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野良猫(仮)のあきらめは悪い!  作者:
第1章 異世界旅日記編
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猫式交渉術と、私の飼い主は誰になるのか問題の行方

 私の無事を喜ぶ、安堵した声音が耳に妙にくすぐったい。

 ふと手を見ると、右手だけがなくなっており、その痛ましさに思わず顔をしかめる。

 それでもおいで、とでも言うようにこちらに腕を広げて呼ばれたら、抗う事なんてできない。




 そのまま、地面を勢いよく蹴って彼の腕に飛び込んだ。器用に手のない腕で私の身体を抱えると、左手でぎこちなく私の頭を撫でてくれる。


「また、会えて嬉しい。でも、この神域には罠が仕掛けられていたはずだけど、どこも怪我はしていない?」


「私は、大丈夫ですよ。貴方の方こそ怪我が酷いのではありませんか。早く見せてください」


「ごめんね、俺のために。宝石をくれる?」


 申し訳なさそうな青の瞳が私の方を見た。



 私は頷くと、首輪様に頼んで召喚した銀のナイフを前足で掴み、ピタリと彼の首筋に当てた。少しでも動けば薄皮1枚、容易く切れるだろう位置に。


「貴方にあげる宝石などありませんよ、偽物が。リュイさんを何処にやりましたか」


 見開かれた青の瞳が赤に染まっていく。あ、やっぱり。


「うわ、君たち主従は本当にどちらも勘が鋭いね。僕はこの能力にプライドを持っていたんだけど、それが揺らいでしまいそうだ」


 桃色の髪をした一見ショートヘアの美少女でも通じそうな、愛らしい容姿をした青年は紛れもなく、私の飼い主候補を狙うシアンさんだ。


「貴方は随分と、人に化けるのがお上手なのですね」


「1度見た事がある相手なら、容姿も気配も声音も人間以外であってもコピーすることが出来る。能力もある程度であればコピー出来るけど、さすがにあの魔物の持つ魔王じみた魔力までは手に入れられないから、そこで分かったのかな」


 いや、地球生まれの私に魔力なんてものは分からないからね。


 根拠は私を見る瞳と抱き上げる腕の感触に、どうしようもない寒気を覚えたからだ。


 本能が全力で、この人はリュイさんじゃない、と首を振っている。


「どちらも、という事はリュイさんにも同じことを仕掛けたんですか」


「君の姿に化けて近づいたら気づかれた。でも、やはり君はあいつの弱点にはなるらしい。黄色い猫にとどめは刺せなかったみたいで、簡単に傷を負わせることが出来たよ」


 何か申し訳ない。私の偽物ぐらい足蹴にしちゃえばいいのに。その優しさが辛い。


「で、リュイさんはどこですか?」


「かなり頑ななんだよね。聖剣による傷を受けたのだから相当痛むはずなのに、交渉を受け付けてもらえない。貴方が居た方が進むかな」


 私の飼い主候補さんはかなり危ない状況らしい。のん気にご飯食べていたのが本当に申し訳ない。これじゃあ、飼い猫失格である。だから、私は野良猫のままなのか。



 いや、今からでも挽回できるはず。リュイさんの居場所は何処か分からないから、いっそこの人に連れて行ってもらった方が良いかも。



 そして、フユカさんが提案していたように、仲間のフリして油断させて飼い主さんの傷を宝石で治したら、首輪様の力でも何でも使って逃げ出そう。うん、それがいい。



「君の愛しい飼い主のところに行くかい?」



 警戒心を呼び起こす妖しい赤の瞳を覗きこみ、私は決意を込めて頷いた。








 シアンさんの魔法により、転移した場所は砂漠だった。砂の丘の上には、異様な雰囲気をまとう黒一色の神殿のような建物があった。



 シアンさんに促されて、私は神殿に向かって駆け出す。たのもーう! と道場破り気分で扉を開ける。


 中は外の地味さと打って変わって金尽くしの華麗な内装だった。宝石をまとったありとあらゆる種類の鳥や動物、植物の金の彫刻や調度品や道具も細々とした幾何学模様の細工が施され全て金で出来ていた。


「佐藤さん? 何で、折角逃がしてあげたのに」


 鼻孔をくすぐる鉄の様な匂いと、腕から滴る赤に内心で悲鳴を上げながら、呆けたような表情でこちらを見やる彼に私は思いっきり飛びついた。


 生きてて良かったー! しかし、いつもなら優しく抱きしめてくれるはずなのに、さっと避けられてしまった。ショック! 


