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生まれた時からつるっぱげ!

 胃が痛い。




 校舎に隣接した広い校庭。よく手入れされた木々や草花に溢れ、一見花園に見えるそこで。私は今……プレッシャーと戦っています。




 新入生達、つまりクラスメイトの期待と嫉妬と、羨望の視線が突き刺さる。学園に入学して一番最初の授業でこのプレッシャーはおかしい。絶対におかしい!




「アスラ・リーリスさん、精霊適性検査にて示された精霊に語りかけてみてください。おそらく精霊が髪から魔力を吸い取っていくでしょうけど、落ち着いて」


「は、はい……」




 うわ、思わず「はい」とか言っちゃったけど無理だよ。みんなにとっては当たり前のことでも、私にとっては当たり前じゃないんだから……!




「アスラさん?」




 おばちゃ……じゃなかった。まだ若い先生が顔を覗き込んでくる。今更できませんとか言える雰囲気でもないし、とりあえず一番マシなものをパパッとやって早く終わらせよう。




「そ、そよ風の精霊さん、春の香りを運んでき」




 念のためざっくりとした願いにして、言い終わるか言い終わらないか。その瞬間。




『そよ風じゃなくてボクに頼んでよ』




 よく耳に馴染んだ声が聞こえ、そして……そよ風とは言えない、突風が私を中心に巻き起こる。ワンピース型の制服のスカートがぶわりと持ち上がり、芝生の緑に制服の白がよく映えた。


 ぶわっと持ち上がりかけた蜂蜜色の髪の毛を押さえ込むように頭をしっかりと抑えたことで最悪の事態(・・・・・)を避けることには成功したけど、私の周囲は酷い有様だった。


 幸い負傷者はいないみたい、だけど。




「先生? あの、大丈夫ですか?」


「んんぅ……そよ、かじぇって……ううう」




 良かった、生きてた。眉間にしわを寄せてうんうん唸ってるけどとりあえず安心。




『ふふーん。ボクの風はその辺の精霊とは格が違うからね』


「あなたはもう、まったく……」




 柔らかい芝生クッションに倒れこんでいたみんなに声をかけつつ、聞こえてきた自慢げな声にため息をつく。


 比較的強力な精霊術を使える生徒が集まる学園とはいえ今のはやり過ぎだ。


 入学したばかりでクラスメイト達の実力もわからないし控えめに、目立たないようにするつもりだったのに!




「屋敷に帰ったらお説教だからね、シール」


『ええーっ。ボク悪いことしてないし!』


「してるから。みんなを気絶させてるし、そよ風のつもりだったのに派手にしすぎ」




 幸い私が引き起こした——実際にはシールの介入による——突風はみんなを軽く吹き飛ばしただけだったみたいだから、良かったけど。


 徐々に気絶していたみんなが起き出し、後で異常があったら報告すること、と先生が告げたところで授業は終了。


 さっと荷物をまとめて私は早々に馬車に飛び乗り帰宅した。先生は私が使った精霊術に関して話を聞きたくてたまらないといった様子でちょっと怖かったし。




「お帰りなさい、アスラちゃん」


「お母様! ただいま帰りました」




 おっとりと微笑みつつ、ぎゅーっとかなり強めの力で抱きしめてきたお母様を抱きしめ返す。15歳の私よりも小柄なお母様は腕の中にすっぽり収まった。




「リズにお茶を用意するように言ってあるわ。夕食までゆっくり休みなさい」


「ありがとうございます!」




 最後にもう一度ぎゅっと抱き合い、自室へ向かう。


 お茶の用意をしてくれていたリズにお礼を言い、そのままベッドにぽすんと倒れ込んだ。はしたないけど足をバタバタさせながら一日を振り返る。




「まったくもう。シールのせいで散々な目にあった……」


「風の上級精霊様が何かなさったのですか?」


「リズ聞いて、酷いのよ。私は目立たないようにそよ風の精霊さんにお願いしようとしたのに、シールが介入してきて突風を巻き起こしたの」




 そよ風の精霊さんは風の下級精霊さんだから力関係で上位に位置するシールには逆らえない。ついでに言うと、下級精霊さんは人間の言葉を発せないから愚痴を聞いてあげることもできない。


