空を切り裂く、彗星が
禍々しい、黒い靄をまとった獣を目で追う。自我が完全に喰われたのだろう。ただ世界を破壊するだけの生き物へと成り下がっている。
「じゃ、私は特等席で楽しませてもらうね」
ゾッとするほど冷たい笑みを浮かべて、鴻池さんがこの場からかき消えた。
「私のせいだ」
震える手を、ギュッと胸元で握りしめる。
「それは違う! これは……」
なにか言おうとした愛良さんの口を手でふさいで、無言で首をふる。さすがにここで愛良さんに庇われたくはない。お兄ちゃんも辛そうに顔を歪める。
「責任は取らなければいけませんね」
「夕理……」
私もこの星に言いたい事は沢山あるが、さりとて滅んでほしい、とまでは思っていない。力を貸してね、と森の精霊王様にもらったリボンと金烏さんの頭を撫でる。
意図は伝わったのだろう。金烏さんは剣の姿になり、リボンは槍へと姿を変えた。
何をするつもりなのか、と。お兄ちゃんが疑惑の目で見てくる。その目は信用されてないみたいで悲しくなるから止めてほしい。愛良さんまで私の服の裾を強く握ってきた。
剣と槍が光に包まれ、一つに溶けあった。眩い光が収まると、黒百合の花が絡みついた、世にも美しい剣が現れる。
剣と槍を習合させて、新たな神殺しの武器を生み出してはみたが。剣の宿す魔力の強さにビックリする。これ、私に扱いきれるかな。
ま、なんとかなるさ。黒百合の剣を手の取ろうとしたが、そこで何故か愛良さんに手を握られて阻まれる。
ん? どうしたんだろう。
「夕理だけに背負わせるつもりはない。俺も連れて行ってくれ」
「俺も兄として妹にばかり任せるわけにはいかないな」
2人の有無を言わさぬ迫力に、私はコクコクとただ頷くしかなかった。
いい子で外で待機して待っていてくれたイルカさんの背に乗る。お兄ちゃんも私の体を支えるようにして後ろに乗った。愛良さんは飛行魔法で隣を並走している。
空を猛スピードで飛べば、程なくして黒い穢れにまみれた獣に追いついた。
「あーちゃんも父さんも来ないなーって思っていたら、こんなところにいたのか」
明陽さんとお父さんは本来の獅子の姿に戻ると、堕ち神と化した魔術師の男に対峙していた。獣による被害を抑えていてくれてありがとう!
明陽さんが浄化の炎を吐くが、獣が恐ろしい唸り声を上げながら黒い炎を吐き、ぶつかり合って相殺される。
「イイナ。イイナ。ソノチカラ。ニエニフサワシイ」
獣は欲のこもった眼差しを明陽さんに向ける。これ、まずいんじゃ!?
「カミノチカラ。ヨコセェ!!」
獣の咆哮と共に、明陽さんを取り込もうと触手が伸ばされる。
黄金の獅子の体に触手が絡みついて、どんどん動きを封じていく。明陽さんは苦しそうなうめき声を上げた。
「あ゛?」
お兄ちゃん、怒りはわかるけどあ? は止めよう。凶悪な形相と相まって、どこかのヤのつく人のようだ。お兄ちゃんはイルカさんの背から飛びおり、そのまま流星刀で触手を細かく切り刻む。
「あ、ありがとう。薺さん」
「貴方は俺が守るから、どうか後ろにいてくれ」
「う、うん……」
青蘭の瞳が熱く潤む。恋する乙女のような表情に、お兄ちゃんと明陽さんって本当に付き合っているんだな、と妙に感心する。
「ナゼダ。ナゼミナオレノジャマヲスル!!」
獣は天に向かって鋭く吠える。そして、何百体もの分身体を一瞬で作り上げた。なんて魔力だ。一斉に襲い掛かってくる獣に、愛良さんが隣で舌打ちする。
強大な魔力の気配と共に、黒い炎の渦が現れ獣を次々呑みこんでいく。
「愛良って、やっぱ強い神様なんだな」
お兄ちゃんが感心したように呟く。だが、愛良さんは依然厳しい顔だ。
「あの獣を殺しても次々と複製が作られていくから、焼却が追いつかない。いずれあちらの魔力が尽きればいいんだろうが、マオが加勢しているからか終わりが見えない」
責任者としてはいつまでも彼らに任せているわけにはいかない。私も黒百合の剣を振りかざし、襲いかかってきた獣をバタバタと切り刻む。獣は一太刀浴びせれば消えていくが、どうにも手ごたえがない。しかも、切った瞬間2体に分裂して増えていく。プラナリアかな? 全くもって厄介な敵である。
「大元である本体を叩かないと駄目だね」
お父さんの言葉に私も頷く。問題は、増えすぎてどれが最初のオリジナルなのか分からないということだ。
「地道に魔法をぶつけて消していって持久戦に持ち込むか。向こうだって魔力が無尽蔵だというわけではないから、いずれ自滅するはずだ」
お兄ちゃんの脳筋作戦に皆反対意見を言わないということは、現状それが一番良いやり方なのかな。この場には神様しかいないから、全員魔力は豊富にある。力を合わせれば出来なくはない。
剣を構えて、飛びかかってくる獣を機械的に屠っていく。イルカさんも口から水を吐き出して、獣にぶつけて吹っ飛ばしていく。水の圧力により、一気に消えていくのなんかスッキリするな。
でも、1体1体の力はそれほど強くないが、数が多い分厄介だ。
後ろから飛びかかってきた獣に一瞬反応が遅れたが、愛良さんが私の前に炎の壁を出現させて焼き尽くしてくれる。た、助かったー。
