夜の話し合い
「弟の封印を解いてくれて本当にありがとうございます」
ブーリさんにハグをして体を離した後、飼い主さんは私たちに向き直って深々と頭を下げた。
「いえ、私の方こそ気づくのが遅くてごめんなさい」
ヒントはあったのに、まさかブーリさんが剣の中に封じられるなんて思いもしなかったのだ。いや、本当ごめん。
「それから佐藤さん、エファが貴方に大変失礼な振る舞いをしたようで本当に申し訳ありません。無事でよかった」
心配そうにこちらを気遣うリュイさんの瞳の奥に暗い怒りの炎が見えた気がして、思わず体を震わせる。
その反応を誤解してかリュイさんがますます罪悪感一杯の顔になるし、それに比例して黒いオーラが出てくる。
わぁ、本当彼が魔王って言われた方が納得してしまう怖さなんだけど。
「怖かったよね。本当ごめん。俺が貴方と関わったりしたから、エファが佐藤さんに興味を持ってしまったんだと思う」
「リュイさんが貸してくれたお守りが撃退してくれたから大丈夫ですよ。守ってくれてありがとうございます」
これは、本心だ。彼が守護の魔法をかけてくれたペンダントを渡してくれていなかったら危なかった。
微笑んでお礼を言えば、リュイさんは黙って首を振るとこちらにそっと手を伸ばした。頭を撫でられるのかなと思っていたが、手は私に伸ばされることなくハッとしたように止まるとすっと降ろされた。
ん? どうしたんだろう。
「とりあえず、立っているのもあれだしどうぞ座って下さい。今、お茶を入れますね」
佳乃子さんが声をかけると、彼らはお礼を言ってソファに座った。私も飼い主さんの隣に座れば、彼は私と少し離れるようにスペースを開けて座りなおした。あれ、もしや、避けられている。え、私なにかしたっけ?
悶々としているうちに、佳乃子さんは冷めてしまった紅茶を淹れなおして持ってきてくれた。お礼を言ってティーカップを手に取る。
リュイさんとブーリさんは出された紅茶の香りを楽しみながら紅茶を飲んでいた。やはり育ちが良いためか、紅茶の飲み方さえも一片の絵画のように美しくて、ずっと眺めていたくなる。
「星宮さんはこっちにおいで」
見たことない甘い表情でブーリさんは微笑むと、佳乃子さんを引き寄せて隣に座らせる。戯れのように彼女の髪にキスを落とすと、何事もなかったかのようにクッキーを手に取った。そして、「これ、美味しいですよ」とクッキーを佳乃子さんの口元に持って行く。
これは、いはゆる「あーん」とかいう奴か。ブーリさんって押せ押せなお兄さん何だね。
佳乃子さんが答えをだすまで何もしないって言っていなかったかな。さすが、ハニートラップもお手の物な魔物だ。私たちに出来ない事をやってのける!
ここが少女漫画なら、イケメンからのあーん何て赤面して照れながら食べるシーンなんだろうけど、鉄の心臓な彼女は嬉しそうに笑うと、躊躇いなくブーリさんの手からクッキーを頬張った。
何だろう。兄妹の戯れに見えてきた。
「あの、私は勇者として魔王を倒すためにこの世界に呼ばれたのですが、魔王って一体何なのですか?」
魔王は何百年かの周期で現れるのだが、今代の魔王は世界が一度終わるかもしれないという恐怖感がこの世界の生き物、そして神々に沸きだし、その不安感から生まれたのだと表向きでは言われている。
でも、ミオさん達のお兄さんを傷付けたくはない。彼の優しさも知っているから、魔王なんてやっているのは何か理由があるのではないかと疑ってしまう。
「魔王って言うのはね、この世界には必要なシステムの一つなんですよ」
世界が不安や恐怖に包まれ、その不安感から生まれるのが魔王であり、この世界にあふれている負の感情を糧に悪魔を作り出し、この世界を支配しようとたくらみ戦いを仕掛けるが常に光もしくは運命神の加護を受けた勇者によって倒される。それが、この世界に流布する魔王伝説のお話だ。
しかし、実際はある程度の恐怖感がないと地上の生き物は狂ってしまうので定期的に魔王と言う恐怖を与えておいて、地上の生物たちの結束力を高め仲間同士で争って自滅して滅びないようにするために出来たシステムなのだと言う。
