姉妹の絆
「本当にことごとく邪魔をしてくれたね」
敵意しかない視線がこちらを真っ直ぐに射抜き、反射でビクリと身体が震える。お父さんは私を守るため隣にくると、何度も背中を撫でてくれた。その温もりにホッとして、勇気がわいてくる。
そうだ。私は1人じゃない。
「氷雨まで、墜ち神が折角壊して呪ってまわった場所を修復に動いているし。信じていた部下にまで裏切られるなんて悲しいわ。ここを片付けたら罰を受けてもらわなきゃ」
天使様の姿が見えないと思ったら、後始末をしてくれていたのか。魔力で探れば、確かに壊された建物が修復され、川の水も少しずつだが元の清らかな流れを取り戻しつつある。
本当にありがとうございます。天使様には本当にお世話になりっぱなしである。これは足を向けて寝られない。
とりあえず私のせいで天使様が酷い目にあうのは嫌だから、鴻池さんからは守ってあげないと。
「もういいよ。道具が使えないのなら、私が直接壊すしかないね」
鴻池さんの体から魔力がほとばしる。黒百合の剣を構え、相手の出方を伺ったその時だ。
「あんた達姉妹は一度話し合ったほうがいいと思うぜ」
この場にそぐわない、やけにのんびりとした口調。力強い羽ばたきが頭上から聞こえて来た。
思わず上を見上げれば、そこには黒い鱗を光に煌めかせた一頭の美しい竜がいた。
花楓くん、来てくれたんだ!!
「どーも、盛大に俺らを置いて行ってくれたからね。全く探すのに手間取っちまったぜ」
ジトっとしたオレンジの瞳に、私は慌てて頭を下げて謝罪する。菖蒲さんがいたから大丈夫だと思うが、確かに未知の惑星にいきなり放り出されたら怖いよな。すぐ戻っては来るつもりだったけど、配慮が足りなかった。
「ご、ごめんなさい」
「どうせ巻きこみたくなかったとかだろう? 全く水臭いんだから」
花楓くんがヤレヤレと首をふる。だが、オレンジの瞳はどこか優しい光を帯びていて、なんだかむず痒い気分になる。
「で、鴻池とは久々だな。元気そうでなによりだぜ」
クラスメイトの時と全く変わらない、親しげな口調に鴻池さんは面食らった顔をする。花楓くんはこーゆー子なので慣れてください。
「星宮もやはり人間じゃなかったか。竜とはなかなかに格好いいね」
「お、さすが。この姿でよく俺と分かったな。褒めてもらえるとは嬉しいよ。その殺気をしまってもらえるともっと嬉しいんだけど。仮にも仲良かったクラスメイトだろ」
「何をしに来た。お前もボクの邪魔をしにか?」
「いーや、あんたにお客さんを連れて来た」
「お客? 星宮ったらなにを……」
菖蒲さんに隠れて見えなかった、花楓君の背に乗るもう1人の人物に気づいて、鴻池さんが目を見開く。唇が震えて、顔を蒼ざめさせた。
白木さんは竜の背の上で立ち上がり、こちらを静かに見下ろす。
「真生お姉様」
「真愛、貴方どうしてここに。地球に逃がしたはずだ……」
鴻池さんの絶望したような表情におや? と思う。鴻池さんは白木さんがこの星に戻ってきたことを知らなかったのかな。
ピリピリした緊張感に、私は固唾をのんで見守る。家族のことだから余計な口は挟めない感じ。
ふと、手に暖かいものが触れた。見ると、愛良さんがそっと手を握ってくれた。有難い。
「私は私の意思でこの星に戻って参りました」
「駄目だ。次またこの星を再生させたら、今度こそ貴方は消えてしまう!」
「やはり私の為だったのですね」
寂しそうな微笑みに、鴻池さんは何かに耐えるように眉根を寄せた。
「ですが、この星の守護者としてこの星を破壊させる訳にはいきません。それが真生お姉様だとしてもです」
光と共に、白木さんの手に白銀の剣が現れる。南斗六星が刀身に刻まれた剣の切っ先を、鴻池さんに向ける。
「どうか投降してください。でなければ、この世界の維持神にして、雨の神である貴方を切ります! これは魔術神である私の裁定です」
