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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第2章 VS魔王編
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人魚のまとうローブ

「死者の顔をして現れるなんて悪趣味ですね」


 ごっそりと表情が抜け落ちた人形の様なただ美しいだけの顔の中で、血の様な赤味を帯びて冷たく光るその瞳にやけに惹きつけられる。


 やっぱり、あの女神様はリュイさんに私が生きていることを伝えてはいなかったようだ。


 あれ? じゃあ、何でブーリさんは私が生きていて日本に帰っている事が分かったんだろう。分からない。


 まぁ、でも取りあえず今は飼い主(仮)であるリュイさんに私はちゃんと生きていることを伝えなければ。口を開こうとしたところで、ハタと気づく。


  私の今の大きさは、リュイさんが知っている小猫ではなく馬みたいに巨大な猫だ。その体型の変化が影響しているのか、今の声は少年の様な限りなくテノールに近いアルトなのだ。


 友人がお城の図書館で借りて来た『口説き文句で覚えるアルフヘイム語』を見せながら、この内容を耳元で囁いて、その声で悶えたいのー! という謎のリクエストをしてくるレベルの爽やかな少年ボイスなのだ。


 声も違えば見た目も違うとか、それは飼い主さんも分からないよね。

 トレードマークだった猫目石の首輪だって、今は我が家の家宝の仮の姿である、ラピスラズリをあしらった黒革のチョーカーに変わっている。


 これは詰んだ。


 どうしようかと焦っていると、唐突にリュイさんの身体が透け始める。え、何事!?


「あぁ、やっぱり1時間が限界か」


 何処か諦めたような表情で透けていく両手を見ていたリュイさんは、こちらを一瞥すると、すっと空気に溶けるように掻き消えた。


 え、今の何? 幻? 私は立ったまま夢を見ていたのか? いや、そんな馬鹿な。1時間が限界というこの言葉が鍵だよね。


 そういえば、リュイさんの本体は世界樹の根元に封じられていて私が最初に会った双頭の鷲の姿をした彼の姿は、外の世界に出るために作り出した分身体だと、リュイさんの兄であるエファさんは言っていた。


 そして、今日王様に聞いた魔王の正体。闇の神の力を割いて封印したのなら、更に飼い主さんの力は弱っているのだろう。


 もしかしたら。


 封印された場所から抜け出して外の世界に出られるのは、1時間が限界なのかもしれない。









 

 翌朝。お城で朝食を食べ終え、いつものように図書館に籠って情報を集めていると、ミオさんが王様からの伝言を持ってきた。


 すぐに毛並を丁寧に梳かれ、花の良い香りのする香油を丁寧に塗られる。


 大事なお客様だからと、前回王様にお会いした時よりもさらに豪華な宝石で飾られた白いレースのリボンが首に巻かれる。

 佳乃子さんの格好も繊細な花の刺繍が施され、レースを多用したピンク色の可愛らしいドレス姿だった。

 おう、花の妖精さんが目の前に!


 しかし、北の果てにあり、代々世界を守護する一旦としての役目を担ってきた一族であるラグナログの皇族が到着したという知らせに懐かしい気分になる。


 こっちは100年たっているからもうあのお姫様と会う事はないだろうが、その子孫と会えるのは嬉しい。


 今回訪れる方はラグナログ現皇帝の長女で、次代の皇位継承権を持っている。キャロ様と同じく未来を予知する力を持つのだと言う彼女は、魔王を倒す旅のメンバーの一人として、宣託の巫女姫ポジションで参加する事になっていた。


 馬車に揺られて無事にお客様が待つおとぎ話に出てくるような白亜の城に到着する。謁見には、ミオさんも侍女として同行する事になっている。


 金細工で飾られた豪華な貴賓室。柔らかそうなソファに優雅にその少女は座っていた。


 まさか、また会えるなんて。


 こちらに気づくと立ち上がりお手本のような礼を披露してくれる。


 朝の柔らかな光に見事な桜色の髪が揺れる。天使が地上に現れたような人外の美を誇る彼女、キャロライン様は本来の姿は巨大な猪というリュイさんの幼馴染であり、世界樹を守り、その根元に封じられた世界を滅ぼすと予言された闇の神を封印するという役目を担っていた。


 あー、そうか。冷静に考えたら彼女はミオさんの妹なのだから、ミオさんが100年前変わらずに存在している段階で気づくべきだった。キャロ様だって当然生きているだろう。


 前回は私が焼死しちゃったから、お別れが言えなかったので微妙に会うのが気まずい。


「初めまして、異世界より来たりし勇者様。私はラグナログの第一皇女キャロライン・ダゴン・イヴ・ニブルヘイムと申します。どうぞキャロとお呼び下さい。お会い出来て光栄ですわ」


