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サイバー世界のイタコ稼業

 「お前さえいなければ!」




 CNT(カーボンナノチューブ)で強化された右腕が(ワタシ)に振るわれる。。


 頭部と顔面をコーティングしていた皮下装甲はひび割れて、内部パーツが露出する。


 苦痛に対して自動的に鎮痛ホルモン(エンドルフィン)が過剰に分泌され、意識が曖昧になる。ぼんやりとした衝撃が断続的に続いているから殴られ続けているようだ。




 「やめ、て……」




 (ワタシ)が辛うじて声を上げる。それはあまりにも弱々しかった。いつのまにか首を絞められていたらしい。




 殺される、と頭では理解できたが、もう既にこの身体(・・・・)は抵抗する気がないようだった。




 「ち……。例の文書さえ処分できれば」


 男が(ワタシ)から手を離し、呟いた。




 ああ、そうだ。それだ。


 (わたし)は生命が失われつつある被害者(このからだ)の意識を強引に引っ張り上げる。




 走馬灯のように記憶が駆け巡る。(わたし)は必要な情報を抜き出すと、彼女から意識を切り離した。










 目を開くと女性の遺体。さっきまで私が繋がっていた相手。




 「首尾はどうですか? イタコ殿」




 1区(ケテル)の警備主任が私の顔を覗き込む。




 「2区3区間経路(ダレット)の南西方面。明滅する赤い街灯と針葉樹が見えたわ」




 1区の序列が入れ替わる可能性がある内部告発文書の捜索依頼。そして、それに関わったとされる女性の殺害事件の調査。


 おそらく前者のほうが上層民(彼ら)にとって重要だろうけど。私はそのついでだったしても、彼女が報われるならそれでいい。




 「オーケイ。それだけ分かれば十分だ。協力感謝する」




 私は口許を抑えながら頷く。もう何十回も繰り返したこととはいえ、追体験する(ころされる)のはきつい。


 足がもつれないようにゆっくりと立ちあがる。ありがとう、と心の中で彼女に祈りながら。




 「イタコ殿、具合が優れないのならうちの部下に6区(ティファレト)まで送らせようか?」




 主任が私を気遣って、そう提案する。




 「いや、迎えが来るわ。うちの後輩が」




 まだ、寝起きのような浮遊感が抜けない。




 「そうか。残念だ。いつもお前さんが来るたび、部下が送迎争奪戦やってんだよ。人気あるぜ?」




 そりゃ、今じゃ希少な天然(ネイティブ)の黒髪で、東洋の異能(オカルト)女なわけで。でも、毎回、口説かれる身にもなってほしい。




 「どーだか。対象によっては吐いたり、狂乱したり、失禁するのよ?」




 今回は比較的、まともな殺され方だったけど。




 「ま、それでもお前は自分のできることを迷わずやるからな。それはいい女ってやつだよ」




 主任がなんかキメ顔で言ってるけど放っておこう。迎えはまだか。










 「先輩、お疲れ様です」




 後輩が全自動四輪車の運転席から声をかけてくる。私は後部座席で横になっていた。




 「だるい、きつい、ねむい」




 「先輩の異能(オカルト)しんどいですもんね。まだ6区ですからゆっくり寝てください」




 1区から6区を経由して4区(ケセド)へ。私たちが所属する会社への帰路だ。




 「上層って息詰まるのよね」




 「そうですか? 1区の警備主任のとことは仲いいじゃないですか」




 「あいつら、中層上がりだから特別。他はみんな事務的」




 「でも、そう言いながら上層民の事件担当ですよね、先輩」




 「それは私の異能のせい。生身に近い子に異能使うとね――人格が混ざりかねない」




 生身に近い人物に異能を用いると、死の現実味(リアリティ)が増す。私の家系には代々それで精神を病んだものも数多い。


 中層民以下の事件だと、そのリスクが増すのだ。さっきの彼女のように機械化度合い(マシーナリー)が半分以上は欲しい、となると上層民専門になるのが安全なのだ。




 「うわぁ。でも、混ざったら女子力高い先輩とか、可愛らしい先輩とかの可能性も……あいたっ」




 後輩の頭へチョップを入れる。めっちゃ硬いなコイツ。




 「私の手のほうが痛いわ。この機械歩兵(サイボーグ)め」




 「あはは、先輩を守るために頑丈ですからねー、僕」




 多重皮下装甲に強化骨格、二重螺旋型CNT増強筋など。ともあれ、要人を守るために過剰なまでに機械化したのがこの後輩である。




 「頼りにしてるわよ」




 なんだかんだ異能持ちというのは需要(・・)がある。私の家系も一時期上層に囲われかけたらしい。


 星詠み(スターゲイザー)は上層民ご用達。当代の手品師(イリュージョニスト)は犯罪者として指名手配されている。




 そんなわけで私には過剰戦力らしいこの後輩が付いている。監視兼護衛だ。人畜無害そうなキャラと外見のせいでそんな感じはしないんだけど。




 「もっと頼れる後輩になれるよう頑張ります!」




 「はいはい」




 そんな感じで、この日は会社へ報告へ戻り、帰宅した。










 湿った空気に異臭が混ざって、呼吸に不快感を覚える。見渡せば人がゴミに塗れて転がっていたり、座り込んでいたり。生きる気力がないのか、そもそも生きていないのか。地面はぬかるみのように汚水混じりの泥と土と砂利が混ざり合っている。