「……ボクはたった1人の妹である貴方が幸せな世界であればよかった。貴方にはもうボクは不要ね」
「そ……れはっ!」
「だーかーらー、そーゆーのをやめろって言ってるんのー」
緊迫した、滅茶苦茶シリアスな展開に割って入るように、間延びしたのほほんとした声が響く。
パチンっという音と共に、白木さんの周りを取り巻いていた魔術が消滅する。花楓君って本当すごいな。
「羽月、皆をお茶会会場にお連れして」
「分かっているわよ!」
青い鯉のぼりが軽やかにこの場に踊りでてくる。可憐なウィンクと共に魔法が発動し、私達は赤いバラが咲き誇る美しい庭園へと転移した。
「必要だと思ったからね。こうして茶会の準備してたんだよ。途中から氷雨さんも手伝ってくれたんだ」
「僭越ながら、お茶とお菓子を用意させて頂きました」
天使様が胸に手を当てて、お手本のように綺麗な礼をする。なんだか執事さんみたいだ。微笑んだ顔には、イタズラに成功した子どものような雰囲気がある。
「お茶会の主賓である、真生様と真愛様においてはどうぞこちらへ」
「ひ、氷雨。貴方何を考えているの!?」
「貴方ってお料理も出来たのね。知らなかったわ。ありがとう」
面食らった顔した鴻池さんと、目を白黒させている白木さんは、それでも存外素直に天使様が案内するテーブルに着いてくれた。
「さ、夕理ちゃんたちもどうぞ。度重なる連戦で疲れたでしょう。魔力の補給がてら、何か口に入れた方が良い」
天使様の星空の瞳が、心配そうに私を見る。綺麗だなー、と思わず見惚れているとお兄ちゃんが咳払いしながら私の手を引っ張った。どうやら見つめ過ぎていたらしい。
テーブルには、色とりどりの可愛らしいカップケーキやサンドイッチにピザまで用意されている。こうして食べ物を前にすると、急激にお腹が空いて来た。金烏さんなんかは目を輝かせて、早速ピザを頬張っていた。
「へー、あいつが作ったにしてはうまいなー。お姫様、これ毒の気配はしませんから、全部食べて大丈夫ですよ!」
「うん、分かってる」
勿論、私は疑ったりはしていなかった。心なしか、甘い物好きな愛良さんがソワソワしている。視線はカップケーキに釘付けだ。可愛いな。
「お口に合えばいいんだけど」
白木さん達の給仕をしていた天使様が、今度は私にも紅茶を淹れてくれた。
「ありがとうございます。あちらは良いのですか?」
「家族水入らずの話には、お邪魔でしょうから」
天使様の視線に釣られてそちらを見る。
「私はお姉様の犠牲の上に幸せになどなりたくありません。私はお姉様と一緒の世界を生きたいのです」
「そうね、貴方はそういう子だったわ……」
涙の雫をこぼした鴻池さんを、白木さんがそっと抱きしめる。確かに、これはジロジロ見てはマナー違反だ。丸く収まりそうでホッとした気分で、私も料理に向き直る。
甘い物欲しかったんだよねー。
ピンクのハート型のクッキーが飾り付けられたカップケーキを早速手に取る。ケーキの中には、甘酸っぱいイチゴジャムが沢山入っていた。これは、味がとても好みだ。
「んあ、すごい♡ 幸せの味がする……」
とんでもなく壮絶な甘さを含んだ、殺傷力のある色気を多分に含んだ声音が近くで聞こえてきて、私は危うくカップケーキを喉に詰まらせるところだった。
そうだった。忘れていた。甘い物を食べている愛良さんがどうなるのか、私はすっかり忘れていた。
オレンジ色のお花のマジパンで飾られた、キャラメルクリームのカップケーキを幸せそうな顔で食べる愛良さんは、それはもう目に毒だった。隣に座るお兄ちゃんが盛大に頭を抱えている。周りも魅入られたように微動だにしない。
分かる、分かるよ。こんな妖麗な美人が、頬を赤く染めながらケーキを食べてる姿の破壊力はすごい。心臓がドキドキと音を立てっぱなしだ。
口元に付いたクリームを、指先で拭って舌で舐めとる。
