暗闇のキャッツアイ
瓦屋根の家の軒先に吊り下げられたランタンが、風に小さく揺れた。街を迷路のように走る川には小船が浮かんでいる。
どこからか笛の音が聞こえて来た。のどかな光景に目を細め、猫な私の背の上でスヤスヤと眠る白猫のメルさんを落とさないように気を付けながら、周囲を探る。
えーっと、ここってどこだ?
落ち着くために現状を整理させて下さい。
昨夜、この世界を滅ぼすと言う予言がされ神に仇なす物を収容する牢獄に囚われた闇の神な私の飼い主さんを無事取返し、めでたく恋人同士になりました。
わーい。
でもって、飼い主さんの父親である最高神は闇の神なリュイさんを殺したいらしく、私にも殺せと命令してきて佐藤さんは絶賛おこです。
そんな時、リュイさんの亡くなったお母さんの妹であるポーセリア様が間に入ってくれて、最高神を説得してくれることを約束してくれたのだが。そのお話合いの方法が怪獣大戦争だったよ(白目) 海の中、本来の翡翠色の獣の上半身に魚という姿に戻ったポーセリア様が大暴れし、最高神な鏡餅が大波に飲まれながら逃げ回っていた。津波みたいに街に来たら大変だなと飼い主さんが結界を張って守ってくれるが迫力が凄い。映画かな。
海のもしもは118番! 海上保安庁助けて―! 海で神様が暴れてるー! と通報したいがここは異世界なので当然来てくれない。
さすがに鏡餅が可哀想になって来たところで、鏡餅が降参した。
「分かった。ではもう、闇の神がこの世界を滅ぼさないというのなら儂は良いのじゃ! 全く海の者は気性が荒くて困る」
最高神は疲れたように宙に上っていった。哀愁漂う鏡餅って初めて見たな。心なしかダイダイの葉がしおれているような。
これって、認められたって事で良いのかなと思っていると、ポーセリア様が勝利の笑みを浮かべていた。
獣の顔だからよくわからんが多分笑ってた。
その後はアルフヘイムのお城にある私の部屋に戻り、ブーリさんや佳乃子さんも交えてこれからどうするかの話し合いを始める。
「柚月ちゃんの幼馴染として、あなたに聞いておきたいことがあります」
なんて佳乃子さんが急に真面目なトーンで話し出すから、リュイさんも姿勢を正して真剣な顔を向ける。
「リュイさんってお料理はできますか? この子を絶対台所に入れてはいけませんよ」
「私だって上手く作れるときあるよ! 10年に1回くらいは!」
間髪入れずに佳乃子さんの頭を軽くはたく。まあ、でも私の飼い主さんは料理もプロ並みのものを作るので大丈夫である。ってことで、本題のこの後どうするかというお話になる。
魔王は本来この世界の生物が争い合って自滅しないように、わざと共通の敵になっているというこの世界には必要なシステムだ。だから本来は倒す必要はないので、特に私たちにこの世界での使命はない。リュイさんも無事奪還したことだし、魔王は倒しましたよ、なアピールでもして日本に帰るか。
そこで、「ニャーン」という声と共にカリカリと扉を引っかく音が。扉を開ければお城でよく見かける可愛らしい白猫のメルさんがこちらを見上げていた。どうしたの、遊びに来たのかな? とすり寄ろうとしたところで世界が暗転した。
そして、昔の中国を思わせる瓦屋根が立ち並ぶ、川沿いの街へとメルさんとともにやって来たのである。大きな猫と小さな猫の旅、開始!
「大丈夫、メルさんのことは私が守るからね」
いきなり見知らぬ場所に連れてこられて不安であろうメルさんに声をかけ、微笑みかける。彼女は可愛らしく擦り寄って来た。猫、尊い。
スマホで現在地を確認すれば、シャングリラという懐かしい文字が表示される。最初にこの世界に来たときに、飼い主さんと出会った思い出の地だ。
でも、あれは人っ子ひとりいない廃街だったけど、ここは活気があるし建物も今にも崩れ落ちそうな物ではなく立派だ。私がいたのはシャングリラの外れだったから、ここは人がまだ住んでいる街中の方なのかな。
うーん、ここがシャングリラならリュイさんたちが迎えに来るまで大人しく待っているのが賢明かな。下手に動くと合流できないし、アルフヘイムは遠すぎてとてもじゃないが歩けない。
魔法が使える方たちに任せた方が効率的だ。霧が漂う神秘的な街並みを眺めながら寝そべれば、メルさんが背中の上に乗ってそのまま丸くなった。バランス感覚良いな。
即席猫団子の完成だと思いつつ、私も一つ欠伸をする。心地いい音楽と優しく吹く風。あぁ、何だか眠くなってくる。
「この状況でよく寝ようなんて思いますね。相変わらず豪胆というか……」
呆れたような言葉に何だと目を開け目線を上げれば、日の光によって金にも見える茶色の髪に夕焼け色の美しい瞳をしたこの世界の魔王その人がいた。わ、噂をすれば。