 だが私を避けたリュイさんの顔が、泣きそうに歪んでいるせいで何も言えない。


 わー。美人ってそんな顔でも綺麗だなんて得だよなー。


 リュイさんには、豪華な内装に似合わない太い鎖の足かせがされている。趣味の悪さに舌打ちすれば、彼が怯えたように身を震わせた。


「分かったでしょ。俺と一緒に居たら危険だから、俺が原因で貴方が命を落としたとしても俺は責任を持てない。貴方ならきっと良い飼い主に出会えるよ」


 どこか諦めたような乾いた声音だが、表情には私に対する心配が溢れている。


 その顔を見て分かった。


 全く、我が儘に欲しがってくれればいいのにね。

 リュイさんの不安は分かるが、私は佐藤の呪いのせいで、当の昔に穏やかな死を迎えることは諦めている。



 今ここで、リュイさんの言葉に従って逃げても、いずれ見知らぬ誰かにために私は惨たらしい最期を迎えることになる。

 今までの家族の傾向から言って次は、刺殺か絞殺か撲殺あたりかな。

 迎える最期の結果が同じなら、私はこの優しい魔物と共にいたい。

 しかし、まだ、ほんの少ししか一緒に居ないのに、どうしてこんなに執着しているのか、自分でも分からない。



 何てことを正直に話すわけにはいかないので、私はオブラートに包んで真面目な口調で返す。


「リュイさん、私は貴方の飼い猫になった時から、危険も一緒に乗り越える覚悟を決めていますよ」


 人間、死ぬときは死ぬときだし。それに、どんな難局でもこのチートな首輪様が何とかしてくれるはずだ!(他力本願) 

 私はリュックから緑の宝石を出してリュイさんに近づける。


 失っていた手首から先に、人間の、細く長い指を持つ白い手が生えてきて、私は安堵する。うまく行って良かった。


 次いで、不快でしかない足かせを壊そうと剣を召喚して口に銜える。


「佐藤さん、待って。これには呪いが!」


 大丈夫という妙な確信があったので、リュイさんが止めるのも聞かずに、鎖に剣を振り下ろす。


 首輪の猫目石が一瞬だけ眩い金色の光を放つ。


 鎖は跡形もなく、粉々に砕け散った。


「野良猫はあきらめが悪いんです。私は役に立つ猫なので、一家に一匹どうですか?」


 こちらを凝視するリュイさんに私は、猫のドヤ顔を返しながら問いかけた。

 そこで、後ろから乾いた拍手が聞こえてきて、振り返る間もなくリュイさんの腕に抱きかかえられる。やはり、この腕の中は落ち着く。



「本当に随分と愛されているね、卑しい魔物の分際で。何だか妬けてしまうよ。その猫、僕がお前に化けて近づいても、すぐに正体を見破ってナイフを突きつけてきたからね。その聡明さは本当に欲しくなっちゃうな」


