火曜サスペンス劇場は求めてない
今回は(も?)短めです。
人体欠損系の残酷な描写があるので苦手な方はご注意ください。
「え、いや、飼い主は自分で選ぶ主義なので遠慮しておきます」
世界に生まれたものには全て、それ相応の役割があり必要なのだと私は思っている。
小さな蜂がこの世から消えただけで世界は滅んでしまうのだから、人語を解し強大な力を持つ者もいる魔物が滅んだらこの世界にどんな影響があるかなんてわからないし責任持てない。
ただ、無抵抗で死ねとは言えないので自衛の手段を講じるのは大事だと思うが、こちらを攻撃してこない限りは良き隣人として接する方が良いと思う。
「そうか、これを見ても同じこと言える?」
綺麗に微笑んだシアンさんの足元に、まだ乾いていない赤い血だまりと手首から切り落とされた人間の白い手が現れる。彼はその手を私の方に足で蹴って押しやった。
何処かから飛んできたリュイさんの瞳と同じ、良く晴れた空の色を写し取った青い蝶が悼むようにそっと白い手の指先に止まる。
これは、そんな、まさか、この手は。
「あんたの飼い主候補のだけど。手を切り落とされたくらいじゃ、あの魔物は死なないだろうけど早く手当をしないとどんどん弱っていくんじゃないかな」
四肢が欠損するような怪我は呪いを受けている佐藤の人間が負うべき怪我じゃないのか。何で、リュイさんがこんな大怪我をしているの。意味が分からない。
生き埋めにされるのも、目を抉り出されるのも、両腕を切り落とされ放浪して野たれ死ぬのも、銃で射殺されるのも、毒殺も絞殺もギロチンだって全部佐藤の人間が恋する相手を手に入れるために払ってきた偽りの死という代償だ。それが、何でリュイさんに行くの。本来私が負うべき怪我では。
いや、落ち着け。私は猫だからそもそもこの世界で恋愛何てできない。リュイさんのことだって飼い主になって欲しいなという好意的な感情で恋じゃない。お友達にはなりたいなとは思うけど。
こうして彼が大けがを負ったという事実を突きつけられて、私は初めて事態を楽観視し過ぎていたことを自覚する。
魔法があって、ファンタジーの存在である魔物がいて、加えて今の私は黄色い猫だ。
何処か夢の世界に迷い込んだような、現実を現実として見れていない状態だった。とんだお笑い草である。この錆びた鉄に近い香りがその証拠。怪我もするし下手をすれば皆死ぬ、それは地球と変わらない。
なら、覚悟を決めようか。
人生は戦いだ。私が望む怠惰でのんびりとして平和な生活を手に入れるためには戦わなくてはならない。
「僕のモノになるならあの魔物の手を元に戻してあげるよ」
「シアンさんはどうして私を求めるのですか」
「え? 猫にしては賢いから居ても邪魔にはならないだろうし、君が持っているその首輪すごーく興味があるんだよね」
こういう相手の手に何でも望むものを出してくる首輪が渡るのは危険だ。リュイさんのことも心配だけど、いざという時は首輪様に頼んでリュイさんの行方を探してもらおう!(他力本願)
「お断りします」
「まぁ、別にこの猫が生きている必要もないか」
いつの間にか銀の短剣がシアンさんの手に握られ、こちらに飛んできた。うお、危ない! が、しかし。短剣が粉々に砕け散り大きな羽音と共に見上げ程に巨大な美しい白鳥がこの場に降り立った。
なんて、綺麗なんだ。現状も忘れて見惚れてしまう。
立派な王冠を被った白鳥は優雅にこちらに首を傾けると私をくわえてその場から飛び立った。え、飛び立った!?
「馬鹿な!」
と言うシアンさんの叫びと姿が遠くなっていく。体に当たる風が強い。
え、私は白鳥の餌になるの。猫って別に美味しくはないと思うんだけど。え、また命の危機なの。人生最初で最後な空の旅を、白鳥の力強い羽ばたきをBGMに堪能する事になるの私!
あれ、でも、何か白鳥の口にくわえられていつ食べられるか分からないのに、妙に落ち着くと言うか懐かしい気がする。
私の気持ちを反映してか、ドクドクとすごい勢いで脈打っていた心臓が落ち着いた、健やかなリズムに変わっていく。
すごーい、家々が豆粒みたいだわ。
陽が沈み遠くに見える黒い街並みを赤や黄色、青に光るランタンが染め上げる。一連の壮麗な光の帯に思わず感嘆のため息が漏れる。
結界か何かを首輪かもしくは白鳥が張ってくれたらしく、吹きすさぶ風から守られながら私は淡く光って揺れる地上の銀河をいつまでも見つめていた。