魔物と月と愛言葉
梓さんたちを、無事に天国までおくり、私たちは宿に戻った。
一仕事してお腹も空いたので、首輪様に頼んで食事を出してもらった。
壁の時計が、深夜0時を回ったことを告げる。久しぶりにこんな時間まで起きていたな。
夜食に卵を落とした月見うどんをすすりながら、障子窓を開けて、宿の畳敷きの和室へと優しい光を投げかける月を眺める。
月と恋心の親和性って高い気がするのは何故だろう。月を見ながら、私は母の言葉を脳裏によみがえらせる。
曰はく、佐藤家の人間は小説が一本書けそうな恋愛をしがちで、しかもその運命の人とは17の年に出会うのだと。そして、愛した人のために必ず1度は死ぬ。
呪いの様に、好きな人のために凄惨な死に方をするようになった始まりは、私の祖先が正体を知らずに九尾の狐と仲良くなったことだ。
月日を重ねて、お互いを知り狐がその正体を明かしても、祖先は変わらず傍に居た。
やがて、その狐から告白され交際が始まったものの、本来の狐の姿を見られ、その当時町で流行し始めた疫病を狐の呪いだと決めつけられ殺されかけた狐を祖先は庇った。
しかし、狐の仲間として祖先は村の鎮守様の贄にされ、生き埋めにされて命を落とした。しかし、狐の妖術で祖先は復活し、狐と共に何処へと消え去った。その人間と狐の血脈が私まで続いているのだ。
その後、どうしてこんな生死をかけた恋愛をするようになったのかは分からないが、それから脈々と今まで1回は必ず好きな相手のために死ぬ。
でも、不思議と誰も愛する人のために死ぬことを後悔はしていない。私は絶対に嫌なんだけどなぁ。恋なんてしたくない。
私の祖父母も、祖父がヨーロッパの小国に留学中、観光で訪れたある伯爵家の城で特殊能力のせいで忌み子として長年地下牢に閉じ込められていた祖母を偶然見つけて、交流を深めていった。
そして、その当時起きた王権を倒すためのクーデターに学友と共に参加し、囚われの身である祖母を自由の身にしようとした。その過程で銃による暗殺をされるが、復活し、無事にクーデターを成功させて日本に祖母と共に帰国し結婚したのだ。
そして、我が両親のなれそめは、高校の卒業式でお母さんがお父さんに告白し、お付き合いを始めたという割と普通の始まりから、何故か悪魔がお父さん自身も知らなかったのだが幼少期から恋をしており、彼に恋人が出来た事に怒ったその悪魔の計略によって、母は佐藤家で最多である二度も死ぬ羽目になったのである。そのたびに不死鳥のように復活した母は、そろそろ新しい宗教の教祖になってもいいと思う。キリスト超えたぞ。つーか、悪魔って本当にいるんだな。因みに、その悪魔は仏の顔も三度までって言うよね? という事で、三度目に悪魔が母を殺しに来た際に返り討ちにして滅ぼされたらしい。お母さん、強い。
まぁ、でもこんな事件があったら、10代の付き合いたてのカップルかと言いたくなる、ブラックコーヒーが飲みたくなるような甘々な態度で過ごしているのもしょうがないか。とちょっと凪いだ気分で両親のイチャイチャを見ることが出来るようになった。
まぁ、その溺愛が娘である私にも来るから、幼少期はともかく思春期を迎えるとちょっと困るのだが。
