海辺の遺跡
余計な騒動に巻き込まれないためには早々に逃げるに限る。私たちは転移魔法で今いるエルドラードの首都から400キロほど離れた海辺の町にやって来た。魔法って本当に便利。
ただ、ブーリさんは神の花畑が現れないのはおかしいからと、原因を探るために首都に残っている。危ないことをしていないと良いけど。
「佐藤さん、ここも遺跡観光がメインなんだけど向こうとはちょっと違う造りになっていて面白いと思うから、見に行かない?」
私の顔を見て、リュイさんが私の気を紛らわせようと提案してくる。この街には、今のエルドラードを支配する王家の前に栄えていた文明の遺跡があるのだ。
そうだね。ここで、思い悩んでいても始まらない。リュイさんに余計な心配をかけてはいけないと気合を入れなおす。
ブーリさんに何かあったら、その時に自分の出来ることをすればいい。
「ありがとうございます、行ってみたいです」
そう答えて、一歩踏み出せば強い風が私の黄色い毛並を揺らす。海が近いからか、風にも潮の香りが混じっている。まだ、泳げる気候じゃないのが少し残念だ。
「お腹は空いていない? 遺跡の中には食事が取れる場所が無いから、先にご飯にしようか」
遺跡保護の観点から、遺跡内に食事は持ち込み禁止で、ペットボトルや水筒に入った水だけはOKになる。砂漠の中に広がる広大な遺跡と、遠くに太陽の光を受けてキラキラと輝く青い海を臨む展望台のベンチで、私は花柄のリュックから使い捨ての容器に入ったお弁当を取り出した。
簡単なサンドイッチ程度のものを想定していたから、中身の豪華さにちょっとビックリする。ちゃんと、お肉も入っているよ。それより、一番びっくりしたのは。
「この国にもご飯ってあったんですね」
「ここは低地こそ砂漠が広がっているけど、山間部に行けば穀物も豊かに取れる土地ではあるからね。お米も育てているはずだよ。この街の名物もあの海で取れる海産物とお米を炒めたシーフードライスだし。ただ、コメの品種が違うから瑞穂国で食べた白米とは違う味だろうね」
シーフードライス。何て美味しそうな響きなんだと思わず目を輝かせれば、「夕食に食べに行こうね」とふんわりした笑みでリュイさんが言ってくれる。本当に優しいな。
お弁当のメインのおかずは一口サイズの豚カツで、それにチーズ入りのオムレツやパプリカの甘酢和えにカボチャのサラダ、ご飯が彩りよく詰められていて味も美味しい。
景色の良さも、味の良さにプラスされてお弁当を口に入れるスピードが速くなってくる。夢中で頬張っているとあっという間に中身が空になってしまう。しまった。ガッツき過ぎた。
「美味しかった? あぁ、ご飯粒がついているよ」
口元に付いていたらしい、お米をリュイさんが指で取ってくれる。恥ずかしい。そのまま、何を思ったのかご飯粒を口に入れてしまう。わー、少女漫画とかでよく見る奴だ―。
って、いやいや、相手が猫だから意識してないんだろうけど、こんな自然な動作で女の子にやってみ。秒で惚れられるぞ。昨日の女性へのあしらい方と言い、意外と慣れている人なのかもしれないな。
彼は魔物だから、人を自分へと依存させてから利用する存在だ。だから、忠誠を誓う主人は決めていなくても、利用する存在として過去にはそういう関係になった人が居たのかもしれない。
「え、あの、佐藤さん目が怖いけど、どうかしたの? ごめんなさい、不作法なことをしてしまったかな?」
あ、これ素だわ。アワアワするリュイさんに何だか和んだ気分になりながら、お弁当箱を近くのゴミ箱に捨てる。
「お、怒っている?」
「いえ、怒っていませんよ。さて、腹ごなしがてら遺跡歩きに向かいましょうか」
ベンチに戻れば、こちらを伺うように見やるリュイさんに私は努めて優しい笑顔を向ける。ベンチの上に飛び乗って、安心させるようにすりすりしていると、遠慮がちな声が掛かって来た。
「あの、すみません。黄色い猫ちゃんなんて珍しいですね。良かったら、お菓子でもどうぞ」
おーう、ここでもか。この世界では猫ブームでも来ているのかもしれない。お礼として、お菓子をくれた女性にすり寄っていけば、蕩けるような笑顔で私の毛並を撫でてくれる。
「ずるーい、あの私も触っていいですか」
「猫ちゃん、日差しも強くなってきたからな。アイスでもどうだ」
「キャー、モコモコの毛並が可愛い!」
あっという間に、人だかりが出来てしまった。お弁当を食べている時も、妙に視線を感じたが、本当に猫好きですね! 可愛がられるのは大好きなんで全然かまいませんが!
