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回復屋稼業始めました!

この世界は理不尽に満ちている。


 金は金持ちの所にしか集まらないし、貧乏人はいつまでたっても貧乏人だ。


 人の世だけでそうだというのに、人でないものも理不尽に満ちている。


 魔族に魔物なんて、普通の人間なんかが逆立ちしたって越えられない壁の方が多いくらいで、


 特にその中でもとびきりの理不尽なんてのが龍だ。




『青で一割。赤なら全てを諦めろ』




 それは冒険者にとっての格言であり、事実だった。


 そう、今まさに俺の目の前で、悠然と口から炎を吐き出す焔龍とかがそうであるように。


 耐【赤】属性を付与したマントの中で俺は呟く。




「だからムカつくんだよ」




 こちらを見下してくる金色の瞳が、まるで虫を相手にするようなその態度が、俺の中の怒りを募らせる。




『ならば超えてみせろ』




 頭の中で凛とした声が響き渡る。




『これは理なのだ。我は赤き龍。だからこそ故に我は我の誇りと尊厳を持って全てを見下そう。


 お前のように、力無き者に価値はないのだから』




 俺の炎が燃える。理不尽に屈してしまいそうな俺自身への苛立ちが、全身を焦がすように広がり、怒りが【赤】の魔力へと変わっていく。




「だったら、超えてやる。お前の理不尽を否定する!」


『ならば我を超えてみせろ! 愚かな拳闘士よ!』




 その言葉を皮切りにマントを翻して、燃え上がる怒りの感情を魔力に結ぶ。イメージは炎。


 身体から溢れ出ようとする魔力の塊をバンテージにまとわせると、眼の前の空間に弾のイメージをつぎ込んで、殴りつける。


 怒りの弾丸は、眼前に佇む焔龍へと飛んでいくが、




『ぬるい!』




 奴の一喝と共に、尾を地面へと叩きつけた瞬間、弾丸がその場で爆散し、爆炎と土煙、二つの衝撃が俺の身体を壁へと叩きつける。




『今日もそれか。我の猿真似など愚かにも程があるわ!』




 その言葉に応えるように圧縮された熱のイメージを複数に発展させ、両腕を広げ横一直線に並べそれをひたすら殴り飛ばす。




『だからそれが猿なのだ! 先程より威力を弱めるな! それでは意味がないのだと前にも言ったわ。


 愚か者!』




 龍は前足を振り下ろし熱の弾を衝撃の壁に当たり、土煙が俺の姿を隠す。




「猿知恵かどうか、試してみやがれ!」




 龍に向かい駆け出すと、両手を覆うように青白い炎を纏う。




『下か!』


「遅え! 一発!」




 龍の足元を殴り、バランスを崩した龍を三角飛びの要領で眼前まで飛び上がる。




『我の口許に飛び出すか愚か者め!』




 そう言うや否や、龍は炎を吐き出す。だがそれは知っている。炎を吐き出すには息を吐き出さないといけないことも、一度吐き出せば、息継ぎの間、炎を吐き出すことができないことも!