それはさておき、恋はしたくない私はなるべく運命の人に会わないように、高校も女子校に進学した。高校三年生の一学期になってもまだそんな人に出会わず、内心安堵しながら残りの高校生活を過ごしていたのだが、17も終わりに差し掛かった時に何故か魔法や魔物が実在するのが常識となった異世界に来ちゃったんだよね。まさか、これが佐藤家の呪い。私の誕生日は3月だから、あともう少しだったのにやはり逃げられなかったのか。
確かに昨今は異世界トリップ物の小説流行っているけど、と頭を抱えた夜は一つではない。でも、トリップしたはいいけど黄色い毛並の猫姿でどう恋愛しろと? と責任者に詰め寄りたくなる。
でも私は誰かのために死ぬつもりないから、この方が良いのかなぁ。
「佐藤さん、さっきから月を睨んでいるけどどうかしましたか?」
クスクスと笑うような声に、私は目線を向ける。そこには、白色の髪を持つ青年が立っていた。
「いえ、昔に聞いた月に絡んだ恋物語を思い出していたのですよ。そういえば、私が育った国では愛しているという言葉を、月が綺麗ですねと表現するのが流行しているなと」
「随分と奥ゆかしい表現方法ですね」
「まぁ、自分なりに愛しているという表現を考えてみようということなので、表現は色々ありますが」
「そうだな。僕なら、貴方になら囚われてもいい。どうか私を好きになって下さいとか?」
自由を愛するブーリさんらしい発想だ、と思っていると唐突に背中に温かみを感じる。現れたのは、ブーリさんの友だちである赤べこちゃんだ。
「佐藤ちゃんったら白い魔物と話してばかり。面白そうなことしているなら私も混ぜて」
何をしてたのか聞かれたので、今までの話を説明すれば頬を膨らませ、不満げに赤べこちゃんが私の頭を撫でる。あらあら。
「寂しがりやだね。お望みなら、貴方が満足するまで私がお相手いたしましょう」
猫は夜行性だから、夜更かしは大得意である。
「きゃー、佐藤ちゃんイケメンー」
嬉しそう笑うと、ポンッと背中に乗せられる。どうやら解答は正解だったようだ。うれしそうに笑う牛さんほど可愛いものはないね!
「赤べこちゃんなら、愛してるってどう伝えるのかな?」
「うーん、私だったら、おじいちゃんおばあちゃんになるまで一緒にこの月を眺めていたいわ、とかかしら?」
「あー、赤べこちゃんもやっぱり好きな人とはずっと一緒にいるのが理想なんですね」
「好きな人と別れちゃうのは悲しいもの。想像だけでも夢は見ていたいよねー」
「別れる男に花の名を一つ教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます。By佐藤」
いやそれ、川端康成の名言だから! という友人のツッコミは聞こえない。
あの子、前回沈丁花の下で撮った写真をお寺に持って行ったはいいけど、そのお焚きあげの現場に写真に写っていた幽霊の青年が現れたらしい。「自分は殺された。どうか、遺体を見つけて欲しい」という、彼の言葉に事態の重大さを悟った和尚さんは、知り合いの警察官に声をかけ、友人も含めた3人で沈丁花の下を掘ったところ、本当に人骨を見つけてしまったらしい。DNA鑑定と共に、行方不明者のリストと照合しながら身元の確認を急いでいるらしいが、随分と大事になっていたな。
因みに事の顛末の中間報告と共に「一緒にカフェでデート。幽霊さんをナンパしてみた」という写真もあったのだが、幽霊と一緒に苺タルトを食べながらピースで写る写真に、かつてここまで明るい心霊写真があっただろうか、と頭を抱えるのだった。
本当にうちの友人がご迷惑をかけてすみません。幽霊さんがノリが良い人で本当に良かった!
