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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第1章 異世界旅日記編
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神々の黄昏

最後のシーンを書きたいがためにこの物語を始めました。メイドさんの可愛さは正義。(違う)

 真っ赤なベルベットが印象的な豪奢な天蓋付ベッドの上で私は目覚めた。この布団、何てフワフワなんだ。もう実家のベッドに戻れないかもしれない。犯人は何て恐ろしいことをしてくれたのだと軽く戦慄する。傷は浅いうちに、と私はベッドを下りてキョロキョロと辺りを見渡す。



 キャンドルの薄明かりに照らされたこの部屋の壁には何だかよく分からないが、史上最高に綺麗な人だとは分かるいくつかの男女の絵と空想上の生物の絵が飾ってあった。暖炉の火が燃える音とむきたての柘榴の香りがする。白いテーブルクロスのかかったテーブルには果物と水差し、コップが置かれている。


「おーい、誰かいませんかー」


 取りあえず叫んでみるが誰からも応答がない。えーと、何でこんな事になったんだっけ? 


 あぁ、そうだ。


「エファさんに誘拐されたんだよね」


 ブーリさんにもかつて飼い主さんの元から誘拐されたから、かれこれ2回目だ。飼い主さんのきょうだいには誘拐癖があるのだろうか。ブーリさんは私を高級旅館に連れ去って至れり尽くせりもてなしてくれたけど、あの兄も。共通点を発見してしまったな。


「あぁ、お目覚めのようだね」


 乾いた声が響き、振り返ればそこには威風堂々とした光の獅子が優雅に立っていた。


「改めまして闇の神の兄であるエファです。どうぞ、よろしく」


 手加減したけど大丈夫だったかと、怪我の有無を確認するようにしゃがんでこちらに顔を近づける彼の頬を、軽めの猫パンチで振り払う。


「こんな怪我痛くも痒くもないです!」


 実際は後頭部が軽くジンジンするがな。と、思ったところで柔らかい光が私に集まってきてすっと痛みが消えた。


「駄目だよ、強がらないで。まぁ、怪我させた僕が言う台詞じゃないけどさ」


 この人の目的はなんだ、とじーっと見つめていると彼がふっと微笑んだ。長い年月を重ねて歳月を重ねた知性の煌めきを宿し、王者の風格をまとった美しい笑みだった。


「君にはさ、あまりよく覚えていない記憶がない?」


 唐突に蘇る光景は、満開の桜の下自殺を図ろうとする青年の姿。驚いてナイフを取り上げ、死から気を反らそうと旅行に誘って行ったんだが、不思議と彼の顔や名前が靄のかかったかのように思い出せない。


「心当たりはあるみたいだね。じゃあまずその記憶を戻そうか。ご丁寧に消していくとはね~!」


 若干苛立ったような言葉と共に仄かに甘い桜の香りがしたと思うと同時にハッキリとあの時出会ったお兄さんの顔を思い出す。夜の世界を支配する麗しい月でさえ敵わない美貌は、飼い主さんと瓜二つだった。あれ、でも瞳の色が青ではない。それに名前が。


夜柚(やず)さん……? えーっと一体どちら様。リュイさん双子のきょうだいでもいたの?」


「あー、そっちが本名。あと瞳の色が違うのは、あいつの本体は今もこの世界樹に封じられているんだけど、魔力を四割ほどに分割して作り出した姿がリュイなんだ。あいつは双頭の鷲という本性も魔力も闇の神とは似て非なるものだから世界樹の封印の干渉も受けない。だから、この世界で自由に動き回れたんだ」


 魔力四割でもこの世界では最強に近かったよね。本体の魔力はどれほどの物なのだとちょっと背中に悪寒が走る。


 因みに、敵を知らなければ倒せないとスマホ先生に頼んで、先ほどの朝食の席で闇の神について調べていたのだが、彼の本体は木に封じられているものの、その精神はこの世界に現れ年代を重ねるごとに姿を変えていくのだと言う。

 最初は狼、次は、グリフィン、15歳ほどの少年、牛、大鴉、黄金の剣を持つ青年、そして最後は双頭の鷲。飼い主さんの本性と一緒だから、それもあって迫害されていたのかと思っていたがまさか闇の神本人だったとは。

