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早春の七草粥

薺くんのお誕生日お祝いのお話しです。薺くんと明陽さんがデートをするお話しです。(※付き合ってない)

苦手な方はご注意ください。


 体にのしかかってくる妙な重みに、微睡んでいた意識が浮上する。まだ眠い、と目を開けるのを拒む重たい瞼を無理やりこじ開けて温もりと重みを感じる腹の方を見やれば、青藍の瞳を朝の光にキラキラと輝かせた黄金の獅子が俺の身体に乗り上げていた。


「お誕生日おめでとう、薺さん」


「重いから取りあえずどいてくれ。あと、ありがとう」


 不満そうなあーちゃんの身体を持ち上げて布団の端に避けてから、伸びをしてベッドから起き上がる。時計を見れば時刻は6時半だった。いつもの起床時刻より1時間以上も早いが、明後日から新学期が始まることを考えればそろそろ早起きに体を馴染ませなければいけない。だから調度いいか。


「どうしたの? 今日は早いね」


 欠伸を噛み殺しながら、タオルをもって洗面所に向かおうとしたところでふと尋ねる。毎年俺の誕生日を祝ってはくれるが、こんな早朝から来たのは初めてだ。

 獅子がベッドから音もなく降りると同時に人型を取る。そのまま内緒話をするように俺の耳に口元を寄せて来た。悪戯な指が俺の頭を戯れに撫でて来る。身長差が11㎝ほどあるためかがまれるのが、なんかちょっとものすごく面白くない気分にさせられてしまう。子どもっぽいから言わないけど。


「僕とデートしよう。欲しい物何でも買ってあげる」


 そうやって甘い声音で囁く相手は恋人にした方が良いと思いますよ、明陽さん。

 顔もいいし、性格もいいのだからすぐに美人な彼女が出来るだろうに何故に相手が俺なのだ。まぁ、甥っ子特典として今日は甘えさせてもらおうか。

 すぐに答えない俺に、焦ったような不安げな青の瞳が向けられる。この瞳を向けられて勝てた試しがない。どうせ今日の予定はない。俺はにっこり笑って了承の返事をした。










「おはよう。お誕生日おめでとう、薺くん」


 顔を洗ってさっぱりした気分でリビングに降りれば、朝食の用意をしていた父さんがひょっこり台所から顔を出してきた。


「ありがとう」


「今日の夕食は薺くんの好きなオムライスだから。楽しみにしていてね」


 微笑みと共に言われて、俺は期待に胸を弾ませながらコクリと頷いた。


「なっちゃん、お誕生日おめでとう!」


 母さんもぎゅっと抱きしめながら言ってくれるが、さすがに14歳ともなると恥ずかしい。誤魔化すように視線を彷徨わせる。あぁ、寝坊助な妹はまだ起きていないようだ。


「ケーキはスペシャル版だから、期待していていいわよ!」


「え? 母さんもケーキ作るの?」


 家のケーキは毎年父さんの手作りだ。でも、この母さんのキラキラした顔を見ると今回は。


「そんな訳ないでしょ。私は応援係だよ。でも絶対に美味しいケーキが出来るから、お腹空かせておくといいよ!」


 父さんが作るケーキなら心配ないので素直にうなずいておく。今年は何かな。


「夕方までは明陽が相手をするから、あいつをこき使ってやってくれ。金には不自由してないはずだから、遠慮せずに欲しい物なんでも言うんだよ」


 父さんが平素とは違う冷たい声でとんでもない事を言う。毎度思うけど、あーちゃんにだけ当たりが強いよね。これが兄弟特有の遠慮のなさなのかな。夕理さんも誰にでも優しいけど、俺には結構容赦ないし。

 1月7日の朝食の定番である、無病息災を願って食べる七草粥を食べてから歯磨きをする。歯を磨きながら今日は何処に行くのだろう、と考えるが思いつかない。ま、行けば分かるか。部屋へと戻れば、自分の部屋のように、ベルーガのぬいぐるみを抱きしめながらスマホでゲームをしているあーちゃんがいた。正直いつもの事なので特に何も言わず、クローゼットを開ける。


