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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第3章 親族会議編
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八月、海底、ラピスラズリ

 ラピスラズリが淡く青に光り、体中を走っていた傷が全て治っていく。運命神の神域を出たからか。


 ちょこちょことこちらに歩いてきた傍らのメルさんは赤い大きな瞳からぽろぽろと涙を零していた。なんでこんなところに居るのか色々疑問だか、泣かないでという思いを込めてキスして拭えば、ビックリしたように自分の前足で目元を触る。泣いているのに自分で気づいてなかったの? 慰めるように体をすり寄せて、さぁ、ここは何処だ辺りを見渡す。

 目の前には、青い空を映し出す天の鏡のような美しい湖があった。


星宿(せいしゅく)(かい)だね。天の星を生み出す海の話は日奈さんから聞いていて写真でも見たけど、私も始めて来るわ」


 佳乃子さんが目をキラキラさせながら言う。え、あれ、これ海的な扱いなの?


「この海の底には、最高神の妻の墓があります」


「え、しゃべった⁉」


 何をそんなに驚くことが? という顔でメルさんに見られたが、地球育ちにはびっくりです。普通の猫らしくはないと思っていたけど、まさかお話しが出来るとは。


「メルちゃんはどうしてここに? 迷子になったの?」


 佳乃子さんが、しゃがんでから優しく尋ねる。今ごろリーナ様心配しているだろうな。現状を打破出来たら送って行こう。


「私は私の意志でここに居ます。心配していただく必要はありません」


「どういう事?」


「終わらせる為に来たのです」


 メルさんは星の海を睨み付けるように見やる。


 しかし、ここが、飼い主さんたち三兄弟の母である雪歌(せつか)様のお墓なのか。空気が澄んでいて綺麗な場所だ。メルさん曰はく、この海は雪歌様の死を嘆いた彗星の涙により生まれた湖であり、不思議な事に水が流れていく川はあってもこの湖から出ていく川は一つも無いのだという。そして、一年に一回、湖を湧かせた雪歌様の双子の兄なのだという彗星の神が、この地を訪れる星祭りの夜に新たな星を宇宙へ生み出す幻想的な光景が見られるそうだ。


 星祭りかー、去年アルビレオ王国のお祭りに行ったけど、そこで私を狙う神官たちの罠にかかり飼い主さんが捕まってしまったという苦い思い出がある。私の居場所を吐かせようとした神官にリュイさんが拷問され、傷だらけの姿を見た時はかなりショックで私の事なんて話していいから、敵は返り討ちにするからと助け出した後のその夜泣きついたっけ。本当、あの時は心臓止まるかと思った。

 そういえば、その夜夢に現れた女神様に「あの子を救って」と頼まれて、私はこの異世界生活に何かしらの使命がある事を悟ったのだが、あの女神様の瞳の色リュイさんと一緒だね。人間離れした思考を奪うほどの凄絶な美貌も似ている。まさか、あの女神様は。


「でも、何で運命神はこんな所に私たちを飛ばしたんだろう」


「ここに飛ばしたのはリュイですよ。あの女の魔法に干渉しても邪魔されなかったのは攻撃魔法じゃなかったからでしょうね」


 え、いや、何でそれを知っているの? メルさんの瞳には深いかげりが浮かんでいる。可愛らしい子猫には似つかわしくない大人びた憂い顔になんと声をかけるべきか悩んでいると、メルさんがそのまま湖に飛び込んだ。うそ。私たちも慌てて追いかけるように水に飛び込む。彼女は迷いなく湖の底に沈んだ石造りの聖堂に向かって泳いでいく。

 ドーム状の結界が張ってあるそこには水はない。中はローズピンクの大理石で精緻な装飾がされていてとても綺麗だ。聖歌のような清浄な音楽が何処からか聞こえてきて耳に心地よい。祭壇にどこから出したか分からない花を供えると彼女は迷いなく奥へと進んでいく。私たちも着いていったところで見た光景に二人して短く悲鳴を上げた。

 黒い鎖で幾重にも厳重に封印され、飛べないようにか翼には太い杭がいくつも撃ち込まれて固定されている赤い竜がいた。竜は苦しそうに体を震わせる。


「日奈くん! 今助けるね!」


 悲鳴のような声で叫びながら佳乃子さんが駆け寄る。この鎖をどうしたら、という所でメルさんが傍らのオルゴールを破壊して曲が止まる。


「佐藤さん、何でもいいから歌って。貴方の優しい歌なら大丈夫だから」


 竜、いや魔王様の苦しそうな呻きは止まったもののこの太い鎖に戒められているのは辛いだろう。歌。ここは海だし、魔王のお母様は人魚だから可愛らしい白い人魚の歌を歌おうか。

 アカペラで歌うのは若干恥ずかしかったが、よくお母さんが子守歌で歌ってくれた曲にしてみた。鎖が大きな音を立てて崩れて、杭と共に砂になって何処からか吹いてきた風に運ばれて消える。竜が目を開ければ懐かしい夕暮れ空の色が現れる。魔王様の瞳だ。


