ライラックの花冠
赤いビロードのカーテンが高貴な様をかもし出す室内では、3人の男女がテーブルを囲うように座っていた。3人ともそれぞれに異なった魅力を持ち、絵画よりも美しい天上界の美を誇っている。もし、ここに第三者が居たのなら自分は天国に迷い込んで、天使にでも会ったのかと思ったかもしれない。
そんな彼らは、夜も更けたこの時間に酒を楽しんでいるようで、手元には、白ワインの入ったグラスが置いてある。テーブルには、酒のつまみも並べられていたが、今のところ女性しか食べ物を口にしていない。
「佐藤さんのご様子はどうですか? 先日あのような目に遭われたのですから、トラウマになっていないと良いのですが」
「佐藤さんは、こちらが驚くくらい勇気がある子だから大丈夫。今は部屋で寝てるよ」
白髪の青年はクスクス笑うと視線を木製の扉に向ける。なお、3人とも件の猫である佐藤はもう眠っていると思っているが実際には違う。中身は日本から来た女子高生という事を隠している佐藤は、青年たちの目が離れたことをこれ幸いにと召喚したスマホで家族や友人と連絡を取っていた。
「でも、本当に驚いたな。まさか宝物庫の番人たる貴方が持ち場を離れるなんて」
グラスを持ち上げ、中身のワインを何とはなしに眺めながら白い髪をした青年が呟く。青年の眼前に座る深い青の瞳が印象的な女性は、クスクス笑いながらワインを口元に運んだ。
「あら、私にだって世界を自由に見て回る権利があると思いますけど。自分の分身を作り出して持ち場を任せております。感覚は共有していますから、何かあればすぐに島に戻ります。これは、夜柚様のやり方を参考にしたまでですわ」
意味深な目線が一瞬対面の黒髪の青年を掠める。彼は、飲んでいたワインを喉に詰まらせてむせる。青年の隣に座る白髪の青年が心配そうにその背をさすった。
「キャロの様子は、どうですか」
「そうですね。本来私の妹は夜柚様を守護すると同時に、世界樹の封印が解けぬよう見守るのが役目。本来この状況は看過できるものではありませんが、何も問題を起こさない限りは何を言わないつもりのようですよ。そうそう、夜柚様が戻られたおりには迷惑料を請求するつもりのようです」
「へー、あのお姫様の性格上烈火の如く怒ると思っていたけど随分寛大になったものだ」
白い髪の青年が、感慨深そうに呟く。黒髪の青年も同じ思考に至ったのか頷いた。
「キャロちゃんは全てを見透す目を持っていますから。もし何かあったらすぐに対処できると言う自信の現れでしょう。それまでは、役目を開放された記念に羽目を外すつもりのようです」
「そうかー。まぁ、キャロだってたまには遊びたいだろうから、役目を忘れない程度には楽しんで欲しいよね。今度僕から何かお土産を持っていこう」
「あらあら、ブーリ様がそんなお気遣いをする必要はありませんよ。これからも、妹と仲良くして頂けるだけで結構ですわ」
「僕が贈りたいだけだから気にしないで」
周りの空気が浄化されそうな輝いた笑みで答えるブーリに、女性は頭痛を堪えるような表情をした。
「これが愛。……いつか、女性に刺され無いようにお気をつけください」
「え? あー、えっと気を付けます?」
疑問符を大量にとばしながらブーリが頷く。黒髪の青年がおずおずと皿を手で示す。
「ミオさん、遠慮をしないで食べてくださいね。俺たちは食事を取る必要はないので全て貴方の分ですよ」
「ありがとうございます。頂いていますわ。妹から聞いてはいましたが、本当に料理がお上手なのですね」
テーブルには、ミオが持ってきた白ワインに合うような料理がところ狭しと並んでいた。オイルサーディンと玉ねぎのカナッペを食べれば、感動したように頬を押さえる。
「貴方に気に入って頂けたなら、光栄です。市場で見たウニが美味しそうだったので、パスタにしてみたのですがお嫌いでなければどうぞ」
「ウニの味が濃厚で、クリームソースのパスタと絡むと本当に頬が落ちてしまいそう」
「良かったです。これ、今日の夕食に佐藤さんに出した時にも好評だったんですよ」