 ちなみに鷲の姿の時の羽を手に入れた勇者は、それを身に着けている限りどんな戦いにも負けないのだと言う。そのため、一部地域では双頭の鷲の姿のみ勝利の神として戦士の持つお守りにその姿が刻印されているのだという。


「あいつはずっと、君の事を探していた。不吉だ、化け物だと愛情や温もりではなく冷たい言葉と文字通りの刃を突き立てられて、最後には母親の手で封印され傷つくことしかなかったあいつが初めて他者に抱きしめられたんだ。それは、その相手の傍にいたいと思うだろう」


 あー、自殺を止めなきゃと勢い余って抱き着いたときの事か。何でこの人知っているんだろう。


「分身を作ってまで世界樹の呪縛から解き放たれたあいつは君をあちこち探し回ったが見つけられず、その悲しみから無意識で魔法を発動させてしまったんだ。君をリュイの目の前に呼び寄せる魔法を。でも、まさかあいつの探し人がただの猫とは思わなかったなー。猫の姿で良く抱きしめたね。本性は僕らと同じくらい大きいのかな」


 私は驚いてエファさんを見るが、彼はこちらの反応に不思議そうに首を傾げるだけだ。あれ、人間だってバレていない。


「映像を記録して僕が様子を観察する監視用といきなりこっちの世界に来て生き抜くのは大変だろうと願いを叶える首輪をあげたけど、使い方は上手で良かったよ。あと、何か武器出していたけど君の世界の猫は随分と武闘派なんだね」


「あの、何かやけにリュイさんの裏事情に詳しいんですけど貴方はその情報をどこで」


「誰にも心を開かない孤高の神が唯一気に入った相手だからね。それは最大級の弱みにもなるし変な相手だったらこの世界にも影響が及ぶ。だから、心を読ませてもらったんだけど全力で跳ねつけられてね。お兄ちゃんに取られるとでも思ったのか、君の容姿や性別、声の情報は一切入って来なかったんだ。それで、接触したところを観察しようと思って見張っていたら君が異世界から召喚されて来たってわけ」


 そうか。では、この有難い首輪様の贈り主はエファさんで私を無意識とはいえこの世界に呼び出したのはリュイさん、じゃなくて夜柚さんだったのか。まぁ、とは言っても怒り感情は湧いてこない。

 そもそも、仲良くなりたいと約束していたのは私のほうだからね。連れてこれたのなら返すことも可能だろうし、平日は地球の学校に行って週末はこっちの世界でお気楽な猫ライフを過ごすのも悪くはない。


「ふーん、この話を聞いても本当に気にしてないんだね。でもさ、君は本当に世界を滅亡させる力を持つ弟を受け入れられるの。どうせ耐えられなくなって捨てるんじゃない」


 獅子の嘲るような顔って初めて見たな。そんな顔でもカッコイイとはさすが百獣の王。


「もう好きになってしまったのだから今更嫌いに何てなれないよ。強大な力はそれ自体に罪があるわけでは無くて持つ人自身によって善にも悪にもなるのだと思う。私は、その力を持つのが飼い主さん、夜柚さんであるのなら怖くはない」


「君にとっての黒は何?」


 その質問ブーリさんにもされたなぁとちょっと懐かしくなる。


「黒は私の恋い焦がれる大好きな色ですよ」


 日本人だってほとんどはダークブラウンなのだから夜柚さんの持つあれほど純粋な黒は珍しいし、とても綺麗だ。羨ましい。それに、私自身も髪は日に当たると茶色に見えるとはいえ黒髪黒目だ。自分が持っている色を嫌いな訳がないだろう。


「うわー、何かとんでもない事聞かされちゃったな。……やっぱりいいな」


 何か変な台詞を言ったのだろうか。と、考え込んでいると唐突に光が溢れ、そこには黄金の獅子ではなく土下座している金髪のお姉さんがいた。いや、何事!?

