私のピアノの伴奏に合わせて歌ってくれないかな。
私、ピアノは得意なんだよね。
「まー、夕理さんがどうしても会いたいと思うなら、向こうから会いに来てくれるんじゃない。願われているのに無視するほど、貴方が会いたい天使は冷たくはないでしょう」
そうだ。お願いがあるのならまずは行動して誠意を見せなければいけない。そしたら、きっと優しい天使様は応えてくれる。
「ありがとう、お兄ちゃん」
その日の夜、私はソファーに座って本を読んでいたお父さんに、あるお願いをするために近づいた。
「ねぇ、お父さん」
「ん? 夕理さん、おいで」
本を置くと私に向かって手を広げてくれるので、ピョーンとその腕に飛び込む。これをするとお兄ちゃんは倒れこみそうになるけど、お父さんはビクともしない。そのままぎゅっと抱きしめられるので、いつもみたいに甘えたくなってしまうが、じっと耐える。
私は大事なお願いをしにきたのだ。
「あのね、あのね。私天使を探しに行きたいの」
「天使?」
首をかしげるお父さんに、私は持ってきた絵本のページを開いて、いかに天使が麗しくて素敵で是非お友達になりたい優良物件なのかを力説する。
「それでね、美味しいご飯を一緒に食べたら仲良くなれるでしょう。お父さんのご飯ってどれも美味しいから是非食べて欲しいんだー。だから作って!」
「天使、天使ねー? 分かった。じゃあ、美味しいご飯作らないといけないね」
お父さんはにっこり笑うと私の頭を撫でる。ナデナデ嬉しい。
「ありがとう」
そうして、待ちに待った土曜日。天使を探しに出発です! 会えたら一緒に食べようと、お父さんに頼んで作ってもらったお弁当とお茶の入った水筒、レジャーシートを持っていざ参らん‼ お兄ちゃんも、天使と一緒に食べるようにとお菓子をくれた。お兄ちゃんの作るお菓子は美味しいから嬉しい。
ちなみに、お弁当には時間停止の魔法をかけたので、いつ食べてもできたてを食べられる。私は魔法も使えるスーパーなお子様なのだ。
とはいえ、公園や商店街や、住宅地に森を歩き回って探しますが、中々出会うことが出来ない。自分用に持ってきた昆布のおにぎりを頬張りながら、町の地図をながめる。
うーん、あとは探していないのは山の方かな。そう思って山にも登ったけど、頂上の展望台について綺麗な町の景色を眺められ達成感は味わったが、やはり天使様はいない。
ま、昼間に会えないのは想定の範囲内だ。絵本の天使はいつも夜に現れていたから天使はきっと夜行性なんだ。下見もできたし、今日の夜、家族が寝静まったら出かけよう。
家族に心配をかけないように暗くなる前に一旦家に戻り、夕飯やお風呂を済ませて自分の部屋に戻り、皆が寝静まるのをじっと待つ。
深夜1時を回ったところでベッドから起き出し、リュックを背負ってそっと窓から外に出た。重力を操る魔法を使ったので、2階から飛び降りても物音一つ立てない。
絵本によると、天使は自然が溢れるところが好きみたいだからやっぱり怪しいのは最後に訪れた山である。懐中電灯を片手に昼間予習で通った山道を登っていく。今夜は満月だから、月の光に照らし出されて歩いていく道は明るい。黒い木々が風にゆらゆら揺れる風景は何だかお化けがこちらに手を振っているみたいだ。なんとなくバイバーイと手を振って、山道を進んでいく。
途中で、昼間に来ても秋のお花が咲いて綺麗だった野原に出た。月の光を浴びてすすきが茂る原っぱは、銀色に煌めいている。銀の海みたいだ。
口を開けて呆けたようにその光景に見とれていると、耳元で声が聞こえた。
「迷子?」
反射で耳を押さえて飛びのく。え、誰? 気配なかったよ?
「すまない。驚かせてしまったね」
心地よい綺麗な声に引かれるように、私はその人物に目線を移して絶句した。
キラキラと輝く銀色の長い髪を後ろで束ね、すらりとした長身のその人は息を呑むほどに美しい。
中でも視線をこちらに向けろと言うような、強烈な引力を纏うその瞳に釘付けになってしまう。
深い藍色の地に金が散りばめられ、さながら星空を閉じ込めたような美しい色だ。宝石で例えるならラピスラズリが適任だろう。
白銀の雪の化身。今にも儚く消えてしまいそうで、本当にここに存在しているのか確信が持てなくなる。
そう、これは絵本で見た。
「えっと、どうかしたのかな」
「冬の天使様だー‼」
やったぞ、ついに見つけたよ! 信じる者はやはり救われるのだー!