 天上の花々でさえ恥じらって隠れてしまいそうな麗しい微笑みに、私はさっと顔を反らす。鼓動が激しい。


 だが、鉄の心臓を持つ幼馴染は特に動揺した様子も見せずに、淡々と自己紹介をして頭を下げた。すごい。


「こちらこそ、初めまして。私は星宮佳乃子と申します。どうぞ、佳乃子とお呼び下さい。これからよろしくお願いいたします」


 それにお辞儀を返したキャロ様の目線が佳乃子の隣に座る私へと向く。


 すると、泣きそうなそれでいて嬉しそうな顔で笑ったと思ったら突然こちらに思いっきり抱き着いて来た。


 え、は、何これご褒美。


「久しぶりね、太陽の獣様。生きていると信じていたわ」


 安心したような、私の事を本気で心配していたのだと分かる声に、罪悪感で胃がキリキリと痛くなる。


 謝罪も込めて尻尾でゆっくりと彼女の背を撫でる。

 しばらくして落ち着いたのかキャロ様は恥ずかしそうに顔を上げた。美少女の赤く染まった頬と涙目の上目遣いとか攻撃力が凄まじいな。私のライフはもう0よ!


「見苦しい所を見せて申し訳ないわね」


「いいえ、でもよく分かりましたね。私があの時世界樹に飛び込んだ佐藤だって」


「私の能力は絶対確実な占星術でもって未来を予言する事。今朝の占いで貴方と再会することは知っていたわ。それに、あの姉の妹である私が気づかないと思われる何て心外だわ!」


 仰る通りです。ミオさんも本当、私が来たことがよく分かったよな。

 ちゃっかり、侍女のフリしているし。キッとした目線がミオさんに向かうと、彼女は苦笑しながらキャロ様の頭を撫でた。


「でも随分と姿が変わったし、気配も随分違うわね。それに目が」


「謎の魔法陣が刻まれているんですよね。一体どういう仕組みなのだか。特に視力に問題はないし、痛みもないのが救いですが」


「でもまだ、ラグナログを継いではいないのですね」


 キャロ様に進められてソファに座り、ミオさんが給仕してくれたお茶とケーキを楽しみながらキャロ様に尋ねれば、彼女は意味深に微笑んだ。


「私は、姉さんとは違って不死身じゃないから人の寿命が尽きれば一度死ぬわ。そして、知識と記憶を引き継いでまた転生する。闇の神を封じるという役目があるから、『私』は必ずラグナログの皇位継承者になるのよ」


「じゃあ、もしかして今は」


「貴方と最初に知り合った『私』は30年前に死んだわ。今の私は生まれ変わった姿。体の年齢だけなら14歳よ」


 前回キャロ様は18歳だったから、道理で顔立ちにより少女らしい幼さを覚えたわけだ。


「えーと、お二人とも知りあいなの? 私全然話について行けないんだけど!」


 佳乃子さんの台詞にハッとなった私はミオさんが淹れてくれた紅茶で唇を湿らせつつ、1回目の世界で知り合った経緯を話す。佳乃子さんは盛大なため息を吐いた。何故に。


「貴方は一体何人たらし込めば気が済むのよ。やっぱりハーレム作る気でしょ?」


「そんな野望は一切抱いたことがありません」









 キャロ様との顔合わせも済み、午後からどうするかと佳乃子さんと話しながらふと窓の外を見ると、王都はずいぶんと賑やかな様子で屋台が立ち並んでいた。


「何だか人が多いわね。今日は何かイベントがあるのですか」


「はい。本日より3日間、王都では年に1度のエビ祭りが開催されております」


 護衛の騎士さんの答えに私は目を輝かせる。何だその美味しそうなお祭りは。


「ご興味がおありですか。あぁ、猫は海産物も好きですからね。ここは漁師町でもありますから、屋台では新鮮な海の幸が安く召し上がれますよ」


「素敵ですね。行ってみたいです!」


 佳乃子さんの方も見れば彼女もコクコクと首を縦に振っていた。


 と、言ってもただの猫な私はともかく勇者は簡単に外には出られないので王様に外出の申請をしないといけない。うん、面倒くさい。許可はエビ祭りの最終日、午前中だけ出た。護衛が陰に隠れてついて来てくれるらしいから安心だね。