「今日は何処に行くの?」


「うーん、取りあえず初詣かな。前にこの神社に行ってみたいって言っていたでしょ?」


 あーちゃんの持っているスマホの画面には、気に入って見ていたドラマのクライマックスで出て来る、千本鳥居が印象的な神社の写真があった。


「そこ行くの? え、大丈夫なの?」


 俺はともかく、あーちゃんは光の神なんだよな。異世界の神様が日本の神様のお家に行くって大丈夫なのか。あ、いやでも、七五三の時とか父さん普通に神社に行っていたか。いやでも。


「同業者なんだから大丈夫でしょ」


 あっさりとしたあーちゃんの物言いに気にする事はないのかな、と思い直す。


「どうやって行くの? 電車?」


「車」


「え?」


「免許取ったから」


 ドヤ顔をされました。え、いや、いつの間に。まぁ、でもちょっと辺鄙なところにその神社はあるから車を出してもらえるならありがたい。

 紺色のセーターにジーンズをはいて、深緑色のコートを羽織って手袋を手に持つ。外に出たらしよう。あとは、お財布と、スマホを持って行けばいいかな。鏡の前で可笑しなところが無いか確認してから、未だベッドの上でごろりと寝そべり、ぬいぐるみを抱き込んでいるあーちゃんに向き直る。


「お待たせ。準備出来たよ」


「あー、うん。じゃあ、行こうか」


 部屋から出れば待ち構えていたかのように、パジャマ姿の妹が立っていた。


「お兄ちゃん、お誕生日おめでとう! ちょっと、しゃがんで!」


 言われるままに妹の前に膝をつけば、ふわりとチェック柄のマフラーが首に巻かれる。


「寒い日が続くから、あったかくしてなきゃダメだよ。はい、プレゼント!」


 満面の笑みを浮かべて言われたから、何だか心が騒いでしまってそのまま小さな体をぎゅーっと抱きしめてしまったのは仕方がない。妹を満足するまで充電したあと、頭を撫でてお礼を言ってから体を離す。 


「じゃ、明陽さん。お兄ちゃんのことお願いね! 楽しんできて!」


「ありがとう。夕理さんも準備頑張って」


 準備ってなんだろう? と思ったが、あーちゃんに当たり前のように手を引かれて外へと連れて行かれたから聞くことは出来なかった。











 高速道路も利用して2時間。途中コーヒー休憩を挟んだから実質1時間半で隣県にある稲荷神社に着いた。余談だが、休憩で寄ったカフェはあーちゃんがオススメなのだと言っただけあって、コーヒーも食べ物も美味しかった。ミートパイは値段のわりにお肉の量が多かったし、サービスで貰ったイチゴのジェラートも果物をそのまま食べているみたいだった。ピザやキッシュも美味しそうだったから、次は家族で来たいな。

 見上げるほどに大きな石の鳥居をくぐって、人の群れが賑やかな参道を歩く。土産物屋や食堂が軒を連ねる様は見ているだけでも楽しい。きつねうどんが名物なのかやたら見かけるな。参拝が済んだらお昼にうどんが食べたいとねだってみようか。

 一礼して朱色の鳥居をくぐり、狛犬よろしく神の社を守る狐の像に見下ろされながら神社の境内に足を踏み入れる。入ってすぐに見える澄んだ水を湛えた池には鯉がいるようで、子どもたちがきゃーきゃー笑いながら池の鯉に餌をやっていた。


「薺さんも餌やりしたい?」


 俺の顔を覗きこんであーちゃんが悪戯っぽく問いかけてくる。こういう事を喜ぶ年はとうに過ぎたので、無視して神社の極彩色の美しい装飾が施された楼門をくぐる。

 清水の舞台によく似た木組みの舞台の上に、稲荷神社の社殿はあるらしい。ゆるい坂道を登る。その道の上には、願いが書かれた紙をぶら下げた風鈴があって風に吹かれて高い音を響かせている。

 社殿に着いて、そこから広がる景色は中々に圧巻だった。遠く雪を被った山々と広がる家並みに、大地を悠々と流れる大きな川と田んぼが見える。


「桜の時期も美しいので、今度は春にまた来てください」 


 声もなく景色に見とれていると、背後から鈴を転がすような可憐な声が聞こえてきた。振り返れば、長く白い髪をした巫女姿の美しい女性が立っていた。ただし、影は巨大な狐の姿をしている。神使の狐様がなんのご用だろうか。