いや、もし寝ている間に危ない目にあっても流星刀を筆頭とする佐藤家の家宝が自動で敵を蹴散らすから、佐藤家の人間は総じて危機意識が少ないんだよね。
「で、どうしたんですか? こんな所にわざわざ」
「あー、魔王らしいことしておこうかなって。僕を倒しておかないと帰れないでしょう?」
相変わらず優しいな。あと、それは勇者である佳乃子さんに言ってくれ。
甘えてすり寄りだしたメルさんに花がほころぶような笑みを浮かべると、日奈さんはやさしく抱き上げる。すりすりとすり寄っているメルさんを上手くあやしているから彼も猫好きらしい。
そこで、ふと彼の足もとにマトリョシカが落ちているのが見える。繰り返して言うが、オーソドックスな民族衣装を着た少女の絵が描かれているロシアの民芸品のマトリョシカが落ちている。
この世界でも子どもの遊び道具なんだろうか。中身は入っているのかな。
マトリョシカと言えば、冬休みロシアに雪男を探しに行くと決めた某友人が、私のお土産候補としてロシアの歴代大統領のマトリョシカの画像を見せてきて、これを買ってくるね、と笑顔で言っていたっけ。懐かしい。本当にハゲフサフサハゲフサフサの並びになっているのは思わず笑ってしまったな。
なんて思考を明後日の方向に飛ばしていると、マトリョシカが独りでに立ち上がり、パカリと開いて中から人形がどんどん出てきた。
気づけば魔王とメルさんの姿がない。あれ、何処へ。まさかのボッチ。
マトリョシカは成人男性ほどの大きさに変わると、隊列を組んで街を行進し始めた。あちこちから悲鳴が聞こえ始める。通りをはみ出したマトリョシカは建物の一部を壊しても意に介さず進み続ける。
とりあえず動きを止めなきゃ。でもどうやって。えーっと何かあったかな! っと佐藤家の家宝の目録を思い出しているとふと町の広場にあるピアノが目に入った。
その瞬間、雷か何かに打たれたように次に何をすべきかという考えが頭をよぎる。ピアノに近づき、マトリョシカの動きを害のあるものではなく皆が楽しめるものにするなら。
好きなバンドの曲のピアノアレンジ版を弾く。さあ、一緒に踊ろうか。
一糸乱れぬ動きで、町の中心で輪になってマトリョシカが踊り始める。あ、でもしまった。前回日奈さんは音楽を聴いて大変なことになっていたから大丈夫かな、と心配になって上を見れば白磁の肌をうっすらと紅色に染めて、恍惚としたため息を吐く魔王様がいました。
何だ、あの色気。あの熱っぽい視線は佳乃子さんにお願いします。ま、苦しそうな様子は無いから大丈夫そうだな、と視線をマトリョシカに戻す。全員がが中心に集まったところで攻撃かな。
「火炎槍!」
演奏を止めて、攻撃に転じようとして気づく。あれ、自信満々にこの家宝の名前呼んだけど初めて見る子が来たよ。なんだかよく分からない火焔に似た装飾が施された立派な槍が出てきました。え、これで一体一体突き刺していけばいいの。だいぶ時間がかか……。あ、そうかマトリョシカにこの槍を向けるんだ。
マトリョシカ以外に一般人がいないことを確認して槍の先端を向ければ、勢いよく炎が噴き出し、焼き尽くしていく。槍というか火炎放射器だな、これ。こんなのあったんだ。
一体だけしぶとく残った親玉マトリョシカ。これ一番大きいから最初に見た外側のマトリョシカかな。糸のようなものが見えて視線をたどっていけば、予想通り中空で蝙蝠の翼を広げ、メルさんを膝にのせて優雅にくつろいで座る魔王様がいました。わー、それっぽい。
気品ある高貴でどこか近寄りがたい雰囲気は、普段ほわほわな笑顔を浮かべている日奈さんとのギャップが凄い。
流星刀に持ち替えて、日奈さんとのつながりを断ち切れば元のマトリョシカの大きさに戻って倒れ動かなくなった。パチパチと頭上から拍手の音が聞こえる。
「さすがは異界から来た聖獣様だ。お供でこれでは勇者にはかなうまい。今しばらくはわが城に引きこもって大人しくしているかな」
あれ、魔王様引きこもり宣言出しちゃったよ。でも本気で戦う感じなかったし、これで、魔王問題はちゃんと解決したから大丈夫ってことで私たちが日本に帰りやすいようにしてくれたのか。勇者不在だったけど良いのかな。
住民の歓声が響く中、魔王様を見れば苦笑が帰ってきた。本当優しいな。魔王様が翼をはためかせてメルさんを腕に抱き上げ、メルさんを返してくれる。
すりすりとすり寄ってくる白猫の可愛さに内心で死にそうになりながら、額をぐりぐり押し付ける。そこで、空間が歪む気配がして私はハッと顔を上げる。あ、魔王が舌打ちした。
「佐藤さん、よかった!」
誰だ、いきなりタックルかましてくるのはとみれば飼い主さんだった。その後ろに苦笑したブーリさんと、佳乃子さんがいる。
「心配かけてごめんなさい」
「佐藤さんは悪くないよ。ごめん、遅くなって」
