分かちあうパフェは愛の味
目覚まし時計が鳴る音に、一気に思考が覚醒する。
「おはようございます、お姫様。今日は良いお天気ですぜー」
「おはよう、金烏さん」
時計を見ると、寝坊することなく時間通り。ホッと胸を撫で下ろす。今日は高校の入学式だ。さすがに初日に遅刻は勘弁である。
真新しい制服に袖を通す。黒いリボンが可愛いセーラー服。黒のプリーツスカートと相まって、モノトーンの色合いがオシャレでお嬢様感がある。靴下は指定がないからカラフルな色でもいいのだけど、制服の色に合わせて黒か白のハイソックスが多い。私も黒にした。
鏡の前でクルリと回って、満足感に笑顔になる。市内唯一のセーラー服である、この高校の制服が着たくて勉強頑張ったもんな。県下トップの進学校である瑞花高校の入試は本当に難しいから、愛良さんや天使様にもたくさん勉強を教えてもらった。
愛良さんは、あの後もずっと変わらず私の傍にいてくれている。普段は器であるお兄ちゃんの中で眠っているが、何か困ったことがあれば必ず出てきてくれる。
天使様もこの街にアパートを借りなおして、住んでいる。一緒に遊びに行くこともあるが、さすがに天使様のお家には入れてくれなくなった。私も家に2人っきりは緊張するので良かったけど。星空の瞳に浮かぶ甘い色に未だ慣れないでいる。
私はまだ、2人の好きという気持ちに答えを返せないままでいる。ズルズルといたずらに時間を引き延ばすのは良くないと分かってはいるのだが、どうにも答えが出ないのだ。愛良さんも天使様のことも大好きで大事だ。この感情にどちらが1番とかはない。でも、交際するってことはその人を世界で一番愛してるってことだ。その想いが2人に向いている時点で、この感情は恋とは違うのだろう。
袋小路にはまりそうな気配を察知して、私は首を振り無理やり思考を切り替えた。
鴻池さんは高校卒業と同時にあの星へと戻った。今は星の住民たちの暮らしの様子を見ながら、あちこち旅してまわっているらしい。時々、綺麗な景色の写真だけの手紙が送られてくる。元気なようで何よりである。
一方、白木さんの方は私と同じ高校に進学を決めた。仲良しのお友達と離れてしまうのは嫌だったから、嬉しいな。
回想している間も手は休まず動かす。最後に、アネモネのヘアピンを付けて準備は完了である。カバンを持って、下に降りる。
「おはよう」
「おはよう、夕理さん。制服よく似合ってるね。可愛いよ」
「本当、私のお姫様は今日も可憐で愛らしいわね。もう高校生になるなんて感慨深いな」
「高校入学おめでとう。変な虫が着かないように、愛良にはますます頑張ってもらわないとだな」
最後のお兄ちゃんの表情が若干不穏だったが、褒められるのは大好きだ。私はニッコリ笑って両親にお礼を言った。
入学式にはお父さんとお母さんだけが出席する予定だったのだが。
「俺は大学があるからね。代わりに愛良を護衛に連れていって」
お兄ちゃんは高校をミサイル飛び交う危険地帯だと勘違いしているのだろうか。一高は平和だったよね?
だが、戯れの一切ない真面目な表情にコクコクと良い子の返事をするしかなかった。
愛良さんも心得たとばかりに、私の影へと潜る。赤い瞳から殺気が隠しきれていないんだが。無用なトラブルを招かぬよう、私がしっかりしなくては。
1年生は入学式の前にクラス発表と学活がある。そのため、両親よりも先に家を出ることになる。これから3年間毎日歩くことになる通学路をゆっくり歩く。
今年は桜の開花が遅れたから、入学式の今が見頃だ。桜の中の入学式って、物語の中の世界だと思っていたからテンションが上がる。青空に映えるピンクの花が、私のこれからの高校生活を祝福してくれているみたいだ。
「夕理もついに高校生になってしまったか」
ふいに聞こえて来た、影からの暗い声に私は苦笑する。
「まぁ、愛良さんのことで佐藤の呪いが前倒しで発動したかもしれないから。17歳の呪いはもう起きないかもしれないよ」