「ありがとうございます。助かりました。ですが、貴方がどうしてここに?」


 良かったよー、と泣きながら抱きつく佳乃子さんを安心させるように頬を擦りよせながら魔王様が尋ねる。私が事情を説明すれば魔王が瞳を大きくした。次いで何事か低くつぶやく。もしかして、彼をここに封じたのも運命神なのかな。彼はリュイさんに悪感情を抱いていないみたいだし、邪魔されると思ったのかも。


「分かりました。事は一刻を争いますし、どうぞ背中に乗ってください。ディースの元へと送りましょう」


 体は大丈夫かと心配するが、「貴方の歌でだいぶ回復しました」と竜な笑顔で言われてしまえば何も言えない。佳乃子さんとメルさんと共に竜に乗って再び運命神の神殿を目指す。









 チャリで来たならぬドラゴンで来たをやってのけて再びやって来ました、運命神の神殿。とはいえ、先ほどは招かれたが今度は違うので、警備の自動戦闘人形たちが大岩をこちらに向かって投げてきたり、鋭い槍で私たちを刺そうとしてくる。


「ここは僕が引き受けますから、佐藤さんは夜柚のことをお願いします!」


 おいマテ。その言葉はフラグだ。佳乃子さんやメルさんもいるからと心配になった私は、助っ人を呼ぶことにした。


「みんなー、ユグドラシルのバカ運命神に苛められたー。助けてー」


 大きな声で天に向かって叫べばその場に触手の群れが合わさったようなクトゥルー神話の邪神や映画でおなじみの怪獣、スライムに最近コサックダンスをマスターした兵馬俑が現れる。私が料理を失敗して生み出したモンスターさんたちだが皆優しく、困ったときはこうして助けてくれるのだ。怪獣が火を吹いて人形を焼き尽くしたり、邪神が触手でもって人形をからめとり壊していく様を見て魔王が遠い目をする。


「本当、佐藤さんはなんでもありですよね」


 人形の相手を邪神たちに任せて、私は神殿の奥へと走る。豪奢な金細工を施された白い扉を開けると、冷たい声が聞こえてきた。


「あらあら、人間と言うのは本当にしぶといのね」


 運命神はベールを下ろしていた。人形の様な無機質でただ美しいだけの顔だ。というか、何で飼い主さんの膝に座っている訳。そこは私の席では! 


「貴方は本当に邪魔だけど、殺してしまう訳にはいかないね。まだ絶望をみていない」


「ディース、佐藤さんに手は出さないで」


 それが契約だろうとでも言うように、リュイさんの長い指が運命神の赤い髪に絡んで顔を引き寄せる。距離感の近さに私の中の緑の目の怪物が再び暴れ出しそうになったが、根性で耐える。


「貴方は私の絶望した顔も見たかったんですか?」


「えぇ、私のモノを取られたんだもの。復讐するのは当然よね。自分の愛した人に忘れられるって体験をすればいくら鋼の精神な貴方でも参るんじゃないかと思ったんだけど、結局柚月ちゃんの力で何とかしちゃうし。あ、そうそう。前回貴方の友人を勇者として呼んだの、それ、私なのよ」


 何でもない口調でとんでもない爆弾が落とされる。でも何で。


「夜柚が魔王だって間違った情報を流したのも私。お互いの正体を知らないまま殺し合うのもまた一興かと思ったのよ。だから、柚月ちゃんの事が分からないよう目をくらませて、貴方を夜柚自身で殺させてから正気に戻そうとしたのに、破られちゃったわね。何故かしら」


 リュイさんはぐっと耐えるように唇を引き結んだ。もし、運命神の筋書き通りになっていたらリュイさんはどうなっていただろう。怖すぎて想像できない。マジ誤解解いていて良かった。


「佳乃子ちゃんだったかな。あの子に光の神の能力を介して呪いをかけたのに弾かれたのにはビックリしたよ。まぁ、予想通りにいかない事が偶にあるのは面白いからいいけど。でも、明陽(あけひ)も私の操り人形として素敵な劇を見せてくれていたのに、最後は柚月ちゃんに取られちゃったわね。いつも最後に立ちはだかるのは貴方なのよね。本当に殺してやりたい」


 呪いは嘘だとエファさんは言っていたけど、本当はかけられていたんだ。エファさんが守ってくれたのかな。 


「でも、貴方はリュイさんの事が好きなのでしょう。何故傷つけるようなことばかりするの?」


「私ね、この子の母親の雪歌とは幼馴染だったの。だから、雪歌の死後にこの子の世話を頼まれていたから、誕生の現場に行ったの。そしたら、母親の死を悼んで泣いているこの子の姿を見て、始めて誰かを欲しいと思ったのよ」


 婀娜(あだ)っぽく笑うと飼い主さんの頬をすっと手でなぞった。そのまま、手が下に降りて行き首筋をなぞる。リュイさんが小さく震えた。私はわざと大きな音を立てて咳払いをしてやった。


