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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第3章 親族会議編
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猫式謝罪術

 理解できないものを見たと思った。


 それと同時に湧き上がる甘やかな心地と、エゴイスティックな独占欲に私はためらう。初めて自分の心に昇った激しく荒々しいこの感情に、平易なあの名を付けたていいものか。もっと、月のように優しくも相手を照らし出し光へと導いていくような美しいものだと思っていた。


 だからこそ、私はこの感情を敬っていたというのに。現実は。


「そう、私はこの子と生きることは出来ないのね」


 自分の命を奪う存在である、とたった今宣告したはずなのに彼女は愛おしそうに自分のお腹を撫でるだけだ。その目にわずかに浮かぶ悲しみは只管に自分を殺す存在と共に過ごせないことを残念に思っているに過ぎない。


「分かっているの、雪歌(せつか)。その子を産むという事は君は死ぬのよ」


「えぇ、私自分は強いつもりだったんだけど出産には耐えられない何て残念だわ。でも、この子は貴方の見立てでは、生きて産まれてきてくれるのでしょう?」


 私は黙ってうなずいた。彼女はそれに嬉しそうに微笑むだけだ。


「なら、いいの。この子にこの世界で生きて、幸せになれるチャンスを与えることが出来るなら」


「何故。今ならまだ間に合うのに。今なら雪歌は死なない」


「私ね、子どもを持って初めて自分の命より大切な存在に出会ったの。それは明陽(あけひ)君のこともそうだし、これから生まれてくるこの子の事も変わらない。この子が無事に生まれてきてくれるのであれば、自分の命なんて惜しくないの」


 本心からそう言っているのだと分かる強いまなざしに思わずたじろく。それと同時に彼女のお腹の中の存在に急速に興味が湧いて来た。

 自分の命よりも大事だと、そう思わせる愛情を向けられる存在。


 いいなぁ。


 出会う前からそんな愛情を一身に受けられるこの子は、一体どんな子なんだろう。


 会いたい。会いたい。会いたい。独り占めしたい。この感情は。


「ねぇ、ディース。もしかしたら、私の夫にはこの子は良く思われないかもしれないわね。万が一の時は」


「あぁ、分かっているよ。雪歌。私の愛でその時は包んであげよう」


 私は見ず知らずの、しかしどこか懐かしいこの感情に陳腐な『愛』という名をつけよう。













 どうも、おはようございます。

 盛大に飼い主さんのトラウマスイッチを押してしまい、慰めるために彼に巨大な猫の姿にしてもらい、わが愛に溺れろとばかりに過去最大級のアニマルセラピーで甘やかしていたら夜が明けてしまいました。


 部屋が薄青い光に包まれ、小鳥の愛らしい歌声が聞こえてくる。


 泣き疲れて眠ってしまった彼の顔に残る涙の跡を、全力で申し訳なくなりながら、私は優しく撫でていく。


 あぁ、本当のところ私は自分が彼にどれだけ愛されているのか、分かっていなかったんだなぁ。


 私はある意味最悪なタイミングでリュイさんと出会ってしまった。

 自分の家族にも疎まれ、唯一優しくしてくれた相手も自分と居ると周りからはじき出されてしまう事を慮って、自分から離れなけらばいけなかった。


 誰もリュイさんを欲しがらない。死ねばいいのにと思われる。そんな中で「友達になりたい」と手を伸ばした私は知らなかったとはいえ、卑怯だったのだ。


 本来なら、綺麗で優しくて魅力的な彼が私みたいなぐーたら娘を好きになるわけがなかった。世界が違えば、彼は交際相手なんて選び放題なのだからこんな平凡女では隣に立てない。彼の人格が弱っている時に付け込めなかったら、きっと私はリュイさんと恋人になる事なんてなかったのだ。


 出来れば自惚れであってほしいが、アニマルセラピー中に零れた、彼の本音の欠片を集めて考察してみたところ、リュイさんの世界の基準はどうも私で動いているような気がしてならない。


 黒に差別意識が無い日本だと、早々に彼の魅力に気付き、友だちになりたいと思う人は大勢いる。


 でも、彼は未だに自分は誰にも必要とされないと思い込んでいる節がある。リュイさんが欲しいと堂々と宣言したのは私だけと言うのもあって、彼はある意味私だけに好かれていればいいと思っている気がする。私が大事に思っているから周りの人も大事にするが、基本優先するのは私の事だ。想像するだけで嫌な話だが、この仮説が真実でない証拠はどこにもない。


「なら、責任取るしかないよね」


 実際は逆立ちしたって私がリュイさんと釣り合わないのは重々承知だが、それでも私はリュイさんの事が大好きだ。誰にも譲るつもりはない。

 なら、彼が私を選んでくれたことで不幸にならないよう全力で良い人間になるしかない。私と一緒にいることで安心して欲しいし、幸せになってほしい。そして、いつか来る別れの前までに私以外にもリュイさんを好きな人がたくさん居る事を知ってもらわなければならない。これが、リュイさんを手に入れた代償に私が支払うべき対価だろう。