 救世の乙女(笑)が黒髪黒目だったためか黒に対する偏見は前よりはなくなったとはいえ、まだまだ恐怖や差別意識が残っている人は多少いる。

 無用なトラブルは避けるため、黒髪黒目な佳乃子さんの色彩はキャロ様が魔法で金の髪と瞳に変えてくれた。

 日本の感覚だと派手な色彩に思えるけど、こっちだとよくある組み合わせの一つなのだよね。









 さて、エビ祭りというのは元々この国の首都・ポセターノの名前の由来となった海の女神・ポーセリアのために開かれたお祭りだ。


 事前に図書館で予習したから内容によれば、ポーセリアは人魚の姿をしておりとても美しい容姿をしている。


 時折、完全な人に化け当時は小さな国だったポセターノの原型の町に遊びに来ていた。


 ある時、その女神の美しさに魅せられた、始祖から数えて8代目のこの国の王は彼女が町の少女たちとともに、村の踊りに参加するために脱いだローブを取ってしまった。


 群青色のローブには魔力が宿っており、それを着ていないと女神は海の宮殿に帰ることができなくなる。結婚してしばらく一緒に暮らしてくれたらローブを返すという王の言葉に泣く泣く妻になったポーセリア様だが、やはり無理やり妻にされたせいか、それからは笑うことも話すこともしなくなってしまった。


 最終的には自分のことを好きになってもらって、ローブを返してもずっとこの国にいて、王である自分が死んでからも国民を守ってほしいと考えていたが仲良くなる糸筋が見えない。女神様のことを愛していたので、何とか彼女に笑顔になってもらいたいと王は国民たちに彼女を楽しませる余興を考えるようお触れを出した。踊りや歌などを披露したが普通の内容では女神はピクリともその表情を変えない。


 そこで、この地方の名物だったエビの格好をして楽器を打ち鳴らしたパレードを行ったり、エビの格好で漁をする真似をしたところ、その動きが滑稽だったためか女神様は笑いをこぼした。


 それから、毎年女神様が笑えるようにエビの格好をしてパフォーマンスを行うようになったのだという。


 とはいえ、やはり無理やり妻にされたという思いがあったのか、女神は美しい王女を産んだ後も寂しそうに海を眺める日々が続き、その涙は大粒の真珠に変わって部屋に集まった。


 そこで、王は愛する人をこれ以上悲しませたくないと自分の所業を反省し、ポーセリア様にローブを返した。彼女は一度も振り返ることなく人魚の姿に戻り海の中へと帰って行った。


 そのあとは、不思議とこの辺りは海産物が豊富にとれる世界有数の漁場に変わり、その貿易で国は発展していった。


 そして、女神の娘である王女が成人した際には、水色の地に世界中の海にすむすべての魚が刺しゅうされたこの世のものとは思えない見事なローブが女神様から届いた。


 それは女神様が流した涙で作った真珠の冠と共に、この国の歴代の王が戴冠式の時に着る衣装となっているのだという。


 国を発展させてくれた女神に感謝して、女神が去った今でも結婚記念日にあたる5月にはエビ祭りが続いている。


 なお、祭り期間中は普段は非公開なローブと真珠の冠、そして女神様が海に帰る際娘のために残したという国宝、何か困ったことがあったら助けてくれるというこぶし大のアクアマリンも展示される。


 こちらは、子と別れる悲しみの涙から出来たらしく【人魚の涙】という名前が付いている。実は、この【人魚の涙】も魔力を保存できる能力を保持しており、100年前闇の神の魔力を封じるために使用された入れ物の一つなのだ。闇の神の正体がリュイさんだと分かった今、国宝だとは分かっていても出来れば封じられた魔力を開放したい。


 大丈夫、闇の神が復活したら責任もって私がリュイさんを説得するから。私が目の前で死んだという悲しみに押しつぶされたのだとすれば、私が生きていることを伝えれば済む話だから楽な仕事だ。佳乃子さんにも巻き込んでしまった謝罪と共に、このことは伝えているから【人魚の涙】に触れる手助けをするとやる気まんまんだ。本当良い友達を持ったなぁ。


 屋台を適当に巡りながら、護衛を何とか撒けないかなと考える。しかし、リアルなエビの着ぐるみ着た人たちが串焼き売っていたり、楽器を演奏したり、お酒飲んだりしている光景ってなかなかにシュールだな。


 油断させるために、エビの漁業体験をしてみたり屋台を巡って、初めて食べるが意外においしいカリフラワーのポタージュやアツアツで中はとろーりのカニクリームコロッケ、いい塩加減でジューシーな鶏肉の串焼きに桃味のアイスクリームを胃に収めていく。私たちだけ食べるのも悪いので適度におすそ分けもさせてもらった。


 そして、エビのフリッターを胃に収めつつ、次は何を食べようか屋台に注意を向けていたせいで群青色のローブを深くかぶった女性とぶつかってしまった。


 慌てて横にいた佳乃子さんが女性の腰に手をまわして倒れないように支える。まじ、ありがとう。


「すみません、前をよく見ていなくて。お怪我はありませんか?」


「大丈夫。私こそごめんね」


 女性はぺこりと頭を下げると足早に去って行った。


 今の人。


 私たちはお互いの目を見てこくりと頷き合った。

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