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どうも、悪役にされた令嬢です

「リヴィア嬢、シャーロットに何をするんですか……!」




 膝までの水深しかない池の中、突っ立っている少女を背中にかばい、赤い髪の青年がこちらをにらむ。




「私、何もしていませんが? その方、自分から池に落ちたのよ?」




 ――しかも横っ飛びで。


 ものすごく驚いた私は、思わず悲鳴を上げそうになったのだ。




 池の中にいる令嬢は、怯えた表情で口元に手を当てている。透き通るような金の髪に美しい青の瞳の彼女がそうするだけで、たいていの男性はなにくれと気遣いたくなるだろうかわいらしさだ。




 そして自ら彼女が池に落ちたとたん、駆け寄ったのがこの顔だけはそこそこいい赤髪の貴族の青年だ。


 彼は「うそをつくな!」と激昂した。




「俺は見たぞ、シャーロットをあなたがその手で突き飛ばすところを!」




 青年の背後に、シャーロットがそっと寄り添い、私をこわごわと見つめる。まるで被害者のような行動だけれど、何を考えているのかさっぱりわからない。




 面倒ごとに巻き込まれたらしいことだけわかった私は、うっかり本音を口にしてしまった。




「いえ。そもそも面倒なので、そんなことしませんが」




「めん……!?」




 シャーロットが目を見開いて絶句する。え、どうして?




「なぜ通りがかっただけで、突き飛ばさなくてはならないの? 相手が怪我するのも面倒だけれど、そんな行動をするのも面倒だし」




「めんどう……」




 青年の方もつぶやき、数秒だけぼうぜんとしていたけれど、すぐに気を取り直したように言う。




「そ、そんな言い訳など通用するか! あなたは可憐なシャーロットに嫉妬して、こんなことをしたに違いな――」




 確かに自分はシャーロットよりもかわいくはない。髪も何の変哲もない茶色。目の色も灰がかった青だ。


 でも彼女に嫉妬もした覚えがない。




「嫉妬するとしたら、視界に入らないようにしますが。そもそも、彼女のどこに嫉妬したらいいのでしょう?」




 彼女は伯爵家の令嬢だけど、元は庶子。跡継ぎを亡くして急ぎ迎えられた彼女は、そのせいで礼儀作法がまだおぼつかない。


 礼儀に厳しい貴婦人方には避けられている彼女を、そこまでうらやましいと思ったことはなかった。


 けれどそんな私の態度も、青年は気に食わなかったようだ。




「シャーロットを傷つけながら、そんな態度をとるだなんて!」




「やめてアーサー! 私のためにリヴィア様に逆らおうとしないで!」




 シャーロットが、一歩前へ出ようとしたアーサーと呼ばれた青年を止める。


 でも逆らうもなにも、私はあなたがたを押さえつけてもいないのだけど?




 心の中でそうつぶやくけれど、それを二人に伝えるとさらにやっかいなことになりそうだったので、抑える。そんなことも面倒だなと思っていたら、別な方向からの声が私を援護してくれた。




「私も見ていたけれど、リヴィア嬢は指一本触れていなかったわよ?」




 近づいてきたのは、池にかかった小さな橋を渡った木の陰にいた人だ。


 ブルネットの髪を美しく結い上げたその女性は、飾った大輪の宝石の花々にも負けない、妖艶な顔立ちと体形の女性だった。




 同じ女性の私でも目を奪われるこの方は、第一王女アレクシア様だ。これで私の一つ上の17歳というのだからすごい。




 私はアレクシア様に一礼する。


 それを見て思い出したのか、シャーロットの側にいたアーサーも、慌てて胸に手を当て膝を曲げた。




「王女殿下にはご機嫌うるわしく……」




「うるわしくはなくってよ? わたくしのお茶会で、妙な騒ぎを起こされたのですもの」




 アーサーは押し黙った。


 さすがに王女が「見た」と言ったのに、そこで私が悪いのだと言い募れば自分が不利になる、と思ったようだ。




「申し訳ございませんでした」




 アーサーが王女に再び首を垂れる。さすがのシャーロットも何も言わない。王女に物申すのは本当に「権力者に逆らう」ことになるのは判断できたのだろう。




 だからなおさら、私への対応が謎だ。


 うちは伯爵家。シャーロットのディンセン伯爵家より家格は上だ。でも、他の伯爵家に対して押さえつけるような権力はないはず。




 とにかく王女殿下の登場で、この場は収まった。シャーロットはアーサーに付き添われて着替えのために立ち去ってくれる。


 私はほっと息をついた。




「大丈夫?」




 王女殿下と一緒にそばまで来ていた友人のエリスが、私をそっと心配してくれる。




「ええ、ありがとう。何もしていないのに、変なことに巻き込まれそうだったわ」




「それにしても、どうしてこんなこと……」




 エリスの疑問はもっともだ。でも肩をすくめてみせるしかない。






 そして数日後。


 シャーロット達の目的が明らかになった。


 婚約の話が来ていたある伯爵家から「この話はなかったことに」という連絡があったのだ。




 どうもシャーロットの家とつながりがあったようで、そちらと問題を起こす令嬢とは……と断られた。だからシャーロットは、父親から私との婚姻を阻止するように言われていたのかもしれない。