「手荒な真似をして申し訳ありません。貴方の勇気に敬意を表します」

「ごめんで済めば警察はいらないという言葉が日本にはあってだな」

 あれ、エファさんって男だよね。悪役っぽく登場した割には謝るの早いな。やっぱり根は優しいのかな。

 てか、この金髪碧眼の美女。最初ブーリさんの屋敷にいたリュックサックを作ってくれたあのメイドさんと瓜二つなのだが。最初から監視されてたんだな。


「で、何で女の子?」


「佐藤さんって女の子が好きなんでしょう?」


 宝石のタンザナイトを思わせる深く美しい青藍の瞳が不思議そうに向けられる。いや、確かに好きだけど。やめろ、そんな人形のように愛らしい顔で首を傾げないでくれ。どんな悪事も許してあげたくなっちゃうから。(チョロイ)誘拐犯に気を使われるレベルで女の子好きだと思われているのは、乙女としてどーなんだろう。いや、正直大好きですけどね!


「ところで、普通の生き物には食事が必要だと思うけどお腹は空いてない?」


「大丈夫です」


 さすがにこの状況でご飯を食べるのはと思ったが、空気を読まない私の腹は音で持って盛大に空腹を訴える。頼む、少しはタイミングを考えてくれ。


「食事を用意しているからこちらへどうぞ」


 まぁ、腹が減っては戦は出来ぬ、と言うし。あ、エファさんの格好、黒いワンピースに白いフリルのエプロン、頭にはメイドカチューシャって、この屋敷の侍女に扮しているのかな。屋敷の雰囲気と相まって19世紀のイギリスにでもタイムスリップした気分になる。


 獅子なメイドに連れられて、シャンデリアが煌めき、テーブルクロスの掛かったとっても長いテーブルがある食堂にやって来た。ここに来るまでの石像やら焼き物やらが置かれた部屋や世界樹を描いた壮大な天井画のあるホールに、室内を繋ぐ廊下にさえ手を抜かない調度品の数々や重厚で緻密な木彫り細工に何だか美術館に迷い込んだ気がする。床に敷かれた絨毯もびっくりしてしまうくらいにふかふかだし。

 飼い主さんも美術館や博物館巡りが好きだけど、その性質はこの環境で育まれたのかもしれない。ところで、この家ってエファさん達の実家だと勝手に思っているけどそれでいいのかな?

 


 ホカホカと湯気の立つ美味しそうな料理の数々に私のお腹がオーケストラ顔負けの音を奏でだす。エファさんが引いてくれた椅子に飛び乗り料理を見れば、食べやすいように大皿から取り分けたり、果実ジュースを注いでくれたりと給仕をしてくれる。根はつくしタイプなのは、三兄弟の共通点だと思う。


 コクと旨みがあり見た目も鮮やかなニンジンスープの温かさに思わずホッと息を吐く。ジャガイモを詰めたラビオリやとろとろと口の中で蕩ける旨みが堪らない牛の赤ワイン煮込みや香ばしいクルミがアクセントになったフワフワ焼きたてのパン。細かく切った鶏肉と新鮮な野菜のサラダのドレッシングはピンク色で、これは何のソースか尋ねれば「苺と甘酒を使ったドレッシング」とのこと。あら、イチゴの酸味と甘酒の優しい味が仄かに口の中に広がって野菜の旨みを引き立てている。意外と合う。


 多いかなと思ったけど、気づいたらすべて完食していた。エファさんの生暖かい目つきが突き刺さる。大方、敵が出した食事をよく完食するなと呆れているのですね。分かります。


「君は僕に何か言いたい事はないの?」


「え、あー、ブーリさんが言っていたけど本当にリュイさんと仲が悪いんですね」


「他には?」


「んー、悪口が上手くなっちゃってお友達として悲しい」


「他」


「女の子の姿も人形のように可憐だね。このまま部屋に閉じ込めて飾っておきたいくらいです」


「それは、猟奇的。……勝手に連れてこられた恨みとかないの?」


 私は首を振る。相手がエファさんなせいか、不思議と怖くないんだよね。


「僕は貴方の意思を無視している。なのに、何でそんな普通に接してくるの」


「いや、私に嫌われたいならこんな優しくしないでくださいよ、好きになっちゃうでしょうが!」


 これでも、乙女心は結構傷ついているんですよ! 妙な裏切られた感というか。


「は、え、好き?」


 エファさんの顔が真っ赤になる。美少女の赤面おいしい。


「お友達なんだから好きですよ」


「あー、うん、そっちね。うん、分かっていたよ」


 何で呆れたような顔されないといけないんだろう。


「触っても構わない?」


 私は大いに構うが。恥ずかしいでしょうがと思ったところで優しく背中を撫でられる。人の答えは聞かないのか。エファさん、多分人に自分の頼みごとを断られたと言う経験がないんだろうな。


