月夜、ラベンダー、花に惑う
嫉妬回です。後半は割と甘めなので苦手な方はご注意ください。佐藤さんのセラピーが火を噴きます。
友人たちが何食わぬ顔でゲームセンターに戻ってきて、私は顔に出さないように必死に笑みを張り付けて対応した。それから、雑貨屋や書店を見た後に日が暮れてきたからということで、その場は解散になった。
佳乃子さんのことは日奈さんが送るので問題なさそうだと安堵して、私はエファさんに手を振って別れようとしたのだが。
「女の子の1人歩きは危ないから、送っていくよ」
「大丈夫ですのでお帰り下さい、明陽さん」
「待って、何で僕の名前!」
どうしても困った時があれば本名を呼んで命令すればいいよ、と飼い主さんに教えて貰ったエファさんの本当の名前を呼んでみる。
「あぁそうか。日奈くんが今日ずっと呼んでいたね。大丈夫、家の近くまで行ったら帰るよ」
佐藤家の家宝が守ってくれるから、心配はいらないのだが。
「そうだ、あのね。さっき、コアラのぬいぐるみ貰ったから、そのお礼と言ってはなんだけどさ、日本では12種類の動物が交代して国を守っているんでしょ。来年はウシさんの年だって聞いたから、毛糸で編んでウシを作ってみたんだけどいる? 良かったら飾ってよ」
エファさんが取り出したのは白と黒の毛糸で編まれ、こちらを見上げる円らな瞳が愛らしいウシのあみぐるみだった。な、何これ。
「貴方の手作り品何て……言い値で買い取りましょう! 何これ可愛い!」
「いや、プレゼントだからお金要らないよ」
若干困ったような顔したエファさんからウシさんを受け取りぎゅーっと抱きしめる。あみぐるみに罪はないからね。フワフワかわいい。
無心で頭をナデナデしている様を、妙に微笑まし気に見られて恥ずかしくなったところで、エファさんが瞳を大きくした。え、どうしたの?
エファさんの後ろに庇われた瞬間、ガキンと言う音が辺りに響いた。陰から覗けば、何処かから飛んできた氷の刃が、エファさんの出した結界に阻まれて空中で静止し、弾けて消えた。
「リュイ、僕が気に食わないのは分かるけど、これ佐藤さんに当たったらどうするのさ」
「俺がそんなヘマをするとでも? どうしてここにいる」
低い声音と共にかかるリュイさんからの圧が強すぎて、思わず背筋に悪寒が走る。なんて言うかものすごーく怒っていらっしゃるような。
「ん? ちょっと上手に出来たのがあったから今までのお詫びを込めて渡しに来ただけ。女の子って可愛い物が好きだろう。じゃ、僕は帰るから」
「佐藤さんに迷惑をかけないで。次は当てる」
「うわ、怖―い。やれるものならどうぞ。……じゃあ、またね」
エファさんは小さく手を振るとその場から掻き消えた。飼い主さんが心配そうに私に近寄って来たので大丈夫という意味を込めて、笑顔を向ける。
「あの、佐藤さん。エファに何を貰ったの?」
「あみぐるみですよ。来年の日本の干支はウシですから、お正月飾りの一つとして使ったらって。可愛いですよね」
ふわふわの質感を撫でまわしながら、頬に当ててすりすりしてみる。うーむ、この柔らかさ癖になりそう。エファさんの癖に良い物を寄越しやがるではないかと、上機嫌で抱きしめてその場でクルクル回ってみる。
「ふーん、そっか。あぁ、そろそろ日が暮れるし帰ろうか。あと少しでご飯も出来るし」
「わーい、今日の夕食なーに? いつもありがとうございます」
差し出される飼い主さんの手に、自分の手を重ねながら尋ねる。リュイさんの作るご飯はいつも美味しいから楽しみだ。早く帰らないと。
リュイさんお手製だという鮭とニンジン、ドライトマトのキッシュを口に入れる。なお、今日のメインのおかずは柑橘系のソースが爽やかな豚肉のソテーである。
いや、しかしキッシュって家で作れるものだったんですね。喫茶店のテイクアウトか、パン屋で買ってくるイメージしかなかったよ。
「佐藤さんが昨日テレビでキッシュが美味しそうだって言っていたから、作り方を検索して作ってみたんだけど、どうかな? 美味しい?」
不安げに見つめてくるリュイさんに、私はとびっきりの笑顔を返す。
「勿論。正直今まで食べたどのキッシュよりも美味しいです。本当にお店が開けちゃいそうな出来ですよ。ありがとうございます」
