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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第1章 異世界旅日記編
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猫の思いと夜の月

 特にとどまる理由もなく、シャングリラを速攻抜け出した私達は、現在遠く離れた森と湖が美しい国に来ていた。



 リュイさんの魔法で転移したこの屋敷も、全て彼の魔法で作られているらしい。


 家まで魔法で建てるとか、彼の魔力はどうなっているのだろう。

 なお、私を主人にしたいと言うよく分からないことを言い出したリュイさんを何とか説き伏せ、主従契約を結ぶのは何とか回避できた。




 疲労感に襲われたところで、フユカさんが作ってくれた美味しい夕食ができた。本当に嫁に欲しいな。


 美味しい夕食を食べ終え、それぞれの部屋に移り、リュイさんと談笑していたのだが、壁の時計が11時の鐘を打ったところで私はハッとして彼の方を見た。


 聡明な彼が教えてくれるこの世界の話は興味深く、おしゃべりが楽しくて、つい遅くなってしまった。空色の瞳は若干眠そうだ。


「ごめんなさい、遅い時間まで付き合わせて。明日もあるから寝ましょうか」


「え、いや、俺はまだ大丈夫だよ」


 優しい彼には、こっちが眠いとアピールした方が意見が通りやすいかもしれない。

 わざとらしく欠伸を零した私の頭を彼が撫でてくれる。


「佐藤さんが眠かったんだね。ごめん、気づかなかった。おやすみなさい」


 いえ、私が悪いから謝らなくていいんだよ、と心で呟きそのままソファでクッションに埋まって寝ようとしたのだが。


「佐藤さん、今日はこっちで寝ない?」


 目元を朱に染め、リュイさんが誘うように布団を持ち上げる。これ、無料で見て大丈夫な奴?


「へぇ、随分と情熱的なお誘いね。私に一体何をして欲しいのかしら?」


 いやいや。今まで添い寝なんてしたことないよね! だって、この前会ったばかりだよ! フユカさんのあの発言のせいかな。


「あの、夜、今日は冷えるから、佐藤さんも風邪ひくといけないし、その、俺の隣に寝るのが嫌じゃなかったら一緒に……」


 シャングリラは暖かい国だったけど、この国は真冬ということもあって夜は冷え込む。気候が随分変わってしまったから、辛いのかな。


「ふふ。欲しがりさんですね。なら大人しく私に身をゆだねなさい」



 そうだ。きっと、この猫の体温が恋しいんだろう。飼い猫として、役に立つ子だとアピールするには最適な場じゃないか。


 そんな事なら、湯たんぽはお任せください。しっかり温めますよ。


 しかし、彼氏いない歴=年齢の身には中々に修行だった。女性であるフユカさんなら、こんな落ち着かない気分になどならないのだが。



 眠れなくてチラチラと隣の人を見てしまう。あまり男の人に興味がなかったから、彼の顔をよく見てなかったけど、いざ観察してみると、その美しさに怯む。



 嘘だろ。こんな綺麗な顔してたの。しかも、何か花に似た甘い香りがするな。うわ、鎖骨が綺麗。色っぽい。寝顔は、あどけなくて可愛い。眠り姫が現実にいたらこんな感じかなって、彼は男だったね。思ったよりまつ毛が長い、羨ましい。でも、眠っているから一番私が好きな、青空を閉じ込めた様な空色の瞳が見れないのは、残念だ等と言う煩悩が頭を駆け巡り、頭が冴えてしまう。



 リュイさんが眠っているのを確認して、私は友人をスマホゲームに誘った。敵を殲滅魔法でぶっ飛ばして何とか心を落ち着けようとしたのだが、バトルで勝ってしまいやはり興奮が収まらない。



「大丈夫? 何かあったの?」


 友人からの、私を心配するメッセージに、事の次第を説明すれば「リア充爆発しろ。私もイケメンと一緒に寝たい! そうだ、来世は猫ちゃんになろう」というメッセージを最後に応答がなくなった。彼女も猫になったのかもしれない。



 羊でも数えようかと、スマホをしまおうとしたところで、新着メッセージが来た。友人かと思えば、相手はお母さんからだった。


 ちゃんと食べているか、怪我や病気はしていないか、出会ったお友達と上手くやれそうか、というこちらを心配する内容を目で追う。ただの文字のはずなのに声まで聞こえてくる。



「大丈夫、優しい優しい人にたくさん出会えたよ」

 この世界も、とても綺麗で、会う人の中には悪い人もいたけど、でも私には勿体ないくらい優しい心をたくさんもらったんだよ。だから、もらった優しさを私は返していかないといけない。



 心配しないで、大丈夫。旅先で出会った大切な人や(本性は魔物だからお母さん驚くかな?)、美味しい食事に綺麗な景色、向こうの家族や友だちにも見せてあげたいし話したいことはたくさんある。


 私にはスマホがあるから、それが出来るはずなのに、何故か寂しい。人間はつくづく贅沢に出来ているらしい。会いたいな。



 私は日本に戻れるのか。一生猫のままなんじゃという、頭の隅に追いやったはずの不安が夜の闇に触発されて追ってくる。このままじゃ、ダメだ。


 今日の夕食の写真と共に返信を送って私はスマホをしまった。


 そっと、ベッドを抜け出し、カーテンを開けば、日本で見る月と何ら変わらない黄金の月が、こちらを照らしてくれる。


「嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな」


 古典の授業で出て来た、西行の和歌がふと口をついて出る。

 授業の時には何とも思わなかった和歌なのに、今は実感を伴ってくる。

 こっちの世界でも大事に出来そうな人に会えたけど、それでも私は日本に帰りたい。何も帰れないと決まったわけじゃ無い。探そう、日本に帰る方法を。


 でも、帰る方法が分かるまでは。


 振り返れば、銀の髪を月の光に柔く光らせた、私の飼い主さん(仮)が眠っている。この静かで平和な時が好きだ。穏やかな寝息を聞きながら、私はそっと頬に前足を押し当てる。



 初対面の私を助けてくれた恩には報いなければなるまい。これからも、迷惑をかけるだろうし。


「私を飼い猫に選ぶなら、貴方の傍に居る間は守るよ」



 月を証人に立てた誓いの言葉は、夜の静かな空気に溶けるように消えた。

今日は、バレンタインなので、甘めの話が書きたかったはずなのに変態臭い猫の話になりました。どうしてこうなった。

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