夏の記憶
佐藤さんのとある夏の日の思い出
夏休みに入って一週間。部屋の中に居ても聞こえる蝉時雨に、今日も暑くなりそうだと思いながら冷凍庫から取り出したアイスキャンデーを口にくわえる。
葡萄味のアイスを舐めながら、スマホでゲームをしていると、昼食の準備に取り掛かろうとキッチンに入ったお母さんが声をかけて来た。
「ゆうちゃん、大変。今日カレーを作ろうと思うんだけどカレールウが切れていたわ。買って来てくれない」
まだ朝の八時過ぎだと言えども、天候は快晴でこれから暑くなることは気象予報士じゃなくても分かる。
一瞬顔をしかめたが、カレーは私の大好物だから食べたい。ゲームを中止して、私はソファからのっそりと起き上がった。
一旦部屋に戻って、パジャマから洋服に着替えるためクローゼットを漁る。いつものタンクトップにしようかと一瞬思ったが、気が変わった。
レモンイエローの地に紺のドットが可愛い、ノースリーブのワンピースに決めた。
「ごめんね。好きなお菓子買って来ていいから。後、これも着けていきなさい」
お母さんから財布を受け取ると、母は私の首に黒革のチョーカーを付けた。これって、我が家の先祖である九尾の狐様が佐藤家の子孫を守るためにもたらした家宝だよね。
「そんな可愛い格好で行ったら、変な人にナンパされるかもしれないでしょう。お守りとして持って行きなさい。あと、携帯を忘れないでね」
私は頷き、バッグにスマホと財布を入れて家を出た。思った通りの日差しの強さに目を細める。
お店について、カレールウのついでにお菓子も買い込めば、スーパーで行っている福引券を1枚もらえた。意気揚々と列に並んで一回回せば出たのはキラキラ輝く黄金の玉。私のくじ運の良さ凄いな。
「おめでとうございます! 1等、旅行券です!」
カランカランと盛大に店員さんが鐘を鳴らしてくれ、周りのお客さんにも盛大な拍手をもらいながら私は宿泊券を受け取った。
一組二名様ご招待券。これ、新しく出来た今CMで話題のホテルじゃん。しかも、内風呂と露天風呂付きの部屋に泊まれるとか最高かな。せっかくだし、友人誘っていくか。
いやでも、高校生だけじゃまずいかなと思いを巡らせつつ私は近道をしようと森へと入る。
鳥たちの可愛らしいさえずりが響き渡る緑の森を歩いていると、薄紅色の花を満開にさせた巨大な桜の木が見えてきた。
今、8月だけどこれが狂い咲きって奴か。細くて白い三日月が浮かぶ青空を背景に、妖しい美しさをまとう桜に思わず見とれてしまう。
陽の光が当たっているせいか仄かに金を帯びている。珍しいなとスマホで写真でも撮ろうかと思ったところで、人影に気づいたのだが、その人は銀色のナイフを首筋に走らせようとしている。
って、ちょっと待て。ここはいつから富士の樹海になったんだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! 刃物そんな使い方したら怪我しますよ。痛いです」
能面の様な無表情で青年がこちらを見やると、わずかに瞳を大きくした。
「黒髪黒目何て初めて見ました」
茫然とした声に私は首を傾げる。
「そうですか。日本ではよくある容姿だと思いますけど。そう言うお兄さんも黒髪ですし」
でも顔立ちからして外国から来た人かな、とその彫りが深い顔立ちを見つつ思う。というか、恐ろしく綺麗な顔をした人だな。イケメン過ぎてビビった。
「日本? そんな国が新たに出来たのか」
小さく呟かれた台詞に日本って2000年は続く結構な長寿国家のはずなんだけど。まぁ、東欧の小国は地理の授業で学ばなければ知らないように、お兄さんの居る国でも日本は知られていないのかな。
あれ、でも観光で飛行機に乗って来たのでは? 行先も分からず取りあえず飛行機に乗るほどこの人は天然なのか。
「僕を恐れたりしないのは、貴方も黒を宿しているからでしょうね。黒を持つ生き物など滅んでしまったと思っていましたが」
表情は一切動かないがどことなく喜んでいる気がする。黒って優性遺伝だから早々無くならないと思うけど。何て事を考えつつ、お名前を聞いてみる。
「僕は■■ と言います。最後に話すのが貴方で良かった」
ノイズが入ったように名前の部分だけ聞き取れない。もう一度お願いしようかと思ったところで、青年の手がまたもや何のためらいもなく首に刃を滑らせようとする。反射的に買い物袋を放り出してナイフを奪い取る。
「どうせ死ぬなら、その前に私とデートをしませんか?」
