花咲く砂漠の鎮魂歌
久々の登場になるので補足。
レオさん⇒どんな傷も治すエメラルドを手に入れるために入った遺跡で出会った、虹色の翼を持つ黄金の獅子。
どこまでも続く広大な大地には、地面を埋め尽くす勢いで色とりどりの花が咲き乱れている。よく見ると、花の隙間は砂地が覗いでいるから、普段ここは乾いた砂漠なのだろう。そう考えると不思議な光景だ。
神の花畑。
脳裏に自然と浮かんだ言葉にひどく納得してしまう。赤や黄色、白や紫などの見事な色彩の美しい絨毯を織りあげる。青空に映え、この世の物とは思えない幻想的な光景に私は意味もなく立ち尽くす。
澄み切った青空にどこまでも続く、空にかかる虹を地上に降ろしてきたかのような色とりどりの花の絨毯が映える。こんな光景を独り占めしてもいいの。あぁ、ダメだ。震える手でスマホを操作し、イヤホンを耳に挿して、お気に入りの春の曲を流す。優しく吹く風を感じながら、期間限定の今ここにしかない花畑を歩いていく。大好きな曲を聞いて、綺麗な景色を見ていると、あぁ、生きているんだと実感できる。スマホから流れて来るポップスを歌いながら、美しい花々の中を行けば楽しくなってくる。
命の気配が一切ないはずの、乾いた砂漠にここまでの花畑が出来るなんて、私が生贄になったかいもあったというものだ。
生贄の文化については、私個人としては、世界は元々理不尽なのだから、人の命を安易に捧げて居るかも分からない神に祈るより、魔法だってあるんだから、ギリギリまで犠牲を出さずに自分たちに出来ることをして、嫌な現実を覆すために足掻けよ! と思うんだが、そこはもう育ってきた文化の違いだろうから、私からはとやかく言わない。こうして、今は生きているから良しとしよう。今の私は元の人間の姿だから、黄色い猫な私は死んでしまったのだろうか。
私はとある言葉を思い出す。信仰は良くも悪くも、人に絶大なパワーを与えるものらしい。
「信仰は奇跡を起こす。少なくとも奇跡が起こるための時間を与えるby佐藤!」
それ、ジョージ・メレディスの名言! という友人のツッコミは聞こえない。
日本とは2か月の時差があるから、あちらはまだ年が明けたばかりだ。友人は、おみくじの結果が無事大凶から小吉に進化したらしい。良かった。お正月だからと遊びに来ていた従兄弟も交えて、狂い咲きの沈丁花の下で会った幽霊なお兄さんと共に、新しく出来た甘味処に行った写真も送られて来た。
美味しそうにお汁粉を頬張る写真に和むが、君たち本当に仲いいな。そして、やっぱり幽霊さんの首元の傷が痛々しすぎてつい目が行ってしまう。友人にバレンタインの贈り物は絶対にマフラーにするよう、念入りに言い含めておこう。
でも、好きな人のために死なない何て佐藤家としては初なんじゃないだろうか。この姿じゃ、リュイさん達も私が誰なのか分からないかもしれないな。これから、どうしよう。
現実逃避気味に、目の前に広がる天国の様な光景を見ながら歩く。日没が近いのか、周りが太陽の金と赤に染められ、刻々と花々が色を変えていく。その美しさに見惚れて足元がお留守になっていたのだろう。石につまずいて身体が傾く。
「大丈夫?」
砂地だからそこまで転んでも痛くはないはずと思っていたが、私を受け止めたのは砂ではなく二本の腕だった。
「あ、ありがとうございます」
「転ばなくて良かった」
ポンポンと私の頭を撫でてニッコリ笑うその人は、何て言うか、王子様か何かですかと言いたくなるような素晴らしいイケメンだった。綺麗な青藍色の瞳が目の前に。何かいい匂いがするよ! って変態か私は。だがしかし、唐突に現れたこの金髪碧眼のお兄さんは一体誰だろう。
「久しぶり。今回は、僕のせいで怖い目に合わせて本当にごめんね。トラウマになっていないと良いんだけど」
「え、えっと、久しぶりとは。何処かでお会いしましたっけ?」
私の飼い主さん(仮)やブーリさんに匹敵するような、人間離れした美貌の主何て会ったら早々忘れないと思うんだが。頑張って、私の脳!