「本当? 良かった」
安心したような、それでいて嬉しそうな笑みが返ってきて思わず心臓を押さえる。
なんて言うか、異世界の神様に女子力で負けているような気がしてならない。
今日も美味しい夕食を食べ終わり、片付けようとお皿を重ねたところで、リュイさんにお皿を奪われてしまう。
「お風呂、もう湧いているから先に入ってきて」
「え、いや、私が片づけするから先どうぞ」
「だーめ、これは俺の仕事です」
思わず言う通りにしたくなっちゃいそうなそれはそれは麗しい笑みでの言葉に、私は無言でうなずくしかない。
何だろう。
リュイさんと一緒に暮らし始めてから着々と自然に家事を奪われ、気付いたらここ最近はもう息をするくらいしかしなくていいレベルまで甘やかされている。
これは由々しき事態だ。
いくら相手が家事万能で私の世話を焼くのが一番の幸せだと言って憚らないとはいえ、彼の負担が大きすぎる。私は料理以外の家事は一般人レベルだから任せてもらって大丈夫なのに。そう思って提案してもいつも何だかんだと丸め込まれる。マジでこのままじゃダメ人間まっしぐらだ。何とかしないと、と考えながらお風呂から上がると。
「ちょっと小柄で可愛い見た目だからって良い気にならないでよね」
リュイさんがこちらに背を向ける形でラグの上に正座し、エファさんから貰ったあみぐるみを膝に乗せて何やらお話していました。
え、何この状況?
「確かに手触りもフワフワだし、彼女の好きな動物の姿ですけど、俺の方が多分新入りの君よりは佐藤さんには好かれているんだからね! ちょっと佐藤さんに抱っこされて撫でられたからって、そちらが優位だと思わないでください」
え、いや、まさか、あみぐるみに嫉妬している? え、いやそんな事って。
「可愛い見た目と手触りの良さで佐藤さんを癒すぐらいで、俺と違って料理や洗濯なんかで佐藤さんの役に立つことなんて出来ないでしょ。だから、俺の方が彼女に必要と……俺もこういう姿に化ければ、もっと好きになってもらえるのかな? 練習するか」
リュイさんが可愛いウシに化けるのは見てみたいし撫で繰りまわしたいが、とりあえず言わせて欲しい。
この、あみぐるみにまで大真面目に嫉妬しちゃうような、可愛すぎる世界の至宝をどうしてくれようか! え、何。この可愛さを崇め奉るべき? 拝もう。ありがたや、ありがたや。そうだ、彼元々神様だよね。ここは立派な神殿を立てないといけないな。私としたことが! あー、でも資金が足りない。よし、まずは中東に行って石油を掘る所から始めないとね! (支離滅裂な思考・発言)
心の中の萌えをそのままに、あみぐるみに文句をぶつけているリュイさんを後ろから抱きしめた。彼の身体がビクリと跳ねて、次いで青ざめた顔がこちらを向く。
「え、あ、佐藤さん。えっとこれは」
「んー? 安心してくださいね。私の一番はリュイさんですから、あみぐるみと戦う必要なんてないですよ。そのままで、私は貴方が大好きです」
こちらを向いてくれたからと、安心させるようにキスをすれば顔を赤くして俯いてしまう。でも、私からは逃げない。それが嬉しくて、目の前に晒されたうなじや首筋に口づける。
「私に構われたかったの?」
「うん。俺は貪欲だから、これ位じゃ満足できない」
俯いていた彼の顔が再びこちらを向くといつもとは違う濃厚なキスが来る。うわー、珍しいと思いながらキスに答えていると、リュイさんはキスの合間に体を反転させてこちらに向き直り、私の首に腕を回して抱き着いて来た。うひゃー、可愛い! 舌を絡めるような深い口づけに移行すると、彼の瞳が蕩けだして力が抜けていく。慌てて腰に手を回して支える。合間に聞こえてくる彼の色っぽく艶やかな声に、このまま押し倒しちゃ駄目か。嫌、まだ早いだろう。ここでがっついて嫌われたらどうする! という脳内で天使と悪魔の殴り合いが繰り広げられるそんな時だ。
ふわふわのラグに押し倒されるが、リュイさんに頭を支えられ守られるために痛くはない。次いで何かの爆発音や紙が引き裂かれていくような音がする。