 品定めするような瞳が不快だ。さて、どうやって逃げようかという算段を脳内で立てていると、羽ばたきと共に美しい白鳥が飛び込んで来た。



 フユカさん、来てくれた―! 室内に舞い降りると、白い髪をした可憐な乙女の姿を取った。


「随分と、面白いことをしてくれているね。でも、その魔物と猫は返してもらうよ」


 穏やかな口調と笑顔のはずなのに、何でこんなに室内が一気に寒くなったのかしら。


「すみません、佐藤さん。この神殿にかかった侵入者除けの結界破るのに時間食って、遅くなりました」


 こちらに頭を下げるフユカさんに、私はブンブン首を振る。来てくれただけで、嬉しい。


「え、なんで女の子に化けて」


 不思議そうなリュイさんに私は首を傾げる。どういう意味だろう。


「人間じゃないんだからどっちの性別になろうが関係ないだろう。それに女の子の姿の方が佐藤さんの警戒心も和らいだみたいで、僕は添い寝までしてもらえた!」


 何故そこでどや顔で胸を張るのだ。


「そんな、俺だってしてもらえてないのに!」


 おい、何でリュイさんは泣いているんだ。そして、懇願するような瞳でこっちを見てくるんだ。



 って、シアンさんはどうなったかと見れば、何処から出て来たのか分からない鎖に縛られて身動きが取れないようだ。




 うん、何か、私も色々恨みがあるし、もう少しそのままで居てもらおう。


「何故、神聖な存在である貴殿が、この災厄をまき散らす魔物の味方をするのです」


 心底理解できないというシアンさんの言葉に、私は思わずフユカさんを見る。もしかして、彼女は神様てきな存在なのだろうか。


「貴方には知る必要が無いことだ」


 フユカさんの手元に大きな火球が出現する。あれ、シアンさんに当たったら危ないのでは、と私はリュイさんの腕を抜け出し、間に割って入った。



「佐藤さん、危ないからそこどいて。貴方が庇う価値もない相手ですよ」


「綺麗な貴方に人殺し何てさせたくない、私のエゴです」


 ま、理由はもう一つあるけど。


「あと、この人多分金蘭の皇帝ですよね。国のトップを殺したら金蘭は大混乱に陥ります。それに、ここで、手を下したら、今以上に魔物の印象が悪くなる可能性が高いです」


「あ、知っていたんだ」


 ただの魔術師が国の聖剣を自由に使えるとは思えないから、そこでおかしいなとは思っていた。



 確信に変わったのはシアンさんが自分の能力を説明してくれた時だ。敵の情報をさぐるため、ハッキングまでするスマホ大先生に聞いたところ、この国で皇位継承権を持てるのは、相手の姿と能力をコピーする特殊能力を備えた皇族にしかない。



 つまり、シアンさんは皇帝が作り出した分身体の一つだろう。感覚や思考を共有できるらしいから、国で密偵として放つのにこれほど良い人材はいない。


 自分自身なら絶対に裏切らないし、敵に捕まったとしても、その時点で術を解除して消してしまえばいいだけだ。



 しかし、本来なら皇族しか知りえない国家機密をすっぱ抜くスマホが恐ろしすぎる。


「でも、その男はただの分身だから殺してしまっても大丈夫ですよ。本体は凄まじい痛みを覚えるでしょうけど、良い薬にはなるでしょう」


 あ、フユカさんもシアンさんが本物じゃないってことは気づいていたのか。


「でも、根本の問題が解決しない事にはまた来そう何ですよね。ストーカーは勘弁してほしいので、こんなのはどうでしょう」


 私は、スマホ様と首輪様の能力で合作したとある書類の束を見せる。


「貴方は、周辺国がきな臭い動きをしており、貿易や技術立国として商人や職人を優遇しているこの国の軍事力では周辺国と戦争になった場合勝てずに属国となる未来しかない。だから、強い魔物であるリュイさんを利用して、魔物の部隊を編成し、戦力としては絶対的なカードを得ようと考えていた」


「何故、それを」


 シアンさんが初めて、私に対して恐れを抱いたような表情を浮かべた。ただの猫をそんなに怖がらないでほしい。


「逆に、これだけの技術力があるのなら、それを利用して商業国として大成し、他国にまねできない商品を輸出して無くてはならない国としての地位を得ればいいと思うんですよね」


 書類はスマホに聞いて、考えた他国でいま不足している商品と今後の市場開拓として可能性のある商品の原案。

 それにプラスして、この世界実は飛行機が無かったので、遠くの国にも市場を広げたり、観光客を呼び寄せられるようこの世界初の飛行機の設計図もつけておいた。





 直ぐには難しいかもしれないが、砂漠に首輪様に頼んで試作機も出しておいたのでまぁ、頑張ってほしい。魔法が無い地球でも生み出せたんだからきっと大丈夫だよ!