「薺様と異世界からのお客様ですね。本日はよくお越しくださいました。良ければ、持て成しのしるしにお汁粉をどうぞ」


 やっぱり、あーちゃんと神社に行くと賓客扱いになるんだな。有り難くお汁粉を頂くが、温かさと優しい甘さが体の奥底までしみていくようだった。


「ありがとうございます。美味しかったです」


「いえいえ、なんのお構いも出来ませんがどうぞごゆっくりお過ごしくださいね」


 可憐な笑顔に目を奪われる。狐様は此方に一礼すると、幻のようにその場から姿を消した。まさか、神使の狐様に会えるなんて! この感動を分かち合おうと、あーちゃんの方に向き直れば、小さく頬を膨らませていらっしゃった。なんだか、拗ねているような気配がする。


「薺さんはああいう女性が好みなの?」


 でれでれした顔をしているのが一緒にいて恥ずかしかったのかな。悪いことしたな。


「好みとか考えたことなかったけど、つい綺麗な方だと思って。ごめんね」


「別に。僕が謝られる謂れはない」


 あーちゃんは軽く首をふると、心を落ち着かせたようで元の穏やかなまなざしが戻ってくる。一体なんだったのだろう。


 参拝を終えて、毎年恒例『平』しか出ないおみくじを今年も引いて、予想通りの結果になったおみくじを結び、下に降りる。境内の広場には人混みが出来ていて、なんだろうと首を傾げながら近づいてみる。


「七草粥、無料だって。食べてみたいな」


 瞳を輝かせるあーちゃんが、年上なのになんだか弟みたいに見えた。


「俺は朝食べたからいいよ。あーちゃん、貰ってきたら」


「そうする」


 無事に巫女さんから七草粥をもらい、にこにこしながら食べている様子を微笑ましく見ていると、あーちゃんが匙でおかゆをすくって俺の口元に持ってきた。


「僕だけ食べるのもあれだから」


「ありがとう」


 ぱくりと口に含んだところで、あーちゃんがハッとした顔をした。


「あ、ごめん。僕が使っていた匙だった。僕の使いさしなんて嫌だよね?」


「何故? 貴方からの物を分けあえるのであれば何だって特別でしょうに」


 光の神からもらった七草粥とか絶対に強力な加護が付いてそうだよね。これは普通の人間なら向こう1年病気知らずで過ごせるのではないだろうか。

 あーちゃんは、真っ赤になって(うつむ)いてしまったのだが、何か失礼なことを言ってしまったのかな。謝ってから、言動には気を付けることを約束したが、疲れたようなため息をつかれてしまった。








 食べたかったきつねうどんとお稲荷さんのセットを堪能し、参道の土産物屋さんで家族へのお土産として縁起物だという羊羹を買って、暗くなる前に家へとあーちゃんに送ってもらった。


「ありがとう。今日は楽しかったよ」


「それは良かった。はいこれ、プレゼント」


 紺色の紙袋を渡されて慌てて受け取る。


「え、いや、これ以上貰う訳には」


「君への贈り物がこれだけなんて僕が嫌なだけだから、薺さんにはただ受け取ってほしい」


 ズルいな。子どもと大人という差を見せつけれたような気がする。まだまだ学ぶことは多いな、と思いながら精一杯の笑顔を浮かべてお礼を言った。








 あーちゃんを見送ってから家に入る。羊羹を冷蔵庫にしまってから、自室に戻ってコートを脱いだところで夕理さんがノックもなしに部屋へと飛び込んできた。


「お兄ちゃんお帰り! 私から誕生日のお祝いあげるね!」


 ハンガーにコートをかけてクローゼットの中にしまいながら答える。


「あれ? もう素敵なマフラーもらったよね?」


「それはいつもお世話になってるお兄ちゃんへだけど、もう一人いるでしょう」


 眼鏡ごしに真っ直ぐな黒の瞳がこちらを射ぬく。急に自分の話が出てきて、神様部分を担当する自分が慌てて飛び起きた。どうする? と伺いをかけてくるが、夕理さんは一度決めると中々自分の意見を曲げないところがある。この目をする時は説得は不可能だ。


「もう一人のお兄ちゃんとお話ししたいの! お願い」


 うるうるとした上目遣いでの妹のおねだり攻撃に、勝てる兄などいるのだろうか。









「どうした、お嬢さん。君はこちらにはあまり良い印象を抱いていないのではないか?」


 夏の件で流石に人間関係の知識がないのはマズイということで、普段の生活を担当する人間の自分と話し合い、一通りの家族や友人の知識は入れていた。だから、隣でカーペットの上に寛いだように座る小さな黒髪の女の子が、自分の妹なのだということは分かる。