慰める気持ちで言ったのだが、別の方向にダメージがきたらしい。責める気持ちは全くないのだけれど。気配からして、完全に顔を覆って蹲ってしまっている。
「すまない。本当にすまない」
やべぇトラウマスイッチを押してしまったようだ。謝罪を繰り返す姿に、私は慌てて影の中へとダイブして、その背中を撫でる。ここ数年は平和だから、危険なことは何も起こっていないんだけどな。完全にトラウマを作ってしまったようだ。
「ありがとう。もう2度と夕理に犠牲を払わせる真似はしないから。どうかこれからも傍で守らせてくれ」
手を取られて、誓うように手の甲に口づけされた。上品な、麗し過ぎる容姿と相まって王子様みたい! ちょっと嬉しくなってしまう。
愛良さんが落ち着いたのを確認して、私は再び外に出た。うん、春の日差しが眩しいぜ。
瑞花高校は随分と桜の多い学校だ。満開の花の洪水にビックリしてしまう。校門の上には、桜が満開の枝を投げかけていて、その桜のアーチをくぐって中に入る。どこか西洋の宮殿を思わせるデザインの、モダンな校舎にも淡いピンクの桜の花はよく似合う。学校でお花見が出来ちゃうな。
この高校の敷地には色とりどりの花や苔の緑が美しい日本庭園もある。綺麗な色合いの錦鯉が優雅に泳ぐ池を横目に、コバルトブルーの屋根が印象的な白い校舎に向かう。
校舎の前で、私は見知った顔に出会った。
「おはよう、佐藤さん」
「おはよう、白木さん。また高校でもよろしくね!」
「こちらこそ。先にクラス発表見て来たけど、佐藤さんは私と同じ5組だったよ」
「わ、やったー! 白木さんと一緒で嬉しい」
誰もお友達がいないクラスだったらどうしようかと、内心ドキドキだったんだよね。しっかり者な白木さんと同じクラスだと思えば心強い。
1年生の教室は2階だそうだ。玄関から入ってすぐの階段を上る。何やら手元の紙を見ながらブツブツ呟いている男子生徒の隣を通り過ぎようとして。
「あっ!」
「危ない!」
階段を踏み外して落ちかけた男子生徒の体に手を回し、落ちないように支える。
「大丈夫? 気をつけてね」
「あ、ありがとう……ございます」
男子生徒はこちらにペコペコと何度も頭を下げて去って行った。今の子も新入生かな?
「あの子、ちょっと格好良かったね」
白木さんが面白そうに耳元で囁いて来る。あまり彼の顔をよく見ていなかった私は首を傾げる。
「ふーん、そうなんだ」
「あぁ、神の美貌に囲まれて育ったら美の基準はかなり高くなるよね」
ヤレヤレと言った表情で首を振られてしまったが、そんな事はないと思うんだけどな。
クラスには白木さんの他に同じ中学校の人はいなかった。残念だが、これから沢山お友達が出来ることに期待だ。入学式の流れや注意事項などの説明を聞いて、並んで体育館に入場する。保護者席をチラリと見ると、それに気づいたお母さんが小さく手を振ってくれた。私も笑顔を返す。お父さんはひたすらカメラを回していたから、ちょっと恥ずかしかった。変な顔が映ってないことを祈ろう。
椅子に座って静かに聞くともなく校長先生やお偉いさんの話を聞く。あくびが出そうだが、さすがにレディのマナーとしてどうかと思うので根性で耐えた。
入学式の新入生代表は入試成績がトップだった子が務める。私の学年は誰なんだろうと思ってみたら、先ほど階段で落ちそうになった男子生徒だった。あれは代表挨拶を練習していたのか。堂々とした話しぶりだし、声も良い。外国の血でも混ざっているのか、光の加減で金にも見える瞳が神秘的だ。大人びた美貌に、確かにこれは白木さんも格好いいって言うよなと感心してしまう。
周りを見れば、女子のなかにはウットリと見惚れている子がちらほら見て取れる。すごいな。もうファンが出来ていないか。
入学式の最後には、教職員の紹介もあった。これからお世話になる先生かと私も居住まいを正して、目が点になった。え、いや、なんで天使様がいるの?
