アイスキャンディーと蝉時雨
「立秋も過ぎて暦の上では秋とかとても信じられないわよね。今日も暑くなりそうよ」
「まぁ、まぁ。でもさすがに朝は涼しいね」
お盆の時期に行われる夏の会合に赴くため、リュイさんとよっちゃんと共に親戚の妨害を乗り越え無事京都に着いた私は、ただ今京都にある夜桜家本家の縁側で、庭に咲く朝露に濡れて美しく輝く赤や青の朝顔を見ながらスイカを食べていた。庭園の苔の絨毯と、眩いばかりに爽やかな青もみじの織り成す幻想的な光景に息をのむ。
夜が明けたばかりの澄んだ青い空気を喜ぶように、風鈴が涼やかな音を響かせる。紫や赤、青など様々な色が混ざり合っている空には、まだ夜の世界を終わらせたくないのか、白く光る月や僅かな星が残っている。
清少納言は、夏は夜と言っていた。だが、この暑い盛りを迎える前までの青く澄んだ光が世界を支配するこの独特な雰囲気の夏の朝も、一番美しい瞬間として捨てがたいなと思ってしまう。
今日から始まる親戚の集まりに緊張して早く目覚めてしまい、こうして部屋を出てすぐの縁側で朝顔を眺めていたのだが、同じくあまりよく眠れなかったという顔をして現れたよっちゃんが用意の良い事に切り分けたスイカと麦茶を持ってきてくれた。マジ有難い。
「これ、甘くて美味しいね」
「ねー。夏はやっぱりスイカだよな~。あ、リュイ君の様子は大丈夫? あれから、式神とか蠱毒とかけし掛けられていない?」
「今は良く寝ているよ。眠りが深いから一度寝たら朝まで起きないんだよね」
しかし、昨日の夜はやたら私に甘えて来たのは何だったんだろう。彼が寝落ちする寸前、唸るように「夜桜君には渡さない」と言っていたんだけど、二人の間にロマンスが芽生える可能性は0よ? 安心して。
「屋敷にかけられている妖避けの結界は彼には何の効果も無いみたい。あと、呪詛は私の飼い主さんはそういうの自分で始末して隠してしまうから分からないんだよね」
よっちゃんが一番得意とするのは呪詛返しだから、もし親戚たちがより強力な呪術を仕掛けてきても彼とそして今現在この一族で最強であるよっちゃんのお父様である奏多さんも手助けしてくれるとは思うけど心配だな。
昨日、京都について昼食もそこそこにお守りとして奏多さんから渡された呪詛返しの術式が組み込まれた孔雀石のブレスレットを飼い主さんには付けてもらっている。夜桜家が安全じゃない事を証明するような贈り物に私も気を引き締めた。
「今日の午後に百日紅が、夕方には八朔が挨拶に訪れてそのまま夜は宴会になる。その場で婚約の解消については発表するし、妨害工作も止めるように説得するけど早々納得はしないだろうね」
今のご時世、呪詛を用いて他者を傷つけるなどあってはならない。リュイさんが異世界で最強とも言える強い魔力の持ち主だから何ともなかったがそうでなかったら死にはしないまでも病気になったり大けがをしていたかもしれない。被害の記録はすべて取ってあるし、呪詛返しをされれば術者も無事では済まない。証拠と怪我の理由を付き、しかるべき処分を下すという手もあるけどこちらも慎重にいかないと自暴自棄になられたら嫌だ。
「ま、午前中は何もないから。折角京都に来たんだし観光がてらデートしてきたら」
「え、でも、私も何か手伝った方が良いんじゃ」
「基本的に式神にやらせるから準備とかもないし、カナちゃんと打ち合わせしたいことがあるから大丈夫だよ。楽しんでおいで」
よっちゃんはご両親の事を「カナちゃん」「マナちゃん」と呼ぶ。眼光鋭い男前な奏多さんに面と向かってカナちゃんと呼べるのは、実の息子くらいなものだろう。
旅館か何かの様な豪華な朝食を終えて、折角だからと夜桜家から歩いていける距離にある清水寺に向かうことになった。
たくさんのお店を覗きながら参道を手を繋いで歩いていく。蝉時雨が頭にうるさいくらいに響くが、それに負けないくらいお店が一杯で活気があって何だかお祭りのときみたいな高揚感を覚える。
中には観光客と思われる着物姿の集団も目に入り、リュイさんの着物姿を想像して思わずにやけると言う不審者になってしまった。前に見たことがあるけど、素敵だったもんなー。
参道には果物を使ったアイスキャンディーのお店もあって、夏の暑さに顔をしかめていた私は思わず吸い込まれてしまう。真っ赤なイチゴ味のアイスキャンディーをかじると生き返った気分になる。
「リュイさんは抹茶味好きですよね」
日本に似た瑞穂国を旅していたときも抹茶味のスイーツばかり食べていたけど、今回もリュイさんが選んだのは抹茶味のアイスキャンディーだった。