広場に店を出していた、アイスクリーム屋のおじさんからも、バニラ味とバナナ味のアイスクリームをもらう。おじさんは、リュイさんにも同じものをくれたので、お礼の意味を込めてサービスを多めにしておく。甘い物が好きなリュイさんは心なしか嬉しそうだ。アイスは口に合ったらしく、ふにゃりとした笑顔を向けて来る。わーお。
「やばい、イケメンの笑顔すごい。尊い」
私の心の声を代弁してくれたお姉さんに、同意の意味を込めて擦り寄ればぎゅーっと抱きしめられる。分かる。分かるよ。溢れる萌えが抑えきれないんだね。でも、ちょっと苦しいかな!
「可愛い、甘い物好きなんだ。餌付けしたい」
最初に声をかけてくれたお姉さんがいそいそとカバンを漁り出す。それに釣られたように、周りもお菓子を取り出しはじめ、気づけばリュイさんの隣にこんもりと小さなおかしの山が出来ていた。イケメンって凄い。
「猫ちゃんと一緒に食べてください。それでは、良い一日を!」
私を撫でて満足した皆さんは、手を振りながらそれぞれの目的地へと解散していった。こんな量のお菓子をすぐには食べきれないので、私たちのホテルの部屋にリュイさんの魔法で転送してもらう。
すると、最初にこちらに声をかけてくれたお姉さんが何かを決意するような顔でこちらを見て来た。
「あの、さっき会話が聞こえて、私もこれから遺跡に向かおうと思うのですが、良ければ一緒に行きませんか!」
清楚系な美女の顔を真っ赤にしての上目遣いのおねだり。佐藤に効果はバツグンだ!
逡巡するような目を向けて来るリュイさんに、キラキラの笑顔でコクコク頷けば苦笑が返ってくる。そのまま、私の頭を優しく撫でると女性に向き直った。
「佐藤さんも、貴方と一緒に観光したいようだから、俺で良ければご一緒させてください」
「私の名前はミオゾティスと言います。どうぞミオとお呼び下さい」
ミオさんは、この国エルドラードとは別の大陸にある精霊の国として名高いフロレンティアの出身だそうだ。大学の卒業旅行でこの国を訪れたらしい。
「私は大学で歴史学を専攻していて、遺跡巡りが趣味なんです。かつて、この街で暮らした人はどんな生活をしていたのか思いをはせるのが楽しくて。文化ごとの建物の造りの差異を見ていくのも好きなんです。この国の遺跡はフロレンティアとは全く別の趣を見せるので、是非本物を見たくて」
「フロレンティアに眠る遺跡は古代の精霊たちが作り出したものがほとんどだから、人が作ったものとは確かに違うよね。あれも深い森に溶け込む神秘的な雰囲気があって俺は好きだけど」
「じゃあ、是非フロレンティアにも遊びに来てください。6月の夏至祭の時期は盛大な盛り上がりを見せますから。案内しますよ」
「ありがとう」
おやおや、なんだかいい雰囲気じゃない。ミオさんは、リュイさんよりも濃い綺麗な深い青の瞳が印象的な、野に咲く花のように可憐な女性だ。リュイさんと並ぶと美男美女でお似合いである。
おしゃべりしながら、街を抜けて、砂漠が広がる大地に現れる大きな石を組み合わせて作った巨大な門を抜ける。青い海を間近に望む場所に、砂色の壮麗な都市の遺跡が残っていた。昔は、金の装飾が施されていたらしく、神殿や葬祭場の跡の建物には、繊細な彫り物のなかにわずかに金の煌めきを見ることが出来る。昔から、この地域では金が採れていたんだな。
戦士の姿を象った石造りの人形がずらりと並ぶ、王宮跡地を進んでいく。薄暗くて少し不気味な雰囲気だ。キョロキョロしていると、何の感情も映さない戦士の人形と目線が合ってしまい、思わず反らす。
「ここ、段差があるから気を付けて」
「ありがとうございます」
自然な動作でミオさんの手をとりエスコートする姿に、これはいよいよ私はお邪魔虫なんじゃないかという気がする。飼い主さん(仮)にも春が来たのなら、うまく行くよう応援するのも飼い猫(仮)の務めだ。私が一緒だと、リュイさんは私の方を優先してしまうからここは自由な野良猫らしく、遺跡内でちょっと放浪の旅にでも出よう。リュイさんは私の居場所は気配で分かるみたいだから、大丈夫だよね。
「この中でちょっと遊んできますね! 二人はごゆっくり~!」
「え、ちょっと、佐藤さん!」
リュイさんの静止の声も聞かずに、私はさっと建物が密集する暗がりへと走り込んだ。
しかし、リュイさんって黒の魔物というこの世界では恐怖な対象のはずなのにモテるよな。生来のやさしさが顔に滲み出ているからかもしれない。
黒に対する畏怖の感情があるとはいえ、それは彼の性格を知らないからだ。リュイさんの温厚な性格を知ってもらえば、黒い色彩を持つと言うだけなのだから、案外皆に受け入れてもらえるんじゃないかな。
