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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第1章 異世界旅日記編
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魔物を怒らせるのは、ダメ、絶対

 鳥たちの可愛らしい歌声に誘われるように目を開ければ、目の前には絵画のごとく美しい青年の寝顔がありました。


 一気に目が覚めたわ。どういう状況だと、バクバクする心臓を抑え、これまでの記憶を振り返ってみる。


 昨日は、リュイさんを慰めるために、自分に似合わない台詞を吐きまくり、恥ずかしさに耐えきれなくなった私は、お風呂に離脱したのだ。

 従兄弟とゲームをして、温泉にゆっくり浸かったことでようやく落ち着いた私は、部屋に戻ったのだが、未だに酒宴が続いていた。


 そこで、二人に声をかけ、眠くなったと言う赤べこちゃんと共に先に隣の部屋で就寝したはずだが。

 あれ、赤べこちゃんと一緒に寝ていたはずなのにいつの間に、リュイさんのお布団に入れられたんだろう。

 あと、リュイさんの髪色が昨夜見た時の銀髪ではなく黒髪になっていて新鮮だ。彼本来の色はこちらなのだから、何の不思議もないけど。黒に不吉なイメージがあるこの世界で、素の色で居てくれるのは、何だか信頼されているようで嬉しい。


 彼を起こさないように、そっと寝返りを打てば、よだれを垂らして幸せそうに眠っている赤べこちゃんが居てちょっと笑ってしまった。


「おはよう」


 背後から聞こえて来た声に慌てて振り返れば、寝起きだからか瞳をとろりとさせたリュイさんが、こちらの頭を優しく撫でて来た。


「すみません、起こすつもりではなかったのです。おはようございます」


「ううん、どうせもう起きないといけない時間だったから大丈夫」


 壁の時計を見れば8時を少し過ぎたところだった。ゆっくりと身を起こしたリュイさんの格好は、旅館に相応しい浴衣だ。艶やかな黒髪と相まって目の保養だ。


 でも、そこで妙な既視感を覚えて首を傾げる。理由を探そうと、ガン見しようとしたところで、寝ていたからか彼の浴衣の衿が肌蹴て、白い肌が見えてしまっている。華奢に見えるのに、意外と綺麗に筋肉がついて……いや、そうじゃない。


