トランスリンク!
思えば報われない人生だった。
良いことなんてひとつもない、本当にクソみたいな二十年間だった。
打てども響かず、叩けども鳴らず、努力や苦労は花実とならず――。
結局パッとしないまま、階段から落ちて死んでしまったんだ。
あの時ばかりはさすがに考えさせられたね。俺の人生って何だったんだろう? この二十年に意味なんてあったんだろうか? 薄れゆく意識の中で、俺はそんなことばかり考えていた。
だけど同時に、こうも思った。
「次こそは!」
「次があるなら、今度こそ!」
「今度こそ、俺にチャンスを与えてくれ!」
果たしてそれは、神様とやらに聞き届けられたのだろう。
俺はすべてを失う代わりに――。
いわゆる来世で、ありとあらゆるものを手に入れていた。
「…………はは」
「……ははははっ!」
「わあーっはっはっはっ!!」
白亜の宮殿、その奥にある王族専用の大浴場で。
俺は見目麗しい少女たちに囲まれ、この世の栄華というものを楽しんでいた。
「はい、殿下。あ~ん♪」
「うむうむ! うむうむ!」
「いやん! いたずらしゃちゃダメですよぅ!」
「よいではないか、よいではないか!」
右に侍る子からフルーツをもらい、左に侍る子から柔らかな感触をいただく。
うんうん、たまらんな~! まさに至福のひと時というやつだ!
「殿下。こちらもご覧になって?」
「むうっ!? な、なんて破廉恥な恰好なんだ!」
「殿下ぁ! あたしのことも見てよ!」
「けしからん! けしからんなあ……」
元気な子に手を引かれ、しかし視線は危ない水着に釘づけになる。
あれはいかんなあ。いかんいかん。裸の方がまだまともじゃないのか?
「殿下!」「殿下!」
「フレオール殿下!」
「もっともっと、楽しみましょう?」
「わははははは……!」
花が浮かぶ湯舟の中に、あるいは神殿にも似た浴室の内に、東西南北、ありとあらゆる種族の女の子たちが揃っている。彼女らは俺のことを殿下、殿下と呼んでいて、中には遊びではない、情熱的な目を向ける者までいた。
(殿下か)
そう、今の俺はそう呼ばれるに相応しい存在だ。
成長著しい大帝国の跡取り。独自の軍隊、巨大な交易港を持つ筆頭領主にして、比類なき魔力を持つ大魔導士。若き王子、レイシア・アルトゥム・デリス=フレオールというのが、今の俺の立場と肩書と名前だった。
(反動にしたって、やりすぎな感じはするけど)
虫けらみたいな人生から一転、王子様としての暮らしか。
別世界に転生するとは思わなかったが、元の世界に未練なんてものはなかった。これが俺に対するご褒美だというのなら、俺はそれを最大限に楽しむつもりでいた。
「さ~て、悪い子はどこだ~?」
「いや~ん♪」
「わーはははははっ!」
「きゃあ~♪」
裸のまま鬼ごっこを始め、けしからん水着を次々と脱がしていく。
それが許されるのが今の俺の立場! むしろ喜ばれるのが今の俺の外見!
エッチな行動も「英雄色を好む」的な解釈がなされ、俺は止められることもなく少女たちとの戯れを続ける。そしてそれは昼を過ぎ、日が傾いても、いつまでも続けられるのだった。
「あ~、楽しかった!」
「殿下、また誘ってくださいね?」
「うむうむ」
やがて日が沈んだ頃に、宴はようやくお開きになった。
満足そうに帰っていく少女たちを見送りながら、きっと俺もほっこりえびす顔になっていたことだろう。
(次は舞踏会でも開こうかな? それとも一転、運動会でもやってみようか)
溢れんばかりの金があると、終わったばかりだというのに次のアイデアが浮かんでくる。
参加者はもちろん、今日来てくれたみたいな美少女たちだ。最低でも百人は集めて、みんな楽しめるような催しにして、もちろん中心には俺がいて――。
「虚しい……!」
執務室に戻ってきたところで、俺はがっくりと両膝をついた。
ついでに両手も床につくと、サラサラとした金髪がこぼれるように視界を覆っていく。
「何をやっているんですか、何を」
ツッコミを入れたのは、先に部屋にいた秘書官だ。
名をイルミスという眼鏡っ子は、冷めた目と呆れ顔で俺のことを見下ろしていた。
「虚しさを感じるくらいなら、もう止めてしまわれては?」
「いや、女の子は素晴らしいんだ! 彼女らともっともっといちゃいちゃしたい……!」
「ですが」
「そう、俺には」
ち〇こがない――。
いちもつ。ディック。ロッドに松茸。
色々な名前を持つ、要するに男性的シンボルが、今の俺には欠片もついていなかった。
まあ、それも当然の話である。考えてみれば当たり前の話だ。なぜなら今の俺は、
(女なのだから……!)