腰に腕を回して引き寄せながら心持ち甘めに囁く。私は只の高校生なので、死にたいほどの悩みを抱えた人を救う手段なんて持ってない。だから、一時的にでも死から意識をそらせられればいいなと私は言葉を紡ぐ。
「この私が直々にエスコートして差し上げます。必ずや楽しませてみせますよ」
人には特上の優しさで接しなさい、という家訓の元生きている身としては放っておけない。ま、やれるだけやってみましょう。
ホテルに予約状況を急いで電話して確認すれば、部屋は空いていたので良かった。
お母さんにはラインで『ちょっと温泉行ってくる』と連絡を入れたから大丈夫だろう。現在の所持金いくらだったかなと財布を漁れば、仕事で家を空けがちな両親から生活費として渡されているカードが目に入る。
まぁ、交通費と後は途中で着替えを買えばいいくらいだから、大丈夫かな。最悪、お年玉を返還すればそう怒られないだろう。人の命には代えられない。
平身低頭謝る決意を固めていると、お金が足りない事に悩んでいると思ったのかお兄さんが見たことも無い量の札束を差し出してきた。
あ、自殺の理由金銭問題じゃなさそうね。
「あの、このお金どこから」
「あぁ、まだ足りませんか? 用意しますから好きなだけ取っていってくださって構いませんよ」
「え、いやいや、こんなに要らないから! あと、宿泊券貰ったので、交通費だけで旅行に行けますから大丈夫ですよ」
「貴方なら好きに持って行ってくれていいのに」
精神衛生上よろしくないのでしまってもらって、ホッと息を吐く。まだ、心臓がバクバクいっている。
電車に乗って、ホテルの最寄り駅まで向かっていると、彼は興味深そうに視線を走らせていた。電車も初めて乗るかのようにこちらの動きを逐一観察していた。そして何より。
「ここは、黒を持つ人たちばかりですね。不思議だ」
最初は人の目線を嫌がるようにフードを深くかぶって俯き、私の後ろに隠れるようにしていた彼だが、周りの様子を見て平気だと思ったのか今はフードを外している。
しかし、未だに怖がるように私の後ろに隠れがちだ。この短時間で保護者認定をされたようで妙な庇護欲をそそられる。うーん、対人恐怖症か何かなのかな。それは生きづらいだろう。
旅館に向かう途中で、駅に併設した大型ショッピングセンターで着替えを買う。
そこから、バスでよく手入れされた日本庭園と古民家づくりの客室が10棟並ぶ宿屋に到着し、早速部屋に案内してもらう。この宿屋は家一軒をまるごと貸し切れると言う豪華仕様なのだ。
宿泊カードに記入をして、紺色の着物を着た仲居さんに案内してもらう。小川が流れるさらさらとした音を聞きながら門を潜ればどこか懐かしい瓦屋根の家が、暖かな灯りに照らされて建っていた。夏の今はあの縁側で風鈴の音を聞きながらスイカを食べたいものだ。
中は和洋折衷で床の間を持つ落ち着く和室や、ベッドルームと品の良い飴色の調度品をそろえた洋室に、ヒノキをあしらった内風呂や緑の木々に囲まれた天然石の露天風呂があった。
自分と同じ空間にいる何て嫌じゃないだろうかと心配するお兄さんに私は笑みを返す。
まぁ、何かしようとするなら我が家の伝家の宝刀が黙ってはいないから大丈夫。大けがを負うのはお兄さんの方だ。
私は和室に布団を敷いて寝ることにして、外国人ならそっちがいいよねとお兄さんに洋室を譲る。スマホが光ったので見ればお母さんからの返信だった。
楽しんで来いよという言葉と共に、昼食は肉じゃがになった事が添えられた写真によって判明。最後はお土産をねだる文章で終わっていた。居たたまれないので明日帰る前に旅館の土産物コーナーをのぞいてこよう。
「ねぇ、どうせなら何処かへ観光しましょう。この辺りは向日葵畑が有名なんだそうです」
ホテルから歩いてすぐの場所に広がる広大な向日葵畑は、緑の山を背景にどこまでも黄色の絨毯が広がっていて綺麗だった。私の身長より高い向日葵もある。
一角には赤い花を咲かせる向日葵を集めたところもあって、向日葵って黄色だけじゃないんだと驚いてしまう。
「こんなにたくさんの向日葵初めて見ました。とっても綺麗ですねー」
お兄さんに向き直って言えば、彼はこちらをじっと見たまま何も言わない。夏の暑さに疲れさせちゃったかなと反省する。
「大丈夫ですか? あそこにカフェがあるから休憩にしましょう」
「え、あ、ごめんなさい。僕は大丈夫」
でも、頬に赤味があるんだよな。熱中症は舐めてかかったら大変だ。私は視界の端に捉えた可愛らしい白い外観のカフェに連れて行く。
