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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第5章  裁きの女神と黒百合の剣編
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祝宴 

 地球に安心して帰るには、もう一つ大事な仕事を片付けなければならない。私達は森の精霊王様が守る世界樹の元へ飛んだ。

 花を咲かせた、黒百合の剣を手に持つ。大きく深呼吸して集中する。星1つを蘇らせるのだ。半端な覚悟じゃ無理だ。


「俺の魔力も使ってくれ」


「夕理ちゃんばかりに負担を強いるわけにはいかないね。俺にも協力させて」


 後ろから、愛良さんと天使様が剣を握る私の手に手を添えてくれる。流れ込む魔力のお陰で、黒百合の剣が帯びる魔力が増幅される。今なら凄い魔法だって撃ててしまいそうだ。

 黄金の葉を茂らせた世界樹の力も借りて、この星の生き物も、神様たちだって幸せになれるよう魔法を行使する。黒百合の剣が、金の光を帯びて光輝く。


「みんな幸せになろうね」


 世界を構築するコードは完成した。あとは魔力を流すだけ。濁流のように荒れ狂う魔力が一気にあふれ出て、耐えるためにぎゅっと目をつぶる。倒れ込みそうになる体は、天使様と愛良さんがしっかり支えてくれた。

 海や川は澄んだ清らかな流れに。噴火は止まり、大地には新しい命が芽吹く。皆が幸せじゃないと意味がないから、星を維持するための機関となっていた、神様たちの契約は切り刻み無かったことにする。


「本当にいいの? 契約を切ってしまって。俺たちは救われるけど……」


 罪悪感の浮かぶ天使様の顔に、私は笑顔を返す。誰かの犠牲で成り立つ世界は歪だ。


「大丈夫です。人間は自分で自分を救えるくらいに強い。神が守らなくても、ちゃんと自分の足で立ってこの星を豊かに発展させてくれるはずです」


 魔術師の男だった肉塊は、神を犠牲にした自分たちの愚かさを忘れないために、そして神罰を目に見える形で残し、二度と過ちを繰り返さないために、いつでも見れるよう聖堂に展示されることになった。特に国を治めるトップは、必ず年に1度神罰の象徴たる肉塊を見に行くことが義務付けられたそうだ。




 これから先、この星に神はいない。もう盲目的に神を信じて、その恩恵を享受して暮らしていけばいいわけじゃない。でも、私は生き物の生きる力の強さを信じている。だからきっと大丈夫だ。




 これから先の未来を想起して、私は微笑んだ。










「さーて、大仕事も終わって全方面丸く収まってハッピーエンドになったからにはパーティーしようぜ!」


 ノリノリのドラゴンダンスと共に、花楓君がなんとも楽しそうな企画を発表した。ところで、花楓君の手にある超特大クラッカーはいつ調達したんだろう。


「あの、花楓君はああ言っていますが断ってくれていいんですよ?」


 世界樹の森の主である、森の精霊王様とフィオ様にお伺いを立てる。


「いえいえ、むしろ貴方がたには感謝してもしきれませんからどうかお礼におもてなしをさせてください」

「なら、俺に料理は任せてもらえませんかね」


 ストレスが溜まりに溜まると料理に走る傾向にある兄が、さっと手を挙げた。フィオ様たちはしきりに恐縮していたが、兄が訳を話すと納得して大きなキッチンを貸してくれた。妖精さん達総出で豪華な食材もどんどん集まっていく。これはご馳走が期待できそうだ。

 なお突然だか、お兄ちゃんの得意料理は和食だ。特に、絶対に失敗したくないお客様相手に振る舞う料理は和食になることが多い。そして、今回もそのパターンだった。


「新鮮なお魚沢山もらったから、海鮮丼にしようか」


「お、さすが薺。分かってる。ハマチにイクラも有るからめっちゃ豪華になりそう!」


 花楓君が嬉しそうに手を叩く。ま、お兄ちゃんのストレス発散法の一つが料理だから、楽しそうにしているのなら下手に手伝わずに、今日は思いっきり料理してもらったほうが良いかな。大体、私魚(さば)けないし。