よっちゃんに念のためと渡されたお守りの鈴が鳴り、結界が張られる。何だ、まさかまた親戚が仕掛けて来たのかと、臨戦態勢で起き上がろうとしたのだが、その前に額にキスが降って来て思わず固まる。
「絶対に貴方を傷つけさせたり何かしないから、ここで大人しく待っていてね。俺のお姫様」
優しく頭が撫でられる。次いで飼い主さんが私の上からどくと翼の生えた獅子という本来の姿に戻って窓から夜の闇の中に飛び出して行った。私を守るように佐藤家の家宝たちが周りを囲みだすのを横目で見ながら私は頭を抱える。
いや、何だ。あのイケメンはー! あぁ、何で今私はビデオを回していなかったの。しんどい。この萌えをどうすればいいんだと、落ち着く為にラグに転がっていたウシさんを抱っこして撫でるが、そこで異変に気付く。
濃厚なラベンダーの香りが辺りを漂い始める。ラベンダーの香りの消臭剤なんて買ったかな? 匂いを認識すると同時に、頭の中に自分のモノでは無い声が渦巻く。
リュイに出会わなければ異世界に飛ばされなかったのに。要らない苦労を背負うことになった。火に焼かれるという辛い思いもしなくて良かった。親戚と敵対するようなことも無く、家族の間にヒビが入る事態にならなかった。あの子は不幸しか呼んでこない。別れなければ普通の人生は送れない。殺さないと、リュイに敵対する者に自分の大切な者が殺される。
え、何。この呪詛みたいな声は。聴きたくなくて耳を手で覆うが、頭の中で鳴り響いている声は当然のように止まらない。
うわ、何これ。
別に私、リュイさんに会ったことに後悔なんて一つもしていないよ。なのになんで。
再会した時、忘れられていて悲しかった。忘れるなんて酷い。自分は故郷から無理やり引き離されて寂しいのに。という理不尽な、墓まで持って行くつもりの、絶対彼に伝える気持ちのない負の感情が心を駆け巡る。
「佐藤さん?」
いつの間にか戻ってきていた飼い主さんは、人型を取ると心配そうに私の肩に手を置こうとした。そこで、普段なら絶対やらないのに私はその手を振り払ってしまった。
え、今、私リュイさんに何を。
いつの間にか私の手には流星刀が握られていて、その刃を彼に向ける。え、やだ。
リュイさんの泣きそうに歪んだ顔を見て、さっと思考がクリアになる。いや、そんな表情でも見惚れるほどに美しいなんてさすがでございます。
リュイさんを切りつける寸前で方向を変えて、一気に自分の身体を切り裂いた。
「普通と言われる人生を送る人間なんて一人としていやしない。いたらお目にかかりたいものだby佐藤!」
いやそれ、アルベルト・アインシュタインの名言! 何て友人のツッコミは聞こえない。
夕食後に来たメッセージで発覚したのだが、あの子、恋人であるブーリさんと日奈さんに夏休みだから旅行に行こう。出来れば海に行きたい、と提案して了解をもらったのはいいけど、その後どうせならと、なんと一年がかりの世界一周豪華旅行を計画していた事が発覚して、明後日の方向に魂飛ばしてたっけ。修正案は受け入れてもらえたのかしら。神様の旅行計画のスケールが大きすぎてビックリです。
声はさんざん彼への恨みを囁いていたが、私は非日常に巻き込まれたことなんか気にしていない。それで何者にも代えがたい存在を手に入れたのだから。
流星刀は目に見えない物を斬る刀。思った通り、私の頭の中を占拠していた謎の声は消えうせた。
「全ての危険からお守りするのが私の役目とか言っておいて、貴方を傷つけるとか有り得ないな。本当ごめ……」
最後まで言葉は言えなかった。無言で抱きしめられて思考が停止する。
「そんな。そんな言葉で貴方を失うくらいなら。俺はそんな約束いらない」
ガタガタと震えながら私を抱きしめるリュイさんに、私は相当この人を傷つけていたらしいと馬鹿な頭でようやく理解した。
ごめんね。私の一族って毒殺と絞殺をされてもその都度ケロリとした顔で帰って来た母や、邪魔だからと銃殺された恨みをバネに留学先の国で王権を倒すという革命を起こした祖父を筆頭に、死ぬ死ぬ詐欺が横行しているんだよね。
だから、私が焼死したために周りがどう思うかなんて全く分かっていなかったんだよ。
次回はいよいよ京都にカチコミしに行きます。