 シアンさんは、種類を見て瞳を輝かせた。馬鹿な猫よりうまく活用してくれると思う。


「まぁ、後は国際貿易都市なら外貨は獲得できるでしょうから、それを基に世界の銀行としての役割を得て、世界中の財布を握ってしまえば攻めにくくなりますよね」


「何それ、詳しく」


 目指せ、スイスな話をする前に私はシアンさんに取引を持ち掛ける。


「この情報と飛行機の試作機を譲る代わりに、二度と私とリュイさんとフユカさんに近づかないでください。傷つけるなどもってのほかです」


「分かりました。血の契約をいたしましょう。その他に慰謝料などもお支払いいたしましょう。要求はそれだけですか。我が国で出来る事ならいくらでも便宜を図りますが」


「これ以上関わり合いになりたくないので、それでいいです」


 血の契約って何だとスマホで調べれば、これ、この世界だと最上級の魔術契約で約束を違えると死ぬという恐ろしい効力を持つのだ。本人がそれでいいと言うならいいか。



 急にしおらしくなっていて調子が狂うが、首輪様が出してくれた契約書に、人差し指を噛んで血を垂らした。淡く契約書が光ってこれで効力を発揮することになる。

 それから、世界の財布を握っちゃおう作戦も、スイスのやり方を参考に説明する。真剣な顔でメモを取られると正直、恥ずかしい。




 講義も終了し、これ以上ここに居たくないと皆一様に思ったのか、契約を交わすとさっさとリュイさんに抱き上げられる。すぐに見知らぬ屋敷の前に転移した。




 木製の扉には鍵がかかっておらず、入れば何だか花の様ないい香りがする。自然に明かりが点いたけど魔法を使ったのかな。


「でも、その不思議な首輪と言い普通の猫とは思えない頭の巡りといい、貴方は何者なのでしょうか?」


 ソファーセットのある居間に落ち着いた私たちに、紅茶を淹れてくれたフユカさんが小首を傾げて尋ねる。

 その瞳に警戒を感じて少し寂しくなる。


「絶賛飼い主募集中のただの猫です」


 私自身、本当に何者なのかは分からない。


「ごめんなさい、そんな顔しないで。あの、良ければ飼い主は無理でも私と友達になってくださいますか」


「えぇ、喜んで。フユカさん」


 我慢できないと言う風に、抱っこしてきたフユカさんにじゃれついて戯れていたが、急に彼女は体を強張らせ、後ろを振り向いた。



 なんだ、と見れば。おい、何でそんな葬式みたいな暗い表情をしているんだ、君は。


「悪いけどリュイの事も構ってあげてください。この子意外と寂しがりやなんです」


「な、違う! 佐藤さん、いいから。フユカと仲良くしてね。俺はもう行くから」


 何だって! 私はフユカさんに断わりを入れてからリュイさんに飛びつく。反射的に彼は私を抱っこしてくれた。


 そのまま見上げてプレゼン開始。


「私はおしゃべりも出来るから暇なときに話し相手になって寂しい思いさせないし、戦闘時にも貴方のサポートが出来るし、しつけの出来たよい子ですよ。さぁ、一家に一匹是非どうですか!」


「でも、俺といたら危険なことに巻き込まれることもあるし」


「友人がいなければ誰も生きる事を選ばないだろう。たとえ、他のあらゆるものが手に入ってもby佐藤」


 いや、それアリストテレスの名言! という友人のツッコミなど聞こえない。


 あの子今年のクリスマスまでには恋人を作りたいと、相手の生死は問わずに交霊術の本にまで手を出していたけど、果たして恋人は出来たのかしら?


「私は君と友達になりたいし、一緒にいたいと思うんですよ。私が友達ではいけませんか?」


「友だちか。いい響きだね。佐藤さん、ありがとう。これからもよろしくね」


 優しく毛並を撫でられて、お、これはプレゼン成功かと喜ぶが。


「でも、俺は貴方に飼われたいし、仕えたいな」


 甘えるように毛並に顔を埋められ、耳元でささやかれる。Why!? 何だって!?




 異世界で猫になった佐藤さん、17歳。のん気な飼い猫生活を楽しもうと思いましたが、何故か魔物さんの飼い主になったようです。どうしてこうなった!





 現実逃避気味にスマホを呼び出し、ラインで友人に旅に出るから授業のノートとプリントよろしくと頼めば、OKというスタンプが返って来た。

 うん、とりあえず学校は大丈夫かな。さて、どうやってリュイさんと話し合いを進めようか(血涙)


空に輝くあの、お気楽な飼い猫ライフの星を掴むまで、佐藤さんの冒険と交渉は続きます。

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