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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第5章  裁きの女神と黒百合の剣編
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雷鳴

意外と3月中に1話書けたので投稿します! 楽しんで頂けますように。


今日3月27日は柚月さんの誕生日ですね。おめでとうございます。

 あぁ、やってしまった。




 愛良さんに抱きしめられたとき、真っ先に思い浮かんだ言葉はそれだ。あの時はこれが最善だったとはいえ、もう離さないとばかりにきつく抱きしめられると罪悪感も募る。

 佐藤家の人間は、総じて自分の命を軽視しがちだという悪癖がある。どうせ生き返るんだしいいじゃんと、最速最善で物事の解決を図ろうとしがちだ。その場合、大抵自分の命に関する事柄は早々に地面へと投げ捨てられる。

 だが、置いて行かれたほうは溜まったものではない。それは頭では分かっているが、いざ目の前にすると衝撃が大きい。自分がとんでもなく悪いことをしてしまったのだと理解する。

 嗚咽を漏らしながら泣かれると、私の心も大層辛い。腰に腕をまわし、柔らかな髪をよしよしと撫でる。愛良さんがこうなった原因は確実に私だろうから、彼が落ち着くまでいくらだって付き合う。



 どうぞごゆっくり、とばかりに金烏さんが部屋から出ていくのを視界の端でとらえた。気遣いが出来るカラスさんである。


「夕理。夕理か。本当に生きてる……」


「驚かせてごめんなさい。私はちゃんと生きて帰って来ましたから、もう大丈夫ですよ」


 本格的に泣き出した愛良さんの涙を吸って、肩の辺りの服が湿り気を帯びる。男の人がこんなに号泣する姿初めて見た。ちょっと感動したのは内緒である。


「こんなに好きにさせて、貴方しか見れないようにしておいて。勝手に置いていくなんて、あんまりだ。責任を取ってくれ」


 妖しくも美しい紅の瞳が、私の知らない熱を持って見上げてきた。思考が止まる。は? 好きって。誰が誰を?


「なぁ、俺の神様は願ったら叶えてくれるのか」


 私を射貫く、紅い瞳には私の知らない熱がある。とても綺麗だけど、なんだか怖い。体が震えて、反射的に身を引きそうになる。私の腰に回った腕の力が強くなる。すがりつくような抱きしめ方に、慌てて動きを止めた。


「俺が怖い?」


「そんなことないよ」


 愛良さんは安堵したようにほうっと息を吐く。甘えるように頬をすり寄せてくるのが、可愛いらしい。


「私は愛良さんだけの神様だからね。貴方の願いを叶えます」


 混乱する思考のなか、肯定を返す。それに微笑んだ顔が、危ういばかりの色気をはらんでいて盛大に鼓動が高鳴る。

 待って。愛良さんってこんなエッチなお兄さんだったっけ? いや、今までもその片鱗は確かにあったな。


「成長して、大人になって、どんどん素敵になっていく貴方を一番近くで見ていたい。……愛してるよ、夕理。どうか叶えておくれ」


 約束を違えたら喉元から喰い破られそうだ。有無を言わさぬ迫力に、私はただコクコクと頷くしかない。




 というか、愛してるってなんだ。あぁ、長年お兄ちゃんと同居してたから私のことを妹だと思い始めてきたのかな。家族愛ってやつだよね。そうだ。きっとそうなんだ。

 細まった瞳が、家族に向けるのとは違う妖艶な色香をまとっているけど、私はまだその愛に気づきたくない。


「夕理……」


 頬に愛良さんの手が添えられる。狂気をはらんだ赤がどうしようもなく綺麗で、視線が強奪される。ダメだと分かっていても、動けなくなる。さらに距離が近づき……。




 ゴンッという大きな音が響き、愛良さんは痛そうにうめくとその場にうずくまった。




「なーにーをーしーてーいーるーのーかーなー?」


「お兄ちゃん!」


 背後に凶悪な鬼を従えた兄が登場した。どうやら流星刀の鞘で思いっきり愛良さんの後頭部を殴ったらしい。どうしたらいいか分からなかったから助かった。


「愛良? 俺の大事な大事な妹に一体何しようとした。殺すぞ」


「ありがとう、薺。危うくお嬢さんをとても傷つけてしまうところだった。気持ち悪いことをして、本当に申し訳ありません」


「いや、いいよ。気にしてないから」


 絶対にキスかなんかするつもりだったよな。愛良さんの愛してる、の意味は好きなひとに言う愛してるなのだろうか。彼の表情を見るとそうとしか思えない。嘘だろう。年上の友達としか私は思っていなかったから、どうすればいいんだ。恋愛の『れ』の字も私には分からないぞ。