「本当ですよ。一緒にいたのに簡単に僕に攫わせてしまうなんて」
しっかりしろと言うような目線を向けて来た日奈さんに対して、落ち込み出したリュイさんに、私は何も気にしていないよとアニマルセラピーを開始しようとした時だった。
「あー、ちょうど揃っているみたいだね。弟の封印を解くなんて、本当に貴方は僕の邪魔しかしないな」
冷え切った声に振り返れば黄金の毛並の美しいライオンがいた。やっぱり、これ、エファさんが絡んでいたのか。
「私の目が黒いうちは、リュイさんに手は出させませんよ!」
彼らの前に出るが、すぐにリュイさんに後ろに下がらされてしまう。
「佐藤さんの目って金色じゃん」
呆れたような冷静な突込みなんていらない。何の用だ。
いきなり、無数の風の刃が襲い掛かってくる。結界で防がれるがそこで金のきらめきを見た気がして慌てて流星刀を振る。黄金の剣がはじかれてくるくる回っていく。
さて、今こそ有言実行といきましょう。私はエファさんを流星刀の錆にすると決めたのだから。
私の意思に反応して、攻撃モードに入った流星刀が緑の炎を帯びるので、それを手に取って私は笑う。今までのお返しをしてやろうかなと悪い笑みで佳乃子さんとうなずきあい、一歩踏み出したところで唐突に目の前が闇に包まれた。
自分の身体さえも良く見えない完全な闇と静寂に、お化け屋敷の中に入ってしまったような気がする。進んでもいいが、何も分からない現状で闇雲に動くのも危ないよな、とうーんと考え込む。
天体観測が趣味の父親に連れられてよく夜の山に行っていたから、ただ暗いだけの現状ならそれほど怖くはない。座ってじっとしていてどれほどの時が過ぎただろう。眠気の第2波が来てしまう、まずい! と口内を噛んだところで声が聞こえた。
「猫の目って暗闇だと光るから、会うとドキッとしちゃうね」
クスクスと笑う、低音の聞き心地の良い声の方向を見て私は唸る。
「この暗さでも怖がったりしないなんて、本当に可愛げが無いよね」
キャーキャー泣きわめくような可愛らしい反応をご所望だったらしい。すまねぇな。
私の周りの空間だけがぼうっと仄かに明るくなり、自分の身体とこちらをつまらなそうに見るエファさんの顔が見える。
「ここは、一体何処ですか?」
「僕が作った神域だよ。僕が許可を出した相手しか入ることは出来ない」
おー、まさかの神隠しという奴か。でも、何でこんな猫とランデブーを決め込んだんだこの人は。ただの猫だから襲われる心配はないと油断しているのかな。面白くない気分になってきた。
「何で、私をここに呼んだんですか?」
「僕は大事な人をあいつに奪われた。なら、僕があいつの大事なものを奪ってもいいと思わない?」
極上の、天使のような笑顔を向けられて思わず後ずさる。え、あ、これ、私の死亡フラグが立っているってこと。え? また?
「佐藤さんは僕に怒っているよね? どうせ、最期になるから聞いてあげるよ」
「確かに怒ってますよ」
自分でも予想以上に低い声が出てしまい自分でビックリする。ってか、エファさんも自分で聞いておいてそんな悲しそうな目をしないでほしい。罪悪感が出てきてしまうじゃないか。
「私の飼い主さんや、この世界で出来たお友達のブーリさんを傷つけていたことも、世界が滅ぶ切っ掛けを作って私の大事な人を皆危険にさらした事も、とても怒っています。許せなくなりそうなくらいに」
いやだから、そんな瞳を潤ませないでくれ。悪役なら堂々としなよ! メンタル弱いな。ってか、今「死にたい」って小さく呟かなかったか。後悔するくらいなら最初からするなよ! あー、もう!
「あと、なんで梅雨の湿気が大変な時期なのに、貴方はそんなゆるふわな髪型をキープ出来るんですか。イケメンには世界も忖度するんですね、腹立たしい!」
びっくりしたような瞳が私を向いた。私は元々癖っ毛だから、梅雨のこの時期は実験に失敗した博士のように髪が爆発してまとまらないのだ。その面倒さから、髪を長く伸ばすのを半ば諦めていると言うのにこの男は! 虐めるのが悪いことな気がして、軽めの話題を振ったはいいが。
あ、何かこれも本気でイラついてきた。
「僕を殺したい?」
すっと目を細めて、余裕たっぷりの表情でエファさんが聞いて来た。回復も早いな。
いや、何その物騒な提案。どんなに怒っていても、さすがに君を殺そうなんて思わないよ。殺人何て絶対の禁忌だし。
首を振れば、エファさんが水晶玉のような物を取り出した。彼が手をかざすと映像が浮かび上がる。
「え、何これ、怪獣映画」
「父さんの方はどうやら、あいつの方を殺したいみたいだね」
水晶玉には、宙に浮かぶ鏡餅と共に、暗紫色の鱗を妖しく光らせた大蛇がしゅーしゅーと舌を出して獲物を狙っていた。
蛇の視線の先は、私の大事な人たちがいた。




