ご依頼は黒騎士に
この国は夏とは言っても、日本のように肌にまとわりつくような湿気や殺人級な太陽の日差しがある訳ではない。だから、午後から外に出かけてもそんなにゲンナリしないで済んでいる。海風が爽やかでむしろ気持ちいい。
この辺りの地域は、気候が寒冷で冬が長いため、夏には積極的に外に出て貴重な太陽の季節を甘受するのが当たり前なのだそう。街を歩いていても日本ではお馴染みの日傘を差している人が誰もいなくて、ミオさんの言葉通り暖かな太陽の光を満喫しているのかなと思う。
現在、私はブーリさんの幼なじみであるミオさんとデートの真っ最中だ。フロンティアは、大きな港を有していて活気溢れる港町だ。毎日がお祭りのような、賑やかな街を歩くだけでも楽しい。市場やお店を覗いたりしながらブラブラと歩いていた。
「佐藤さん、見て見て。あの教会の塔の上なんだけどね。普通は風見鶏がついていると思うんだけど、ここは海辺の街なのが関係しているのか鶏じゃなくて魚なの。面白いよね」
青空に映える白い塔を見上げる。確かに立派な魚が風を受けてくるくる回っている。
「塔の上は、展望台になっていて街を見渡せるのよ。行ってみない?」
キラキラとした目線に私はイエスしかない答えを返した。
歴史ある教会の塔なので、エレベーターと言う便利なものはない。えっちらおっちら絨毯の敷かれた石の階段を登って最上階の部屋に到着した。
ミオさんに抱っこされて、大きな窓から下を見ればオレンジの屋根が続く街並みと遠くに夏の日差しを受けて輝くクリアブルーの海が見える。人々の行き交う姿が随分小さく見えて、地上にいた時も思ったが結構高い所まで登ったものだと感じる。
ミオさんは、スマホのカメラで写真を撮ると誰かにメールを送っていた。綺麗な景色が写るように一緒に写真を撮った後、ねだる様な上目遣いでミオさんが提案してきた。
「思ったとおり、随分遠くまで見渡せるね。あ、私のお気に入りの喫茶店も見える! ねぇ、何だか小腹が空かない? もう、おやつの時間だよ」
まぁ、私も歩いて喉が渇いて来たからな。頷くと彼女は嬉しそうに笑って、私を抱えたまま軽い足取りで階段を降りていった。
そのままカフェに向かうつもりだったのだが、私は教会の隣にある雑貨屋の前で足を止めた。ショーウィンドウにディスプレイされている細工の品があまりに美しくて見とれてしまったのだ。
「あぁ、フロレンティア·パールね。この国の有名な土産物の一つよ」
ミオさんによれば、神話の中でこの街は万物の生命を産み出したとされる母なる海の神が産まれたと言う記述があり、この街は聖地の一つなのだと言う。星の神様も訪れるし、ここって地球で言うバチカンとかエルサレム並みに凄い場所なのではないのかな。何でそんな場所の教会がよりによって悪事に手を染めてしまったんだとちょっと遠い目になる。
フロレンティア·パールは、祈りの道具である。海の女神の教会の修道士が祈りを込めて一つ一つ真珠貝を彫り上げて作る。モチーフとしては、この世界を支える世界樹に咲く花を模したものが多い。そして、これをペンダントや指輪にして肌身離さず持って願いを込めて祈るとその願いは成就するのだと言う。
私には早く日本に帰りたいと言う願いがある。どうしても惹かれてしまい、私はペンダントトップとして使えそうな大きさの、花モチーフのものを買った。
清廉な純白が目に眩しい。細工の細かさに実はこれ、天使が作ったんだよと言われても納得出来そうだ。
元は温室なのだと言うそのカフェは、全面ガラス張りの建物の中にも緑が溢れていて、花の香りが満ちていた。自然光が入って明るい店内には南国の植物が植わっていて、見上げる程に大きな椰子の木や室内を華やかに彩る赤や黄色のハイビスカスを見ていると、自分が今何処にいるのか分からなくなる。中央には噴水もあって耳に聴こえる水の音が心地良い。
「あら、リボンが曲がっていますよ。直してあげる」
