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寒空の月 初春の祝

明けましておめでとうございます。皆様にとって今年が幸多き一年となりますように。


100話達成記念ということで、立場逆転パロを書いてみました。もしも柚月さんが闇の神だったら、という内容です。時系列は佐藤さんが大学1年生の冬の頃のお話しです。

 血のような真っ赤な夕焼けが広がる日だった。金を帯びた青々とした葉を繁らせた大木の下。膝を折り地面に伏せる黒い毛並みの牛の背の上に、足を組んで座る少女が1人いた。闇を纏った黒の瞳は何の感情も浮かべずに、魔法の蔓を絡ませて捕らえた男を見下ろす。


「君と世界を旅して分かりました。この世界は滅びるべきだと」


 風花が混じった冷たい風に、少女の髪がなびく。姿が異なることを差し引いても見る者を畏怖させ、膝つかせる圧倒的な覇気の前に、男と共に旅した優しく愛らしい猫の面影はない。


「佐藤さん。···貴方の正体は」


 それでも、信じられないような気持ちで男は問いかける。


「えぇ、お察しのとおり私はこの世界を終わらせる為に生まれてきた神です。異世界から生き物が紛れてくるなんて稀ですからね。好奇心から近づいたんですが、なかなか楽しかったですよ、友達ごっこ。あら、どうしたんです? いつものように笑いかけてくれないんですか?」


 牛の背から降りると少女は軽やかな足取りで、男の前に立った。俯いた男の表情は髪に隠れてよく見えない。少女は男の顎を捕らえて無理矢理上を向かせると、目を合わせ、顔を近づけて満面の笑みを浮かべた。


「あぁ、そんなに震えないでください! 旅の間たくさんお世話になりましたから、最初に君を殺してあげます。死んだらもう怖い思いや辛い思いしなくていいんですよ」


 私からの感謝の贈り物です。と、黒々とした目を見開いて唇をゆるく微笑みの形にして少女が告げる。心底楽しそうな表情に男は唇を噛む。


 佐藤が、世界を滅ぼす役目を厭うていてもその破壊衝動に抗えなくて殺戮に走るのなら、佐藤が誰かを手にかける前に男は佐藤の命を奪ってでも止めるつもりだった。佐藤の心を守るにはそれしかない。それが、飼い主としての責務だし愛情だから。勿論、佐藤を殺した後は冥界で寂しくないようにすぐに後を追う。当然だ。でも、これは。


 心の底から、彼女は世界を壊すことを楽しみにしている。長い付き合いになるのだから、男にはそのことが痛いほどにわかった。


「ふふ、すみません。リュイさんはこっちの姿の方が好きですね」


 悪戯っぽく微笑むと、少女は顔から手を離し男と共に旅をした馴染みのある黄色い毛並みの猫の姿に変化した。愛らしい姿だが、その大きさは人の背丈ほどもある。寒空に冴えた月のような銀の瞳にはありありとした殺意が滲み出ている。


「美味しそう。安心してください。ちゃんと苦しまないように殺して、君を全部食べてあげます」


 騙されていたのだ。最初から。温もりをくれたのも好きだと言ってくれたのも、これから起こる血の饗宴を面白くする為の下準備だ。裏切られたと知った自分の飼い主の絶望をも食らうため。


 今ここで佐藤を倒さなければ、世界は終わる。でも、どうしても攻撃をする対象としてリュイには佐藤を見ることが出来なかった。それが、本当に佐藤が望むことなら。彼女には、自分が与えられるものなら何だってあげたかった。美味しいお菓子でも、綺麗な宝石や可愛い雑貨でも。佐藤が望むなら何処にだって連れていってあげたい。