「あー、このモフモフ癖になりそう」


 あいつが羨ましいよ、としみじみとした口調でエファさんが言う。君なら喜んで毛並を撫でさせてくれそうな存在がいくらでもいるだろうに。


「この家は一体?」


「あー、ここは元々母さんが住んでいた家で、僕たちきょうだいは全員幼いころはここで過ごしていたんだ」


 エファさんの目に懐かしそうな光が宿る。邪気の無い笑みにこんな優しい顔も出来るのに何故と思ってしまう。やはりこの家は実家だったのか。何やら思い出を巡るように宙に視線をやっていた彼女だが青藍の瞳がハッとしたように大きくなる。



 途端に空間が歪み、私は冬至祭の日に見た夢で来たことのある仄かに金の光を帯びる巨大な木の下にいた。さわさわと穏やかな風が周りの草原の草を揺らしていく。その心地よい音に思わず目を細める。しかし、上を見上げてみれば鮮やかな赤い炎が未だ燃え盛り世界樹を頭から飲み込んでいっている。急がないと。


「貴方は何故このようなことを? このままだと世界は滅びますよ」


「別に構わないよ。こんな世界が終わることくらい」


 何かエファさんの方が闇の神のような事を言い出したんだが、どうすればいいんだ。もっと、毛並を撫でますか?


「この世界はこれまでに4度滅びていて今が5番目の世界なんだ。そして今度この世界が滅び、全ての生命が死に絶えて灰になった後、新たな世を守護する神が誕生し新しい創世の光となって6番目の世界を創り出す」


 どうせ、世界は再生するからいいだろうって事かな。


 「でも、貴方が大切にしている家族や友人は死んでしまって二度と会えなくなるんですよ」


 「僕の大事なものを皆奪って最終的に殺すのは弟なんだよ?」

 深淵を覗き込んだかのようなくらい翳りを帯びる濃紺の瞳に背筋がゾクリと震える。彼がリュイさんに当たりが強い理由の一端を見た気がする。


「それはあくまで伝承で決まったことじゃ」


「運命の女神によってこの世界に生きる者の一生は最初から決められている。だからどんなに良いことをしようと思って生まれてきた人でも、死後地獄に落ちると運命づけられているのなら人生のうちで喜んで悪をなす。運命からは逃げられない」


 私のいた地球の童話でもいくつかの話で運命には逆らうことができない、というテーマの童話があった。大抵はお金持ちの息子が農民の娘と結婚するという宣託を受けて、金持ちの父親は時には娘を殺そうとしてまで息子との結婚を阻むのだが、どんな手段を使っても最後は結婚させるしかなくなり運命には抗えないと悟って結婚を認めるのだ。


 正直私は運命が最初から決まっているのなら意志をもって生まれてきた意味がないと思うから、全力で逆らいたいけどね。


「あ、お迎えが来たね」


 エファさんの言葉と同時に巨大な魔力の気配がして。


「見つけた」


 それはもうひれ伏したくなるような魔王オーラを放つ飼い主さんが現れました。いや怖っ!

 とりあえず、飼い主さんのところへ向かおうとしたところで体が石になったかのように動かなくなる。犯人を見ればにっこりと悪いことなどしてないような天使のほほ笑みを向けられる。


「佐藤さんを返してもらおうか。彼女は関係ない」


「うわ、その言い方だとこっちが悪役みたい。やめてよね、僕は誘拐犯から佐藤さんを助けただけだよ」


 そう言いながらエファさんが取り出した鏡にはラグナログの街並みが写っていた。まだ始まっていないかという小さなつぶやきが聞こえる。


「ねえ、お前にとってこの猫は何なの?」


 興味なさそうな軽い口調でエファさんが尋ねる。それは、と答えあぐねている飼い主さんに実はそんなに好かれていなかったのかと軽くショックを受ける。


「あー、はいはい。下手に好きって答えて僕に目をつけられても困るもんね。うん、君が初めて執着した相手だもん。玩具にはぴったりだよね」


「何を……」


 と、つぶやいたところで私の体は勝手に動きいつの間にか咥えていた黄金の剣で飼い主さんを切り裂こうとした。うわー、待ってくれ! 主人の意思を言われなくても酌んでくれる優秀なルビー様が刀に姿を変えて間に入ってくれたことで事なきを得る。いや、リュイさんちょっとは自分の身を庇って。弾かれた黄金の剣はくるくる回りながらエファさんのほうに飛んでいくが。


