ホワイト·サンズ
今回は、飼い主さん(仮)のターンです。
私はむしろ助けさせてくれてありがとうと言う立場なのではないかという思考が邪魔して、目の前の光景の意味が分からない。宇宙猫顔になった私を心配しておろおろとしたリュイさんが作ってくれた、ホットチョコレートのビターでほんのりした甘さで何とか自分の心を落ち着ける。
しかし、何度目を擦ってもアタッシュケースにびっちり詰め込まれた札束は変わらずそこにある。信じたくない。
「仕事には、正当な報酬が発生する。今回佐藤さんは、フロレンティアの王家の正式な依頼を受けて満足の行く結果を出したのだから、貴方には十分受け取る資格があると思うけど」
リュイさんが、そっと私の頭を撫でながら言う。ミオさんも同意するように力強く頷いた。
「それに、今ここでお礼を受け取っておかないとじゃあ、何なら満足するのかと王家の関係者に付きまとわれる事になるわよ」
「分かりました! 喜んで受けとります」
奴らとは、早く縁を切ってしまいたいからな。
「度重なる事件を解決したご褒美だけど、何か欲しいものはあるの?」
リュイさんに聞かれるが正直何も思い付かない。優しい飼い主さん(仮)たちが私が欲しいものは何でも買ってくれるし、そもそも首輪様が私の望みを何でも叶えてくれる状態だ。これ以上なにかを望むのは罰が当たりそうだ。
「場所でも良いんですよ。最近は新しく水族館や遊園地、それにスイーツバイキングのお店もオープンしたようですし」
私の悩んだ表情を見てブーリさんが助け船を出してくれる。それなら。私は赤べこちゃんがくれた旅本に気になる場所が載っていたんだよね。
「行きたい場所があるんです」
「何処に行きたいの? 貴方が望むなら地の底にだって連れて行ってあげる」
甘い笑顔を浮かべるリュイさんに、私は本のページを見せる。一面の純白の砂漠に溶け込みそうな白猫の写真。
「ジャンバラかー。確かに素敵よね」
一面の白の景色には、その色を邪魔しない白色が欲しい。ブーリさんは、巨大な白鳥だ。世界の果てまで続いてしまいそうなこの白の景色の中に、白鳥が翼を広げる写真はインスタ映え間違いなしだ。これは勝てる(何に)
「でも、真夏の今はここは連日40度を越えるから修行になるわよ」
ミオさんの意見に私はすぐ前言を撤回した。結局話し合いの結果ジャンバラは、秋になり涼しくなる10月に行くことになった。その時期、ジャンバラては死者の祭を盛大に行い、それが幻想的で素敵らしいので調度いいんだって。旅慣れた魔物さんたちが太鼓判を押す景色となると、私も俄然興味がわきたつ。
それからはミオさんの勧めで精霊の城に招待され、そこで海水浴やキノコ狩り、ベリーつみを楽しんでいるうちに季節は秋になった。こっそり精霊国の図書館でも日本に帰る方法を探したが、見つからなかったのが残念だ。な、泣いてなんかないもんね!