 マントの端を掴んで回転するように身体を庇った直後、頬を焦がすような熱風と赤い光。


 それを打ち払うように炎の残滓を殴り払う。




「二発!」




 そしてその勢いのまま、龍の鼻先へとラリアットのように逆の腕でぶん殴る。




「三発!」


『ぐっ! 舐めるなァ!』


「どうだこの野郎」




 顔から振り払われ、地面に叩きつけられるがある程度距離は取れた。


 ここからが、仕切り直しだ。


 と言っても、耐熱仕様を付与されたマントの端はチリチリと焦げ始めて術式の限界が来ていることを示していた。


 ……耐えれても後一回ぐらいか。


 心の中で舌打ちしつつ、ほぼ無傷の龍を睨みつける。


 考えてきた対策と対応は終わった。いつものようにあいつは理不尽で、強大だ。


 近所の引きこもりに土下座して作ってもらったマントの色も茶褐色にくすみ、俺の怒りの炎も顔を一発殴るだけで精一杯。




『それで終わりか。』




 けれど、龍は何かを期待しているような瞳をこちらに向ける。


 その瞳の意味を知っているからこそ、それを向けてくるアイツに苛立ちを覚える。


 無いと言って諦めてしまおうとする自分に苛立ちを覚える。




「終われる訳ないだろう。バカ野郎が」


『ならば超えてみせろ。……今度こそ』




 その時初めて龍は笑った。




「言われなくてもやってやる」




 出来ることはもう無い。それでも突き進んでやる。


 叫び、全身に炎を纏い、マントを引きちぎる。




『愚か者め、そんな無謀はただの自殺行為でしかないわ!』




 龍は前足を振り下ろし、地面を揺らし叫ぶ。




『頭を冷やせ愚か者!』




 龍が言い放つと同時に息を吸い込む。だが、先ほどと違うのは光が龍の口許に集まっている。


 それはきっと俺がやっている爆熱を何段階も大きくさせたもので威力はおそらく俺の比ではないだろう。


 その光が、やがて臨界点を迎えようとした瞬間、頭上からガラリと何かが崩れ落ちる音と小さな悲鳴。




『「っ!?」』




 俺と竜の中間、ちょうど炎弾の車線上に現れた存在に、同じように龍は大きく目を見開いた。




『愚か者!』


「わかってる!」




 引きちぎったマントを落ちてきたそれに向かって放り投げ、駆け寄ると右の壁際に向かってぶん投げる。




「それ付けて頭を下げてろ!」


「え、わ、わかりま、痛ぁ!?」




 どすんと大きな音を立てたそれを確認した直後、背後からぞくりとする重圧が背中へとのしかかる。


 それに向かって、纏う炎の色を変える。赤から青に、青から白に。




『馬鹿な!? 死ぬ気か!?』


「だったら、そんなに張り切ってんじゃねえぞクソトカゲ!! 少しは手前の威力を考えろ!」




 そう叫ぶと俺は、巨大な熱へと飛び込み、自分の魔力と瓦礫で蜘蛛の巣のように編みあげてクッションのように張り巡らせる。その刹那、俺はとてつもないほどの熱と光と轟音に飲み込まれた。






「この世はきっと、不自由なのよ」




 誰かが俺に語りかけていた気がする。




「だけどね、君ならきっと前に進める気がするの」




 懐かしい暖かな手が頬を撫でる。




「私はきっと前には進むことを諦めちゃうから。君に上げる。前に進む力を。理不尽でも前に進む想いを」




 それは彼女の口癖だった。




「感情は力になるから。自分の思いを信じなさい。思いは貴方の感情を揺り動かすから、強く思いなさい。君が好きな人への想いを。君の願う想いを」




 俺はその言葉を知っている。その願いを知っている。


 俺は彼女を知っている。


 彼女がどうなったのか、今から起ころうとすることを俺は知っている。




 そう、あの眼が、彼女の頭上から見下ろすあの紅い瞳が俺を射抜く。


 逃げろと俺の心臓が叫ぶ。理不尽な暴力が俺とあいつを消し去る前に逃げ去れと。


 恐怖にすくみ心臓すらも凍るほどの理不尽を背に、彼女は笑う。


 ふわりと。まるで今にも掻き消えそうな儚さで。


 だから俺は手を伸ばす。けれどその手は今の俺と違って、とても小さくて。




「だから、願い続けて。そうすればお姉ちゃんはきっと」


 それが彼女を一瞥すると愉快そうに口を歪ませて、大きく口を開いて真っ赤な炎を吐き出して。




「ごめんね」




 悲しそうに微笑む彼女をかき消した。




「待ってくれ!」




 手を伸ばした先、そこは夢の場所ではなく懐かしさといらだちを覚えるいつもの部屋の天井で。




「……夢か」




 悪夢を見た苛立ちで舌打ちを一つするとそれに呼応するかのように、ちょうどベッドのそば、大きな桶が飛び跳ねる。


 ガタガタ震える桶に向かって、声をかけようとしたが瞬間、腹の虫が大きく鳴った。




「あ、あの」


「うん?」


「ご、ご飯ならそこに用意してます」




 近くの収納箱に隠れるようにそう言い放つ木桶の頭上。


 収納箱に置かれた盆を見つけるとそこには先程置かれたらしき、白いスープとちいさなパンが置かれていた。




「なあ」


「ぴゃい!?」




 礼を言おうとすると、悲鳴をあげて後ずさる木桶。


 ……新種の魔物か何かか。


 そんな木桶を眺めながら、いつものように魔力を熱に変換して汗で濡れた服を乾かそうとする。




「あれ?」




 が、熱は起こらず、代わりに全身の痛みが薄れていく。


 それは、俺が使っているいつもの赤の熱では無く、癒の魔力が身体の中に巡っているわけで。




「お前」


「うう、お願いですから話を聞いてください。あの、魔術とか」


「お前、俺に何かしたのか」




 木桶を引っぺがすと、床に広がる緑の髪が目についた。


 けれど当の本人は、半泣きでこちらを水蜜桃を溶かしたような色の瞳を向けて、助けを求めていた。


 一瞬目を奪われた自分を悟られぬよう、問いかけた。




「これはお前が原因か」


「そ、そうです。龍さんが貴方を助けるにはそれしかないって」


「それがこれか?」




 手にかざすのは【赤】の癒す炎。色違いの意味違いと呼ばれるそれは非効率的な魔術の一つ。役立たずが使う苦し紛れの魔法。


 だが、冷静に考えてみれば回復手段が増えるというのは悪くないかもしれない。


 他の攻撃手段と合わせればまだ、どうにか。




「ええ、貴方の魔力手段全てです」




 ……ちょっとまて。




「全てって言ったかお前!?」


 攻撃手段、魔力全振りだぞ俺は!?




「は、はい」




 ガクガク肩をゆすられながら、俺に手渡すのは一枚のカード。《商用組合記録:ギルド:水蜜桃》と書かれたそれはいわゆるギルドの従業員票で、そこにはムスッとしたよく知る顔が写っていて、というか俺が写っていて。




「あ、あの、回復専門ギルド、水蜜桃。回復のみを特化したギルドです。これからよ、よろしくおねがいします!!」




 そう言って目を回してながら手を差し出す少女を眺めて、脳裏に浮かぶあのクソトカゲをいつかぶっ倒すと思いながら、俺は両手で顔を覆うと、




「……理不尽だ」


 そう呟いたのだった。

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