「僕の言うことを聞かない玩具はいらない」


 一瞬冷たさが腹部に走ったと思ったが、すぐに痛みと熱で熱くなっていく。体液が流れ落ちる感触にこれはまずいと思ったところで意識が途切れる。












「ごめん、ごめんなさい。俺と関わったから。ごめん。お願い、目を開けて」


 すみません、今猛烈に眠いので無理です。


「無駄だよ。もう心臓は止まった。じきに冷たくなっていく」


 何の感情も映さない声音にいや、私まだ生きてるからと抗議の声を上げたいのにできない。鳴き声が悲痛な叫びにかわる。ホラー映画の撮影とかあったけというところで何かが壊れていく音が。これ、危なくない。バキリと何かが壊れる音と誰かの苦痛を訴え、死にかけているような声。急に体が軽くなって目を開け、体を起こすが妙に目線が高い。ふと、見れば見慣れた黄色いリボンが印象的な黒のセーラー服に、日に当たらないから白い肌。視界の端に移るのはこの世界では飼い主さん以外持ってないはずである、染めてもいないのに黒い髪。きっと瞳も黒に戻っている。久しぶり、私。


 傍らには青く優しい光を放つ流星刀。親子二代にわたって冥土から引きずり戻してくれたな。とお礼を込めてそっと撫でる。

 あー、空が夕闇に染まって綺麗だなー。


 さて、では、覚悟を決めて、荒ぶっている飼い主さんに向き合おうか。(血涙)私のせいで世界が終るとか勘弁してほしい。何のために来たのかと女神様に怒られてしまう!


 綺麗な街並みが黒い闇に飲み込まれて、形を失い、光の粒になって空へと還っていく。白い猪なキャロ様が何とか闇を浄化出来ないかと魔法を使う。あ、闇にのまれて危ないと思ったところで上空をとぶ元の白鳥の姿に戻ったブーリさんがキャロ様を抱えて飛ぶ光景にホッと息をつく。

 今度はブーリさんが空から魔法を放つが闇の勢いは止まらない。ダゴンさんは逃げまどう町の人たちを誘導して逃がしている。引き金を引いたのは、リュイさんの怒りから嵐のように放たれた魔力とはいえ、責任の一端は油断した私にもある。


 泣き虫なリュイさんが泣いていない。いっそ恐ろしいほどの無表情と闇落ち感が強いあの血の様な赤を帯びた金の瞳は何者も映していない。馬鹿な私にも分かる。これは異常事態だ。どうしよう。人の手でちゃんと触れるのは、あの春の出会い以来だろう。星祭りのときは姫抱きしただけだし。優しい貴方には誰も殺させたくないんだよ。だから、これは私の我が儘。


「愛は憎しみに消されるよりも多くの火を灯すものですby佐藤」


 いやそれ、エラ・ウィーラーの名言! という友人のツッコミは聞こえない。

 あの子、資格試験の自己採点結果の合計点が666点だったために、自分は悪魔の生まれ変わりだったのだとよく分からない説を唱えて、黒魔術の勉強をしに春休みにイギリスに行くって言っていたけど、一週間で手に入れられる魔術の奥義って胡散臭いと思う。


「貴方は私だけ見ていればいいよ」


 後頭部に手を添えて引き寄せる。髪サラサラで気持ちいいな。謝罪と悲痛な叫びを零す口を強引に自分の口で塞いで気が付いたが、言わせたくない言葉を封じるためにキスするとかどこの少女漫画の俺様ヒーローだ。乙女のファーストキスって事で許してくれないかな。


 目を開ければ至近距離に驚いたようなそして恥じらいの色を宿す黄金の瞳と目があった。この距離で見ても肌はきめ細やかだし、美しいという感想しか出てこないなんて少し怒りが湧いて来る。


