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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第3章 親族会議編
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そうだ、京都に行こう

「いえーい、おはよう! 今日もいい天気だね」


「おはよう、この暑い中朝から元気ね。羨ましいわ」


 五月蠅い位の蝉しぐれが鳴り響くなか私はリュイさんと共にキャリーケース片手に博多駅についた。まだ午前9時を過ぎたところだというのに、外の気温はとっくに30度超えている。


 夏さん、そんな本気出さなくていいのよ。


 待ち合わせをしていた夜桜一琉(よざくらいちる)くんことよっちゃんは今日も元気だ。まぁ、彼は夏が大好きだからだろう。反対に冬の寒さは苦手で、どうしても必要な外出以外梃子でも出てこない。


「おはよう、夜桜君」


「おはようございます、リュイ君。本当にうちの親戚がご迷惑をかけて申し訳ありません。貴方の事はゆうちゃんと俺が全力で守るから、安心してください」


「いいえ、貴方こそ家族と争うのは辛いのではありませんか。心配です。俺は大丈夫だから無理しないで」


「……いや、ホントゆうちゃんの天使ヤバイね。お賽銭投げたくなる」


 そうだろう、そうだろうと私は全力で頷く。


「夏休みだけあって旅行に行く人も多そうだね。あ、あの二人はこれから付き合って初めての旅行かな。ワクワク感と何処か恥じらいがある初々しさが堪らないね。あー、最高」


 そっと涎をぬぐうよっちゃんの視線の先には、お互いに顔を赤らめて多少ぎくしゃくしつつも二人でガイドブックを覗き込んでいるカップルの姿だった。本当相変わらずだね。


 と、そこで構内に放送が流れる。謎の機器トラブルで東京方面に行く新幹線が全て停止してしまったらしい。運転再開がいつになるかも分からないらしく、当然私たちが乗る予定だった「のぞみ」も止まってしまっている。


「へー、京都行の新幹線まで止めるとか。よほど折檻されたいみたいだね」


 地の底から響くような声音に私はびくりと肩を震わせる。暗い陰りを帯びる琥珀色の瞳に、これよっちゃん結構本気で怒っていないかと相手に同情してしまう。リュイさんがそっと頭を撫でてくれてちょっと和んだが、え、これも親戚の妨害なの? 婚約解消されたくないからそもそも京都に来るなってことか。もしかして、両親が来られないように火山を噴火させたのも。まさかね。

 よっちゃんが物陰に向かうのを私も慌てて追いかける。もしかしたら、何か有効な家宝があるかもと脳内でリストアップしている内に、人影のない階段の前で彼は足を止めた。


「臨兵闘者皆陣列前行」


 これって中国の「六甲秘呪」か。魔除けの呪文でもあり護身法の一つでもあるんだよね。フワリと中空に札の形をした半紙が出現し、よっちゃんが呪文を唱えると同時に文字や絵が書きこまれていく。ケースに入れていた弓矢を取り出すと、作り出した呪符を矢で一気に貫き、中空に向けて呪符が付いた矢を放った。不思議と矢は天井を通り抜けて何処かへと飛んで行く。


「よっちゃん、今のは何したの?」


「多分もう新幹線は動き出すと思うよ。ごめんね、巻き込んだ」


「貴方は他人に対して責任を取る必要はない。貴方が他人に負っていることといえば、それは愛と善意だby佐藤!」


「うん、そうだね。終わってしまったことは仕方ないから、俺は自分が良いと思ったことを貴方たちに返すよ。ゆうちゃんは良いこと言うね」


「ごめん、これマーフィーの名言」


 それ、○○の名言! というツッコミを入れてくれる友人って本当に偉大だったのね。

 彼女は今はブーリさんと一緒に日奈さんの実家である海の宮殿に遊びにいっている。そこでもまた国を守るという伝説を持つ水晶の盾を岩から取り出してしまったとラインしてきたけど、また勇者にでもなるつもりなのかしら?