あー、より強大で脅威となる敵がいたら自分たちで争いあっている場合じゃない、協力して倒さなきゃって事になるのかな。
確かに、この世界は小さな小競り合いはあるものの国家間の大規模な戦争な無いものな。とは言っても、魔王が倒せないとなると皆絶望してしまうのである程度恐怖を振りまいたところで、適当な人の子に神の加護を付けて魔王を倒させるのだ。
しかし、実際は魔王も神の血を引いているので死ぬことは無く、ある程度時間が経つとまた今度は違う姿で現れて地上の国を攻撃する。
「まぁ、そろそろ次の周期が来る頃だから勇者の選定が行われてもおかしくは無かったのですが。異世界から来た勇者は長い歴史でも初めてですね」
「魔王の居場所って分かりますか?」
「あの子は俺と違って人が好きだから、現世の中にとっくに紛れているよ」
飼い主さんが苦笑して言った。ダメ元で聞いたけど居場所把握してたんかい! 佳乃子さんが、心なしかそわそわし出す。
「あ、僕も頼まれたから探していたけど、本当違和感なく人に化けるよね」
ブーリさんは魔王に会っているんだな。皆が争わないようにあえて世界の敵をやってくれているなんて、やはり彼は優しい人だった。
ブーリさん達も、魔王に悪感情を持っているようには見えないし。
「でも、エファさんってリュイさんのお兄さん何ですよね。何で貴方をあんなに毛嫌いしているのかな」
小さく呟いた疑問に、飼い主さんは苦い笑みを浮かべる。
「俺が母親の命を引き換えにして生まれてきたからだよ」
親よりも強大な力を宿した彼の出産に母体が耐えきれず彼のお母様である知恵や芸術を司る女神であった雪歌さんは亡くなった。その悲しみから最高神である彼の父親は飼い主さんを冷遇し、憎んでいてそれは突然母を奪われたお兄さんであるエファさんも同じ気持ちなのだと言う。
そんな、子どもには何の罪もないのに。
さらに、生まれた子は運命の神によって将来世界を滅ぼすという予言が彼らの憎悪に拍車をかけ、リュイさんを殺さなければ自分の大切な物が全て奪われてしまうという強迫観念を生み出してしまったのだ。何て理不尽なんだろう。
「あれ、じゃあリュイさんとブーリさんって母親は違うのですか」
「いや、母親は同じだよ」
「僕は腐敗した母さんの死体から生まれて来た神だから。そして、力を付けるために母親の死体を喰らって糧にしたのが影響しているのか、僕の容姿は雪歌さんの生き写しなんですよ。瞳を除いて。瞳の色だけは兄さんが受け継いでいます。最初に兄さんに会いに行こうと思ったのも母さんの瞳がどんな色をしていたのか気になったからっていう理由もあるんだよね」
そう言うと、ブーリさんはリュイさんの瞳を見つめてニッコリ笑った。へぇ、お母様も赤味を帯びた金色の綺麗な瞳をしていたのか。
しかし、聴いていると胸糞悪くなる話だな。リュイさんだって別にお母様を殺したくて殺した訳では無いのに。彼の瞳の奥に明確な罪悪感が浮かぶのを見て私の中に黒い思いが溜まる。
「あの、リュイさんの封印も解きたいんですけど、どうすればいいのですか?」
私の様子を見てまずいと思ったのか、佳乃子さんが別の質問をして慌てて話題を変える。その質問に、私もそれが一番聞きたかったと黒い思考を霧散させて飼い主さんを見やる。彼は答えたく無さそうに視線を反らした。
「俺が封じられている場所に来るのは危ないから」
「神族の中で罪を犯した奴を収監する牢獄ですよ」
「ブーリ!」
飼い主さんの言葉をさえぎって、ブーリさんが空中に映像を映し出す。霧が立ち込めてぼやけて見える石造りのお城の周りには白い紫陽花が咲き乱れていた。
白い紫陽花の花園なんて幻想的だね! 初めて見た。でも、これはどこにあるのだろう。
「兄さん、佐藤さん達の性格からいって隠しても執念で兄さんの封印された場所を見つけ出し、助けに行くのを止められそうな人たちの目を掻い潜ってお城まで来るだろうから、最初から僕の保護下で巻き込んでしまった方が遥かに二人の安全は確保できるよ」