 お兄ちゃんが慣れた手つきでイカや魚類を捌いていく。取れた魚のアラはアラ汁へと変身する。お魚のお出汁がでて、絶対に美味しい奴だ。す飯の上にハマチやサーモン、ぶりにイクラ、イカが彩り良く載せられて最後にネギを散らせば海鮮丼の完成だ。綺麗な花畑みたい。

 パーティー会場は、妖精さん達が色々なお花を飾ってくれて、花畑の中にいるみたいだ。素敵な会場。切り株の椅子に腰かけて、木のテーブルに載った沢山の料理を眺める。さて、どれから食べようかな。


「アラ汁も良い香りがするね」


 一口すすると、お出汁が効いていい塩梅に塩味が効いていてほっとする味だ。海鮮丼も下がす飯だからか、お寿司を食べているような感覚になる。新鮮なお魚は蕩けるようなお味で、お口の中が感動に(あふ)れる。


「イカってこんなに甘いんだな。知らなかった」


「イカを丸々一匹捌いたから、まだ残りがあるよ。お腹に余裕あるなら、イカ天も揚げようか」


「やった‼ お前ホントマジ良い嫁になれるな」


「花楓、俺は男だからなるなら旦那さんだよ」


「薺さんは僕の恋人だからね。それを捕るというなら、花楓さん相手でも容赦はしないよ?」


「滅相もありません! 俺は薺の事は親友としか思ってないから! どうかご勘弁を! 俺はまだ死にたくない!!」


 目が笑っていない明陽さんの笑顔に蹴落とされた花楓君が、秒で綺麗な土下座をかましたのが面白くて、悪いとは思ったけど笑ってしまった。

 前菜がてら出された新鮮なお刺身がのった海鮮丼も勿論美味しかったが、メインはお兄ちゃんが一番得意な天ぷらと、それに合わせてきざみのりを掛けたそばだった。いつもは天ぷらのお供は揚げ出し豆腐だから、新鮮だ。温かいそばつゆに大根おろしとネギという薬味を投入して混ぜる。


「先に海老天食べたらいいよ。エビの油が溶けてより美味しくなる」


 お兄ちゃんに言われた通りに、さっくり揚がった熱々の天ぷらをつゆに付けながら食べる。ぷりぷりの海老とサクサクとした食感の衣の相性が良い。天ぷらを食べたところで、今度はそばをツルツルと口に運んで飲み込む。そばもコシが有ってモチモチしていた。

 なんだろう。幸せの味がする。昨日の海鮮丼にも出てきたイカの天ぷらもさっくり揚がっている。歯ごたえが有って、噛めば噛むほどイカの甘味が出てくる。天ぷらは海老やイカの他にも、椎茸や茄子、ピーマンにインゲンが出てきた。


「これ、本当に椎茸。私が今まで食べていた椎茸ってなんだったの」


 菖蒲さんが、畏れを含んだ目で箸に挟んだ椎茸を見ていた。そんなに、美味しかったのか。インゲンの天ぷらも甘くて美味しいよ。ピーマンも苦味がなくてサクサク食べられる。

 私がゆで玉子の殻を剥くという手伝いをして作った、タルタルソースもどきをかけて食べる白身魚のフライも外はサクサク中はふわふわで美味しかった。

 潰したゆで玉子に、白だし、オリーブオイル、マヨネーズを加えて作るソースはバケットとの相性も良いのだが、フライにもよく合う。ついつい、たっぷり付けて食べてしまう。いかん、揚げ物沢山だから後でスキンケアちゃんとしよ。