「あ、そうか。こっちの姿は見せていなかったっけ」
納得したような声音と共に青年の姿が空気に溶けるようにブレる。次の瞬間、そこには威風堂々とした覇気を纏った黄金の獅子がいた。あ、前に遺跡で会ったライオンさんだ。
「うわー、レオさんじゃないですか。お久しぶりです。お元気でしたか?」
「まぁ、それなりに。ただ、この再会の仕方は僕も予想外だったけどね。本当にごめん。貴方がナイフで切られる前に割って入れたから良かったけど」
あれ、じゃあ、あの時私は別に死んではいなかったんだな。どうやら、レオさんが助けてくれたらしい。
「ありがとうございます」
「こちらの不手際が原因だから、気にしないで」
一体どういう意味だろうと私は首を傾げる。
「最近、世界樹の封印に綻びが生じて闇の神の動きが活発になっているんだよね。そのせいで、空間に歪みが生じてしまい本来浄化を担っている神域が真っ先に影響を受けているんだ。そのため、この花畑も花が咲く時期が少し遅れてしまってね。僕が魔法で花の成長を助けたから、今はこうして元の姿を取り戻した」
闇の神って確かこの世界を滅ぼそうとしている悪い神様だったはず。封印が解けかけているなんて大丈夫なのだろうか。私の不安が顔に出ていたのか、レオさんが慰めるかのようにこちらに擦り寄って来た。ライオン、もふもふ、可愛い。
「でも、世界の歪みを正す前に貴方が僕への生贄にされてしまった。神の花畑を復活させるためと、もう一つ。金が採れる鉱脈が新たに見つかるよう祈願するために」
この国の経済は、豊富に取れる金を加工して輸出することで財を成している。だから、この国には腕のいい金細工師や宝石の職人が集まるのだ。それが無くなるという事は、大打撃だろう。
「でも、金を取り続けていれば無限の資源などないのだから、いずれ底をつくのは目に見えている。ここで、方針転換して地下の資源に頼るのではなく、別の方法で国を潤す方向に政策を転換してもいい頃合いだと僕は思うんだよね。まさか、この時代になっても古代のように生贄を捧げて祈るとは思わなかった」
レオさんはそう言うと、私の腰に軽く頭を擦り付けた。途端に視界が低くなり私は黄色い猫へと戻る。
「お迎えが来たみたいだよ。貴方には悪いけど、この世界ではその姿で居た方が良い」
レオさんの目線を追って上を見れば、夕焼けに照らされて赤々と燃えているような翼になった、美しい白鳥が舞い降りて来た。
「佐藤さん、探しましたよ! 本当に無事でよかったです。全く、元はと言えば貴方のせいなんだからね。信者くらい統制しろ!」
「それは、本当に悪かった。でも、ブーリ君の方が来るとは思わなかったな」
「あのねぇ、兄さんをここに呼んだら世界の寿命が一気に縮まるでしょう。僕はまだこの世界が終わって欲しくはない」
白鳥の嫌そうな顔って初めて見た。あと、リュイさんとレオさんって仲が悪いのかな。
「君も愛を司る存在だから、あいつにも愛情を注がないといけないなんて本当に大変だね」
「役割に縛られて本質を見失っているのはお前の方だろう」
あれ、この二人も何だか険悪なムードになっていない。大丈夫?
「まぁ、でも、ブーリ君が来てくれて助かったかな。僕はこの分野は専門じゃないし」
禍々しい気配に目線を向ければ、五、六人の黒い人影が立っていた。生きている人間じゃないと本能が悟る。
「生贄に捧げる相手として、最も効果が高いのは自分たちが大切にしている存在。つまり子どもだ。ただ、自分たちの子どもを生贄にはしたくなかったらしい」
「なるほどね。旅人の行方不明事件が続いていると聞いていたが、家族で旅行に来ていた子どもを狙ったのか」
年代は、身長から私が博物館で見たミイラと同じくらいに見える。私とほとんど年は変わらないだろう。痛ましさに胸を抑える。
「将来を託すべき子どもに犠牲を強いるような国にどのみち未来はないさ。遺体は掘り出して丁重に弔うようにしないとな」
レオさんの目線は、花が咲く砂漠の下を見ている。この下に?
「遺品も家族の元に返せるようにしないとね。こんなバカげたことは終わりにしないといけない。話はお前からしろよ」
「今回は僕のミスだから、後始末くらいはさすがにしないとね」
花々が咲き乱れる砂漠に腰を下ろす。いつの間にか、私の傍に黒い影のようになった子どもが近寄ってくる。彼らの心を少しでも癒せるようにアニマルセラピーに勤しむ。優しい手がそっと私の毛並を撫でてきて、泣きそうになる。
私は涙を誤魔化すように、じっと空を埋め尽くすように輝く星空を眺める。宝石箱をひっくり返したような、という表現がピッタリな美しい空だ。
リュイさんが言っていたけど、この辺りの地域では見える星の数が多すぎて、星座は結んだ線によって空に絵を描くのではなく、星の無い黒い部分を動物や神の形に見立てて星座にしているんだよね。
「流れ星だ」
子どもの影が、空を指さす。しまった。願い事をするのを忘れた。あ、でも昔は流れ星は凶兆で、誰かが死んだしるしだったんだよね。人が死ぬと、その人の星が流星となって落ちるのだ。
「今夜は満月、綺麗だねー」
子どもの一人が、私にも煌々と世界を照らす黄金の月が良く見えるように抱き上げてくれる。私は、昔お母さんが教えてくれた月の伝説を思い出した。
「月の明るい夜は良い人が多いんだよ」
太陽と月が一緒に空に輝く時代。月は地上で暮らす人間に不満があっていつも文句ばかり言っていた。神の恩恵を受けていながら何故悪いことばかりをするのかと。最初は太陽も月を宥めていたが、やがて諦めて、そんなに彼らが嫌いなら夜の世界に行きなさい。暗くて人間も見えないから、腹も立たないでしょう。悪い人ばかりじゃないと思ったら明るく世界を照らせばいいと、月に向かって言った。だから、明るい月が出た夜は優しい人が多いのだと。そんな話をすれば、子どもたちは私の頭を撫でてくれた。
「本当だ。今日、ちゃんと優しい人に会えた」
え、あー、レオさん達のことかな。真実を白日の下にさらそうと作戦を練っていらっしゃるし。お話合いが終わったのか、ブーリさんがこちらに近寄ってくる。梓さんを天へと送った時みたいに、子どもたちを送っていくのだろう。お別れだ。
金色の優しい光を放つ花が空中に現れ、空へと続く道になった。空の上まで続いているから、きっとあの向こうに冥界があるのだろう。光の道を黒い影は連れだって歩いて昇っていく。
私はそっと死者を悼む歌を歌いながら、空を行く死者の行進をいつまでも見つめていた。
作中に出て来る月の昔ばなしはペルーに伝わる伝説で、私のお気に入りのお話でもあります。