 廃材で積み上げた建物は構造力学的な危うさを抱えながら、別の建物に自重を委託することで辛うじて倒壊を免れている。剥き出しの水道管や何かのパイプが頭上や狭路を蛇か蔓のように曲がりくねって伸びている。一部は破損して、錆混じりの液体が漏れ出ていた。




 数少ない、歩いている人々は胡乱げな眼差しを私たちに投げかけている。




 1区の事件の翌日。私たちは10区(マルクト)に来ていた。






 「あんたが外装(アバター)なしで来た時点でやばい案件だと気付くべきだったわ」




 私の少し前を歩く後輩はいつもの無害そうな外見を全て取っ払い、機械剥き出しの状態だ。




 「一応、これ2区(コクマー)の依頼ですから」




 「はぁ? 2区の人間がこんなとこで死んだっていうの?」




 上層民がやってくるとしてもせいぜい中層までだ。下層はよっぽどのことがない限り近づかない、最下層なんて言わずもがな、だ。




 「そういうことです。歩きながらですが、資料送ります」




 いつもの外見じゃないだけで、後輩がとても強そうに見える。


 水たまりを避けながら、送られてきた資料に目を通す。




 犠牲者は2区の序列8位(アハト)のお嬢様。


 死後10日経過、現場に遺留されているのは髪一房。それ以外は犯人に持ち去られたか、もしくは10区の浮浪者が収得した可能性あり、と。




 「現場は綺麗なもんですよ。いや、汚水と泥と悪臭に塗れてはいますが」




 「そもそも上層のお嬢様がなんでこんなとこに。護衛は?」




 「それを解明するのが先輩と僕の仕事ってわけですね。護衛は自立型機械犬(ドーベルマン)が1機。これらは区間経路の途中で無線標識(マーカー)を手動で切ってあるのが記録に残ってます」




 「彼女自身のは? 識別票(ID)要るんだし」




 「あー、それがですね……。10区ここって未管理地区なわけでして。街頭監視カメラ(ウォッチャー)もなく、通信設備も貧弱なんですよね。探検気分で来たのか、それとも誰かに誘導されたか。どちらにせよ自身の位置情報も切っていたみたいです」




 つまり、行動履歴を漁るのは難しい、と。




 「区間経路の通過記録は?」




 「こちらは上層特権(フリーパス)です。それに10区の出入りは管理されていませんので」


 未管理地区だもんね、そりゃそうだ。9区以上の出入りは記録に残るんだけど。




 「よく、それで見つけたわね」




 「密告(たれこみ)があったそうで」




 曲がりくねった道を進む。後輩がいないと生きて帰れる気がしない。


 錆と劣化で斑色になった金属板と、熱で変形した樹脂が混ざり合ったオブジェが気持ち悪い。




 「十中八九犯人でしょ、それ」




 「そうでしょうね。それで、2区が動いたのが昨日だそうで」




 「1週間以上も序列に連ねる子を放置とか、上層民なら許さないと思うんだけど」




 「あー、先輩怒らないでくださいね? ……替えが効く(・・・・・)そうで」




 「はぁー?」




 「やっぱ怒ったー!」




 「上層民の大半が培養層(フラスコ)から生まれるのは知ってるけどさ!」




 それでもたった1つの命なのだ。


 後輩の背中を八つ当たり気味に叩きながら歩く。やっぱり硬い。




 「先輩、落ち着いて。現場、着きましたよ」




 そこには切れかけた電球が1つぶらさがり、儚い灯りを照らしている。その下に、保護膜(ブルーシート)に覆われた、金色の髪が一房。


 それは少女の残滓。生きた証のひとかけら。




 「彼女の機械化度合いは?」


 先ほどまでささくれ立っていた気持ちが一気に冷え込み、私は感情を抑え込む。




 「85です。副脳(サブブレイン)や、生体機械(バイオプラント)の試験運用もしていたみたいです。数字よりも生身に近いかもしれません。大丈夫ですか?」




 「覚悟はできてるから。護衛、よろしくね」




 私は彼女の髪に触れる。彼女の意識を探す。記憶を辿る。


 きっと苦しかったはず、辛かったはず。おそらく、この子はどうしようもない理不尽に襲われた気がするから。




 深い海の底に沈むように、静かにゆっくりと、私は彼女に問いかける。






 ねぇ、何があったの?








 イタコ稼業、開始。

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