世界樹の祈り
前半は夕理さん視点、後半は薺さん視点です。
「貴方たち本当にこの星まで来たのね。さすがだわ」
「菖蒲様は、どうしてここに?」
どこにも怪我はなさそうなことにはとりあえず安堵した。
「愛良様がこの星に来なければならなくなった理由を潰してしまえば、彼を地球に返しやすくなると思ったからよ。私も豊穣神の端くれですもの。世界樹を元通りに回復させることくらいは出来るわ」
菖蒲さんは気丈に笑ってみせるが、どう見ても魔力の消費量が危険水域に達している。危ないところだった。
「カバラの樹とも生命の樹とも呼ばれる世界樹。この星の根幹に関わる大切なものだから、さすがに枯らすわけにはいかないのよね」
「私も何かお手伝いできることが有るやもしれません」
「いいのよ。このことで貴方たちの力を借りるわけにはいかないわ」
私がしたいと思ったのだ。お兄ちゃんも厳しい表情で世界樹を見上げている。
「なぁ、なんかこの木違和感ねぇ? すげー怖いと言うか」
花楓君の顔が目に見えて青白くなる。私の肩に止まった金烏さんも警戒したように木を見つめている。
「世界樹は怒っているわ。愚かな人間の行いに。世界樹の加護は今や呪いに変わっている」
菖蒲さんの言葉に、魔力を込めた目で世界樹をもう一度見てみる。視界が一面黒く染まった木へと変わる。呪い。呪いか。
世界樹に向かって一歩踏み出す。お兄ちゃんはこれから私がしようとしていることが分かっているのか、盛大にため息を吐きながら額に手をあてた。
「姫様、気を付けてください」
「分かっています。私はこの星では異邦人なのですから」
目を閉じて、魔力での探索を全開にする。一気に流れ混んでくる、世界樹を構成する術式の情報に必死に食らいつく。
術式が変異したり、記述された文字が消えかけている箇所があるからここを書き直せば元通りになりそうだ。擬似的なイメージで生み出したパソコンを用いて、読み込んだ世界樹の構成術式を記述をうちかえていく。気分は学校でのプログラミングの授業である。
魔法式の書き換えが完了するたびに、世界樹から靄が取り除かれていく。木が元気になっていくのは嬉しいが、地味に魔力の消費が激しいな。でも、自分の能力で浄化が出来ない訳ではないことに安心する。
「妹にばかり任せているわけにもいかないか」
お兄ちゃんの手に、赤や青、金色の星が煌めく宇宙そのもののような刀が握られる。我が家の家宝である流星刀さんじゃないか! え、そんなあっさり流星刀をこの場に呼び出せるものなの⁉ 地球から遠くは慣れた別の惑星という障害をものともせずに来たぞ。さすが、佐藤家の家宝の中でも別格と言われるだけはある。
「バグはきれいに掃除しておこうね」
お兄ちゃんは流星刀を世界樹に向かって振り下ろした。展開していた、世界樹の構成データのうち、余計なものが全て壊れて消え去る。大分私の負担は軽くなったが、魔力も無いのにお兄ちゃんったら無茶をして!! これが終わったら説教だな。
キーボードで最後のコードを打ちこんだところで顔を上げる。世界樹は生き生きとした光り輝く美しさを取り戻していた。ルビーやエメラルド、ダイヤモンドの葉っぱが煌めいて目にも眩い。本当に綺麗な木だな。
どうかまた、この星の全ての生き物たちを見守ってあげてください。
私は両手を組んで世界樹に祈る。
私の祈りに応えるように、世界樹に更に変化が起こった。世界樹の周りの空気が清浄なものに変わり、息を吸い込むだけで体の内から力が湧いて来る。辺りが強大な魔力で満ちる。世界樹が本来の力を取り戻したのだ。
成功したことに安堵して、展開していた魔法を終了させる。ドッと体が重くなった。ちょっと頑張り過ぎたか。
「ありがとうございます!! 世界樹が元の力を取り戻しました! これなら、お父様の負担も軽くなったから目覚めるかもしれません。本当にありがとうございます」
「お役に立てたなら良かったです」
涙ながらに何度もお礼を言うフィオ様の頭を撫でる。
「ありがとう。夕理に薺。貴方達のお陰でこの星の滅亡の危機は免れたわ」
「私はこの木を浄化しただけですから。このまま負のエネルギーを貯め込み続ければまた、何千年か後に再び世界樹は危機に陥ります。それまでに、世界樹の負担を減らす方法を考えなければならないでしょう」