「私、天使様に会いたくて探してたんです! 私と出会ってくれてありがとう!」
「探し……? 迷子じゃないのか。いや、そもそも俺は天使じゃ」
「美味しいご飯持って来たので、一緒に食べましょう!」
天使様の手を取って、座るのに良さそうな場所にレジャーシートをしく。リュックからお弁当を取り出して、天使様と自分の間に置いた。
「食べられない物はありますか?」
「いや、ない。あ、あの」
「はい、お茶どうぞ。私は佐藤夕理。悪い子じゃないですよ!」
紅茶を入れたコップを差し出し、お弁当を勧める。中身は色々な種類の具材が入ったサンドイッチで見た目にも美味しそうだ。天使様はエビとアボカドのサンドイッチを手に取った。恐る恐る口に含むと、瞬間笑顔になった。
なんだろう、大地に花が咲き乱れて世界に光が満ちた幻視をしたような。
「旨いな」
「気に入って頂けたら良かったです。父も喜びます。あ、私の一押しは、この照り焼きサンドですよ」
甘辛いタレをつけてジューシーに焼かれた鶏肉と瑞々しいトマトの甘みに、しゃきしゃきレタスのハーモニーが感動するくらいに美味しいのだ。
アボカドサンドを食べ終えると次は私の勧めにしたがって、照り焼きサンドを食べてくれる。麗しすぎる微笑みを見られて、私はお父さんに海よりも深く感謝した。
私もハムエッグとキャベツを挟んだサンドイッチを手に取って食べ始めるが、草むらの方から視線を感じる。
「何もしないから出ておいで」
天使様の言葉に恐る恐るといった様子で、3匹のタヌキさん達が出てくる。その視線はサンドイッチに向いていた。食べたいのか。
天使様の方を見たら頷かれたので、私はタヌキさんに手招きをする。
「どうぞ、一緒に食べよう」
タヌキさんには、ハムサンドやポテトとシーチキンのサンドイッチが人気だった。お弁当箱が空になったところで、デザートのチョコチップマドレーヌを取り出す。人数分足りそうで良かった。
お腹が一杯になったところで、タヌキさん達が楽器を用意し始めた。お礼に楽器の演奏を聞かせてくれるらしい。
笛の音の旋律がどこか懐かしくも切ない気分になるが、サビの盛り上がりで太鼓が出てきて楽しい気分にさせられる。
「素敵だったよ。ありがとう!」
お礼を言えば、タヌキさん達が胸をはる。その姿は何とも可愛らしい。
「そうだ。天使様も何か歌いませんか? 綺麗なお声だから、お歌を聞いてみたいです」
「悪いが、歌を歌ったことがないんだ。それに、歌なら俺は愛らしい小鳥のさえずりが聴きたいな」
すっと目を細めると、天使様の口元が弧を描いて私の頬を撫でる。
ぐぬぬ。そんな風に言われたら断れない。タヌキさんが何を演奏しようか、と伺いを立ててきた。だから、私は音楽の授業で気に入った童謡をお願いした。
なんとか歌いきった後、天使様はこちらをぼーっと見やったまま何も言わなかった。心なしかお顔が赤い気がするのは気のせいか。
「天使様?」
そんなに酷かったかと、心配になって声をかければ目の焦点がこちらに戻ってきた。すぐに極上の笑顔を作る。
「ありがとう。とても素敵な歌と演奏だったよ」
私は安心して笑顔を返す。あれ、でも、今の反応、私の歌を聞いた時の日奈さんと同じだったな。
面白そうに聞いてくれるのが嬉しくて、天使様に学校や家族のことを話したりしていたが、月が雲に隠れて暗くなってきた。
なんか不気味。
そこで、何だか良くないものの気配を感じて、身構える。
「うまそうな、人の子がいるな」
しわがれた声はこの場の誰でもない。
「君たちは逃げろ‼」
天使様の声に、弾かれたようにタヌキさん達が森へと駆け出す。タヌキさん達が森の奥に逃げたのを確認してほっと息をついた瞬間、暖かな腕に抱き上げられた。
「大丈夫だよ。俺がついているから安心して。今から怖いことがあるから、目をつむっていなさい」
月の光のように穏やかな雰囲気が一転して、荒々しく降り積もる雪か全てを凍てつかせる氷のような、不用意に近づいてはいけない雰囲気に変わる。その変化に驚いてついまじまじと見つめてしまえば、優しく頭を撫でられた。
