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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第2章 VS魔王編
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初夏のお茶会

 皆さま、こんにちは。昨夜の怒涛の飼い主さんからのハニートラップ攻撃を耐えきって、絶賛ライフが0状態の佐藤です。


 いや、飼い主さんであるリュイさんが大好きな身としては、ベッドに押し倒されて迫られるという体験はご褒美以外の何物でもない。

 何だ、土地の権利書ぶん投げればいいの、いいや、財布か、いくら課金すればこの続きはしてもらえますか! という感じで嬉しいのだが、それはリュイさんも私の事が好きだと言う前提での気持ちである。


 リュイさんの目の前で炎に飛び込み焼き猫になった私は現在死んだと思われていて、リュイさんにとってはただ自分を殺してくれる勇者が連れて来た聖獣という認識である。


 だから、私に対する愛情はないし、蕩けて媚びるような視線の奥に冷静にこちらを観察し、こちらが自分に落ちてくるように仕向けて、何か情報を抜き取ろうとしているのが分かってしまうのである。悲しい事に。

 リュイさんとの付き合いは長いからね。



 闇の神の配下である魔物は利用価値のある者の前に美しい姿で現れて虜にし、自分から離れられなくなるように依存させてから利用するのだと言う。


 そりゃ、リュイさんも同じようなことできる訳だよね。彼が持つ夜を思わせるどこか儚げで退廃的な雰囲気を漂わせた色気に、昨夜の振る舞いは良く似合っていた。


 私と一緒にいたときは他人に触られるのは不快だと言って、自分からは私や弟さん以外の他者に触れようとしなかったから、何か意外だ。


 もしかしたら、誰か別の人にもハニートラップを仕掛けてあんな無防備で可愛らしい姿を見せたのかと思うと、胸の中に黒い物が溜まってくる。そんなの嫌だ。リュイさんは私のものなのに! という失礼極まりない身の程知らずな独占欲と嫉妬が心を渦巻いてどうにも苦しい。


 リュイさんが置いて行ったダイヤモンドリリーの花束が視界に映る。「また会いましょう」というメッセージが込められているそれに、まさか今夜も来るつもりじゃないだろうかと嫌な予感が脳裏をよぎる。


 ダメだ。


 今会ってまたハニートラップ仕掛けられたら、他の人にもこんなことしているのかなんて、恋人でもない私が言う資格もない彼を責めるような言葉を発してしまいそうで怖い。


 こうなったら、夜は出かけるしかない。


 聖杯を探し出して、リュイさんの魔力を封印している神具の一つを破壊するという当初の目論見を果たそう。





 そう決意してさて、お昼の散歩にでも行こうかと伸びをしたところでノックの音が響いた。慌てて「どうぞ」と声をかけるとお仕着せを着た侍女さんが一礼して入って来た。背筋が伸びていつ見ても所作が美しい。私も見習わないと。


「エヴェリーナ様が聖獣様とのお茶会をお望みなので、良ければ王女殿下のおられる離宮までお越し願えませんか」


 元より猫な私に任される仕事など無いのだから、私としては良い暇つぶしが出来たと喜んで頷く。お友達になったとはいえ一国の第2王女はお忙しく気軽に会える関係ではないから、こうしてお誘いがあるのは嬉しい。


 侍女さんの案内でレイラ宮とは回廊でつながりバラ園の良く見える場所に建つ白亜の離宮へと向かう。


 こちらも、植物や動物をモチーフにした装飾が所狭しと刻まれたどこか妖しい雰囲気のお城になっている。童話の悪い魔女が今にも出てきそうとか言ったら確実に怒られてしまうな。