「随分と美しい枷もあったものですね。因みに、佐藤さんだと愛してるという言葉はどう表現するのですか?」
さて、どう答えようか。考えたこと無かった。と、そこで今度は別の二本の腕に抱き上げられる。
おや、珍しく眼鏡をかけている。眼鏡姿もイケメンで眼福だ。月光に儚く揺れる黒髪に、宝石のように美しい空色の瞳を持つリュイさんは、私が出会った第一異世界人でありブーリさんの兄でもある。そして、私の飼い主(仮)だ。
「佐藤さんはまだ寝ないの?」
眠たげな青の瞳に私は頷き、先に寝ていていいと声をかける。本性が鳥の魔物のせいか彼は日が暮れると眠くなってしまい、いつも夜の九時には就寝してしまう。同じ鳥類のブーリさんが、ピンピンしていつも真夜中まで起きているのがとても謎だが。
「うーん、もう少し起きてる。……ブーリ、瑞穂国に滞在して一か月になるしそろそろ次の場所に移動しようと思うんだけど」
「そうだね。今の政情を見て安定してる所を考えたら、次は大陸を変えるのもいいかもね」
地図を広げて歴史やら政治を交えた逃亡計画の話し合いになった。私は頭を優しく撫でられながら聞こえてくる異世界事情を頭に入れていく。勉強になるわ。
初めて見るこの世界の地図によれば、大陸は全部で三つあり、名前はアトランティス大陸、ジーランディア大陸、そして私達が今いるのはムー大陸の傍に浮かぶ島国になる。
その大陸の名称、地球だと幻の大陸だよね。そうか、今って某オカルト雑誌が名を取った大陸の隣にいたんだ。
「ところで、楽しそうに何を話していたの?」
話がひと段落ついたところで、小首を傾げながらリュイさんがブーリさんに尋ねる。
「話すより実演する方が早いかな?」
ブーリさんの期待の籠った顔に私は頷く。元女子校の王子様の本領発揮。まぁ、飼い猫としては飼い主に愛を囁くのも仕事だろうし。
心持キリッとした顔で彼を見上げ、そっと頬に前足を当ててこちらを向かせる。
「ここに私がいるのによそ見をするなんて」
言葉を切って口角を上げ、さらに顔を近づけて心持ち低音でささやく。
「天上の月に見惚れるようなその余裕、私が乱して差し上げましょうか?」
ぎゅっと抱きしめられると、彼が突然立ち上がった。な、何事!?
「ごめん、寂しい思いをさせていたんだね。今から佐藤さんと寝るから、二人はゆっくりしてて。おやすみなさい、良い夢を」
「え、ちょ、リュイさん! あ、赤べこちゃんとブーリさん、おやすみなさい!」
リュイさんが冗談通じない真面目な性格だと言うことを忘れていたよ。取りあえず説明しなきゃと思っていると、ブーリさん達が小さく「……優勝」と呟くのが聞こえた。えっと、何の大会?
おしゃべりしながらこの世界の理解が足りないところを補完できたので勉強になったし、普段ゆっくり二人っきりで話す時間は中々無かったので有意義な時間だった。
因みに、私の台詞の事情を説明すれば、佐藤さんはあんな台詞を他の人にも言ったのかと聞かれ、学校生活〈女子校〉のあれこれを根掘り葉掘り聞き出されてしまい、リュイさんが盛大にすねるという珍事もあった。
アニマルセラピーをかまして甘やかしたら何とかなったが。
食欲旺盛な私の体はまだ食物を欲していたので、真夜中過ぎまではさすがに無理だったのか寝落ちしたリュイさんの穏やかな寝息を聞きながら、私が望むものを何でも出してくれる猫目石の首輪に願ってティラミスを食べていた。
真夜中の食事って背徳感がプラスされるせいか妙に美味しいんだよね。翌朝、猛烈な後悔に襲われるけど。「私を元気づけて」という意味を持つ、薫り高いコーヒーと濃厚なマスカルポーネチーズクリームが絶妙なハーモニーを奏でるお菓子を食べながら思う。
私はいつ日本に帰れるのだろう。私がこの世界に来たことに意味はあるんだろうか。
その日珍しくお父さんからメールが来て見てみれば、私の様子を気遣う内容と共に、もし魔物が貴方を泣かせたりしたらその時は殺すとお伝えください、と来ていた。
うん、普段の私に対する溺愛加減から察するに、お父さんが言うと本気でリュイさん達を殺しに世界を渡ってきそうで全くもって笑えないね!