「ありがとうございます」
「いや、やっぱり夕理はここから離れていた方が……」
「大丈夫です。もう油断しません」
いかん、いかん。集中しないと。魔力の糸を張り巡らせて敵の居場所を察知する。足手まといと思われたら、愛良さんの魔法で強制的に後ろに下がらされてしまう。捕えた獣を風の魔法で一気に地面に叩き落とす。
「だんだん、数が減ってきたね!」
しばらくすると、敵の複製能力に限界がきたのか、攻撃してもその場ですぐに消えるようになった。数も確実に少なくなってきている。
でも、皆の顔にも疲労の色が見える。何か一気に片付ける方法はないかな。
そうだ。
あの獣は神の力を欲している。私だって神だ。しかも、皆に庇ってもらっているからそれほど魔力を消費していない。あえて武器を持たないで美味しい餌としていれば釣れるのではないか。
「金烏さん、黒百合さん。後は任せました」
「は、え、お姫様!?」
彼らならきっと私の考えを読んでくれる。持っていた黒百合の剣を後方に投げ飛ばす。そして丸腰のまま獣が集まる中枢に進んでいく。
「夕理!」
慌ててこちらに飛んでくる愛良さん達を視線で制する。それでもなお、こちらに来ようとする愛良さんをお兄ちゃんが首根っこを引っ掴んで止めてくれた。お兄ちゃんの黒の瞳には、勘弁してくれという色が滲んでいた。重ね重ね申し訳ない。
目を閉じ、一呼吸。来る。
「見つけた」
「ギヤアアアアアアアアアアア!!!!!」
ノコノコと私を喰らおうと現れた獣の背に、黒百合の剣が深々と突き刺さる。バチバチと青白い雷鳴を放ちながら、内側から獣を焼き尽くしていく。本体が大ダメージを負ったからだろう。残りの複製体が音を立てながらドンドン消えていく。
「まだ死なないか。しぶといな」
お兄ちゃんが眉根を寄せる。獣は滅茶苦茶に暴れると、背に刺さった剣を触手で抜いた。素早く私の手元に黒百合の剣を呼び戻す。
「ありがとう」
「一瞬ヒヤッとしましたぜー。でもまだ終わりじゃなさそうだ」
「そうだね。じゃあ、次の作戦かな」
剣に魔力を流し込み、今度は黄金の弓矢へと変える。稲光のように眩い黄金に輝く弓の上には、太陽のような黄金の烏が止まる。その強烈な光に魅入られたように、獣は動きを止めた。明陽さんが、さらに浄化の炎を矢にまとわせて加勢してくれる。有難い。
弓を引きしぼり、狙いを定める。ありったけの魔力を浄化の力に変化して乗せ、矢を放つ。
『斬空彗星』
流星のように光り輝くながら、矢は真っ直ぐに獣に向かって飛んでいく。獣は逃げる事無く、キラキラと黄金の光の粒を振りまき、一直線に駆けていく矢を見つめる。
矢が突き刺さる。一瞬の恐ろしい静寂。獣の体は一気に崩壊すると、赤い肉塊へと姿を変えた。追加で呪符を打ちこみ、完全に封印する。
「お、終わったー。できたー」
ドッと疲れて倒れ込みそうになる体は、素早く人型に変化したお父さんによって抱え上げられる。
「俺の天使は本当にすごいな。いつの間にあんな魔法を身に着けていたの?」
「愛良さんのためにいずれ必要になるかと思って、浄化系の魔法は一通り夜桜家の蔵の資料を漁って勉強してたんだ。あとは自分の神域で金烏さんにも手伝ってもらいながら、魔法を完成させたの」
「さすがだね。本当によくがんばった」
お父さんが優しく頭を撫でてくれる。小さな子どもではないので、皆の前でやられるとかなり恥ずかしいが。涙で潤んだ瞳を見ていると無下にも出来ない。
役目は終わったとばかりに、イルカさんがポンッと音を立てて消える。私の魔力で生み出していたから、イルカさんが消えれば確かに私の負担は減るのだが。いなくなると若干寂しい。
「夕理さーん、舌の根も乾かぬうちにこの作戦は駄目だって。愛良がまたトラウマ再発させちゃったよー」
「夕理。良かった。本当に良かった」
地面に崩れおちて、泣きだした愛良さんを見て私も盛大に慌てる。お父さんの腕から飛びおりて、慌てて駆けよった。今度は死んではいないのだが、それではダメらしい。他者の感情に配慮するって難しいな。
縋りつくように抱きしめられて、指通りの良い暗紫色の髪をゆっくり撫でる。
「俺が守るから、夕理はどうか大人しくしていてくれ」
「いや、それは時と場合に……」
「夕理を失うのは耐えられない。どうかお願いだ」
涙を流しながら懇願されるとどうにも弱い。愛良さんの信頼を勝ち取れるよう、まずは私が強いってところをもっと見てもらわないとダメかな。
「ちょっと聞き捨てならないな。夕理さんを守るのは、父さんと兄である俺の役目だよ」
お兄ちゃんと、据わった目をしたお父さんが後ろでうんうん頷いているのは知らないフリしていよう。特に、お兄ちゃんは恋人がいるんだから、まずは明陽さんを優先して守るべきだと思う。
金烏さんたちはまだ警戒が抜けていないのか、黒百合の剣の姿になると私たちの周りをせわしなく飛び回る。
「あーあ。全くもって使えなっかったわね。少しはこの星を破壊できるかと思ったのに、全くの役立たずだったわ」
「鴻池さん」
再び彼女が現れたことで、緩みかけていた空気が再び緊張感に包まれた。