レイシア・アルトゥム・デリス=フレオール。
美しい金髪と、神がかった美貌を持つ、完全完璧な美少女。
前世は男だった俺は、なんと今の世に、女となって生まれてきたのだ――。
「くそっ! なぜだっ!」
なぜ、今の俺にはち〇こがついていない!
決まっている。女だからだ。女だから、レイシア殿下にはち〇こがない!
(一番大事なパーツなのに……!)
女の子とのいちゃいちゃも糠に釘。楽しいけれど楽しくなくて、俺の心はいつまで経っても満たされなかった。
画竜点睛を欠くとはこのことだな。なんで俺は男に生まれてこなかった――!
(しかし)
一方で、女に生まれてきて良かったと思うことがある。
それはというのも、この世界はどうやら女尊男卑社会のようで、女だけが人間、男はモノか家畜のように扱われている。もちろんそれには理由があって、それはこの世界の特殊性とも綿密に繋がっていることだった。
(魔法は女にしか使えない、か)
この魔法が存在する世界、男は不思議な力を持たないようで、女なら当たり前にできることが、男には逆立ちしたってできないらしい。
空を飛べるか? 剣をバリアで防げるか? 何もないところから火を起こし、重たいものも念動力で運ぶことができるのか? 答えはすべてノーだ。男は人力しか使えない、ひ弱で情けない生き物だとみなされている。
そんな世界に男として生まれたら、たとえ王族だってろくな目には遭わないだろう。血筋を残すためだけの種馬か、あるいはそうさせないために殺されてしまうか――。
もちろん大事にされている男もいるが、箱入りや飼い殺しなど、俺が望むようなことではなかった。
(だけど俺はち〇こが欲しい!)
ち〇こが欲しい。ち〇こが欲しい。できれば男に戻ってみたい。
そうなったうえで、昼間みたいなことをしてみたいのだが――。
(難しいだろうなあ)
領地運営。豪商や貴族たちの付き合い。それらはすべて、俺が女だから上手くいっている面がある。たとえ王族でも男子であれば、「男だてらに政治の場に出てくるな」と鼻で笑われておしまいだ。スタートラインにさえ立てない恐れがある。
隣国との緊張関係、そして国内の反抗勢力の件もある。この国は現女帝が剛腕でまとめ上げた急造国家だ。新進気鋭と言えば聞こえはいいが、まだまだ危うく、そしてまとめ切れていないところが多々ある。暗殺されかけたことも一度や二度ではない。そんな場面を切り抜けるには、そして万が一戦争になった場合にも、魔法の力がなければ抗うことさえできないだろう。
それに王位継承の問題もある。サディストな母、その母によく似た妹、彼女らを支持する派閥、いずれも高名な美魔女の方々――。
そもそも、「男になる方法」もまだ見つかっていないんだ。女尊男卑を改善する手だても思いついちゃいない。文明のレベルももっと押し上げていきたいし、男の地位だってもっともっと向上させていきたい。
やることはたくさんあり過ぎて、しかし問題は山積していて――。
「だけど、俺は諦めないぞ、イルミス!」
「何をですか?」
「俺は、ち〇こを取り戻す!」
「は?」
「俺は絶対に、俺のち〇こを取り戻してみせる!!」
秘書官がまた、呆れ顔で俺のことを見ていたが――。
そこだけはどうしても譲れない、確固たる目標というものだった。
だからこれは、取り戻すための物語だ。
なくしたものを取り戻す物語。大事なものを再びつかむ物語。
ち〇こを取り戻すための物語。
それがこの魔法の世界で始まろうとしていた。