ヒマラヤの青い芥子
はーい、時刻は現在深夜0時を回ったところです。
夜間も巡回している警備兵さんたちの目を何とか交わして、私と佳乃子さんは聖杯が隠されているという井戸の底とつながっているという洞窟の前にやって来た。
特に扉も封印の術もかけられていないので洞窟の中に入るのはたやすい。井戸の底も実は定期的に開かれるレイラ宮探検ツアーで巡るコースであり、一般の観光客も普通に入れて結構人気のスポットらしい。
だから割と井戸の底まではランタン片手に容易に行けたのだが、さてここからが問題だ。秘密の入り口なんてどうやって探せばいいんだろう。
と、思ったところで、佳乃子さんの持っていた聖剣が青く光り輝き、井戸の石壁の一部が消え去り、一定間隔で配置されたろうそくの炎に照らし出された通路が出現した。
わー、新しいダンジョンが出たぞー。お宝は何があるかなー(白目)
よく考えたら、聖剣を持つ勇者と共に国宝である聖杯を探して地下のダンジョンに潜るとかそれ何てゲーム! それもRPGの世界そのままの世界観だな。
まぁ、これは現実なのでダンジョンのお約束の罠とか敵のボスモンスターの出現とかいうRPGのお約束の展開まで忠実に再現してくれなくていいからね!
ポーセリア様が言っていた役に立つ魔法ってダンジョンの入り口を探し出してくれる事だったのかな。いつか、お礼を言わないと。
蝋燭に照らされてまぁまぁ明るい、どう見ても人工的な手の入った魔術のシンボルや怪物の装飾が隙間なく描かれた壁が続く石造りの道を歩く。
突き当りは広い石のホールになっていて、真ん中にはさも開けてくださいと言わんばかりのテンプレな宝箱があった。まさか、これ?
「ねー、非常に分かりやすい罠って感じがするんだけど柚月ちゃんはどう思う?」
「私もその意見に賛成だわ。でも、どうやらこの部屋はここで行き止まりのようね」
天上に吊り下げられた黄金のシャンデリア以外には宝箱しかない簡素な造りのホールだ。念のためあちこち壁を触ってみるが隠し扉なんて物はなさそうだ。
えーい、女は度胸だ。
私たちは目線で頷きあい、隣で佳乃子さんがすらりと鞘から聖剣を引き抜き宝箱に向ける。相変わらず刀身には炎が宿っているが、不思議とこの距離でも熱を感じない。
私はふーっと息を吐き、覚悟を決めて箱を開けた。中には、アコースティックギターが入っていた。いや、何故に?
何かの役に立つのかもと、とりあえずギターを回収したところで、突然フードを深くかぶり黄金の剣をもつ人が現れた。やっぱりこれトラップか!
▶謎の騎士が現れた! どうする?
⇨たたかう
にげる
はなしかける
うーん、あまり敵意は感じないし平和的に解決したいしここは「はなしかける」かな~?
もしかしたら、旅の仲間になってくれるかもしれないし。
「こんばんは。単刀直入に聞きますが、貴方は私たちの敵ですか?」
佳乃子さんも同じ判断に至ったらしく、愛想よく微笑みながら直球の質問をぶつけた。謎の騎士は首を振る。敵ではないと示されたことで、安堵から体の力が抜ける。
「そうですか。良かったです。あの、私たちは今聖杯を探しているのですが、貴方はどうしてここにいらしたのですか?」
返事がない。ただの屍のようだ。
いやまぁ冗談はさておき、ただこちらを見つめるだけで一向に返事が返ってこない。
もしかしたら話せないのか。YES/NOで答えられる質問をした方が良いのかなと思う。
「貴方も聖杯を探しに来たんですか?」
また首が振られる。佳乃子さんが貴方は元々ここに住んでいるのか尋ねたが、それにも首が振られる。
うーん、謎の騎士がマジで謎だ。
「えっと、取りあえず私たちと一緒に来ますか?」
頷きが一つ返って来た。おっしゃ、仲間ゲット。でも、ここから先はどうやって進めばいいのかな。このギターがカギだと思うんだけど。
「ギターで何か弾き語ればいいって聖剣さんが言っているよ」
この聖剣、インテリジェンスソードらしく敵を自動で斬ってくれるし、何か困ったことがあったら主人である佳乃子さんだけが剣の声を聞けるので有用なアドバイスが貰えるそうだ。
それで何も起こらなかったら、私が恥をかくだけではと思ったものの、他に何か案が思いつく訳でもないので聖剣のお告げに従って仕方なくギターを持ち直す。