 でも、頑なにリュイに対して何かを望もうとしなかった佐藤が飼い主に初めて望んだのは殺戮だった。ならば、自分はそれを叶えたい。たとえ、他の命を犠牲にしたとしても。 


 闇の神を唯一滅ぼせる武器を向ける気にならなくて、剣を遠くへと放り捨てた。


 それに驚いたように銀の瞳が大きくなるが、すぐに大きく口を開けて歯を剥き出しにした猫が、男の喉を食いちぎろうと顔を寄せる。


「うん、食べて」


 猫の方を見たリュイの顔には、これから食い殺されることに対する恐怖ではなく甘えるような、嬉しそうな表情が浮かんでいた。















「いや、リュイさん、普通に受け入れちゃ駄目です! そこはちゃんと抵抗してください!」


 覗きこんだリュイさんの瞳の奥にハートが見えるのは絶対に幻覚だとして、ほわほわした柔らかな笑みに見とれそうになりながらも、言葉をかける。いや、明らかに返答がおかしい。


「だって、佐藤さんが俺を食べて喜ぶなら嬉しいし本望だ。出来るなら、全部残さず食べてほしい」


 パワーワードの羅列に思考が殴られる。情報の処理が追い付かない。


「あぁ、でも一つ。貴方が言ったことに間違いがある」


 冷やりとした口調に慌てて姿勢を正す。当たり前だ。私は今、酷いことしか言ってない。だから、文句は甘んじて受けるべきだ。


「俺は佐藤さんの人の姿も猫の姿もどちらも大好きだから」


 照れたように頬を赤く染めながらも、一生懸命愛の言葉を紡いでくれる。それに、ぎゅーっと胸を掴まれてその唇を奪いたくなったけど、じっと耐える。


「いいんですか。世界滅んじゃいますよ」


「貴方がそうした方が良いと思うなら、こんな世界は消えるべきだ」


 止める気が一切ない断言にくらりと目眩がする。この人は私が望むなら何処までも一緒に落ちてくれそうだから、私がしっかり手綱を握らないと、と決意を新たにする。


「ほら、佐藤さん遠慮しないで食べていいんだよ。一緒に世界を滅ぼせないのは残念だけど、貴方の力なら1人でも世界を壊すのは容易いだろうね」


「いや、こんな時まで私の全肯定botにならないでください!」


「やっぱり、ゆうちゃんが居たからこそユグドラシルは救われたんだね。流石だな」


「いや、絶対に違うから」


 観客に徹していた従兄弟のよっちゃんこと、夜桜一琉の発言に思わず噛みつく。


「私、これ以上続けられる自信ないから、演技は終わっていい?」


「うん、ありがとう。最高の誕生日プレゼントになったよ」


 よっちゃんの言葉に、早々にリュイさんが蔓を引きちぎって拘束から抜け出す。やっぱりね。同意の上でなければ、こんなに簡単に彼を捕まえることは出来ないのだ。


 1月1日の今日はお正月であると同時によっちゃんの19歳の誕生日である。いつも新年を迎える準備と、陰陽師一家として執り行う一連の儀式のなかで、よっちゃんの誕生日は悲しく忘れられてしまう。それは、可哀想なので私は毎年当日に届くようにプレゼントを贈っているのだが、今年の誕生日プレゼントは何が欲しいのか尋ねたところ、よっちゃんの望むシチュエーションで映像を撮りたいと言われてしまったのだ。

 そして、彼が提示したシナリオが立場逆転もの。つまり、私が闇の神でリュイさんが私の暴挙を止めるために日本から召喚された人間を演じることになったのだ。本当、こんな遊びにも二つ返事でO.K.して付き合ってくれるリュイさんは本当に優しい。


 撮影の終了を察したらしい、おせち用の栗きんとんと伊達巻きを作ろうとして錬成した、頭上に太陽を掲げた黒い牛が褒めてとばかりに私にすり寄ってくる。毛並みをわしゃわしゃ撫でながらお礼を言う。


「本当にありがとうございます。お陰で今から刀を持って踊らないといけない儀式の活力が出ました」


 リュイさんに向かってよっちゃんは深々と頭を下げる。性格は変だけど、礼儀正しいから嫌われないんだよね。なんとなく、来年もしてあげようかという気持ちになる。


「いいえ、お役に立てて嬉しいです」


「ゆうちゃん達はこれからどうするの?」


「初詣に行くつもりだよ」


「いいね、楽しんで来て」


 なお、よっちゃんは神社に行くと、そこに奉られている神様直々に出迎えられ、これでもかともてなされるので申し訳ないと、神社に行くのは自主的に控えている。京都に住む利点を無駄にしている気がするが仕方ない。さすが、イザナギ様とイザナミ様を義理の両親に持つ男はレベルが違う。