「リュ、リュイさんあの」


 恥ずかしいので視線を反らしながら言えば、彼は何かを察したのか眉を下げた。


「やっぱり、この髪は気持ち悪い?」


「いや、そーじゃなくて、浴衣、肌蹴てて見える!」


 悲しそうな声音に、違うんだと彼に向き直って言えば、白い肌が朱に染まる。次いで、急いで衿元を整えてくれる。


「ご、ごめん。浴衣とかあまり着ないから、慣れてなくて。いい年をしているのに恥ずかしいね」


 恥ずかしそうに頬を染め、瞳を潤ませて落ち着きなく視線を彷徨わせている。こんな姿を間近で見てしまったら。


「いや、萌え死ぬわ(浴衣を着るのは難しいですから、仕方ありませんよ。気にしないで)」


「佐藤ちゃん、逆! 逆!」


 光の速さで、赤べこちゃんからのツッコミがきました。君もいつの間に起きていたんだ。






 浴衣から私服に着替えたリュイさんと共に隣の和室に行けば、今日もアイドルのような爽やかな笑顔を浮かべた、ブーリさんが待っていた。


「おはようございます。昨日はよく眠れましたか」


 ブーリさんは、シャツにキャメル色のセーター、黒に近い濃紺のズボンという組み合わせのシンプルな服装だった。もう浴衣じゃなかった、とちょっと残念である。


「おはよう、ブーリ」


「おはー、白い魔物さん。私はグーグー眠れたよ」


「おはようございます。はい、布団も暖かくて寝心地がいいので、夢も見ずにぐっすりと。ブーリさんはしっかり休めましたか?」


「えぇ、ご心配なく。佐藤さんはお腹が空いたでしょう。もう少しで朝食が来ますよ」


 ブーリさんの言葉に、リュイさんが髪色を銀へと変える。少しして、仲居さんが朝食を持ってきてくれた。

 魔物である彼らと、この街を守る守護獣である赤べこちゃんは食事を取る必要が無いので、食事は実質的に私一人になる。

 前みたいにブーリさんが私の口元に玉子焼きを運べば、羨ましそうな顔でリュイさんがそれを目で追う。


 因みに、私はリュイさんの膝の上である。気分は殿様。うむ、くるしゅーない。順調にダメ人間いや、ダメ猫の道を歩んでいるが、罪悪感何てものは無い。私が命令している訳じゃないし、自主的にしてくれているだけだからね(開き直り)


「リュイさんも、玉子焼き食べます? ネギ入りで美味しいですよ」


 玉子焼きが欲しいのかと、私は箸で皿にのった玉子焼きをとって、彼の口元に運ぶ。私は箸が使える器用な猫なのだ。飼い猫としてどーですか。


「え、いや、大丈夫。それ、最後の1個でしょ。佐藤さんが食べて」


 でも、視線は玉子焼きだったよね。おかずはたくさん有るのだから、遠慮は必要ないことを伝えれば、ブーリさんがこちらの気を引くように頭を撫でて来たので、目線を向ける。


「兄さんは、貴方にご飯を食べさせたいみたいですよ」


 え、本当!? と彼を見上げれば小さくコクンと頷いた。じゃあ、お願いしますと箸を渡して、口を開ければ、リュイさんが花がほころぶような笑みを浮かべた。

 動物園での餌やりって人気だけど、魔物にも動物に餌をあげたい欲求があるのかしら。


 リュイさんが口元に運んでくれた味がよく浸みた、煮物を頬張る。うーん、美味しい。幸せ。

 健康的な和食を食べ終え、食後のお茶を楽しみつつ、今日は何をするのかなと二人の顔を伺う。なお、赤べこちゃんは、テレビの時代劇に夢中だ。


「え、えっと、兄さんは、今日はどうする? この辺りだとそろそろ綺麗な梅が咲く時期じゃないかな」


「ブーリ、俺はもう怒ってないから、そんなにこちらを伺うように見てこなくていい。そもそも、佐藤さんが貴方を許しているのに、俺が言うことでもないからね」


「え、あ、そうなの?」


「それに、俺の怪我を治すためにブーリがあの宝石を佐藤さんに託したんでしょ? なら、むしろ俺は貴方にお礼をしなければいけない」


 あの神域は、罠が張り巡らされた危険な場所だから、猫一匹で挑んで宝石を取って来れるとはリュイさんも思っていなかったのだろう。二人が仲直りできるなら、リュイさんが勘違いをしたままでいいと私は思っていたのだが、ブーリさんが訂正した。


「いや、神域に入って宝石を取って来たのは佐藤さんだよ。僕があの神域に入れる訳ないじゃん」


「は?」


 絶対零度の冷めた目線がブーリさんを射抜く。


「お前、あの、命の危険があるとんでもない場所に佐藤さんを入れたのか。しかも、一匹で。佐藤さんが怪我をしていないようだから良いけど、大けがや呪いを受けて帰ってきたらどうするつもりだったんだ!」


「でも、佐藤さんなら神域の罠が発動することは無いよ。最初の結界にも拒まれなかったし」


 確かに、罠と言う罠が動きを止めたけど、あれは神域を散歩コースにしているレオさんの力も大きかったのでは。レオさん元気かな。


「野生動物にいちいち反応していたらキリがないから、猫である佐藤さんなら大丈夫かもしれないが。それでも確証はないだろう」


 無事でよかった、とばかりにゆっくりと毛並を撫でられる。私に向けられる優しい青の瞳が一転して、氷の眼差しがブーリさんに向けられる。


「ブーリ、お前、表に出ろ」


 二人称まで変わっているし、漂う黒いオーラからいって絶対怒ってるね。関係ない赤べこちゃんが後ろで震えてるよ。


 心配になった私がリュイさんの肩にのると同時に、景色が変わりどこかの草原に降り立つ。


「リュイさん、あの、私ブーリさんに対して怒ってはいませんよ?」


「うん、そうだね。佐藤さんは優しいから。でも、俺が許せないんだ。大丈夫、殺しはしない」


 何だろう、安心できる要素が一つも無い。いざとなったら首輪様に止めてもらおう(他力本願)