お気に入りのバンドの曲でも弾いてみようか。
コードは適当になるが、佳乃子さんは音楽は詳しくないし、騎士はこの世界の人だから地球のこの曲を知っている人は今この場には私しかいないし。
今は5月だから、爽やかな緑の森の曲にしよう。
曲に合わせたのか、私の異世界に来て発言した謎の能力の効果なのかは知らないが、かすかに森の香りと、朝日を思わせる柔らかな光に照らされ、花びらに乗った朝露が真珠みたいに輝く青い花畑が周りに出現する。
あれ、この空を写し取ったかのような神秘的な青い花は。咲く時期が短く、幻の花とも呼ばれる「ヒマラヤの青い芥子」にとてもよく似ている。一瞬佐藤家の家宝の一つであり別名が「ヒマラヤの青い芥子」と呼ばれる家宝の姿が頭をよぎるが慌てて振り払う。
出来ればあれは壊れた物の再生以外に使いたくないんだよな。
歌い終わると同時に大きな音がして顔を上げれば、先ほどはただの石の壁だった場所に扉が出現していた。
マジか。
それと同時に幻の花畑も消える。
「お、やったー! 扉が開いたよ~。やっぱり君の声は落ち着くね。今は声が低いから目を閉じて聞いていると美少年が歌っているみたいで萌えるわ!」
ピョンピョンと騒ぐ佳乃子さんにため息を吐きつつ、さっさと扉に向かって歩き出した騎士さんの後をついて行く。
何のためらいもなく扉を開いた騎士さんの後に続いていけば、またもや蝋燭に照らし出されたうす暗い廊下に出る。罠だと思われる行く手を阻む黒い炎は騎士さんが魔法で鎮火してくれたし、どこから共なく飛んできた槍や矢は聖剣さんの自動迎撃モードに従って佳乃子さんが全部切り刻んでくれた。
私、今の所歌うしかしてないな。
先ほどよりも大きなホールに到着した。さーて、今度は聖杯がないかなと思ったところで、強大な魔力の気配に毛が逆立つ。
これは、まずい物がいる。前方を見れば黒々と浮かび上がる巨大な影。八つの頭を持つ巨大な蛇がシューシューと舌を出しながらこちらを見ていた。誰かお酒を持ってきてくれませんか? 蛇が口を開くと、八つの口全てから炎がこちらに向けて放たれる。嘘。
思わず目をつぶるが、特に痛みがないので恐る恐る目を開けると結界か何かに阻まれて炎は消えた。
た、助かったー。そこで、隣から何やら魔力が満ちる気配がしてギョッとした瞬間、轟音が辺りに響き渡り、ヤマタノオロチ(仮)に向けて光の大爆発が起こった。
え、えげつねー。
万に一つの可能性として友好ルートもあったかもしれないが、戦いの火ぶたは切って落とされた。
「や、やったかな?」
蛇は倒れたようなシルエットが見えたが、煙が晴れたところで怪我は再生して元気な様子で起き上がった様が見える。そう簡単には倒せないか。
佳乃子さんの手を離れた聖剣が縦横無尽に飛び回りヤマタノオロチの首を切り落としていくが、切っていくうちから新たな首が再生されて全くダメージを受けていないようだ。
「俺がここを引き受けるから貴方たちは逃げてください」
「え、騎士さんがしゃべった!」
佳乃子さんはギョッとした顔をするが私も同じような顔をしていただろう。というか、この冷たさを帯びているがどこか艶めいた低めの声は、私の飼い主さん(仮)じゃないか! もしかして、夜に部屋に居なかったから探しに来てくれたのかな? やっぱり優しい。
でも、だからこそこの人を置いて自分たちだけで逃げる訳にはいかない。力の大部分が封印されているせいか、いつもと違ってリュイさんにも余裕が無さそうな雰囲気だし。
「心臓が鼓動し、からだと魂が一体となっているかぎり、意志を与えられたいかなる人も人生に絶望する必要はないBy 佐藤!」
まだ絶望する状況じゃない。佐藤家の先祖には不老不死の鬼を退治した人だっているんだ。今回のヤマタノオロチだって倒せる。
「いやそれ、ジュール・ヴェルヌの名言! まぁ、騎士さん一人を犠牲にして助かろうなんて思わないから、私たちも一緒に戦いますよ」
「戦う手段もないのにそんな事を言われても迷惑……え、佐藤?」
おや、これは棚ぼた式に飼い主さん(仮)の誤解を解くことも出来るかと思うがまずはヤマタノオロチを倒さなければ。再び四方八方から火の攻撃が迫ってくる。