問題を全て解決できれば良いのだが、私にはそこまでの力は無い。
「それはこの星に暮らす者たちの責任においてしなければならないことよ。貴方が気に病むことじゃないわ」
「そうそう。まだ12歳なのにここまで出来るなんて凄いよ。よく頑張ったね」
お兄ちゃんは私をぎゅっと抱きしめると、私の背中を優しくポンポン叩く。私とお兄ちゃんの年はそんなに変わらないと思うんだけど。小さな子どもを慰めるような態度にちょっと反発心が生まれてしまう。
「別に。全部自分で出来るなんて自惚れてはいませんわ。……ところで、お兄様こそ魔力がほとんど残っていない状態で流星刀の力を行使して大丈夫だったのですか?」
ギクリ、とばかりにお兄ちゃんが体を強張らせた。そのまま離れようとするので、今度は私がお兄ちゃんの腰に腕をまわして引き留める。魔力を込めた目で様子を見て思わずため息を吐いた。
「お兄様が手伝って下さったのは有難いですけど、それが無理してまでとは頂けませんわね」
優しい優しい私の自慢の兄は、私の為にすぐ無茶をしてしまう。唯一兄の嫌いなところだ。どう言えば、私もお兄ちゃんのことが大切だって伝わるんだろう。
「無理はしていないよ。心配しなくていから」
「大方、私が力を使い過ぎることを不安に思われたのでしょうけど。私だってお兄様のことが大事なんですよ」
ちょっと背伸びをして、まだ見慣れない兄の黒い瞳を覗きこみながら白い頬を撫でる。他人に魔力を分けるのは苦手だが、そうも言ってはいられない。
「い、いいよ。夕理さん!! 貴方から魔力を貰うほどじゃないから。俺が悪かったからやめて!!」
今度こそ全力拒否とばかりにお兄ちゃんが私から離れる。そこまで嫌がられると地味にショックだ。
「ふーん、なら俺の血を飲んで補給するか? 神様並みとはいかないが、竜だからそれなりに魔力は持っているぞ」
花楓君がニヤニヤ笑いながら、お兄ちゃんの肩に腕をまわす。そうして片手で服を寛げて首筋をあらわにする。お兄ちゃんは露骨に眉をしかめた。
「いらない。花楓の血はまずそうだから」
「まぁ、聞きました! 折角善意で言っているのになんて贅沢なんでしょう。やっぱりここは恋人の血がいいんでしょうか。明陽さんお願いします」
「まぁ、僕としてはいくら花楓さんだとしても他の人の血を飲まれるのは我慢ならないから役得かな」
「いや、だから誰の血もいらない。まして、あーちゃんのも。って、あーちゃん!? なんでここに!!」
「薺くん、夕理さん!! 無事でよかった」
私も突然二本の腕に抱き上げられてビックリする。泣きそうにお父さんが瞳を潤ませながら、確かめるように私の頬を何度も撫でる。お父さんまでこの星に来ていたのか!? どうやら相当心配をかけていたようだ。罪悪感で胃がキリキリしてくる。
「ごめんなさい。連絡なしにいなくなったりして」
「夕理さんと薺くんが無事ならいいんだよ。怖い目にあったりはしてない? 大丈夫?」
私が頷くとお父さんは「良かった」と、力強く私を抱きしめた。居たたまれなくなって私は謝りながらお父さんの頭を撫でる。
「あーちゃん達はどうやってこの場所が分かったの?」
「薺さんが地球から流星刀を召喚したからね。その術式の糸を辿ってここまで飛んで来たんだ」
なるほど。相変わらず高度な事をしてみせるな。明陽さんは心配そうにお兄ちゃんの顔を覗き込む。
「顔色青白いよ。嫌かもしれないけど、少し魔力を補給しておいた方が良い」
明陽さんはそう言うと、有無を言わさずお兄ちゃんを茂みの奥へ連れて行った。
佐藤家の家宝は全て佐藤の血を引く人間を守る為に存在する。だから、術者を傷つけることはない。その筆頭である流星刀を扱うのであれば、魔力が無い状態でもそこまで体の負担になるとは思わなかったのだが。考えが甘かったか。思った以上に身体が重い。妹を心配させるわけにはいかないから耐えているが、実は立っていることも辛い。流星刀も心配そうに俺の周りを飛び回りながらついて来た。安心させるように微笑んで見せたが、更に飛び回る速度が速くなった。上手く笑えていなかったのだろうか。
「薺さん、こっちに座って」
どことなく怒っているような気配に満ちているあーちゃんには逆らえなくて、黙って座る。あーちゃんも俺のすぐ前に座ると俺の頬を両手で包み込んだ。