狂暴な唸り声がとどろく。ハッとしてその方向を見れば、無数の赤い目と血を思わせる赤黒い触手の集合体という、クトゥルー神話ではよく見るかもしれない怪物が現れた。他にも、馬ほどの大きさをした蜘蛛の姿の怪物や毛並みを血で染めた犬が舌なめずりをしながらこちらを見てくる。
いつから日本はこんなに治安が悪くなったの⁉ 天使様は私を片手でしっかり抱っこし直すと、もう片方の手に剣を出現させた。刀身には北斗七星が刻まれ淡く青に光っていて、神秘的なまでに美しい。人に作られた剣とはとても思えない。なら、神様が自らの手で鍛えて作ったのかもしれない。
あれ? でもひょっとしたら天使様、私を抱えたまま戦うつもり? 声をかけようとしたところで、飛ぶように彼の身体が動いた為、舌を噛まないように慌てて口を閉じる。
一番近くに来ていた蜘蛛に肉薄して、綺麗に一刀両断する。真っ二つになった蜘蛛は形が崩れて黒い砂になると、風に何処かへと運ばれていく。天使様つえー。飛びかかってくる犬を軽く交わして背後に一閃を浴びせる。
間髪入れずに飛びかかって来た巨大な芋虫を蹴り飛ばし、剣を突き刺したところで、怪物たちが伺うようにこちらを見始めた。隙を探しているのかもしれない。
「あれ、増えた?」
この数では負けると思ったのか、蛾の姿をした怪物や狐や犬の妖怪の数が増えていく。あ、天使様が小さく舌打ちした。
私が幼い子どもだから守らなければいけないと思って、抱っこしたまま戦うという不利な真似をしているのだろうけど、その優しさは私には必要ない。ここは私も戦えることをアピールした方が良いだろう。
そう思って口を開いたところで、後方で怪物の悲鳴がきこえた。次いで血花が咲き乱れる。ポカーンとそちらを見てしまうが、蛾の怪物がこちらに飛んできたのを天使様が切ってくれたところで、いかんいかんと首をふる。
いざとなったら、私が天使様の戦いをサポートしないと。足手纏いになるつもりは毛頭ない。
怪物が私に向かって触手を伸ばしてくるが、天使様がすぐに気づいて切り落としてくれる。しかし、切り落とされた触手はすぐに再生すると天使様の腕や腰に絡み付いて動きを封じようとしてくる。
いつまでも守られている訳にはいかないと、腹をくくったところで、頭上から黒い人影が降りてきた。怪物の背中に乗ると、そのまま赤や青、金の星が煌めく、宇宙を閉じ込めたような美しい刀身を持つ刀を躊躇いなく突き刺した。あの刀はいつも私達家族を守ってくれる流星刀さんじゃないか。そしてあの人影は。怪物は断末魔の叫びを上げて消え失せる。
さっと片膝をついて地面に着地した少年の、緑がかった金の目は殺意を宿してギラギラと煌めいていた。天使様が警戒したように彼に剣を向ける。
「お兄ちゃん!」
「俺は貴方の敵にはならない。残りを片付けますよ」
お兄ちゃんがどうしてここに。気になるがまずは敵を倒さなければならない。敵に刀を刺したり、回し蹴りで敵をふっとばしたり、怪物の首を飛ばしたりしているうちに草原は赤く染まり、怪物たちの死体で埋め尽くされた。終わりかな。天使様の腕から降りようとしたところで、お兄ちゃんに蹴り飛ばされて、木の幹に派手に叩きつけられ伸びていた犬の怪物が起き上がるのが見えた。天使様が気づいて振り向く前に声がきこえた。
「動くなよ!」
間髪入れずに、顔の前を星を散らした黒い刀が豪速球で通りすぎる。飛びかかろうと跳躍してきた犬もろとも木に突き刺して、怪物を磔にしてしまう。
「ま、自分の不始末は自分で片付けないとね。二人とも怪我はありませんか?」
天使様は一つ頷いた。
「すまない、助かった」
「いえいえ、お気になさらず。妹を守るのも兄の役目ですから」
全く夕理さんはお転婆なんだから、と呆れたように額にデコピンを食らってしまう。
「お兄ちゃんだって、たまに夜の散歩に行くじゃん!」
「俺は自分の身は自分で守れるから」
木から流星刀を引き抜きながら、お兄ちゃんが答える。わ、私だってその気になれば攻撃魔法の一つや二つ使えるもん!