 水晶のシャンデリアに照らされた長い廊下を歩いて行けば、金細工で飾られた白い扉の一つで案内を務めてくれた侍女さんが足を止めた。


「エヴェリーナ様、聖獣様をお連れしました」


「ありがとう。どうぞ入って」


 主人の言葉に従い、中に居た王女様のお世話係の女官さんが扉を開けてくれた。私たちの姿を確認して、入りやすいように大きく扉を開けてくれる。私は一礼して顔を上げた。


 嬉しそうに頬をバラ色に染めた美少女が、満面の笑みでこちらを見ている。佐藤に効果は抜群だ。


「この度はお招きいただきありがとうございます、エヴェリーナ様」


「いいえ。急にお呼び立てして申し訳ありません。ですが、折角お友達になったのですから貴方とゆっくりお話がしてみたかったのです。さぁ、どうぞお入りになって」


 彼女が可愛らしく微笑みながら手招きをしてくる。秋の夕焼け空を思わせる、赤く澄んだ瞳が甘やかに蕩けておいしそうだ。


 部屋の中は装飾過多なステンドグラスがぼんやりと浮かび上がり、妖艶な雰囲気を醸し出していた。


 花の精霊を模ったランプが室内を照らし出している。壁や天井は勿論、柱にまで美しい彫刻が施され嫌味にならない品の良さでさり気なく宝石があしらわれていた。

 さすが王家の所有する城の一室だと改めて感嘆のため息が漏れる。


 重厚な木のテーブルにはお茶の準備が整っていた。エヴェリーナ様とは対面の位置にある赤いベルベットのソファに飛び乗り、私は猫流の笑顔を向ける。


 仄かに桃の香りがする紅茶が注がれ、たっぷりの苺と粉砂糖が嬉しいストロベリーワッフルやバニラアイスのチョコレートがけ、ブルベリーのマフィンなどのケーキ類が白いお皿に美しく盛りつけられサーブされる。


 庭園で摘んだのか、紫色のパンジーの花が添えられているのが可愛らしい。

 5月も下旬になって日差しが強くなってきたから、アイスクリームは嬉しいな。

 雑談しながら王家専属のパティシエが作る繊細な味のスイーツを堪能していると、エヴェリーナ様が上眼遣いでこちらを見てくる。大変ご馳走様です。


「あの、聖獣様。私のことはどうぞリーナとお呼びください。それから不相応なお願いかもしれませんが私も勇者様のように聖獣様のお名前をお呼びしたいです。許していただけますか?」


「もちろん、構いませんよ。リーナ様。貴方に呼んでいただけるのなら嬉しい」


「あ、ありがとうございます。柚月様」


 一国のお姫様に敬称付で呼ばれるような身分ではないから様はいらないと言ったのだが、柚月様は柚月様ですからという謎の理論で抗議は黙殺されてしまった。


 まぁ、私の名前を嬉しそうに呼んでくれるのだから今はいいか。


「柚月様、それで、あの、答えたくなければ答えなくてよいのですが」


 リーナ様の逡巡した、聞いていいのか迷っている表情に意識して聖母の笑みを向けながら言葉の先を促す。私に聞きたいことって何だろう?


「最近、何かを憂いておいでのようですが何かあったのですか? 何か至らぬことなどございましたでしょうか?」


 え、バレていただと。申し訳なさそうなリーナ様のご様子に慌てて貴方たちのせいではない! とても良くしてもらっている! と熱弁を振るう。


「それではどうかなさったのですか? 悲しそうな雰囲気でしたよ。勇者様も心配なさっていました」


「ごめんなさい。ちょっと色々ありまして」


 多くを語らず誤魔化すつもりだったのに、穏やかでなんでも聞いて許してくれるような相槌や言葉の話し方のために、私はかなりリュイさんのことを話してしまった。


 もちろん正体が闇の神だとは言ってないし、私が前回世界を救った聖女だということは話さないが、彼をひどく傷つける真似をしてお別れもそこそこに離れてしまったこと。再会できて嬉しいのに忘れられて悲しいけど、ひどい事をした身だから何も言えないし怒りたくないのに黒い気持ちが湧き上がって苦しいこと。


「全く、あの子は何をしているのかしら」


「え?」


 ゆるゆると首を振ると、リーナ様が立ち上がりこちらに身を乗り出して、そっと優しく私の頬に触れた。


「柚月様、あなたを忘れるような飼い主のことなんかであなたが苦しむことはありません。家でずっと暮らしませんか?」


 頭をガーンと殴られてような気がした。それは、とても甘美な誘いだ。


 きっと、飼い主さんを知らなかったら私は1も2もなくリーナ様の意見に飛びついて彼女に擦り寄り、尻尾をピーンと立てていただろう。でも、違うのだ。


「ありがとうございます。でも、私の飼い主さんは彼だけですから。誠心誠意謝ってみます」


 よーし、愚痴も言えてすっきりしたし私も怖がっていないできちんと飼い主さんと向き合わないといけない。リーナ様は優しく微笑むと私の頭をゆっくりと撫でてくれた。


 本当、私の周りには私には勿体ないくらいに優しい人で溢れている。


 照れくささを誤魔化すように紅茶の入ったティーカップに手を伸ばしたところでふと思う。ティーカップは湖で泳ぐ優雅な白鳥の姿が描かれていた。


 そう言えば、飼い主さんの弟であるブーリさんはどこに居るのだろう。


 魔力は私よりも断然強い人だから何かあったのかという心配はしていないけど、目ざとい人だから私たちがこの世界に来たことに気づいていないとは思えないな。


 ブーリさんも兄である飼い主さんのことは好きみたいだし、この世界の知識もコネもある彼が協力してくれたら飼い主さんの封印を解くことももっとスムーズに進むと思うんだけどな。


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