「薺さんが誰かを助けるためなら、自分のことを省みないほどに優しいところ。僕は大好きだけどやっぱり心配になっちゃうな」
あーちゃんの中での俺は聖人かなにかなのか。そこまで良く出来た人間じゃないんだけどな。
細い指が俺の髪に絡んで髪を梳く。気持ち良くて思わず目を閉じた。距離が一気に近くなり、角度を変えながら何度もキスが降ってくる。あーちゃんとするキスは幸せな気持ちになるから好きだ。あーちゃんの腰に腕をまわして引き寄せた。
しばらくキスを続けたところで、あまりにも自然にあーちゃんが着ていたシャツのボタンを外した。そうして再びぐっと距離を縮めて来る。あらわになった綺麗な白い首筋から目が反らせない。キスで逆上せた思考は簡単に理性を奪い去る。
薄い皮膚を破った先にある、神の血はどれほどまでに美味しいのだろうか。
「ほら、いい子だから飲んで」
「い、いやだ。近寄らないで! それ以上は本当に我慢できなくなる……から」
それでも理性の糸をギリギリで手繰り寄せる。なんとか下がって距離を取った。元々は俺の不徳の致すところだ。だからあーちゃんに負担をかけるわけにはいかない。理性を総動員して無理やり美味しそうな首元から視線を外す。
なのに、あーちゃんは俺の身体を抱きしめてきた。甘い香りに支配されて、思考が霞みがかってくる。
「僕は恋人が辛い思いをしているほうが嫌だよ。安心して。神なんだから例え血の一滴さえ残らず飲み干されても死ぬことはないから。……それとも、口移しがご希望かな?」
顎の下を人差し指で撫でてくる。青い瞳には、のど元を食い破られそうな狂暴な色気が宿っていた。うかうかしてたら、ガチで実行してきそうだ。
「……分かったよ」
「全部残らず薺さんにあげる」
声音はもはや催眠術だ。つぷり、と傷一つない綺麗な白磁の肌に牙を立てる。甘い。美味しい。どうしよう。我慢出来ない。美味しい。
いっそ悲鳴を上げてくれれば止まれるのに。あーちゃんは俺をさらに深く抱き込むと、甘えるように頬をすり寄せてきた。
「ん……はぁ……美味しい?」
あーちゃんからの問いかける声に頷く。もっと味わいたくて、さらに深く牙を突き立てる。
「ん……くっ!!」
ビクッと震えた身体にハッとして身体を離そうとするが、頭をやんわりと押さえ込まれて止められる。
「大丈夫、大丈夫だからもっと飲んで」
気にしなくて良い、とばかりに頭を優しく撫でられた。それが決定打となって、本能が理性を上回り、満足するまで神の血を味わう。この世のどんなものよりも美味しい。
堪能しつくして、唇を離す。キスをして牙を突き立てた傷口を消した。身の内に魔力が満ちる。思ったより沢山魔力を頂いてしまったが大丈夫だろうか。恐る恐るあーちゃんの顔を見たが、顔色は特段悪くないことにホッとする。
「跡、せっかく薺さんが付けてくれたんだから残しておいてほしかったのに」
あーちゃんが不満げに唇を尖らせる。俺は宥めるようにあーちゃんの手を握った。
「罪悪感で死にたくなるから勘弁して。ありがとう。あーちゃんのおかげで魔力が戻ったよ」
「薺さんはもう少し自分を大事にした方がいいよ。夕理さんだって君と同じくらい薺さんのことが大切なんだから」
「それは分かってるんだけど。兄として妹を守るのは当然のことだと思うから、身体がつい勝手に動いてしまうんだよね」
青藍の瞳がまぶしいものを見るかのように細まった。
「薺さんは本当に良いお兄ちゃんだよね。僕は特に夜柚に対しては、悪い兄でしかなかったから羨ましいよ。薺さんはそのままでいて」
「父さんはあーちゃんのこと嫌ってるようには見えないけど。だから、悪い兄だってことはないんじゃない?」
「それは夜柚がとんでもなく優しいからそう見えるだけだよ。僕は許されない罪を犯してしまったから」
容易く踏み込めない壁のような物が見えて戸惑う。昔は全然仲良くなかったとは父さんから聞いていたけど、今の穏やかな関係からは想像がつかないな。
「君が自分を大事に出来ないなら、その分僕が薺さんを守ればいいだけか」
「そんなに心配しなくても、俺に自己犠牲精神はないからね」
俺の意見は笑顔で黙殺された。信用がないって悲しい。
「あまり遅くなると皆が心配するから、もう戻ろうか」
最後にもう1回キスをして、夕理さんたちが待つ世界樹が立つ草原に向かった。