花が周囲に舞っているような華やいだ笑みを浮かべる青年に、普通の人がこの光景を見たら美しさの過剰供給で意識を飛ばしていたかもしれない。自身も同等の美を誇るミオは微笑まし気な表情を浮かべるだけだったが。
「リュイ様。あの、今さらですが、私のような者にそのような丁寧な言葉を使われなくて良いのですよ」
「いや、しかし、貴方に礼を失する訳には。...分かった」
ミオの目線に負けたリュイは不本意そうに頷いた。ミオが輝くような笑みを浮かべてお礼を述べる。
「兄さんは、変なところで気にしすぎなんだよ。そんなんじゃ生きるの大変だよ」
「そうだね。俺もブーリみたいに強くなれたら良いんだけど」
「声のトーンと表情にトゲがある気がするのは気のせいかな」
「お二方とも本当に仲が良ろしくていらっしゃるのね」
優しい表情を浮かべるミオの目線に、どこか羨ましそうな色が混じるのに気がついたブーリが首を傾げる。
「貴方たち兄妹だって仲が良いよね?」
しまったと言う様にミオは視線をさ迷わせるが、心を落ち着かせるためか、それとも話をする勇気を得るためか、ワインを呷ると口を開いた。
「一番辛い仕事を兄さんに押し付けてのうのうと暮らしておいて、仲が良いなんて口が裂けても言えませんよ。きっと、私たちのことを疎んでいらっしゃるわ。だから、兄さんは姿を消してしまったんでしょう」
「日奈の性質上その事が原因で貴方たちを嫌うこと何て無いよ。彼は俺から見た限りは、貴方たちを大事に思っていた。俺も同じ立場なら、そんな重い役目を背負うのは妹ではなく自分で在りたいと思うから、むしろホッとする。ま、俺から言うより日奈に聞くほうが信用できるかな。何なら俺から帰るように連絡しようか?」
「そうそう、日奈の事だから何食わぬ顔でひょっこりお土産持参で戻って来そうだけど、ここまで連絡ないのも珍しいからね。僕の方でも探っておこうか」
「あ、すみません。私は貴方がたに何かして欲しかった訳では」
慌てるミオを落ち着かせるように、ブーリがその小さな頭を撫でる。
「分かってるよ。でもさ、僕たちにとっても大事な友人だから久しぶりに会いたいし。本当の意味では誰もあの子を殺せないから、心配はしてないけど気になるし」
ブーリの言葉に、感謝の気持ちを込めてミオは深く頭を下げた。
どうも。フロレンティアで教会の野望を打ち破り、黒騎士として民衆の支持を得てしまった黄色い猫な佐藤です。私はグッズ展開までされてしまった現実を受け止めきれず、昼間からホテルの部屋のベッドで布団を被りふて寝の真っ最中だ。
リュイさんは、傍らのソファーで難しそうな本を読んでいたが、彼のスマホがメールの着信を告げる。珍しい。リュイさんは、この世界では珍しい強い魔力を宿す黒を持つ魔物だ。そのため、周りに怖がられてしまい、友達もほとんど居ないのだと言う。専ら弟か従兄弟と連絡を取る用だと言うこのスマホが鳴るのは、私が彼と暮らしてから初めてのことだった。
「ミオさん? 何だろう。ちょっと出てくるね」
お、密かに私が日本に帰った後にリュイさんを任せようと思っている相手からの呼び出しとは。もしや、デートの誘いじゃあないかな。ここは、キューピッド役を頑張らないとと、私はリュイさんの跡をつけることにした。
エレベーターで下に降りると、二人はホテルのロビーで話していた。おずおずとラッピングされた長方形の袋をミオさんがリュイさんに差し出す。それを受け取ると、今度はリュイさんが紫色のライラックの花冠を魔法で出し、そっと彼女の頭に載せた。
はにかんでお礼を言うミオさんの可愛さに、私の心臓は撃ち抜かれた。何だ、この少女漫画。甘ーい。君たちもう付き合っちゃえよ!
「あら、そこに居るのは佐藤さんですね。良かった。迎えに行こうと思っていたのですよ」
ライラックの花冠を被り、濃い色のブラウスと白地に鮮やかな花柄のフレアスカートをはいた夏の妖精が、眩しい笑顔でこちらに走りよってくる。CMかな。思わず見とれてしまって隠れるのが遅れた私を、ミオさんが嬉しそうに抱き上げる。
「ねぇ、私とデートをして下さらない?」
お嬢さん、誘う相手を間違えてはいませんか。
漠然とデートの話が書きたくて堪らなくなったのですが、導入で力尽きました。
次回は、ワクワクなデート回です。