 ファーストキスはレモン味とはよく言うが、私には真っ赤に熟した苺よりもなお甘く感じた。人の唇ってこんなに柔らかくて甘いのかと、世間の恋人がよくキスをする理由の一端を知った気がする。これ、危険な依存性があるぞ。止めたいと思わない。

 まずいまずいまずいまずいまずいと頭の中で警鐘がけたたましく鳴り響くが、私の手は彼の後頭部を手で押さえた所から、石にでもなってしまったように動かない。リュイさんは目を閉じて大人しく受け入れてくれているが、突然彼の身体からガクンと力が抜けた。そこで正気に戻り慌てて腰を支えて抱き止める。

 いや、自分でやらかしておいてアレだけどこれ男女逆じゃないかな。無垢なお嬢さんを無理やり手籠めにでもしてしまったかのような罪悪感が私の胸を押しつぶす。肩で息をするリュイさんの頭を謝罪の意味を込めつつ撫でる。慰謝料っていくら払えばいいんだろう。


「佐藤さん!?」


 口元を手で押さえる可愛らしい仕草に女子力はい負けたーと思いつつ、私も自分の心を分析する。お母さんは人を好きになるという事はその人と一緒に不幸になってもいいと思った時だ、と言っている。彼と出会って日が浅いころ、私はリュイさんにこの先どんな不幸にあってもずっと傍に居ると言った。

 あぁ、気づいていなかったけど自然にそんな台詞が出るなんて。私はあのころからずっと恋をしていたのか。今頃気付くなんてね。


 リュイさんは落ち着いたみたいだし大丈夫かなと外の映像を映す鏡を見れば闇はその進行を止めてはいたが、未だに瘴気を巻きながらその場に停滞している。世界樹も燃え盛ったままだ。


「無駄だよ。もう世界は終わりに向かって走り出した。それを止めるには」


 それ相応の生贄が必要だろう。

 エファさんの言葉に私の中で世界を救うために何をすればいいのかがピンとくる。女神様、これが私の使命だったんだね。


 「何をしようとしているの?」

 踵を返し、世界樹の元へ向かおうとしたが、正気を取り戻したリュイさんに腕を引かれて止められる。私はこの世界を殺すわけにはいかない。怖くないわけじゃない。でも、それ以上に。リュイさんやこの世界で出会った友達が死ぬ方がよほど恐ろしい。


「私はみんなを守りたいんです。それが、ここに来た役目でもあるから」


「佐藤さん、駄目だ! 犠牲なら元凶の俺が!」


「黙れよ」


 言われたくない台詞を紡ぐ口を封じるためにキスをする。いや、自分でしでかしておいて何だがどこの少女漫画の俺様キャラだよ!? いや、今のは俺様キャラに失礼か。これってただの犯罪者だよな。彼の気持ちを聞いていないわけだし。裏切られたと思われても仕方がないことをしている。しかも、また泣かせてしまったし。それでも。


 君が死ぬのは見たくないんだ。


 エゴイストでごめんね。あぁ、一つ教えないといけない事があったんだ。


「私の名前は柚月(ゆづき)っていうの」


「……柚月さん」


 苗字の佐藤としか名乗っていなかったからね。愛しい者を呼ぶかのように、何かを確かめるように一音一音大切に発音された私の名前に自然と笑みが浮かぶ。


夜柚(やず)君、私は貴方が好きです。大好きです。だから生きていてね」


 一世一代の初めての告白だった。不可抗力で知ってしまったリュイさんの本名を呼び、不意をついて手を振りほどくと私はそのまま燃え盛る世界樹に向けて飛び込んだ。グズグズしていたら怖くなってしまうから何事も勢いが大事だ。早く終わってくれるといいけど。




 熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。

 今まで味わったことのない尋常の無い痛みと熱さが体を駆け巡り私の意識はそこで飛んだ。

 世界を救えたのなら、私の人生にもきっと価値はあったのだろう。ある意味最高のエンディングだよね。

 でも、もう少しだけ貴方と一緒に生きたかったなぁ。


 

 

この物語はタグ通りハッピーエンドで終わります。ここからが、物語の本番です。

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