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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第1章 異世界旅日記編
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白い椿の咲く丘で

 兄弟げんかという名の戦いに疲れたから、部屋で寝ると言ったブーリさんを残して、私たちは街を散策することになった。

 因みに私はリュイさんの腕に抱っこされてのお散歩である。散歩って何だっけ? 



 戦闘に勝ったためか、妙につやつやしているリュイさんが目に毒である。正体がバレナイように、魔力を抑えて髪色もこの世界にはよくある銀に変えているため、本来の容姿の良さも相まって、道行くお嬢さんがちらちらとこちらを振り返ってくる。


「あの人カッコいいね」


「ねぇ、モデルさんみたい。猫抱っこしてて可愛い。動物好きなのかな」


「あんな美人さんが飼い主何て羨ましい」


 聞こえてくる言葉に、そうだろう、そうだろうと内心で全力で頷いているが、リュイさんはその賛辞に気づいていないようだ。瓦屋根の続く街並みを見ながら「どこか気になる所はある? お腹は空いていない?」と私のことばかり気にしてくれる。

 彼に恋人が出来るための邪魔に私がならないと良いけどな。


「リュイさんは、この街は初めてですか?」


「いや、何回か来たことはある。ブーリがここを気に入っているから、あの子に用事があるときとかに訪れるかな。この街に泊まったのは初めてだけど」


「じゃあ、観光とかはしてないんですか?」


「ある程度は見て回ったから、それなりに案内は出来ると思うよ」


 頭を撫でて来る彼を見上げれば、優しい目が私を見て来る。それが、妙に気恥ずかしくて私は自分の中の感情に驚く。人と目線を合わせて話をする事なんて、当たり前のはずなのに。


「私は貴方の行きたいところに行きたいです」


 自分の心に戸惑いを覚えながらも、本音を伝える。


「私は、君の飼い猫になりたいので、飼い主が何が好きで、どんな景色に感動を覚えているのか知りたいのですよ。そして、その感動を一緒に分かち合いたいのです」


 リュイさんの瞳が驚いたように大きくなる。


「だから、君が楽しいと思える場所ならどこだっていい。私は君が喜ぶ場所に連れて行ってあげたい」


 自分でも思っていなかった本音がポロリと口をすり抜けて、自分で自分にビックリする。

 いや、猫の身で、散々世話をされておいてどの口が言うんだという発言ですね。すみません。彼は、迷うように瞳を揺らめかせたが、何処か思いついた場所があったようで、歩いていた方向を変えた。







「ここ、日奈(にいな)が美味しいって言っていたからちょっと気になっていたんだよね」


 リュイさんが連れてきてくれたのは、可愛い雑貨屋やお土産屋、お総菜屋や漬物屋に飲食店が並ぶ賑やかな通りの一角に佇む古民家カフェだった。窓から見えるお客さんはほぼ女性である。遠くには五重塔も見えて、石畳の道が続く情緒あふれる風景は何だか、テレビで見た京都の町並みを思い起こさせる。


「日奈さん?」


 聞き覚えの無い名前に首を傾げて尋ねれば「従兄弟」という短い返答が来る。従兄弟ということは、日奈さんも正体は大きな鳥の魔物なのかしら。


 リュイさんが鷲と来たから、日奈さんは鷹だといいな。ブーリさんの白鳥との対比で黒鳥でも、いや黒を持つのはリュイさんだけだからこれは有り得ないか。


 テーブルと椅子が並ぶ、店内の中央にはお庭があった。石灯籠や木が計算されて配置された庭は、とても美しい。中庭を見ながら、食事がとれるような席の配置になっているから、この庭もこの店のウリの一つなのだろう。リュイさんがメニューを渡してくれるが、ここのおススメは何なのだろう、と周囲のお客さんが何を食べているのか見ていく。ここは、抹茶スイーツが良いみたいだね。メニューを見れば、抹茶のロールケーキや抹茶のティラミス何ていうメニューもある。よーし、決まった。