天使様の美貌に体育館が照らし出されて、会場にどよめきが走る。分かる。分かるよ。
まさかの1年生の英語の先生か。確実にお世話になるじゃん。天使様に教えてもらうなら、私のプライドに賭けて変な成績は取れない。より一層真面目に努力しなければ。
淡々とあいさつした後、天使様が私に目を合わせてふっと優しい笑みをこぼした。瞬間、確実に体育館に声のない悲鳴が響き渡った。女子の大多数が顔を真っ赤にし、一部男子までいることが恐ろしい。さすがは天使様だ。
影の中で愛良さんが盛大なため息を吐くのが分かった。だが、小さくこぼされた「その手が合ったか……」という呟きは全力で聞こえないふりをする。
私は高校生活は平和に過ごしたいからね。
入学式前の学活を行っていたのは仮担任だったらしい。職員紹介の後、正式なクラス担任が発表された。我が1年5組の担任は天使様だった。嘘だろう、と頭を抱えたのは許してほしい。白木さんも遠い目をしていた。
「神の好意って重いよね。氷雨が貴方に迷惑かけたらすぐに言ってね。私が佐藤さんを守るから」
「ありがとう。でも、天使様だから大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ」
「いや、あの男が一番危ないから」
愛良さんまで白木さんの言葉に深く同意するように頷く。よく分からないな。
入学式後の学活は自己紹介と明日の連絡で終わりだ。天使様に見られていると思うと、いつもの3割増しで緊張して自己紹介の時は思いっきりどもってしまったが、クラスの皆は暖かく受け入れてくれてホッとした。優しい人が多いクラスで良かった。
「じゃ、佐藤さん。また明日ね」
「うん、白木さん。またね。気をつけて」
これから仕事なのだと申し訳なさそうにする両親と別れて、帰りは愛良さんと一緒に下校する。私としては忙しいなかわざわざ入学式に来てくれたのだから、気にしないでほしいんだけどな。それに愛良さんもいるから帰りも寂しくない。
「入学祝に甘い物でも食べないか?」
「え、いいの? 本来なら私が勉強を見てもらったお礼をしないとなのに」
「俺がしたくてやっただけだから気にするな。第一、歴史と古典くらいしか役に立てる分野がなかったからな」
いえいえ、十分ありがたかったです。
とはいえ、甘いスイーツの誘惑には抗えない。普段は行けない、味はとてつもなく美味しいが同時に値段がお高い喫茶店に向かう。前回の反省を生かし、今日は個室の席に愛良さんを引っ張っていった。
メニューを広げて悩む。季節のケーキである、イチゴのタルトやイチゴのレアチーズケーキも美味しそうだが。キラキラ輝く赤い宝石みたいなイチゴをのせたパフェには、どうしたってそそられる。普段はお高くて食べられないが、入学式である今日なら許されるだろう。いやでも、普段食べない価格帯だしな……。踏ん切りがつかない。
「あまおうだけを使った贅沢パフェ……。いいな」
「なら、それ2つ頼むか」
神様すごい。躊躇なく2000円するパフェ注文したぞ。
イチゴが溢れんばかりにトッピングされたパフェや見た目にも可愛い。イチゴ味のマカロンや、ピンクや赤のお花を模ったクッキー。イチゴチョコとホワイトチョコで作られたハートまで飾られている。
見た目の美しさだけでなく、味も値段に恥じない美味しさ。イチゴのジューシーさと甘さがとにかく堪らない。フワフワのスポンジと、イチゴの組み合わせも美味しい。優しい甘さのミルクプリンと甘酸っぱい苺ソースの相性も抜群だ。
「んうぅう、、これは好きな甘さだ♡」
感じ入ったように愛良さんが目を閉じる。白磁の肌が朱を帯び、なんとも言えない艶が出る。訓練されていない相手なら致死量レベルの色気だ。やっぱり個室にして正解だった。営業妨害になること確定である。彼が喜んでくれるのは素直に嬉しいので、私も愛良さんがパフェを味わう姿をニコニコ眺める。
「はあぁぁ。いい。本当にいい……♡」
「気に入ったみたいで良かった。確かにすごく美味しいよね」
「あぁ。これは他のも食べてみたくなるな」
愛良さんは物足りなかったらしく、もう1つパフェを追加した。こちらもイチゴがふんだんに載った、抹茶パフェである。抹茶アイスとあんこ、ホイップクリームにイチゴの組み合わせは反則だと思う。
「良ければどうぞ。夕理のお祝いなんだから」
「え、でも」
「どうぞ。一緒に食べよう」
綺麗な顔で微笑まれてしまったら、断るのも悪い気がする。あと単純に味も興味あるし。差し出されたスプーンをパクりと口に入れる。一口食べて、その美味しさに笑顔になる。
分け合うパフェの味は、何事にも代えがたい幸せの味だ。恋愛の好きはよく分からない。だが、パフェを食べる私の事を嬉しそうに見ている、この神様のことを愛しく思う気持ちは本物だ。なんとも言えない気持ちを持て余し、愛良さんの瞳と同じ色をした真っ赤なイチゴを頬張った。
未来の事は分からない。でも、この幸せな日々をこれからも続けていられたらいいなと思う。私は神様なのだから、平穏な日々を守ることだって可能なはずだ。私の大事な人たちがずっと笑顔でいられるよう、これからも神としての力を使おう。
だって私は、祝福の神様なのだから。
完結しました!
4年間の長い連載にお付き合い頂きありがとうございます。猫になってイケメンに可愛がられたいという煩悩から始まった小説ですが、ここまで長くなるとは思いませんでした。評価やブックマーク、感想まで本当にありがとうございました。
夕理さんの恋の相手は作者にも最後まで決めきれなかったので保留にしておきます。個人的には逆ハールートもアリだと思っています。氷雨さんも愛良さんも愛がとっても重いので、夕理さんは大変かもしれませんが。いや、持ち前の神様包容力で普通に2人のこと可愛がりそうですね。
それでは、また何かお話が思いついたら投稿しようと思います。その時はよろしくお願いいたします。