「お兄ちゃんはどうしてここに?」
「妹が夜一人で抜け出したら心配にもなるよ。あと、ここには俺だけじゃなくて父さんと母さんもいるから」
え? すると、いつの間に現れたのか銀色の翼を背中から生やした黒い獅子なお父さんと、その背中に乗った黄色い猫なお母さんが現れた。
あれ、来ていたの? 本来の姿に戻るなんて珍しい。
「全く、父さん達もいるなら手伝ってよね!」
「ごめんね、薺くんなら一人で大丈夫だと思ったんだ」
「格好良かったよー‼ さすが、私の息子」
お母さんは『一刀両断♡』『あんたが大将』と書かれたうちわを振っている。ハートで飾られていてなかなかに可愛い。
「まあ、信頼されていると取ろうか」
お兄ちゃんは盛大なため息を吐いた。幸せが逃げちゃうよ?
「今日は私の娘がお世話になりました。本当にありがとうございます」
お父さんが天使様に向かって深々と頭を下げた。お母さんもお父さんの背から降りて、「守って頂きありがとうございます」と頭を下げます。
「いや、いい。頭を上げて欲しい。俺は結局あなた方のご子息に助けられたわけだから」
「いや、薺くんの場合はちょっと……」
「父さん。……別に俺が助けに入らなくても大丈夫だったと思いますよ。ただ俺が心配性だっただけです」
「助けてくれてありがとうございます! 格好良かったですよ」
私は天使様を見上げてにこりと笑う。それに答えて天使様も微笑んでくれた。う、麗しい。そこで、安心したせいか眠くなってきて思わずあくびが溢れてしまう。
「ふふ、夕理ちゃんはもうお休みかな」
「すみません。ほら、こっちにおいで」
お父さんが私を引き取ろうと、人型を取ってこちらに腕を差し出してくる。私もお父さんの方に行こうとしたところで、額にちょっとした圧力を感じた。
おや、やけに天使様のお顔が近いぞ。
「今日のことは忘れた方がいい」
なんで。なんでそんな寂しいことを言うの。もっと、お話ししたいし、仲良くなりたいのに。そう言いたかったのに言葉が出てこない。闇に呑まれる。
目覚まし時計の音に飛び起きる。朝。なんか、大事なことを忘れてしまったような。大事な人がいたはずなのに。
「おはよう、夕理さん。今日は早いね」
「おはよう、我が家のお姫様。今日も可愛いわね」
お父さんとお母さんに挨拶を返してから、ソファーに座ってテレビをつける。怪獣もののアニメを見ていたが、やはり気になるのでお父さんとお母さんに聞いてみる。
「ねぇ、昨日の晩に誰かに会ったよね?」
「昨夜? 別にお客様は来なかったわよ」
「夕理さんは昼間たくさん遊んで疲れたからって、昨日は早く寝ていたよね」
「何か楽しい夢でも見たのかしら?」
夢。夢だったのだろうか。でも、あの優しい手が温もりが忘れないでと訴えてくる。あの、草原で一緒にお弁当を食べたのは。
ポロリと目から雫が溢れて、慌てて手でぬぐうが止まらない。すぐにお母さんが隣に来て抱きしめてくれる。お父さんもあやすように撫でてくれるからいよいよ涙が止まらない。
「一緒に、お父さんが、、ね。 作って、、、くれたサンドイッチ食べたの。、、それで、、、タヌキさんたちとお歌歌って、、悪い敵からも守ってくれて」
しゃくりあげながら言えば、そうだったのと優しく相槌を打ってくれる。
「でも、思い出せない‼ あれは、誰だったんだろう」
ぎゅっとお母さんに抱きついて、お洋服に涙のしみを大量に着けてしまう。後で謝ろう。
「大丈夫、大丈夫よ。貴方が望むなら絶対に会えるから」
お母さんの優しい声を聞きながら、私は涙が枯れるまで泣き続けた。
登場人物紹介に夕理さんの情報を追加しています。
リュイさんたちは夕理さんが天使に会えなくて落ち込んでしまう場合を想定して、魔法で天使を夕理さんの前に出現させるために待機していました。