天高く馬肥ゆる秋。
天気は快晴。私はリュイさんとブーリさんと共に白い砂漠を有する街にやって来ていた。ミオさんは、精霊国の周辺が落ち着かないからとあのお城に残っている。夏の間はずっと一緒だったから、離れると寂しくなるな。
「この街は占いでも有名なんですよね。あとは観光地として墓地が有名ですが、こちらはどうせ夜の死者の祭で訪れるから後回しでいいか。あ、パレードももうすぐ始まるみたいですよ!」
テンションが高いブーリさんは、何故か今回は長い髪にオレンジ色の小花を編み込んで三つ編みにした、可愛らしい女性の姿になっていた。ラプンツェルが目の前に居たらこんな感じなのかしら。
旅本によると、死者の祭の日は、『ホワイトドレスナイト』と言い、夜は女性は悪い死者に冥界に連れて行かれないように聖なる色である白い服を身にまとうのだが、ブーリさんは既に白いドレスを着ていた。
フリルの飾りとフロントラインの真珠のボタンが美しいドレスは、ブーリさんの美貌と相まって高貴なお姫様のような雰囲気を醸し出している。街行く人の目を強奪してしまう暴力的な美しさだ。
「あの、その格好もとても素敵ですがどうしたんですか?」
「佐藤さんは女性の方が好きでしょう。ご褒美に僕の写真を撮りたいと言ってくれたのが嬉しかったので、オシャレをしてみました。如何でしょうか?」
「本当に雪の天使が目の前に現れたように美しいわ。私のためなんて可愛いことを言われてしまったら、このまま何処かに拐ってしまいたくなるわね」
あ、しまった。ブーリさんの解答が予想外過ぎて慣れた女子高の王子様対応をしてしまった。
「ありがとう。貴方となら何処に行っても楽しいでしょうね。って、兄さん顔、顔! 実の弟に向けて良い顔じゃないよ。僕でも怖い!」
ブーリさんの台詞は魔物の本能に寄るものだと分かっているから、別に照れる必要はなかったね。彼の様子も友達同士の軽口のような対応だ。だから、リュイさんがそんな泣きそうな顔をする必要はないよ。
「佐藤さんは俺じゃ不満なの」
「いや、白い砂漠にはその色彩を邪魔しない白が一番合うと思ったから、ブーリさんは白鳥なのでぴったりだと思って撮りたかっただけです。黒も正反対の色で画面が引き締まって格好良いとは思いますが、ここでは騒ぎになると思ったので」
「なんだ、僕の本性の写真が撮りたかったんですね。失敗したな」
「その格好も綺麗なので、是非撮らせてください!」
食いぎみに提案したら、笑って頷いてくれました。ブーリさん、マジ女神。
白い砂漠に行く前に、名物の占いが気になったので行ってみることにした。当たると評判の占いの館は外見は普通の喫茶店だ。個室には、木のテーブルと座り心地が良さそうなソファーが置いてあった。
対面には、紫色のワンピースに自然石のペンダントを着けたごく普通の少女が愛想よく微笑んで座っていた。勧められるままにソファーに座る。
「フロレンティアの英雄様にお会い出来る何て嬉しいわ。今日は何をお知りになりたいのですか?」
「え、あの、何で知って」
「ジャンバラの占い師を見くびられては困ります。見れば分かるわ」
さすが、大陸一の魔術の街だと本で紹介させていただけはある。
さて、気になること。本音は元の世界に帰れるかどうかが知りたいが、さすがに聞くわけにはいかない。なら、無難に恋愛かな。これも死亡フラグに直結するから私としては是非知りたい。
コーヒーの染みの形を見て占うので、コーヒーを飲み干した後に占い師の少女にカップを返す。
「そんな、嘘。どうして。……すみません、もう一度飲んで貰えますか」
占い師のただならぬ様子に困惑しつつも、もう一杯コーヒーを飲んで占い師にカップを手渡す。中を見た少女は真剣な顔で私に向き直った。
「落ち着いて聞いて頂戴ね。貴方はあと2ヶ月で死にます」
一番当たる占いは、貴方はいつか死ぬという結果だもんね(違う)
やけに具体的な期限が出たものだ。私はあと2ヶ月後に誰かと恋に落ちて、その人のせいで死ぬようだ。佐藤の呪いは健在だったのかと妙に冷静な頭で考える。
3月27日の誕生日を乗り越えて18歳になったからと安心していたけど、運命からは逃げられなかったようだ。