ブーリさんったら本当に私たちの事がよく分かっていらっしゃる。リュイさんも思い当たる節があるのか不承不承に頷くがその目は心配そうにこちらを掠める。
まぁ、神族の罪人を本来は捕える牢獄ならそう簡単に侵入してリュイさんを奪還するのは難しいかな。
でも、囚われのお姫様を助け出すのも、勇者の定番なお仕事だよね、と佳乃子さんを見れば、彼女も不適な笑みを浮かべて頷いた。
よし、覚悟は決まった。お城ごとぶっ壊す。
どの家宝を使えば効率よく助け出せるかな、という作戦を練っている所でふと気づく。私、協力者の事何も知らない。
「あの、ところでブーリさんはエファさんとリュイさんの弟ってことは神様何ですよね? 私、貴方の正体をいまだに知らないんだけど、それは教えてもらえるのですか?」
作戦を立てる上で協力者の能力を知ることは大事だからと実はかなり気になっていた質問をしてみる。
ずっと、彼は魔物だと思っていたけどよく考えたら光と闇の神の弟であるなら彼も神様なんだよね。普通に世界を渡れるチート能力を持っているみたいだし。
「言っていませんでしたね。僕は一応愛を司る神になります。人々の間に愛を振りまくのが主な仕事ですが、他にも異なるもの同士を結びつけ新たな物を生み出すという職能もあるので、万物の創造というのも僕の重要な仕事の1つです」
い、意外と重要な神様だったんだ。しかし、愛の神とは。女性のイメージがあったんだけど、この世界では白鳥さんの姿なんだね。
「因みに本名は冬に歌と書いて冬歌と言います。まぁ、でも神の名をみだらに呼ぶものではありませんから、今まで通り外ではブーリでお願いします」
リュイさんも本名は夜柚というから、ブーリさんもこの名前以外に本名があるのではと思っていたがやはりあったか。そして、日本語の漢字が当てられているんだな。
ブーリさんは、初対面の時偽名でフユカと名乗っていたけど、あれは本名の読み方を変えたものだったのか。
「しかし、紫陽花を見て思うけどもう季節は6月なのよね。本当に時が過ぎるのは早いわ」
しみじみと言う佳乃子さんに私も頷く。ここに来たは5月の初めだったから約1か月も経っている事になる。不思議そうな顔をするリュイさん達に佳乃子さんが説明する。
「6月と言えばやっぱりジューン・ブライドだよね。地球では結婚の女神が守護する月である6月に結婚式を挙げると、生涯にわたって幸せな結婚生活がおくれると言われているのですよ。だから、私結婚式は絶対に6月に挙げたいんだ!」
うんうん。私は彼女が将来誰を選んだとしても、全力で祝わせてもらおう。2次会の余興は任せろ。愛の歌をギターかピアノで弾き歌ってやるよ。
でも、そうだな。いつかは、リュイさんと結婚するのかな。結婚式に個人的に憧れはないから式自体は挙げられなくて全然かまわないのだが、いつか結婚はしたいと思う。目に見える形での、この人はもう私のモノなのだという明確な契約の形が欲しい。そこまで、考えて何て不相応な思いなのだろうと自分が恥ずかしくなる。
あぁ、でも1回目に異世界に来たとき飼い主さんが事あるごとに私と主従の契約を結びたいと言ってきた理由が今なら何となく分かる。
誰か他の人に奪われるのが怖い。彼を独り占めしていたい。あぁ、恋愛ってもっときれいな物だと思っていたかったのに自分の中には明確にドロドロした暗い思いがある。他の人はこの感情にどう折り合いをつけているのかな。
そんな事を考えながら何となく隣に座る彼の手の甲を指でそっとなぞってみる。その途端彼が怯えたように体を震わせ手を引っ込めてしまった。
む。あれ、本当に私何かした?
「えっと、どうしたの? 佐藤さん」
私はじっと彼の赤味を帯びた金の瞳を覗き込みながら顔を近づける。飼い主さんは私が近づくとすぐに後ろに下がるが、ソファの肘置きに背中が当たりそれ以上先に進めなくなる。
しめたとさらに近づけば、必然的に距離が近くなり、彼の甘い吐息が顔にかかって心地よい酩酊感を味わう。
「リュイさんが私を避けているように思えるので。もう、私の事は嫌いになったのかな?」