 可哀想に……嫌な上司すぎる。そして噂をすれば何とやら。




『ねえねえアスラ! クッキーちょーだいー』


「今日シールにあげるクッキーはありません!」


『クッキー食べたいんだよー。ボク今日はいっぱい頑張ったんだからご褒美!』




 あげるあげないの攻防を繰り返している間に私の自慢の侍女(リズ)は紅茶とクッキーを用意し終える。




「アスラお嬢様、とうぞこちらへ」


「ありがとう」




 ベッドから身を起こし、制服のスカート部分のしわを伸ばすようにパタパタと叩いてからリズが引いてくれた椅子に腰掛けた。




『美味しそう!』


「はぁ……せめて実体化して」


『はいはーい』




 びゅうっと風の音がして、私の正面にはサラサラとした空色の髪と瞳を持つ少年が現れた。




『ほらどう? 髪と目の色もアスラの瞳と同じだね……よしよし』




 頬に両手を添えてぺちぺちと感触を確認していたシールが満足そうに笑う。




「お言葉ですがアスラお嬢様の瞳はもっと透き通るように美しく」


「リズ、張り合わないでいいから。ほら一緒に座って食べよう?」




 シールに食い気味に反論を始めたリズを宥めすかして隣に座らせる。身分が違うからとなかなか一緒にお茶をしてくれないリズだけど、最近は数日に一度は座ってくれるようになった。




「話を戻すけどシール。力を貸してくれるのは本当に助かるし、感謝してるの。だけどあまり派手にやりすぎると目をつけられるからね……」


『ふうん。やっぱり人は面倒臭いね。アスラの魔力は美味しいからすごく人気なんだけどなぁ』


「美味しいって……」




 むしゃむしゃとクッキーをむさぼり食べている上級精霊を見ていると、本当に魔力が主食なのかわからなくなる。




『まあとりあえず、下級精霊みたいに見えるように頑張ってみるよー。髪の毛を光らせればいいんだっけ?』


「うん、たぶん。よろしくね」


『任せて! あ、キミ、この紅茶クッキーのおかわりない?』




 下級精霊たちを使って精霊術を行使するときは、髪から魔力が流れていく様がよく見える。


 あれはまさしく『髪に魔力が宿る』を体現しているんだけど、残念ながら私はそれを身を以て実感したことがないからよくわからないんだよね。




 空になったティーカップをかちゃりと机に戻し、席を立って鏡台の前へ移動する。頭に手を添え、すっと上へ動かす。


 鏡の中にはいつも通りつるすべ(・・・・)な頭皮が見えた。そして私の手には艶々と輝く質のいいかつら(・・・)が残る。




「ふう……」




 あらかじめリズが用意してくれていたタオルで綺麗に頭を拭い、再びかつらをつけ直す。蜂蜜色の髪はサイドの髪を編み込んであり、肩よりも少し長いくらいだから大して重くもない。


 物心ついた頃から変わらないこの習慣は、おっとりとした両親の代わりに私のことを心配した使用人一同が有志で作ってくれたのが始まりだ。




「まあ……伯爵令嬢がつるっぱげってバレたら、結婚相手はいなくなりそうだよね」




 いくら私が他の人達と違って髪に溜め込んだ魔力(・・・・・・・・・)がなくても、精霊術を使えるとしても。




「アスラお嬢様は今も昔もこれからもお美しいです! 私はどんなお嬢様であろうと、一生お仕えしますわ!」


「ありがとう、リズ。大好きよ」




 みんながこうしてつるっぱげの私を見捨てないでくれたから今の私がいる。未だに鏡はあまり好きじゃないけど、自分を卑下するほどではないし。




「はううっ! お嬢様の笑顔……尊いっ!」




 あ、リズが壊れた。ポニーテールの黒髪をブンブンと揺らしながら悶えるリズを見ていると、さらに笑みが浮かぶ。




『ボクたち精霊は特別人の子の髪の毛にこだわりがあるわけじゃないんだけどね。魔力が美味しいなら問題ないし、あくまで容器なだけだし』


「でも建国王に祝福を与えた精霊女王の教えは——」


『アスラ。それ以上は言っちゃダメだよ。この部屋の風は外に出ないようにボクが調整しているとはいえ、誰に聞かれているかわからないから』




 ぽろぽろ精霊の秘密っぽいことを話してるのはシールなんだけどね。まあさすがに精霊女王に目をつけられるのは怖いからお口にチャック。どこにいるのか知らないけど。




「とりあえず三年間の学園生活を楽しみたいな……やりたいことも、あるし」




 そう、禿げバレと異色の精霊術バレのリスクを抱えつつ私が学園に入学した理由。それは、貴族だからということもあるけれど……。




「学園長の育毛発毛研究に参加、ですね?」


「さすがリズ、そのとおり」




 私に負けず劣らずつるつるの学園長が数年前から始めた研究に参加する、そのために学園に入学したと言っても過言ではないからね。



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