「私に恋は出来ますか」
「え、あ、そうですね。恋の相手とはもう会っているようですよ」
えー、誰だ。友達として好きな異性はたくさん居るが、恋の相手は思い浮かばない。声をかけあぐねている占い師に私は猫流の笑顔を浮かべた。
「驚かせてごめんなさい。私は大丈夫ですよ。いずれ愛する人の為に死ぬことは分かっていましたから。もう覚悟はしています」
「回避する方法は、ないの。そんな、諦められるものなの?」
「平気です。どうせ偽りの死になるのだから」
意味が分からず困惑する占い師に、首輪様に頼んで大目に出したお金を握らせる。部屋の外で待っているリュイさんたちには、占いの結果は教えないように念を押した。
「当たって欲しくない占いの結果が出たのは久しぶりです。あの、私が言うのもなんだけど最後まで希望を捨てちゃダメよ」
「はい、もちろん。野良猫はあきらめが悪いので」
「お帰りなさい。占いはどうでした?」
興味津々な表情で問いかけてきたブーリさんに私はニッコリ笑う。
「恋占いをして頂いたのですが、運命の相手には、もう会っているそうです。一体誰なんでしょうね」
そこで、一気に室温が低下した。ブーリさんが焦った表情で隣を見ると同時に暖かい腕に抱き込まれた。
「佐藤さんは、俺の主になるんでしょ」
いや、それは地球育ちの私には無理だよと言いたかったのに、あまりに切ない声でリュイさんが言うから喉が詰まったように否定の言葉を言うことが出来なかった。
占いの館を出て、祭で賑わう街を歩く。ブラスバンドの華やかで楽し気な演奏が聞こえてきた。通り沿いに立ち並ぶ露店では、串焼きや揚げドーナツなどの食べ物の他にもアクセサリーや民芸品に雑貨や洋服なんかも売られていて見ているだけでも楽しい。
「やっぱり、思った通りに似合うね。可愛い」
露店で小さな花が連なった繊細なレース編みのケープをリュイさんが買ってくれた。さすが可愛い猫の身体だ。何を着ても似合う。これで、夜にも祭のコンセプトにあった格好が出来るから嬉しい。
「ありがとうございます。素敵なケープですね」
「気に入って貰えたようで良かった。俺こそ着てくれてありがとう」
祭の喧騒を抜けて、この街に来た目的である白い砂漠に向かう。国立国立になっている砂漠の駐車場付近には、カフェや土産物屋さんが軒を連ねていた。そのうちの一軒のお店で足を止める。
「ジャンバラの名物なんですよ。お昼まだですし、気になるならここでランチにしましょうか」
ブーリさんの提案に一も二もなく頷く。異世界で出会ったのは、ボリュームたっぷりのハンバーガーのお店だ。グルメじゃない証拠だが、普段リュイさんが作る栄養バランスを考えた美味しい食事を食べていると、無性にジャンクなものが食べたくなって仕方なくなるのだ。
セルフサービスのお店だったので、会計を済ませリュイさんが受け取った商品と共に2階に上がる。ガラス張りの大きな窓からは、雪原と言われても普通に納得出来てしまう、何処までも続きそうな広大な純白の砂漠があった。思わず息を飲む。
窓に面したカウンター席に座り、美しい景色を見ながらパンからハンバーグがはみ出したハンバーガーにかぶり付く。久々に食べると美味しい。デミグラスソースに絡んだお肉も肉汁たっぷりでジューシーだ。とろとろのチーズと香味野菜であるシャキシャキの玉ねぎが、絶妙なハーモニーをお口の中で奏でる。
リュイさんも、このハンバーガーの大きさから普段の上品な所作と違い豪快にかぶり付いたのに驚いてしまった。なのに口元には、ソースのシミ一つ付いていない。これが育ちの違いか。
「あ、佐藤さん。口元ソース付いてる」
微笑ましげにリュイさんがこちらに手を伸ばしかけたが、ふと動きを止めるとティッシュで口元を拭ってくれた。前回のことがあったからかな。別に怒ってはいなかったんだけど。
「ありがとうございます」
「ううん。美味しい? 佐藤さん」
ハンバーガーの味は気に入ったので頷く。
「ポテトもどうぞ。美味しいよ、あーん」
リュイさんや、その甘ったるい微笑みとあーんは恋人にするべきじゃないかと思いつつ口元にきたポテトを反射的に口に入れる。塩がいい塩梅に効いていてカラリと揚がったじゃがいもは、中はホクホクで美味しい。