 リュイさんの所に戻ると同時に機器トラブルが解消されたので、点検を行ってから通常運行に戻るという放送が流れた。マジで、術の影響だったんだな。まだ後一時間ほどは新幹線が動きそうにないので、今日の功労者を労う意味でもコンビニでスイーツ買おうかなっと思案する。


「え、いいの? 俺オレンジジュースと何か果物のゼリー食べたい!」


「了解。リュイさんは何か要りますか?」


「俺は大丈夫。あの、一緒に」


「えー、俺だけお留守番はつまんない! 俺、君とも仲良くなりたいから構ってくださいよ~」


 気に入った相手には割とウザ絡みをするよっちゃんは、リュイさんをターゲットにしたらしく抱き着いて頭をワシャワシャ撫でている。それに苦笑しつつもされるがままになってくれているリュイさんに内心頭が下がる。彼が美味しいと言っていたコーヒーゼリーとお茶を買ってこよう。

 コンビニで自分用の桃ゼリーとお茶も買い、首尾よく従兄弟への貢物を買いこんで二人の元に戻ろうとしたのだが、何やら真面目な空気に入って行っていいのか悩んで足を止める。


「リュイ君はさー、俺に聞きたい事があるんじゃないですか。俺ばっかり質問していたから代わりと言ってはなんですが、貴方からの質問には何でも答えますよ」


「夜桜君は、本当に佐藤さんとの婚約を解消することに納得しているの?」


「あ、やっぱりそこ気になりますよね。大丈夫ですよ。元々お互いに好きな人が出来るまでの破棄される前提の契約だから。どうぞ、熨斗を付けて差上げますよ。いや、しかし、あの王子様は絶対に結婚相手に女の子を連れて来るんだと思い込んでいたから、こんなイケメン連れて来るなんて驚きました」


 うんうん、お互い恋愛感情なんて湧く訳がないからね。でも、よっちゃんまで私が女の子を好きだと思っていたという事実にビックリである。女の子は須らく好きだし可愛いと思うけど恋愛対象は男性よ。


「本当に? でも、貴方は佐藤さんの事を」


「もちろん、愛しているに決まっているだろう」


 苦笑しながら告げられる言葉によっちゃんは相変わらずだと笑う。幽霊が起こす事件を解決する家柄である彼は、昔から依頼者が抱える「もっとこうしておけば良かった」「気持ちを伝えればよかった」という後悔を見て育っていた。

 そのせいか、自分はいつ相手が死んでも笑って「ありがとう」と見送れるように日頃から素直に気持ちを伝えてくる癖があるのだ。でも、お互い色々あって最近まで会ってなかったから久々にその言葉聞いたな。












「ようこそお越し下さいました」


 新幹線で京都駅に無事降り立った私達は、迎えに来てくれた夜桜家が用意したハイヤー車で夜桜家の本邸にやってきた。相変わらず高級旅館か何かのように荘厳な日本家屋だ。建物自体が重要文化財に指定されていると知った時には納得感しかなかったな。使用人に扮した式神さんに荷物を預ける。


「ただいまー」


 とはいえ、よっちゃんにとっては生まれた時から住んでいる我が家だ。なんの気負いもなく扉を開ければ、隙のない和装をしたこの家の主でよっちゃんのお父さんである奏多さんが三つ指をついて深々と頭を下げて出迎えてくれた。あ、リュイさんの正体が神様だからかな、この対応。


「この度は、私の不徳の致すところでご迷惑をお掛けしてしまい申し開きの言葉もございません」


「は、え、カナちゃん、貴方そんな敬語使えたの?」


 よっちゃんは自分の父親を何だと思っているのだろう。私が知る中では一位二位を争う常識人だと思うけど。


「いっちゃん!  この様子だと今までとんだ無礼を働いていたのでは。本当に申し訳ありません。息子にはよく言い聞かせておきますから、どうか今までの非礼をお許しください。どうか、罰はこの私に!」


 驚いて固まっていたリュイさんだが、すぐに我に返ると優しい笑みを浮かべた。聖母かな?


「顔を上げてください。俺は貴方達に怒ってはいませんから。むしろ貴方達の立場なら本来受け入れられないはずの俺に対して良くして頂いて、感謝こそすれ罰だなんてとんでもない」


「寛大なお言葉感謝致します」


「夜桜君も今まで通り普通に接してね」


「了解です。カナちゃんも恐縮し過ぎだよ。気安くて優しい神様だって事前に言っておいただろう」


「誰もがいっちゃんみたいに心臓に毛が生えている訳じゃないんだよ」


 いくら穏やかな相手だとしても、礼を失するべき相手ではないとぶつぶつ言っていた奏多さんだが、このあと通された和室でお茶とお菓子を持ってきた茉菜さんが、親戚の子が遊びにきたときの何らかわりない挨拶をして、リュイさんと握手までしていて膝から崩れ落ちていたのが印象的だった。