 宴もたけなわ。




 大分日が傾き、空にはポツリポツリとお星さまが出て来た。テーブルの片隅で、1人お酒を飲んでいた天使様が1人で森の奥へとパーティーを抜け出るのに気づく。迷ったが、ゆっくり話せる機会はもうないかもしれない。私もそっと天使様の後を追いかけた。


「どうしたの、夕理ちゃん?」


「あ、いえ。天使様がどこにいかれるのかと気になって」


「心配かけてごめんね。酒で火照ってきたから、ちょっと風に当たりたかったんだ」


 程なくして、天使様に追いついた。こんな素敵な花畑がこの森にはあったんだ。月の光に照らし出された、青い花が一面に広がる光景は大層幻想的だ。


「急いで戻らなくてもいいだろう。木に登って上から見たら、もっと綺麗なんじゃないかな」


「いいですね!」


 私も頷いて、手近の登りやすそうな木に登る。木登りなんて久しぶりだが、まだ余裕だ。座り心地の良さそうな太い枝に腰かけて見れば、満月と青い花の絨毯という絶景が展開される。思わず息を飲んだ。


「素敵な景色だね」


 隣に座った天使様の意見に同意しよう彼の方を向いて、言葉を失った。



 夜の灯りの中で見る、天使様の美しさを語る言葉を私は持たない。神が生み出した、至高の人形のように完璧な美しさ。星空の瞳は、天に輝く星に勝るとも劣らない。なんて綺麗なんだ。


「本当に申し訳ありませんでした」


 見惚れていたら、突然降ってわいた謝罪の言葉にビックリする。


「貴方の大事なお兄さんを傷つけて、貴方にも沢山迷惑をかけて。それなのに夕理ちゃんは俺たちを救ってくれた。本当にごめんなさい。一体、何を返せばいいんだろうね」


「謝罪はいりませんよ。全部私がしたくてした事です。あと、お兄ちゃんの事は本人が何とも思ってないので、私もなにも言いません」


「……そうか」


 天使様は辛そうに顔を俯かせた。責任感が強いタイプだから、思いつめないといいんだけど。


「謝罪とかもういいですから。私は氷雨さんとちゃんと友だちになりたいです」


 本音を言うならここしかない。天使様は呆けたようにこちらを見つめる。ついで、淡い月の光のように綺麗な笑みを浮かべた。


「友だち。友だちか。そう思ってもらえるのなら、嬉しいな」


「本当ですか! なら……!」


 続けようとした言葉は、唇に天使様の人差し指を当てられて止められる。


「俺が……それ以上の想いを抱いているからダメだよ」


 それ以上? 星空の瞳に、言いようのない熱が宿っている。あれ、最近こんな瞳を他にも向けられたような。いやいや、そんなまさか。


「俺は夕理ちゃんのことが好きだよ」


 耳朶(じだ)に届く声音は、糖蜜か、蜂蜜のように、粘性の濃い甘さが多分に含まれていた。ゾクゾクとした何かが背中を駆け抜ける。


「1人の男として貴方の事を愛してる。でも、この気持ちに応えて欲しいなんて烏滸(おこ)がましいことは思わない。貴方が迷惑ならちゃんと消えるから安心して」


 え、え、どういうことだ。混乱した頭は、もう二度と天使様に会えないかもしれない可能性を寂しがっている。


「だから、俺と2人きりになるような危ないことしちゃダメだよ。……もう戻ろうか」


 言いたい事だけ言って、スッキリした顔の天使様がそのまま木から飛びおりようとする。そのまま飛んで行って、目の前から消えてしまうんじゃないか。そんな恐怖に駆られて、思わず天使様の服の裾をつかむ。


「夕理ちゃん?」


「勝手に色々言わないでください。私、いま思考がグチャグチャですよ……」


「それは、ごめん。でも、俺の気持ちを知っていないと夕理ちゃんが危ないから。俺からの好意については、全然気にしないでいいよ。夕理ちゃんがそんな風に思っていないのは分かっているから。気持ちの悪い感情を向けて本当にごめんなさい」