昼食がまだだったから調度よかった。メニューを見た途端に空腹を自覚した私は、メニューをざっと見てカツサンドとアイスコーヒーに決めた。
お兄さんの方は決まったかなとちらりと見ると、キラキラした瞳で色とりどりの果物や寒天が飾られた白熊を模したかき氷を見ていた。お兄さん、意外と甘党。
「あの、決まりましたか?」
コクコク頷くので、店員さんを呼んで二人分注文した。ミルクが掛かった可愛らしい白熊のかき氷を食べる成人男性とか、これがギャップ萌えって奴だろうか。
向日葵畑で写真を撮って、バスで海へと向かう。夏なんだから、水着は無くても海は見ておきたいよね。
あまり見ない黒い砂浜の海は、パワースポットらしく砂浜からパワーストーンが拾えてしまうのだ。無いかな、と潮風に髪をなびかせながら下を向いて探していると、お兄さんが私の肩を叩いて来た。
「あげる」
可愛らしい笑顔と共に、小さな飴色の石を差しだしてくる。
「折角見つけたんだから、貴方が持っていた方がいいんじゃないですか」
「僕は貴方にあげたいのです」
そんな真っ直ぐな瞳で言われて受け取り拒否できる人間がいるだろうか、いや、いない(反語)
お兄さんが一緒にくれた小瓶に石を詰めて、陽にかざす。キラキラ光って太陽の雫みたいだ。
「僕の居た世界では黒というのは恐怖の対象でした」
ホテルに戻って夕食の時間になった。離れの部屋だからか、旅館みたいに部屋に運ばれて来たメインは牛ステーキという創作懐石料理を堪能し、デザートのマンゴーを底の方までたっぷり敷き詰めた夢の様なパフェに舌鼓を打っていると、お兄さんはポツリと呟いた。
「両親もそんな僕の存在を持て余していて、あまり関わることがありません。他の親子のように触れ合った記憶もありません。きょうだいや親類はお前はこれくらいしか役に立たないと、仕事や雑用を全て押し付ける対象かいいストレスの発散相手としか思っていなかったようですね」
え、何か、思ってもいない過去の話来たんだけど、これ、現代の話? こんな居るだけで感謝されそうなイケメンなのに彼の家族は。
あまりに想像できなかった重い話に思考がショートし、サービスで付いていた浴衣に着替えたイケメンを目で堪能するただのイタイ人になってしまう。
紺色のシンプルな浴衣が艶やかな黒髪に白い肌の色っぽさと相まってよく似会っているな、ってただの変態じゃん私。
ちなみに私も、淡いピンクが上品な牡丹の柄の浴衣を着ています。
「途中で父親が他の親族の僕への態度に気づき、ここに居てはいけないと引き離されましたが、新たに住むことになった場所は誰も訪ねてこない俺にとっては牢獄みたいなところだった。だから」
死のうとしたのか。あれ、でもその話だと彼はこの辺りに住んでいる事になるが。
「隔離された間も仕事を回されるので処理をしてきました。どうにもならなくなって願い事をしてくる人もいました。……貴方は僕に何を望むのですか?」
あまりにも静かな、何の怒りも悲しみも辛さも浮かばない無表情で彼は問いかけてきた。そんな扱いされていて怒ってもいいだろうに。
彼は生まれたときからそうだったせいか当たり前のこととして受け止めている気がする。望み、望みか。
「私は貴方と仲良くなりたい」
彼の動きが静止する。こちらの真意を探るように凝視してくる瞳を見つめ返せば、彼は弱ったように眉根を寄せた。
何だろう、クエスチョンマークが一杯飛んでいるように見える。
「……それは、僕にはどうすればいいか分かりません。何か、他に」
「え、その様子だと本当に分かっていないようね。いいわ、なら私が教えてあげる」
あ、いかん。予測していない返答に思わず慣れた女子高の王子モードで返してしまった。
「貴方は僕が嫌いではないのですか」
おい、今更何を言い出すのだこの子は。
「今さらなにを不安に思っているの? なら、その唇に直接答えましょうか?」
顎に軽く手を添えて唇を指でなぞる。王子モードの条件反射怖いと、内心で自分がしでかした事に戦慄してどう謝ろうか冷や汗を流していると、彼は恥じらうように顔を赤く染め瞳を反らした。
何か本当にすみません。手を外し、座りなおして私は再度仲良くなりたい旨を伝える。
「貴方と友達になれるなら、もう少し生きてみるのも悪くないか」
お、これは。ミッションコンプリート! 脳内で祝福のファンファーレを鳴らして、盛大なパレードをしていると彼の顔が近づく。何? と思ったところで頬に柔らかい感触。はい?