「リュイさんは、何頼むか決まりました?」


「うん、佐藤さんは?」


 頷けば、リュイさんが店員さんを呼んだ。私は竹の器に入った抹茶ゼリーを注文したのだが、リュイさんは抹茶パフェを注文した。

 普段、食事を取らないからてっきり抹茶オーレとかそういう飲み物系を頼むとばっかり思っていたから、驚きだ。


 しばらく雑談していくうちにやって来たパフェは、抹茶味のソフトクリームを筆頭にゼリーに、抹茶の生チョコや白玉にあんこまで載った豪華なものだった。

 その豪華パフェを幸せそうに食べる姿に、甘い物が好きだったんだねと脳内に情報を書きこむ。次はリサーチしておこう。


「甘い物も食べられるんですね?」


「本来は必要ないけど、たまに欲しくなるんだよね。人間でいうところの趣味かな?」


 まぁ、日本でもスイーツ食べ歩きが趣味という人もいたから、魔物でそんな趣味を持つ方がいてもおかしくないね。


 私もプルプルのゼリーを口に運ぶが、濃厚な抹茶の味が口に広がって美味しかった。抹茶本来の味を大事にしていて、変に甘すぎないのがいい。


 スイーツを堪能して、次はどこに行こうかという話になる。時刻は現在11時を少し過ぎたところだ。


「お腹に余裕があるなら、ここから電車で1時間ほど行ったところに俺のおススメの場所があるんだけど、良かったら行かない? その場所の近くは観光地になっているから着いたらそのまま昼食をとってもいいし」


「喜んでお供いたします!」


 私の食い気味での返事に、彼は嬉しそうに微笑んだ。







 駅から外に出た途端広がる、山々と古い街並みが織りなす、風光明媚な風景に思わず目を見張る。神社が点在している古くからの祈りの地なのだというこの場所は、澄んだ空気が流れていて初めて来たはずなのに妙に落ち着く。


 お昼ときだったので、手頃なレストランに入る。日替わりのパスタランチを頼んだのだが、ここでも、抹茶が来たかという抹茶を練り込んだ緑色のパスタ麺が印象的な、野菜と生ハムのパスタとサラダ、スープのランチだった。リュイさんはここでは、気が向かなかったのかコーヒーだけ注文した。


 食事を終えて、連れてこられたのは丘の上にある神社だった。麓にある黒い鳥居が妙な威圧感がある。街中より北の方になるため、ここはうっすらと雪が積もっていた。純白の参道に、白い雪を被った赤い灯篭が続く光景は幻想的だ。夕暮れ時に訪れたら、灯篭に火が入ってより素敵だったかもしれない。不思議とそれまで多かった観光客のいない、静かな参道を歩いていく。



 頂上について、てっきりお(やしろ)に参拝するのかと思えば、リュイさんは社の横をすり抜けて奥へと入ってしまう。


「この時期には丁度綺麗に咲いていると思ったんだ」


 お社の先には可憐な白い花を付けた椿の森が広がっていた。家には赤い椿があったから、小さな頃は花を集めてそれを繋げて首飾りを作って遊んでいたなと、ちょっと懐かしくなる。椿のいい香りが辺りに満ちていて思わず顔がほころぶ。


「気に入った?」


「素敵ですから。連れてきてくれてありがとうございます」


「ここは、この奥にある泉が本来訪れるべき場所なんだけど、椿の花も美しいからね。誰にも見られず花を落とすのは可哀想だろうし」


 誰にも見られずってどういう事だろう。リュイさんは、迷わずに鬱蒼とした椿の咲く小道をぐんぐん進んでいく。前方に日が差して、明るくなる。


 ぽっかりと空いた空間の真ん中には、白ではなく、赤い花を咲かせた椿に囲まれ守られるようにその泉はあった。石で囲まれているそこを覗けば綺麗な水を湛えている。


「ここはね、本来なら春の彼岸の日にしか開かない場所なんだ。その時は盛大なお祭りをして、出店もたくさん出て賑やかな雰囲気になる」


「え、勝手に入って大丈夫なんですか?」


「構わないよ。現に拒まれなかっただろう。人が勝手に春の彼岸にしか訪れないようにしているだけ。まぁ、でも、彼らの目的はこの泉に宿る力だろうから、それ以外の日に訪れても意味がないと思っているからかもしれないけど」