「悲しみを帯びた憂い顔がこれほど美しい何て初めて知った。私を歪めたのは貴方なのだから責任取って欲しいね」


「貴方は自分の欲望を満たすために、彼を傷つけ続けたというの」


「だって、時がたてば傷は無くなってしまうわ。だから、消える前に爪跡を残さないといけない」


「『時はすべての傷を癒す』と言われているが私は賛成しない。傷はいつまでも残る。心は正気を保つために、やがて傷をカサブタで覆い、痛みは減るが、傷が消え去ることは無いBy佐藤」


 いやそれ、ローズ・ケネディの名言! という友人のツッコミは聞こえない。


 この名言は、悲しみに対する時間の効用について的を射ていると思う。運命神はリュイさんの中に何度も何度も消えない傷を作っていったのだ。


 私は人の愛し方何て偉そうに教授できる立場ではないが、それでも彼女のは愛ではなくただの独りよがりの欲望だ。それじゃ、リュイさんが運命神に靡かない訳だろう。


「ふーん、でもいいの? ここは私の神域なのよ。貴方の我が儘のせいで貴方が大事にしているお友達が大勢死んでしまってもいいの?」


 私はハッと瞳を大きくする。


「柚月ちゃんは自分が傷つけられても好きな相手に忘れられても、私が期待したような反応見せないから面白くないのよね。なら、諦めてもらうならこっちの方が良かったのかしら」


 嫌な予感に毛並が逆立つ。中空にこの神殿の護衛人形と戦う皆の姿が映し出される。突如現れた氷柱が怪獣や邪神の身体を貫いていく。悲痛な叫びに私は顔を歪める。突風が巻き起こり佳乃子さんが風で吹き飛ばされるが、日奈さんがなんとか受け止めてホッと息を吐いた。


「私の決定は最高神でさえ覆せない。どんなに嫌でも夜柚は私のモノになるしかないのよ」


「ねぇ、私が別れるって言ったら皆は無事なの?」


 私の選択のせいで誰かが犠牲になるのは嫌だ。決心が鈍りそうだからリュイさんの方は見ずに運命神と目線を合わせる。


「私は別に誰かを害する欲求は持っていないわ。貴方が賢い選択をするなら、今負った傷も治して開放すると約束しましょう。大体あの子たちの悲しみに興味ないし」


 いや、どの口が言うんだ。私は大きく息を吸う。それが運命神の選択なら、私も覚悟を決めよう。












「じゃあ、最後に夜柚君とキスをさせて。私はその思い出を胸にこれから生きていくわ」


「まぁ、貴方も最後にお別れは言いたいでしょうし」


 勝者の余裕なのか、運命神は彼の膝からようやく降りると軽くリュイさんの肩をたたく。ふらふらと近寄ってきたリュイさんは糸が切れた人形みたいにその場に膝をつく。甘えるように鳴けばそろそろと優しく抱き上げてくれた。零れる涙を前足で拭いながら私は努めて笑顔を作る。運命神は私が余計な動きをしないように見張っているようだ。


「あぁ、本当に綺麗だね。ねぇ、そんなに泣かないでください。私は貴方の笑顔が好きなんです」 


「ご、ごめん。さ、いごだから、笑わない、と」


 泣き笑いに近い表情に思わず胸がぎゅーっとなる。私は前足で彼の頬をゆっくり撫でる。


「私たちは愛し合う事すらも許されないんだね」


 私は果たして笑えているのだろうか。赤味を帯びた金の瞳を覗きこむ。リュイさんの瞳に映る自分の顔に絶句する。うわ、酷い顔。この顔を覚えられるのは乙女として辛いなー。ぐっと近づいてそのまま猫な口を飼い主さんの口に押し当てる。するといつもより荒っぽい仕草で毛並が撫でられた。


「長いね」


 キスの合間に言えば、若干不満げなリュイさんの口でもって口をふさがれてしまう。おおう、何て情熱的。積極的な彼もいいな。切なげな吐息を零しながらリュイさんが唇を離し、こつんと額同士を合わせる。


「愛しています」


「私もよ。ね、このチョーカーを取ってくれますか。今度は本来の姿でしたいな」


 震える手がゆっくりと私の首輪を外す。飼い主さんの腕から飛び降りてチョーカーを受け取れば、私の姿は馴染んだ黒髪の少女に変わる。お互い座っているから目線が近い。どちらからともなく唇が重なる。甘いな。

 キスをしながらそっと薄目を開ける。窓から差し込む月の光が彼を照らし出して本当に綺麗だ。今にも夜に紛れて消えてしまいそうな儚げな姿に、私は抱きしめたくなる衝動を堪えて唇を離し、リュイさんの目を覆うように手のひらを当てた。戸惑うように私の手にリュイさんの手が重なる。



「好きだよ、好き、大好きなの。それは私がこの先千年生きたとしても変わらない。もう、手遅れだ」


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