 頭の痛い問題に、ちょっと1人で考える時間が欲しいと切実に思う。現状、青春の甘酸っぱい悩みだけ考えてればいい甘い状況じゃないのは分かっているけど。


「それで、これが諸悪の根源か。貴様のせいで夕理さんが……!」


 いっそ恐怖を覚える無表情で、お兄ちゃんはスラリと鞘から流星刀を抜きはなった。そのまま無言で魔術師だった男の肉塊を何度も刀で突き刺していく。悲鳴がすごい。私の呪いにより、あの男は死を奪われている。ただ永遠に苦しむしかない。



 可哀想に思うべきなのだろうが、復讐の女神としてはお兄ちゃんの私に対する愛しか感じなくて嬉しい。この男のせいで私の大事なひとたちが沢山傷ついたのだから、むしろ溜飲が下がる。

 そこで肉塊に異変が起きた。雷鳴に似た、大きな音が室内に響く。あれ、雷とか落ちてないよね? お兄ちゃんがハッとして動きを止める。愛良さんが素早くお兄ちゃんをこちらに引き寄せ、守るように私たちの前に立った。金烏さんもいつの間に戻ってきていたのか、私たちの前に踊り出る。


「タス……タスケテ……!! タスケテ」


 急激に肉塊が膨張し、黒い瘴気を吹き出し始める。無数の目を持つ、猛り狂った黒い獣が現れた。瘴気は愛良さんと金烏さんが強固な結界を張って防いでくれたので事なきを得たが。一体どうしたんだ。実害を出す生物に改造した覚えはないぞ。







「とうとうやったわ。これこそが、私の望んでいたシナリオ」


 冷たくも、どこか熱がこもった口調。神聖さを覚える、美しい白の衣装を身にまとった鴻池さんが現れた。皆に緊張が走る。うわ、とうとうラスボスが来たよ。私もお話がしたかったから調度いい。


「鴻池さん。これは君が仕組んだことなのか?」


「引き金を引いたのは貴方の妹さんだけどね」


 鴻池さんは肩をすくめた。私の呪いが魔力を持つ体に変な作用を及ぼしたのか? この男の現状は、堕ちた神の末路に近い。


「愛良はこの男のこと本当に覚えていないの? 彼、千年前に貴方と因縁がある当時の歌代家の当主よ」


 歌代家は私の祖父の実家でもある。一琉(いちる)さんに気をつけろ、と教えてもらった術師の家系だから覚えている。強さを極めることに貪欲な術師の家系で、そのために神様を道具扱いしており、他の家からは煙たがられていたみたいだけど。最大16の神を降ろして操り、呪殺や国家の滅亡を願うのが得意なお家柄だったはず。

 歌代の秘術である鳴神は、『神に成る』をその名に隠した術式の名だ。神の力を自分に取り込み、自分のモノにして神へと生まれ変わる禁術。

 まさか、この男は愛良さんの力を取り込み神と成っていたのか。普通の人間が千年なんて時を生きられるはずがない。愛良さんが苦虫を噛み潰したような顔をした。


「歌代。まさかまだ生きていたのか」


「術の成功によって神と成ったこの男は、煩わしい故郷である地球を捨て、自分好みの楽園を作りあげるためにこの星にやって来たのです。私達機械仕掛けの神を創りだせたのも『鳴神』の応用です。夕理様と愛良様に呪われたことで、神と成った身体が反発し化け物へと変わり果ててしまった。もう彼は世界を破壊し尽くすまで止まらないでしょう」


 うっとりした笑顔に、これこそが鴻池さんが真に狙っていた事なのかと思い知る。本当に軽率だった。


「自分の作った理想の楽園を自分の手で完膚なきまでに破壊する。あの男にはこれ以上ない罰になるわ」


 その言葉を体現するように。魔術師だった男は、恐ろしい唸り声を上げながら壁を破壊して外へと飛び出して行った。

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