「なんで……そんなこと言うの……」


 愛情が悪いモノみたいな。何故こんな苦しそうな顔をするのか。




 確かに行き過ぎた好意で、相手や周りの人を攻撃したり不幸にすることは許されない。でも、好きになってくれる分には嬉しいんだけどな。恋人の好きが分からなすぎて、どう返したらいいか分からなくて困りはするが。

 ていうか、この突然のモテ期はなんなんだ。愛良さんも私の事好きって言ってくれたし。本当、どうすればいいんだ。

 急に頭を抱えだした私を、心配そうに天使様は見つめる。


「夕理ちゃんを困らせるつもりはなかったんだ。貴方がその方がいいなら、今まで通りで過ごそうか。もちろん、2人っきりにはならないよう気をつけるから」


「私はまだ天使様を友だちとしか思えません。でも、貴方と離れるのは寂しいと思います」


「うん、ありがとう」


 どうしようもなく子どもでしかない私は、天使様の優しさに甘えることしかできない。











 翌朝。私達は地球へと帰ることになった。鴻池さんや白木さん、天使様はもろもろの事後処理があるということでしばらくこの星に残ることになる。

 でも、鴻池さんも白木さんもきちんと高校と中学を卒業することにしたみたいだから、これが永遠の別れになるわけじゃない。天使様も私の友だちとして、日本で暮らしてくれることになった。天使様の優しさに甘える形になるが、素直に嬉しい。


「あの、そういえば鴻池さんは100年前にも地球を訪れていたんですか?」


 見送りに来てくれていた、鴻池さんに旧校舎で見つけた写真を見せる。セーラー服の少女の顔は、鴻池さんと瓜二つだ。


「ふふ、随分と懐かしい写真ね。……この頃からこの星の終わりは見えていたから、あの魔術師の命でこの星を存続させるための生贄となるべき神を探しにこの地を訪れたんだ。結果、100年後の第一高校に相応しい神が現れることが分かったから、それまで一旦待つことにしたんだよ」


「へー、鴻池って俺たちの先輩でもあったんだな」


 花楓君が興味深そうに写真を見る。私は鴻池さんに写真を返した。表情を見る限り、100年前の高校生活も悪い思い出じゃなさそうだし。


「ありがとう。まさか当時の写真が手に入るとは、思っていなかったよ」


「いいえ、それじゃまた。白木さんも学校でね! 早く帰ってきてね」


「えぇ、勿論。調理実習でオムライスも作らないといけないし」


 そうだった。忘れていた。上手く出来たら愛良さんと天使様にも、後日同じものを作って食べてもらおうと思っていたんだよね。帰ったら要練習だ。


「寂しくなりますね。またいつでも遊びに来てくださいね」


「この森はいつでも貴方がたを歓迎いたしますよ」


 精霊さんたちと、森の精霊王様にも見送っていただけた。私はしっかりと頷いて、笑顔で手を振る。お父さんと明陽さんの転移魔法で帰りは一瞬だ。

 懐かしい我が家に、無事に帰ってこれたんだと万感の思いが宿る。


「おかえりなさい。皆元気で帰ってきてよかった」


 いつもの笑顔でお母さんが出迎えてくれる。私は勢いよくお母さんに抱きついた。優しく頭を撫でてもらって、ちょっと泣いてしまったのは内緒である。

『祝宴』の初稿を書いたのは今から3年前です。終わりから先に書かないとエタリかねなかったので。無事このお話までたどり着けて良かったです。

連載開始当初は、愛良さんが夕理さんに恋をする予定はありませんでした。あくまで家族としての親愛止まり。そのため、夕理さんと天使様が恋人同士になってハッピーエンドを迎える予定だったのですが。まさかお話の展開がこうなるとは作者もビックリです。

次回6月の更新で最終回です。最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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