 さて、彼のために何が出来るかな。時計を見ればそろそろ朝食の準備をしてもおかしくない時間だ。


 うーん、パンを焼くくらいなら失敗しないかな。いやでも、前にバタートーストを作ってクトゥルー神話に出てきそうな邪神を生み出したし。


 穏やかな寝息を立てる彼の頭をそっと撫でる。何事も挑戦しないと上手くいかないよね。よし、頑張ってみようか。そう思って、ベッドから降りかけたのだが。


「何処に行こうとしているの」


 低い声音が聞こえて来たのと同時に強い力で抱きしめられて、身動きが取れなくなる。やべー、このままじゃ内臓が出てしまう。

 って、リュイさん今の今まで寝てなかったかな?


「あ、おはようございます。いや、朝ごはん作ろうかなって」


「え、あ、ごめんなさい! 寝過ごしてた。ごめんね、お腹空いたよね。すぐ作るから」


 パッと私を拘束していた両腕が外れる。そのまま出て行こうとするリュイさんに私が圧し掛かって動きを止める。


 って、今気づいたけど私まだ黄色い猫のままじゃん。リュイさんに人間に戻してもらわないとどっちみち料理出来なかったな。


「どうしたの?」


 不思議そうにしながらも、彼は首元の毛並を優しく撫でてくれる。


「私が朝食を作ります。今日から夜桜家に行かなくちゃいけなくなるから、リュイさんも大変だろうし労いますよ。食事の用意やら片づけは私がするので、人間に戻してください」


「え、いや、佐藤さんがそんな事をする必要はないよ」


 うーん、ここはもうひと押し。今までの経験上チョコレート菓子を思い浮かべながら作れば割と何とかなったからいけるはずなんだよね。


「私の作った料理を貴方に食べて欲しいのですよ、駄目?」


 瞳を覗きこんで小首を傾げるというあざとさ満載の格好でおねだりしてみた。彼は私の本気のお願いには弱い。

 しばらくうーうー唸っていたが、観念したように私を人の姿に戻してくれた。よーし、頑張って美味しい物作るぞー!


 でもって。チョコレートマフィンとフォンダンショコラを作ろうとして出来た本日の朝食メニューは、ベーコンにトマト、コーンを載せたピザトーストに野菜スープ、そしてカフェオレを淹れてみた。毎度思うが何故この方法以外だとまともな料理が作れないのだろう。謎だ。


「すごく美味しいです」


 感動したように口元を押さえて食べる彼に、お口に合って良かったですと内心ほっとする。食器も私が今日は片づけるつもりだったのだが、「一人で待っているの寂しいから一緒にしたいな」と、あざとさ満載に私の頬を撫でて小首を傾げながらおねだりされて、即白旗を上げた。

 他人との共同作業は正直大嫌いなのだが仕方ない。リュイさんったら私の操縦方法覚えるの本当に早いよね。


 彼がお皿を洗って私が拭いていく形で食器を片付けたところでスマホが鳴る。電話? 見ればお母さんからの着信だった。そういえば必要ないと言ったが、会合に合わせて帰るって言っていたな。


「はい、どうしたの? お母さん」


「あ、ゆうちゃん。おはよう。元気にしている?」


「私は元気だよ。そっちは? もうロンドン生活は慣れたの?」


 両親は会社の転勤で今年からロンドン支社での勤務になっている。だから、帰ってくるのも大変だろうと婚約解消に同意する手紙だけもらえればいいと思っていたのだが。


「えぇ、大都会過ぎてちょっと疲れるけどでも楽しいわ。あの、それでね。電話して来たのは実は夜桜の会合に間に合わないかもしれないの。本当にごめんなさい」


「え? あぁ、大丈夫だよ。気にしないで。やっぱりお休み無理だったの?」


「それが、アイスランドの火山が噴火して気流の影響で飛行機が飛ばなくなっちゃって来れなくなったの。多分この先2週間は西ヨーロッパの空港から飛行機は出せないわ」


 テレビを付ければニュースで大々的に報道されていた。随分と規模の大きな噴火だったらしい。アイスランドで死者が出なかったのが救いだろうが、被害に胸が痛む。


「天災なら仕方ないよ。折角のお休みなんだからゆっくり休んで」


「ごめんね。貴方が大変な時に。でもお手紙は早めに送っていて、もう届いたって茉菜ちゃんが言っていたからそれは大丈夫よ。あー、肝心な時に私は役立たずね」


「それだけして貰えれば十分。ねぇ、もし向こうが武力行使してきたら応戦して良い?」


「いいんじゃない。貴方が怒るのなら100%向こうが悪いから。責任はこっちで取るから存分に暴れてこい」


「了解です!」


 お母さんの声に若干怒りが見え隠れしていたことに首を傾げつつ、通話を切った。

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