踊る赤い舌の動きと、満足げに細められた赤い瞳は、子どもが見てはいけないような多大な色気がある。
「あぁ、これだめだ。好きになっちゃう……♡」
「き、気に入って頂けたのなら良かったわ。それ、私が作ったんだけど」
「菖蒲がか? 貴方にはお菓子作りの才能があるんだな。とても気に入ったよ。菖蒲はお菓子作りの天才だな」
「褒めても何も出ないわよ。一番の自信作は抹茶とあずきのカップケーキだから、そっちも食べてみて」
普通にお菓子の追加が出たな。さすが、菖蒲さんも神様だけあって気前がいい。
「ありがとう。いただこう」
へぇ、これ菖蒲さん作なんだ。しかし本当に美味しいな。レシピ聞いたら教えてくれるかな。自分でも作ってみたい。
「んうう……あぁ、これも堪らない……♡♡」
吐息交じりで喘ぐんじゃない! 堪らないのはこちらである。本当にカップケーキ食べてるだけとは思えない。目を閉じて、感じ入った表情がとんでもなく綺麗だ。なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
そこで、プルプル震えていた金烏さんが盛大に羽で愛良さんの頭をぶっ叩いた。
「いい加減その締まりのない顔なんとかしてください! そんな卑猥なモノお姫様に見せるんじゃない!!」
「いきなり何をするんだ! 焼き鳥にするぞ」
「周りの空気見ろ! お前のせいで変な空気になってるだろ!! 愛良様は甘い物禁止!!」
「は、え、何故だ」
愛良さんがこの世の終わりのような顔で茫然とする。
「うん、俺も愛良にはもうお菓子はこの場では食べて欲しくないかな」
「え、薺まで!? 俺はそんなに周りを不愉快にさせる顔をしていたのか。それは申し訳なかったな……」
落ち込んだ愛良さんには悪いが、私もホッとした。でも、本気で悲しそうにされると罪悪感で胃が痛くなる。日本に帰ったら美味しいお菓子を沢山愛良さんに献上しよう。
「本当に申し訳ありませんでした」
白木さんとの話し合いは上手くいったのだろう。憑き物が落ちたような顔で、鴻池さんはこちらに深々と頭を下げてきた。
「特に薺と愛良のことは沢山傷つけてしまいました。どうお詫びをすれば良いでしょうか?」
真摯な表情での謝罪に、愛良さんは考え込むように顎に手を当てた。
「俺は正直君とはもう関わり合いになりたくない。ここでの事は忘れたい。だから、君が俺の大事な人たちを傷つけないと言うのなら、もういい」
愛良さんの言葉に、鴻池さんはもう一度深々と頭を下げた。
「必ずお約束いたします」
ついで、鴻池さんはお兄ちゃんに向きなおりこちらにも深く頭を下げた。謝罪の言葉にはきちんと気持ちがこもっているように思える。
お兄ちゃんは盛大なため息を吐くと、困ったように微笑んだ。
「同じ妹を持つ身として、鴻池さんの気持ちは分かるから俺は君に対して悪感情はないよ。反省しているなら、今度こそ姉妹仲良く平和に暮らしてね」
私個人としてはぷん殴りたい気分だが、被害者2人が許すと言っているのに出しゃばるのも良くない。気持ちを落ち着かせるように目を閉じる。
俺のことサンドバッグにしていいよ、と笑顔で寄ってきた天使様のことは黙ってスルーだ。
え、天使様ってそんな変態キャラだっけ? 何か悪いものでも食べたのかもしれない。
ちなみに、私以上に鴻池さんに怒っていた明陽さんはお兄ちゃんにキスで黙らされていた。お兄ちゃんって結構解決方法が強引だよね。
それにより、お父さんの怒りの矛先が現在明陽さんに向かっており、兄弟の全力鬼ごっこが展開されている。
青空の下で見る、光の獅子と闇の獅子って綺麗だなー。(現実逃避)
鴻池さんの方針転換には、花楓さんの洗脳魔法も作用しているとかしていないとか。真相は藪の中。
ちなみに、このバラ園。実は花楓さんの神域の中だったりします。