「え、いや、兄さん本気でやるの?」


「ハンデとして俺は本性には戻らない。貴方は好きにしろ」


 自信をのぞかせた台詞に、やっぱり魔力値最強の証である黒を持つだけあって強いのかなとリュイさんの方を向く。すると、戯れのようにのど元を撫でられる。


「佐藤さんは、ここから離れて。危ないから」


 リュイさんの肩から降りて、20mほど離れると、念のためにと強固な結界が私にかけられる。


「今回は僕が悪いから、仕方がないか。死なない程度でよろしくね」


「善処する。本性に戻らないのか?」


「この辺りを更地にする訳にはいかないでしょう。さぁ、どうぞ。始めよう」


 戦闘ですが、ハッキリ言ってゲームの世界が目の前で展開される迫力満点なものだった。身の危険を感じて私は更に後ろに下がる。



 リュイさんの手元に黒い球のようなものが現れ、軽くブーリさんの方に投げれば大爆発が起こる。

 この距離でも、結界が無かったら風圧でふっ飛ばされていたかもしれない。噴煙がおさまれば、どうやら結界で防いだらしいブーリさんが風の魔法でリュイさんを切り裂こうとする。危ない! しかし、彼は軽く首を傾げると、風の刃が彼に届く前に霧散した。


「やはり、この程度じゃ甘いか」


 ブーリさんの声が低くなる。あれ、何か二人して本気になっていない。間髪入れずに今度は、リュイさんが放つ雷撃がブーリさんを襲う。微妙に防御が間に合わなかったのか、ブーリさんは膝をつき、肩で息をしている。擦り傷ができてしまっているな、と私はどんな傷も治すエメラルドを出してスタンバイする。


「いい加減、負けを認めたらどうだ?」


 腕を組み、余裕の表情でブーリさんを見下ろすリュイさんに対して、ブーリさんは口角を上げると挑発的に微笑んだ。


「なら、させてみたら」


「へー、あぁ、そう?」


 リュイさんはニコリと微笑んだが、目が笑っていない。リュイさんの手元に炎の玉が現れる。

 それを見て、ブーリさんの手元にも水球が現れた。同時に相手に向かって投げられる。真ん中でぶつかり合って競り合うが徐々に水球が押される。

 そのまま、火球が水球を飲み込みブーリさんの方に向かう。大きく跳躍して避けたブーリさんの後ろにいつの間にかリュイさんがいて、後ろから抱きしめる。


「捕まえた」


「やっぱり、兄さんには勝てないか」


 ブーリさんは諦めたように力を抜いた。同時に私にかけられた結界も解除されたので、小走りで二人の元に向かう。治癒の魔法でもかけたらしく、ブーリさんの怪我は治っていてエメラルドの出番はないみたい。


 腕を外し、口元に手を当て、クスクスと笑っているリュイさんの表情を見て、どうやらもう怒ってはいないようだと私は安堵の息を零す。


「佐藤さん、申し訳ありません。貴方なら大丈夫だろうと思ったのですが、やはり一人で行かせるべきではありませんでしたね」


 膝をつき、こちらに目線を合わせて真剣な表情で謝ってくるブーリさんに私は黙って首を振る。別に最初から彼には怒ってないのだから、謝られる必要はない。


「いいんですよ、私はリュイさんを助けたかったので。多分危険だと分かっていても、どんな手を使ってもその神域に行ったはずです」


「良かったね、兄さん。愛されているみたいだよ」


「ありがとう、でももう、俺のために佐藤さんに犠牲を払わせるつもりはないから」


 強い決意の宿った、その空を映した瞳の美しさに私は息をのんだ。


リュイさんとブーリさんは基本仲が良いですが、喧嘩をするときは派手です。戦闘時には、魔物の本能である残虐性が増してしまうので、殺し合いのような雰囲気になります。

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