夜桜先生の課外授業
「あの正体不明の雷は夜桜君だったのか。言いたくないなら言わなくてもいいけど、神の目を誤魔化すなんて貴方は一体。それにあの山羊は」
「あー、えっと、このユグドラシルを作った九尾の狐というのは元々日本で火を司る神であり、日本人の夫と番ったという話は聞いたことがありますか?」
リュイさんがコクリと頷く。よっちゃんは、ホッとしたような顔をして続きを話そうとしたところで彼の影がぐにゃりと形を変えた。リュイさんが警戒したように私を背に庇う。
よっちゃんの影からぬるりと赤い斑模様が美しい見事な黒の毛並を持つ九尾の狐が姿を現し、甘えるようによっちゃんの腹に擦り寄ると、次いでリュイさんの前に立ってぺこりと頭を下げた。人の世が苦手だからと普段は滅多に彼の影に隠れて出てこないため、久しぶりの再会が嬉しくて私も狐の前にしゃがむと右手を差し出した。直ぐに手のひらに頬を摺り寄せて嬉しそうに目をつぶる。うーん、可愛いなぁ。
和んでいると飼い主さんが慌てたように膝を折り、頭を垂れた。
「非礼をお許しください。凍える全ての者に暖かい火の加護をもたらす尊きお方にお会い出来て恐悦至極にございます」
「そう、固くならずとも良い。柚月様がお前を選んだという事は闇はもう我の家族だ」
威厳たっぷりに言っているつもりなのだろうが、私に首元を撫でられてうっとりする姿を見ては可愛いという感想しか出てこない。あと、敬語を使わない火怜さんとか初めて見た。
「私のような者にも遍く世を照らす陽だまりのような慈悲の言葉を頂き、誠に恐れ多く身に余る温情にただひれ伏すのみにございます」
偉い人に対しての言葉遣いってこんな感じなの。今まで聞いたことが無いような語彙の数々に、私海の神様であるポーセリア様に対してどんな言葉使っていたっけかなと遠い目になる。教養だ。教養を身に付けねば。
「いや、本当にこの阿呆狐にそんな言葉使わなくていいですからね。まぁ、君にとっては始祖になるだろうから敬意を払うのは当然なんだろうけど、俺が死んでからは多分こいつこの世界では何の働きもしていないのでしょう?」
仕方ないなぁと言う笑みを浮かべながらよっちゃんも狐の頭を撫でる。すると、それまで眠っているかのように閉じられていた目が限界まで開き、彼の方を凝視する。月のように優しい蜜色の瞳が潤み、恋する少女のような熱い眼差しを向けている。
「君には言っていなかったですね。俺の前世の名前は佐藤浅葱。この世界の創造神たる火怜の夫です」
リュイさんが驚愕に瞳を大きくする。
「貴方が火怜様の配偶神であられたのですね。知らぬこととは言え無礼の数々をお許しください」
「え、いや、俺は別に火怜ちゃんに選ばれただけで、神でも何でもないただの特殊能力を持った一般人だから! 君に平伏なんてさせたら、俺がゆうちゃんに殺されます」
よく分かっているじゃないかと笑みを浮かべていたら、よっちゃんが怯えたように体を震わせてリュイさんの後ろに隠れた。
「やばい、次は俺が黒山羊にやられる。リュイ君助けてください~」
あ、こいつリュイさんを盾にするんじゃない! 火怜さんも何故かショックを受けたように口をあんぐり開けた。
「浅葱様、何故に我を頼らぬのですか? やはり獅子の方が格好いいのでしょうか。狐じゃだめ、狐じゃだめですか!」
「よっちゃん、貴方の愛しの奥さんが不安がっているよ」
「誰よりも美して可愛くて強い火怜ちゃんが一番に決まっているだろう。でも、俺は貴方には危ない目にあって欲しくはないんだよ。ただの人間だとしても、俺は火怜ちゃんを守りたい。そんな我が儘な夫を許してくれないか」
真面目な顔で放たれた熱量の高い言葉に、感極まりましたというような顔できゅいーと一声鳴くと、火怜さんはよっちゃんの方に飛び込んでいった。彼も危なげなく受け止めると頭の天辺に軽くキスをする。
「あと、一琉と呼べといつも言っているだろう」
耳元で囁く声音の甘さにこんな従兄弟の姿見たくなかったとゲンナリする。