今は、彼の宿す黒を見ても怖がらなかった私に対してリュイさんは主になって欲しいと言っているけど、私はいずれ日本に帰るつもりだ。だから、別の人に出来れば彼の主になって欲しい。ミオさんとはいい感じだし、現地人である彼女に出来ればリュイさんを受け入れてほしい。
そのためには、まずは対策をねらないと。やはり、ここは定番の吊り橋効果作戦でもするか。お化けのコスプレでもして驚かそうか、と首輪様に頼んで白いお化けの布を出してもらおうとしたところで、この遺跡のガイドの男性に声をかけられた。
「黄色い猫とは縁起がいい。さぁ、さぁ、お菓子があるからこっちへおいで」
「ありがとうございます」
何故持っているんだと問いかけたい魚の干物を貰って、私は噛んで飲み込んでいく。塩がいい塩梅に魚の味を引き立てている。癖になるな。
「猫ちゃんは、この博物館に興味があるのか。おじさんと一緒なら中に入れるからちょっと見ていくか」
好意を無下にするのも悪いので、私は頷く。ここ、博物館もあったのか。とはいえ、建物は小さく展示室は一部屋だけですぐに見終わってしまう。かつて、農作業で使われたのであろう道具や祭りや婚礼の際に着ると言う美しい民族衣装が展示されていた。しかし、私の目を引いたのは12,3歳ほどの茶髪の少女のミイラだった。
「すごい、こんなに綺麗に残るものなのですね」
「この辺りは夜は氷点下になるから、その寒さで体が腐敗せずに自然とミイラ化するんだよ」
ガイドの説明によると、この地域では昔豊作への祈りや災害を鎮めるために生贄を捧げる習慣があったらしい。神への生贄は、自分たちが一番大切にしている者でないと効果は無いとされていたため、家畜の他に子どもが多く生贄にされた。
生贄の子どもは、夜に海辺の祭儀場に連れて行かれて、そこで今で言う睡眠薬のような作用をもつ薬草茶を飲ませて凍死させるという方法が最も多く取られたが、より効果がある方法として、胸を切り裂かれて心臓を取り出された子どももいたようだ。
少女の顔を見るが、苦し気な様子はなく安らかだ。この子は眠ったまま気づかずに穏やかな死を迎えたのだろうか。説明文を見れば千年も昔の時代を生きた人なのに、ちゃんと髪の毛や当時の服がそのまま残っているなんて不思議だ。
「実は、下の格納庫にももう一体ミイラがあるんだけど、そっちはそのミイラより時代が古くて壊れやすいんだ。だから、取り出せないから上から覗いてみてごらん」
ガイドが床の扉を開けると、さっきのミイラより若干年下の少女のミイラが現れた。私はじっと静かに永遠に眠り続ける少女の顔を見つめる。そうして、ふと思う。彼女達は、一体どんな気持ちで自らを犠牲にする道を選んだのだろう。この年なら、まだまだやりたい事もあっただろうに。
太陽に照らし出された部屋の中で、私は静寂に身を置きながら、こたえる事なない少女に心の中で問いを発し続けた。
ガイドの勧めで、のどが渇いただろうと、私は冷たく冷えたハーブティーを彼の事務所でご馳走になる事になった。おー、何だかすっきりとした味わいだ。リュイさんにも飲ませてあげたい。何て名前のハーブだろうと思いながらお茶とガイドとの雑談を楽しんでいると、唐突に抗いがたい眠気が襲ってくる。カップをテーブルに置き、必死に眠気と戦うが瞼が意識に反して閉じてしまう。
「やっと、効いて来たか」
ガイドの男のその言葉を最後に私は眠りの底に引きずりこまれていった。
大きな波音に誘われるように意識が浮上する。周りを見れば、私はひんやりとした石の台の上に寝かされており、前足と後ろ足はどちらもロープでぐるぐる巻きにされていた。
私を囲むように、瑪瑙や珊瑚、翡翠で作られた小さな人形が置かれている。何かの儀式の場なのだろうか。言いようのない恐怖がこみ上げてきて、何とか落ち着こうと深く息を吐く。
「あー、起きちゃったか。出来れば意識の無いうちに進めたかったんだが。なぁ、猫ちゃん、悪く思わないでくれよ。あんたの犠牲一つでこの国の民が助かるんだ」
黄金のナイフを手に持ったガイドの男の言葉が、耳に入って来ない。
「黒い魔物を捕まえるのは無理だったが、太陽の色を宿す生き物の方がより価値があるはずだ。太陽の獣を捧げますから、神よ、どうか怒りをおおさめください」
黒とは別に黄色にも何か意味があるのかもしれない。ちゃんと調べておくべきだったと後悔しても遅い。生贄の儀式に使うナイフの柄の中には、振ると音が出るように小さな玉が入っている。
ガイドの説明通りにナイフからシャラリと澄んだ音が響く。その死の宣告の音と共に、私の心臓めがけてナイフが勢いよく振り下ろされた。