「定期的に食べたくなるんだ。佐藤さんも一口どうぞ」
リュイさんの手首を軽く握り、差し出された深緑色のアイスを一口かじる。美味しい。
「じゃあ、私も一口ね」
「ありがとう。……うん、甘いね」
アイスキャンディーの魔力で気力を回復させて、参道を登って行く。
真っ赤な仁王門が見えてきたので思わず写真をパシャリ。門を抜けて読経の声が響く清水寺へと向かう。うす暗い堂内には、お寺らしく線香の匂いが満ちていた。
うわ、中に入ると建物の木の柱がよく見えるな。本堂の前には弁慶の錫杖とたか下駄が置いてあった。弁慶ってあの有名な? 看板の説明によれば、持ち上げる事が出来れば願いが叶うらしい。なら、早速。特技は男性をお姫様抱っこ出来る事である私に死角はない。たか下駄を無事持ち上げてみせて、周りの人に拍手をもらって、どうだと笑顔になってしまう。
「リュイさんもしてみませんか?」
「そうだね」
リュイさんは片手で重そうな錫杖を涼しい顔で持ち上げる。わ―、凄い。さすがは男の子。
「嘘だろ、あれ90キロあるんだそ」
「あんな細いのに力持ちなんだー」
わぁ、さすがは男の子ダナー(白目)
目線を集めて気まずいので観光客の目から逃げるように観音様を拝んで、お次は地主神社へ向かう。ここは、縁結びで有名な神社なんだよね。お賽銭を1000円投げ込み、夜柚くんと結婚できますよう、ずっと仲良く過ごせますようにと念入りにうざいくらいに願っておく。
社務所に行けば、恋にまつわる神社だけあってお守りも恋愛に関する物が多い。心惹かれた幸運の鈴をお揃いで買って神社を出た。
ガイドブックでよく見る清水の舞台と京都市内の風景がよく見えるお堂で写真を撮り、そこに祀られた仏さまを拝んで今度は音羽の滝を目指す。途中の道は一面桜が植わっていた。そういえば、この桜は亡くなった人を慰霊するために植えられた木なんだよね。木の札に書かれた見知らぬ誰かの名前に私は思う。春の桜の美しさが少しでも残された家族の傷を癒せるといいな、と。
ここは有名な観光地であると同時に、亡くした大事な誰かを想う祈りの場なのだと、私は改めてそう感じた。
古い町屋を改装した今流行りの古民家カフェで、京野菜を使ったカレーと水出しコーヒーを堪能し夜桜の屋敷に戻ってきたが、玄関先で言い争うような声にびっくりしてしまう。
そこには、平素なら美しい顔なのだが今は眉が吊り上がっていて一瞬鬼かと思うくらいに怖い顔をした百日紅の現当主がいた。妖艶な雰囲気をまとう長い黒髪の女性はせいぜい30代前半にしか見えないが本当は私のお母さんたちより年上なのだという。うちの一族若作りな人多くないか。
普段人とのかかわりは面倒だから嫌いだという彼女が出てくるなんて何年振りだろうか。
「だから、私たちの使命は妖魔の攻撃から人々を守ることなのよ! なのに、何で敵である妖の血を入れようというの。しかも、そいつが来ているっていうじゃない。汚らわしい」
「人間にだって悪い人は居るのですから、一概に決めつけて言うものではありませんよ。彼は、俺があった限りだとむしろ知りもしない相手を汚らわしいと命を落とすような術まで使って排除しようとする貴方がたよりよほどマトモで優しい青年に見えました。大体柚月ちゃんが好きになる相手が変な訳ないでしょう」
よっちゃんの父である奏多さんの言葉に私は嬉しくなる。
「夜桜の当主の言葉とは思えないわね。人の血を大事にしたいと思って何が悪いの」
「大体、私の妻だとて純粋な人間ではありませんよ。遠い昔の祖先として狐の血を引いています。それには何も反対しないのにそれを言うのは可笑しいでしょう。まして貴方の家でも分家でもない、他家の事情に首を突っ込んでいいと思っているんですか」
「だって、茉奈様のご先祖は日ノ本の神でしょう。意味が違う」
「柚月ちゃんが連れてきた相手だってこことは異なる理の世の神ですよ。貴方たちは彼の慈悲で生かされているのだということを忘れてはいけません」
売られた喧嘩は買うものだと、奏多さんにばかり矢面に立ってもらうのは申し訳ないので一歩を踏み出したところで、ぐにゃりと地面がゆがんだような気がした。
3年前の夏に京都を旅行した時の事を思い出しながら書きました。清水寺は改修中だったので、いつかリベンジしてまた行きたいなと思います。その時は工事用の木組みに覆われていない清水の舞台が見たいし、前回行きそこなった二条城にも行ってみたいです。