「はい、はい、一琉様。私は嬉しゅうございます!」
ハートが乱舞している幻覚が見える。二人っきりになると火怜ちゃんは凄いんだ、と昔よっちゃんが言っていたけどその片鱗を見た気がする。
一通り運命神をボコって満足したのか、流星刀が姿を変えた黒山羊がこちらに近寄ってきて甘えるように鳴く。無心で首の当たりを撫でながら次はこの子の説明をする。
「この家宝は、浅葱さんを失い失意の底に沈んだ火怜様がその悲しみを糧に生み出した物なんです。自分は浅葱が再びこの世に帰るまで墓守をするから、その間夫との間に出来た愛しい子を、そしてその子孫を守るために彼女が授けた最強の武器」
ただし、威力が強いため真の流星刀の力を使う為には、敵に対して強烈な恨みや怒りを感じた時にしか使えない。その負の感情を糧にして能力が発動する。普段は別の家宝が制約なしに使えるから、私も使うのは今回が初めてだ。
因みに、この家宝は使う相手によって形状や能力が変わる。私の場合は敵の精神を喰らい、持ち主の意思に反応して使用者やその味方の死の運命を回避するという能力を持つ。トラップを無効化したり出来るのである意味便利ではある。
なお、私の母である月菜の場合は殺意に反応して周囲に冷気を放ち、切った部位は凍傷になって腐り落ちるという、恐ろしい氷の剣になる。
「問題が解決したなら一緒に帰ろうか。もうすぐ黄昏の宴が始まる」
一しきり戯れてこちらの存在を思い出したらしいよっちゃんが、こちらを見やる。いや、私も帰りたいのだが。
「あのね、リュイさんの弟である愛の神が現在行方不明らしいので、ちょっと探してきます。このままじゃ佳乃子さんが可哀想だし、探すと約束したから」
「そうですか、では主らが居ない間の向こうの世は私と一琉様にお任せくださいませ。あぁ、愛が隠れた原因はどうもこの世界の最高神にあるようだ」
黒山羊をチョーカーの姿に戻し、首に付け直していると火怜さんが思い出したように呟いた。最高神が何故。うっすらとした不安が胸に満ちる。彼が関係しているのなら別に探さないと。
「メルという猫が居ますが、その子も連れて行きなさい。荒ぶる神の気を鎮めるに、それほど優れた巫女はいません」
「え、でも、メルさんはまだ小さくて。危険はないのかな」
「大丈夫です。むしろ、そのあれだ。一琉様が言うところのおーばーきる? になるでしょう」
よっちゃん、貴方なんて言葉を教えているんだ。申し訳ないが夜桜の事は二人に任せて、黒山羊を連れて私は魔王たちと合流することにした。因みに、運命神の身柄についてだが、
「運命神もこのように穢れていてはこの世界が狂います。出来る限り清めましょう」
と、巨大化した火怜様が口にくわえて何処かに運んでいったので、今この場にはいない。
「ま、柚月ちゃんなら大丈夫だと思っていたけど無事だったんだね」
「何処も痛いところない? 大丈夫?」
日奈さんが心配そうにこちらに駆け寄って来た。自分も運命神の攻撃を受けて怖かっただろうにこちらの心配をしてくれるなんて、本当に優しい魔王様だ。
神殿に出るとすっかり日が暮れて、吹く風が冷気を含んでいる。もう遅いからという事で、ブーリさん捜索は明日にする事にして、近くだという魔王様の別荘にお邪魔することになった。
広大な海を見下ろす岬に立つ白い建物内は海をモチーフにしているらしく、巻貝を思わせる螺旋階段や海、貝殻、海草がインテリアの様々なモチーフになっている。
私が貸してもらったお部屋も白い天蓋付のベッドが置かれた広い部屋だったのだが、真っ青な海を思わせる鮮やかな色のベッドカバーに砂色のカーペットが敷かれた床、壁紙には魚が描かれていて真夏の海辺を思い起こさせる素敵なモノだった。
窓から見える空に浮かぶ月をぼんやり見上げていると、その月を背景にして背を月光で白銀に煌めかせた美しい鳥がこちらに飛んで来るのが見えた。
ん? あれ、この鳥何処かで見たよ。