ニコニコと笑いながら、ミオさんが首もとのオレンジのリボンを結び直してくれる。これは、リュイさんにオレンジデーの贈り物としてもらった大切なものだから常に身に付けているのだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。うん、可愛くなった」
チョコレート好きな国民性だけあって、このカフェはブラウニーやホットチョコレートが美味しいらしい。チョコレートと言う単語に微妙な気分になってしまうが、美味しいお菓子に罪はない。チョコレート&クッキーのアイスクリームを注文した。
ミオさんは、コーヒーとブラウニーだ。チョコレートの香り高く濃厚なアイスクリームを夢中になって味わっていると、ふとテーブルに影が落ちた。
「突然訪ねる非礼をお許し頂きたい」
チョコレート色に金のボタンが印象的なこの国の騎士の制服に、私は露骨に顔をしかめた。
「お初にお目にかかります。私はこの国の騎士団を率いるマクスウェル·ボーガンと申します。先日は貴殿方に私の部下が大変な非礼を働いたようでお詫びのしようもございません」
「何の事でしょう。誰かと間違えてはいませんか」
関わりたくないので、ここは他人のふりをする事にした。
「その稀なりし美しい黄色の毛並み。そして、そのオレンジのリボン。貴方様があの忌まわしき黒の獣を破りし聖なる黒の騎士の仮の姿とお見受けする」
ミオさんが庇うように私を腕に抱き上げた。磨きあげられた鋼の様な殺気のこもった瞳を受けても顔色一つ変えない。私だと分かっているなら誤魔化せないか。あの獣を倒してすぐに目立つ黄色い猫に戻ってしまったもんな。
「災厄を収めて頂いたお礼をしていませんので、城にご招待いたします」
どうしよう。嫌な予感しかしない。
「貴方たちが私たちにした仕打ちをお忘れになったのかしら。信用出来る訳がないでしょう。それに、貴方はお礼だけの為に来たわけではないですね。何かこの子の力を借りたいのでしょう」
心を読む魔法が使えるミオさんは、質問ではなく確信を持ってそう言った。
騎士の男は、迷うような素振りをした。話を聞かないと帰らないかもしれないな。ミオさんも同じ結論に至ったようだ。
「どうしてもと仰るならここでお話しになって。盗聴防止の結界は張りますから。それがこちらに出来る最大の譲歩です」
「姫が原因不明の病に倒れた。このままでは、死を待つしかないのです」
気の毒だと思うが佐藤さんお医者さんじゃないから、病気の治療は無理よ。早く戻って、病気や薬の研究をしたほうが良いと告げようとしたところで、氷のように冷めきった声が聞こえた。
「神の怒りに触れたからか」
「はい、神託によれば姫の病を治すには妖精の城の泉に湧く命の水を飲ませるしかないと」
あー、あの女神様自分が授けたルビーを使って教会が悪事を働いたの怒っていたもんな。なるほど。主犯でなく、その人が大事にしている者を苦しめたほうがダメージが大きいと思ったのかな。
「解決方法が分かっているなら、何で私に依頼を?」
「今まで名だたる勇者たちが命の水を求めて旅に出ましたが、未だ一人も帰ってきておりません。それほどに、危険な旅なのです。ですが、あの獣を下した太陽の力を秘めた貴方なら」
いやいや、私に何もメリット無いのに命を賭けろと。無理無理。断ろうと思ったのに、他の方法はないか念のため調べる過程でスマホでこの国のお姫様を調べて私は息をのんだ。可愛い盛りの五歳の女の子が明日をも知れぬ命だと。
「その依頼引き受けます。必ずや命の水を取ってきますから、大船に乗った気持ちでいると良いですよ!」
「え、ちょっと、佐藤さん!?」
フロレンティア·パールのモデルは、パレスチナのベツレヘム·パール·ボタンです。テレビで見た神秘的な美しさに一目惚れしましたが、値段は高いのでしょうね。ずっと眺めていたいような宝石みたいなボタンです。