リュイさんの結界に守られて事なきを得るが、いつまでも守られるだけのお姫様を演じている訳にはいかない。
「早く逃げろ!」
珍しく声を荒げる飼い主さんの方を真っ直ぐ見て、私は首を振る。
「な、何で……?」
「全ての危険からお守りするのが私の役目かと。……前にもそう言ったでしょう?」
表情はよく見えないが飼い主さんが怯んだような気配を見せた。え、何で怖がられたの? ま、それは後でいいか。
「ふははは! いつから佐藤家の家宝が流星刀だけだと錯覚していた!」
今回ラピスラズリのチョーカーが姿を変えるのは、佐藤家の家宝で最も取扱注意な危険物だ。ご先祖様がかつて都を騒がせた不老不死の悪鬼を倒すために使った「生弓矢」またの名を「ヒマラヤの青い芥子」とも呼ばれる家宝だ。見た目は鳥の翼をして青い芥子の花が絡んだ美しい弓なのだが効果がともかく恐ろしい。
この弓は、生弓矢を扱うものにしか見えないにもかかわらず、当たったものには確実に、たとえ不死の者であろうと死をもたらすのだ。芥子が「慰め」という花言葉を持つことと関わりがあるのかは知らないが、せめてもの慰めとしてこの弓に射抜かれた者は一切の苦痛がなく速やかに死に至るのだと言う。
まぁ、死を与える以外にもう一つこの弓には能力があるのだが、今はこの物騒な使い方をしようじゃないか。後ろ足だけで立って私はヤマタノオロチに向かって弓矢を構える。放たれた光の矢は鳥のように飛び、蛇の八つの頭部全てを引き裂いて不死身の怪物にとどめを刺した。
相変わらず、九尾の狐の神様が授けてくれた我が家の家宝の威力は恐ろしいな、と自分で仕出かしておいてもドン引きしてしまう。
弓矢を消してさて、リュイさんに今度こそ私が佐藤だと分かってもらおうと向き直ったところで、私は驚いて目を見張った。
フードを下して今日も絵から抜け出たような綺麗な顔を露わにしたリュイさんは、宝石のような赤みを帯びた金の瞳からハラハラと静かに涙を流していたのだ。
夜にしか咲かない、月の下で白く輝く月下美人を思わせる美しい人が泣いている姿はそれはそれは綺麗だ。
しかし、大好きな人を泣かせるとかあってはならないと、私は慌ててアニマルセラピーをかまそうとした時、リュイさんが思いっきり私に抱き付いてきた。
毛並みに顔を埋め、私の存在を確かめるように何度も毛並みを撫でてくる。聞こえてくる嗚咽に居たたまれなくなって、私はひたすらに謝ることしかできない。
「なんだ、柚月ちゃんの知り合いだったのか」
どうしたの? 蛇さん怖かった? お腹痛い? と小さな子供に話しかけるお母さんのような口調で佳乃子さんも彼を心配しだすが、込み入った事情を話すには時間がかかる。
佳乃子さんには悪いが今はリュイさんを慰めるほうが先決かな。自分からも頬を摺り寄せ、いつもアニマルセラピーの時にしていたように首筋にジャレつこうとしたところで、リュイさんが顔を上げ潤んで熱を帯びた瞳が私を射抜いて動けなくなる。
そのまま、壊れ物を扱うかのような繊細な手つきで私の頬に彼の手が添えられた。
「最初からこうしておけばよかった」
目を閉じ、頬を真っ赤に染めた飼い主さんの顔が近づき、猫な私の口にそっと甘くて優しいキスが降り注ぐ。
飼い主さんからの初めてのキスに、私はピキリと地蔵と化す。
何この公式が最大手。突然の供給過多にびっくりなんですけど。私いつの間に課金したのかな。
やばい。しんどい。無理。尊い。世界ありがとう。
「何か柚月ちゃんのハーレム要員がまた増えたんだけど!」
という佳乃子さんの呆れたようなツッコミなんて、今の私の耳には聞こえない。
ハーレム? 何それ? おいしいの? はんぺんのお友達?
次回予告
「この世界では赤い竜は破壊の象徴なのです」
「暇つぶしにこの国の国語辞典を見ていたら、驚くことが分かったよ」
「私は優しくはないです。だって、兄さんの行方を探したくて、近づいたのですから」
「あははは。僕に対してそんな露骨に嫌そうな顔向けてくるのホント君ぐらいだよ」
「闇の神を生かしておいてはいけない。殺せ、殺すのだ」
〇次回〇この世界の最高神に大好きな人を殺せと命令されました。よろしい、ならば戦争だ。