 佐藤の血筋はやはり何処かおかしいのかもしれない。










 昼食は、この家を代々守る妖怪が腕を奮う和食だったが、夕食はよっちゃん作のピザだった。ちゃんと生地から手作りする本格派である。会合が始まれば上品な懐石料理ばかりだから、今のうちにジャンクなものが食べたいというよっちゃんのワガママからだが、佐藤さんは知っている。ピザを作る時はよっちゃんが怒りを抑えている時だと。

 親の仇を殺すかの如くピザ生地を台に叩きつけるよっちゃんの鬼気迫る姿に、触らぬ神に祟りなしとばかりに厨房から妖怪や式神が逃げ出す。私は思わず合掌した。

 なお、完成したピザは何枚でも食べたいくらいに美味しかったが、その美味しさが逆に恐怖でしかなかった。


 大浴場か何かかと言いたい広々としたお風呂を堪能して、割り当てられた部屋に戻る。夜桜家は広いから宿泊する際は基本一人部屋になる。久しぶりに一人で寝るなー。

 普段は出来ない夜更かしをしちゃおうと、意気揚々と布団に潜り込み持ち込んだゲーム機で遊んでいたが、旅の疲れからか早々に眠くなってきた。諦めてセーブをして電源を切り、電気を消した。










 部屋の前に誰かが居るような気配に急速に意識が浮上するが、すぐにそれが安心出来る相手だと悟り体の力を抜く。でも、いつも夜は早く眠るのに珍しいな。静かに障子が開く音に思わず寝たふりをしてしまう。息を殺して近づく気配に、何か前にもこんなことあったなーと思い返す。


「···柚月さん? 寝ているよね?」


 何だか寝ていて欲しいような小声のトーンなので大人しく寝たふりを決め込む。何だか寝顔を見られているような。特に面白くも何ともないような普通の顔だと思うけどな。

 意を決したように布団がめくられするりと隣に潜り込んでくる。おーい、お兄さん大胆ですね!  ほう、と心底安心したように息を吐かれて愛しさで爆発しそうだ。


「離してあげられなくてごめんね。……でも、貴方が望むなら俺は」

 おいおい待て待て。私は別れるつもりなんてないぞ。割りと飛躍した思考をしているお方なのは知っているけど、今度は何がきっかけでそんな間違った結論に飛びついちゃったの?!


「愛しているよ」


びっくりして、ただの愛の言葉が口から飛び出す。


「な、佐藤さん、起きて……!」


 くるりと振り返り、リュイさんを抱き締める。華奢に見えるけどちゃんと筋肉が綺麗についたがっしりとした身体なんだよなー。いや、セクハラは駄目だ。ここは、甘やかして私と居ることに安心してもらわないと。まだ、アニマルセラピーが足りなかったのなら、責任は取るよ。


「何か不安でも?」


「···貴方は人間だ。人の輪の中で本来は生きるべきなのに、欲しくて奪ってしまった」


 迷うように絞り出された言葉にため息をつく。今更な言葉過ぎて笑いも出ないよ。


「私は人外に片足突っ込んでいるので、恋愛対象は人であるべきだという妙な心配は要りませんよ。全く不安に思う何て私の愛がまだ足りないと?」


 身を起こして、上から彼を見下ろす。人を殺せそうなゾッとするような美しさに背筋が泡立つ。


「足りない。足りないよ。寂しい」

 その言葉が引き金になって、彼の髪を撫でながら顔中にキスを落としていく。唇は最後にとっておく。柔らかくて気持ちいいからいつまでもしていたくなる。多幸感が心から溢れてくる。唇にキスをしながら、寝間着のボタンを二つ外して胸元を露にする。ぼんやりと月明かりに浮かぶ、白くて滑らかな肌に鎖骨が何とも綺麗で色っぽい。上体を起こして思わず生唾を飲み込む。


「佐藤さん?」


 不安げながら何処か期待した表情に、私は気を落ち着かせる為に大きく息を吸って吐いた。さすがに此処で一線を越える訳にはいかない。


 落ち着け。私はしつけの出来た良い飼い猫だ。


 人の目に見えない場所に、と脳内で念じながら白い胸元に吸い付いた。初めて付けたが綺麗に赤い花がついて、満足感に充たされる。


「これは?」


「所有印だね」


 跡を指でなぞりながら私は答える。あまり独占欲を全面に出したくはないのだか、彼を安心させる為にはこれくらいは必要なのかもしれない。

 意識して口角を上げる。


「君は私のモノだ。逃がしはしないよ」


佐藤さんが部屋にリュイさんが来たことに気付かれないように、明け方にはこっそり部屋を去るつもりでした。

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