「またお会いしましょうね。今度は貴方の名前が呼びたいなぁ」
あれ、そういえば私自己紹介してなかったねと名乗ろうとしたところで妙な眠気に襲われた。
翌日、私は旅館の部屋で一人目覚めた。えーと、確かスーパーで買い物したら福引で宿泊券が当たって泊りに来たんだっけ。あれ、でも誰かと来たはずだけど誰だっけ。
思い出そうとしても靄のように記憶がぼやけてしまう。誰だっけ。何か約束をした気がするんだけど。教えないといけないこともあった気がするんだけど。分からない。
狐につままれたような気分で取りあえず運ばれて来た朝食を堪能する。ホテルの人に尋ねても私は一人で来たとしか言われないし、カードにも私の名前しか書かれていなかった。
釈然としない気分でお土産のフルーツゼリーを買って母が待つ家に帰れば、涼し気な水ようかんと共に迎えられる。
「おかえり、私の可愛い不良娘。君に助けられたって人が朝訪ねて来てこれ置いて行ったんだけど、何かあったの?」
「え、それどんな人だった!? 名前言っていた!?」
「うーんと、あれ、誰か来たのは確かなんだけど顔も声も思い出せない。あれ、記憶力には自信あるのに!? まさか、これが老化現象」
うーんうーんと唸るお母さんの姿にあの人を覚えられなかったのは私だけじゃなかったんだと、いよいよ彼もしくは彼女の正体に思いをはせる。
しかし、翌日には私もお母さんもその人の事はすっかり忘れていたのだった。
昨日プレゼント配りに精を出しほぼ徹夜だったせいか、世界の終わりが来るかもしれないのに寝てしまっていた佐藤です。おはようございます。
私は今、氷と霧の国であるラグナログに居るのだが、この国の奥に広がる広大な氷の大地の果てにこの世界を支えている樹があるのだという。それが枯れると世界の終わりが始まり、そして最後は炎に包まれてその火で世界を焼き尽くし滅ぼされる。そしてその灰からまた新たな世界が生まれてくるのだという。
世界樹が枯れ始めたというニュースが飛び込んで来たのは今日の朝。朝食を食べ終えてすぐに、この国を守護する巨人の使いだという兵士がホテルをたずねて来た。
私とリュイさんとミオさんは現在馬車に乗って王城までドナドナされている真最中である。
ちなみに、リュイさんの弟であるブーリさんは情報を集めに街へと向かっている。
しかし、馬車の心地よい揺れのせいで飼い主さんの膝の上でうっかり寝てしまっていたらしい。我ながら緊張感がないな。
しかし、あの夢。そうだ、私は友達になると約束した人がいたのだった。何で今まで忘れていたのだろう。
お兄さんが言っていた黒が恐怖の対象だとする世界って、まるで今私が来てしまっている世界みたいだな。相変わらずお兄さんの顔は思い出せないが。有難さで拝みたくなるレベルの美形だったことは覚えているのだけどな。
城門があき、そのまま馬車で橋を渡っていけば、昨日ぶりな尖がった青い屋根が印象的な壮麗な白亜の城へと着く。城の前には青を基調とした制服を着た衛兵が並んでいた。
うわ、皆足長! というか、イケメン揃いなのはさすが美男美女が多い国ランキング10年連続1位という、不動の目の保養国家だけはあるな。(ソースは赤べこちゃんの贈り物である旅本から)
地下へと続く階段を兵士に促されるままに降りれば、地下の広々とした石のホールに巨大な剣を抱えてうずくまる巨人がいた。
あ、昨日私があげた深緑のマフラーを早速つけてくれている。これで、寒々しさが少しは減るね。
「久しいのう、黒を宿した魔物よ」
鹿児島旅行に行きたいなと思いながら書いていました。今年の夏は遊びに行けるでしょうか。