 でも、家族として過ごした思い出がないからか。どうしても年下の守るべき可愛らしい女の子としか思えない。

 彼女にとっては、あんな最悪の出会い方しかしてないのだから出来ればもう二度と会いたくないのではないかと思うのだが、今日は俺の誕生日だからって律儀だな。

 あと、いくら強いとはいっても殺人の神の隣でそんな無防備に落ち着いていたら駄目だよ。こんなに警戒心皆無だと、誘拐されはしないか心配だ。万が一そんなことが起こった場合、犯人には死ぬより辛い目にあってもらうが。


「あ、あのね。余計なことかもしれないけど」


 おずおずとした彼女の声音に思考が現実に戻る。水色のリボンが巻かれたプレゼントの包みを渡される。破らないように注意して袋を開ければ、雪の結晶モチーフの封筒に入った手紙と、星座がデザインされた綺麗なレターセットに、キャップの部分に繊細な彫刻が施された美しいボールペンが入っていた。

 これは? いや、嬉しいけど俺に手紙を書く趣味はないよ。


「貴方のことを知りたいから、嫌じゃなかったら私と文通しない?」


「意味が分からない。君は俺のことは嫌いだろう?」


「そりゃ、確かに嫌いですけど」


 予想出来たことなのに改めて彼女の口から言われると、胸に鋭い痛みが走る。あれ? おかしいな。視界がなんかボヤけてきた。


「ご、ごめんなさい! 泣かないで」


 アワアワと慌てたように、彼女がハンカチを目元に持ってくる。

「泣いてない。目にゴミが入っただけだ」

 これ以上嫌われる理由を上乗せしてどうするんだ! と脳内で自分を叱るがポロポロと溢れてくる涙は止まらない。面倒だと呆れられてしまうな。でも、彼女のことを思うならこれでいいのかもしれない、と人間の理性と交代しようとしたところで暖かい腕に抱き締められた。


「無理、しなくていいんだぞ」


 抜け出そうと身じろくが、逃がさないとばかりに腕に力が籠る。


「私を知らない人みたいに見てくるのが嫌いなの。だから、貴方には私のこと知ってほしいんだ。だって貴方も」



 私のお兄ちゃんなんだから。



 告げられた言葉に驚いて涙が引っ込む。


「面倒なら、貴方は手紙を書かなくていい。でも、出来れば私が書く手紙を読んでほしいよ」


 はにかみながらの言葉に、人の理性が彼女を溺愛する理由の一端に触れた気がする。


「分かったよ、お嬢さん。必ず読む」


 貰ったレターセットも使わないのは勿体ないから、面白いことなど何一つ書けなくても返事は出そう。貰ってばかりは嫌だ。


 彼女は、妹である前に殺戮者を殺す者。兄である俺が破壊に溺れた場合にそれを止めるために生み出された神だ。だから、俺から遠く離れることは出来ない。結果として、俺は彼女の自由を奪う存在だ。だから、嫌われても仕方ないと諦めて、知らない人ならいくら嫌われても傷つかないと、今まで彼女を知る機会はいくらでもあったのに、あんなに知るのを拒んでいたのかもしれない。


 申し訳ない気持ちは今でもあるけど、それでも彼女がこんな俺でも知りたいと言うのなら、逃げてはいけない。


「今日のお兄ちゃんの誕生日ケーキね、私がお父さんと一緒に作ったの。お兄ちゃんが好きな苺のタルトなんだよ。美味しいから楽しみにしていて」


 リビングに行こう、と手を差し出してくる彼女にプレゼントをしまってから行くから先に行って、と断る。

 学習机の鍵のかかる引き出しに、光明神からのプレゼントと彼女のプレゼントを一緒にしまう。後でゆっくり見させてもらおう。

 ご両親と会うのは、大事なご子息にこんな不純物が入ってごめんなさいと会った途端に土下座して相手を困らせる未来しか見えないから人の理性と交代する。

 意識の中で眠りに落ちる寸前、俺を抱き締めてきた小さな身体を思い出しながら一人呟く。

 いつか、君の本当の名前を呼んでもいいですか。

今日は雪が凄いですが皆様大丈夫でしょうか?

どうか安全な場所で温かくしてお過ごしくださいね。


次回からは、しれっと薺くんが高校生になっています。

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