 なお、その子孫の場合引くおみくじは何処で引いても結果が「平」しか出ないというだけなので、特に問題はない。

 よっちゃんを迎えに来た火怜さんにも、新年の挨拶をしてから別れて、リュイさんの魔法でユグドラシルから地元の福岡に帰る。


「今日は屋台をお昼代わりにしてもいいね。君が疲れてないならこのまま神社に行きませんか?」


 手袋越しに指を絡めて手を繋ぎながら尋ねる。頷きがかえってきたので、小さい頃から毎年行っている近所の神社に向けて足を踏み出す。


「佐藤さんは、何をお願いするの?」


「一年の無事を感謝するくらいなので、お願いはしないな」


 リュイさんとずっと一緒にいたいという願いはあるが、それは他の誰にも任せられない私が努力して叶えなければいけないものだ。


「そうだね。出来ればお願いは俺にしてほしい」


 一応、神の端くれなのだから出来ることは多いよ、と悪戯っぽく笑われて私も釣られて笑ってしまう。確かに、異世界最強の神様なのだから頼もしいことこの上ない。


「リュイさんも神様にお願いはしないんですね」


 自分で叶えてしまうだろうから、と尋ねれば曖昧な返答がかえってくる。あれ、これは何かあるぞ。神様の本気の神頼みの内容なんて想像つかない。


「え、お願いごと気になります。教えてください!」


「柚月さんが俺にワガママを言いますように」


 ん? 聞き間違いかな。再度尋ねてみても同じ答えがかえってくる。いや、それお願いなの?


「叶えてくれないの?」


 顔を覗きこまれるが、正直ビックリだ。

 先日だってクリスマスだからと、ホールケーキを一人で全部食べたいとお願いして叶えてもらったばかりだ。リュイさんお手製のチョコレートケーキは、私の好きなイチゴとブドウで飾られ、綺麗なチョコレートで表面がコーティングされた芸術品のようなケーキだった。

 味もスポンジがふわふわで、甘すぎないクリームは口でほどけるように消えて、あっという間に1ホール食べられてしまうほどに美味しかった。お店のより正直美味しいと思う。

 リュイさんがケーキ屋さんだったら、その美味しさにより欲望が浄化され、全ての争いはこの世から消えて世界は平和になるに違いない。今からでもパティシエになるように薦めるべきか。





 私は結構ワガママな方だからいい加減呆れられはしないかと、今年は優しくなろうと目標を掲げていたというのに。どれだけ懐が深いんだ、流石神様。

 思考が自分から反れていると感じたのか、リュイさんが注意を引くように私の髪に両手を絡めて引き寄せ、そのままキスをしてくる。彼はキスが好きなようで、口付けを深くするにつれどんどんこの行為に夢中になってしまう。

 リュイさんの周りにハートが飛んでいるような幻覚を見えるな。うん、幻覚だよね。うん、幻覚だ。


 唇を離してにっこり微笑む。


「わかったよ。神頼みが必要な時はまず夜柚くんにお願いする」


「そこまで追いつめられた時だけじゃなくて、普段のお願いもたくさん聞きたいんだけど」


「一方的に尽くされるのは嫌だ。私だって君のワガママを聞きたい」


 それが、恋人の特権って奴じゃないか。彼の好きな低めの声で囁けば、彼が壊れた人形みたいに頷いたので思わず笑ってしまった。

 なお、その日の夜によっちゃんから今日の逆転パロの感想をつづった長文のメッセージが来て、恥ずかしくなった。



 ところで、来年は中華パロで撮影したいらしいがシナリオが想像出来ないね。でも、リュイさんの中華服姿は絶対に麗しい。ナイス、よっちゃん!

評価やブックマークありがとうございます。励みになります。今年も佐藤さん達をよろしくお願いいたします。

次回は、薺くんの誕生日祝のお話しです。

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