「ねー、ひょっとして僕邪魔ですか」
疲れたような顔を見せるブーリさんに、私は慌ててエッグタルトを献上した。
お店から出て、恐る恐る白い砂漠に足を踏み入れる。すっきりと晴れ渡った澄んだ青空と砂漠の白のコントラストは、非現実的で惹かれてしまう。その白を邪魔しない、天使の様に美しい純白の少女が遠くを見ながらじっと佇む光景は、まるで一篇の絵画のようだ。
首輪様に頼んで一眼レフのカメラを出してもらう。シャッターを切る手にも熱が籠る。写真部部長で、全国大会にも出場した友人並の写真の腕前がないのが悔やまれるが、被写体が素晴らし過ぎるので、素人の写真でもそれなりに見える。美しい光景に、ギャラリーも集まって見とれていた。流石です、ブーリさん。
「俺は白に映える明るい黄色のほうが好きだけどな」
面白くなさそうに言うリュイさんに小さくお礼を言う。
次は本命の白鳥の写真を撮りに人気の少ない場所に向かう。ぽっかりと人影のない、ただ青と白しかない場所に出る。足を止め、期待を込めて振り返れば、そこには少女ではなく優美な白鳥がこちらを見下ろしていた。
畏怖を覚えるこの世の者とは思えない、ただただ神秘的で美しい鳥に見とれる。砂漠の景色と相まって想像以上だ。写真を撮らないのか? と首を軽く傾げる姿が合図だったかのようにカメラを出現させる。手が震える。この震えさえも、写真に残して覚えていたい。私は、シャッターを切った。
家族や友人に見せるためにスマホでも何枚か撮影し、更に良い撮影スポットはないかとチョロチョロ走る白いトカゲを追いながら歩いていると、いつの間にかリュイさん達と離れてしまっていた。
まぁ、地球より優秀さを増したスマホの地図アプリを使えば、リュイさん達の元に帰るのは難しくないし、いざとなれば首輪様が魔法で彼らの元に運んでくれるため、それほど心配はしていない。
時間が経っていたようで、空が青からオレンジ、金色、赤へと刻々と色を変えていく。砂漠も空の色を映して淡いピンクに染まる。まるで、桜の花びらを敷き詰めたみたいだ。スマホのカメラを向けて写真を一枚。そこで、狂暴なうなり声が聞こえた。
「匂うぞ。我らの天敵。光の獣か」
馬か何かのように巨大な狼の群れに私は冷や汗をかく。
「旨そうだ」
こんな怪物が出るなんて聞いて無いんですけど! 死亡フラグは2ヶ月後ではなかったんですか、占い師さん! 無抵抗で食べられたくはないので、何かないかと首輪様に念じれば、リュイさんからの贈り物である首のアクアマリンが輝く。そのまま、丸くなって眠った猫の形をした笛へと変わる。
狼が今にも飛び掛かろうとするのを見て、私は躊躇いなく笛をふく。澄んだ高い音が響き、頭上に力強い羽ばたきが聞こえる。世界を染める夕焼けの一面の赤にも染まらずに飛ぶ闇を纏う黒い鳥。私は安堵のため息をこぼす。
狼たちは新たな魔物の登場を警戒してうなり声を上げる。一匹の狼が突風を口から吐き出すが、こちらに届く前に霧散する。他の狼もリュイさんに向かって魔法を打つが全て打ち消される。焦れた一頭が恐ろしい跳躍力でリュイさんに肉薄するが、次の瞬間狼の身体を青い炎が包み込み一瞬で骨まで残さず燃え尽きる。
「この力、まさか魔王」
「違う。大体魔王は200年前に光の勇者によって消されただろう」
リーダー格の狼の言葉にリュイさんが冷静に答える。この世界、昔は魔王何て存在も居たんだ。今トリップして来て良かったな。リュイさんから強大な魔力が漏れ出して、狼たちが震える。
「待て。我らは、お前たちを襲わない。だから、見逃して」
狼の言葉を遮るように、闇のような手が逃がさないよう狼の身体を掴んで全て消し去った。
地上に降りてきたリュイさんは人型を取った。艶やかな黒い髪が風になびく。謝ろうと一歩を踏み出したところで彼が振り返った。
その目に浮かぶ明確な怯えと、彼が全身から発散する敵に向かい合うような緊張感に、私は足を止めて思わず後ろを振り返った。
白い砂漠のモデルは、アメリカのニューメキシコ州にあるホワイトサンズです。いつか行ってみたい。