 この泉は神社に湧くだけあって何か特別な意味があるのかな、と覗き込むけど私の猫な顔が映るだけだ。お彼岸の日じゃないから、効力を発揮しないのかもしれない。


「春の彼岸の日にだけ、この泉を覗き込むと亡くなった愛しい人の顔が見えるんだよ」


 リュイさんは小さく呟くと、泉を囲う石を愛し気に撫でる。あー、確かにそれは泉を見に行くかもしれない。リュイさんも、そういう会いたい人がいるのかなと思った。

 だが、それを聞くのは無神経かなと思い、また水面を覗き込む。そこには、変わらず黄色い猫が私を見つめ返してきた。


「ここなら、誰にも邪魔されないだろうから主従契約を結びたいと思ったんだ」


 風に毛並をそよがせながら、白や赤に咲く椿を見ていた私は慌ててリュイさんの方に向き直る。


「えーと、主従って私が飼い猫なので従の立場ですよね」


「俺の主人になるのは嫌?」


 そんな捨てられた子犬の様な悲しげな眼をこちらに向けないで欲しい。罪悪感で胃が痛くなるだろう。


「黒を好きって言ってくれて、魔力ではなく内面を見てくれるような人に出会えるなんてもうないだろうから。だからお願い」


 私は卑怯なのだ。


 私は日本人だから、黒に対する差別意識がないだけ。でも、この世界でおそらく彼の色を恐れないのは、家族くらいなものなのだろう。だから、他人である私が黒を怖がらずに、態度も変えないことからとても良く見えているのだろう。本来は違うのに。


 魔物の主従契約の仕組みが気になっていたので、スマホに頼んで調べた知識をまとめてみる。主従契約を結ぶ場合は、魔物の持つ本来の名を明かしてもらい、主人がその者の血を飲むことで契約が成立する。契約期間は、主人が死ぬまで続き破棄は出来ない。魔物の本来の名には、それ自体に力があるため、主人かもしくは同等の力を持つ魔物や神しかその本来の名を呼ぶことは出来ない。契約を結ばないままで呼べば、魂が耐えきれなくて死んでしまうのだ。



 って事は、リュイって名も本名じゃないのよね。そして、魔物の主は一人だけ。契約を結んだあとはひたすら主人の命に従い、いつも傍に居て守ってくれる。


 私にとっては魅力的な条件だが、契約者が死んでも次の主を定めることは出来ないのに、元は異世界の住人で一緒にいてあげられない私が結んでいいものではない。



 主人になるという事はその命に一生の責任を負うことだ。



 私は、私の帰りを待ってくれている家族や友だちの待つ日本へと帰ることを諦めていない。

 日本に帰る方法をスマホで検索して0件だったとしてもだ。

 それなのに、半端な気持ちで流されて、契約何てことをしてはいけない。私はそんな身勝手な人間にはなりたくない。


「今は黒を恐れない私が珍しくて、契約を結びたいと思っているだけでしょう」


「そんな事……」


 何か言おうとする彼の口元を前足で押さえる。


「私は、契約何て無くても貴方の飼い猫になりたいと思っているから、傍に居るよ。まだ、出会って間もないしお互いの事ってまだよく知りませんよね。だから、これから私の嫌な面を見て合わないと思うかもしれません。まだ、見極めるには早いと思います。この先、私以上にいい主に出会う可能性もあるのだから、とりあえず早急にしないで時間を置きましょう」


 本当は、自分が異世界から来たという事も含めて伝えるべきなのだろうけど、それを言うのは何故か憚られた。だから、こんなずるい言い方になってしまう。


「長い時が経って、それでも思いが変わらなかったら」


「お互いに望むなら、その時に契約をしましょう。私はあくまで飼い猫希望ですから」


 契約をする気になるという時は、この地に骨を埋める覚悟が出来たときだ。まだ、そこまでじゃない。私は日本にいる大切な人たちを捨てられない。


 リュイさんがこちらに手を伸ばすと、膝に抱き上げて来た。私はその温もりに包まれながら祈るように目を閉じた。


 神様、どうかいつか私以外にリュイさんのことをきちんと見てくれる、良い主に巡り合えますように。





 しばらく、そうしていたが、段々と日が陰って来た。ブーリさん達が心配するだろうからとリュイさんに抱っこされて旅館に帰る事になった。なんとなく彼の肩越しに泉を振り返れば、そこには黒いベールを被った人影があった。


 見た瞬間、心臓をぎゅーと掴まれたような恐怖に襲われる。


 何、今のは。


 体格から言って女性だろうけど。あれは、見てはいけないものだと本能で悟る。私の様子を見て、リュイさんが振り返るが、そこにはもう黒いベールを被った女の姿はない。


「どうしたの、何かあった?」


「いえ、何でもありません。疲れて変なモノを見たようです」


「ごめん、あちこち連れまわしたから。俺が運ぶから寝ていていいよ」


 ゆっくりと撫でられて瞼が重くなるが、目を閉じると女の姿が浮かんできて嫌な気分になる。

 あれは一体。




 遠い未来にまた黒いベールの女に会う事になるという、漠然とした予感が私の脳裏に渦巻いた。

私の地元には春の彼岸の日に、水面を覗き込むと会いたい人の顔が浮かぶと言う泉があります。作中の泉は、その泉をモデルにしました。泉のお供えには椿の花を用いるため、祭りの時期は泉の周りに椿が咲いたようになります。

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