 まぁ、嫁いだ先で、あのよくわからないシャーロットの行動に振り回されるより、破談になってよかったのだろうと私は思うことにした。




 でもそれから二度、シャーロットに絡まれた。


 二度目はまた、突き飛ばされたと言いながら、派手に横から滑り込みをされて悲鳴を上げてしまった。




 三度目はさすがにパターンを変えてきた。


 自らテーブルにぶつかって茶器を倒した彼女は、そこに座っていた私にお茶をかけられたと言ったのだ。




 そして二度目と三度目の後にも、婚約の打診があった貴族家から辞退の連絡があり…… 父は額に青筋を立てた。




「リヴィア」




「はいお父様」




「もうお前にはこの縁談しか残っていない」




 王都の館にある父の執務室に呼び出された私は、釣書を差し出された。


 領地は隣だけれど、20も年が離れた人だ。正直、お父様と同じくくりの人だったのでさすがにご遠慮願いたい。


 だから私は言った。




「それぐらいなら私、修道院に……」




「修道院の寄付金がいくらになると思っている……セレナだけでも大変だったろう」




「あ……そうでした。お姉様に先を越されていましたね、私」




 一番目の姉セレナは一度は婚約した。


 けれど婚約相手が浮気をする質の人物で、セレナお姉様は痴話げんかに巻き込まれ……。


 結婚が心底面倒になったセレナお姉様は、傷ついたふりをして上手いこと修道院へ入ってしまったのだ。




 お父様は娘を婚約させるのが初めてだったので、たいそうセレナお姉様に同情してその通りに配慮していた。


 当のセレナお姉様からは一月に一度手紙が来るけれど、なかなか楽しく暮らしているようだ。




「では領地に一度引っ込んで。変な噂が消えてからでは……」




「マリエラはそれで、分家の男と既成事実を作って結婚したんだったな」




「う……」




 二番目の姉マリエラは、領地で暮らすのがとても好きだった。領地の館からなかなか王都に出て来たがらず、畑を眺めながらのんびりしたい……という、周囲からすると覇気がないと言われるような人だったのだ。




 そんなマリエラお姉様は、なんとか領地に居続けようと、婚約者候補との顔合わせの度に嫌われるように仕向け、領地に戻るなり目をつけていた分家の従兄と既成事実を作ったのだ。




 お父様は二人を結婚させるしかなくなった。


 そして残った私を絶対に貴族の子息と結婚させるため、数年前から私は王都の館で暮らし続けることになってしまった。




「もうお前しかいない。お前に、我がエストリオール家を継がせるしかないのだ」




 お父様が怖い顔で私に宣告した。




「マリエラの時のように、問題を起こされては困るからな。出かけるときには侍女を二人つけて監視させる。なんとしてでも貴族の結婚相手を探しなさい」




 そう命じられ、しぶしぶ婚約してくれそうな相手を探すことになったのだが。






「はぁ……そんな簡単にいくようなことでもないし、困ったわ」




 さくっと持っていた土ごてを、花壇の土に突き刺す。少しすくってポーイと横に土を捨て、また少しだけ離れた場所の土を掘り返した。




「婚約となるとね……。相手と恋愛関係とか。好意をもってるとわかっていればいいんだろうけれど、難しいね」




 隣で私の話にうなずきつつ、穴に種を二つ三つ入れて土を戻していくのは、『園芸を愛する会』の仲間であるセリアンだ。




 『園芸を愛する会』は、主催者である貴族の庭で、庭師のように土をいじって花や木を植えて育てる会だ。




 もちろん自分の領地で庭を丹精している者もいる。けれど女性などは、薔薇のような『貴婦人が育てていてもおかしくはない』花以外を、自分の手で育てることを父や夫から嫌がられる。




 けれどこの会の主催者の元では、何を育てても内緒にすることになっているので、密かに果樹を育てたりしている人が多い。


 ちなみに私とセリアンが植えているのは、ニンジンだ。




「そうなのよねぇ。でも私、おしゃべりが上手くもないし。趣味は地味な野菜育てだし。どうやって男性の気を引いたらいいのか……」




 そもそも誰かに恋をしたことがない。付き合ったことも皆無。


 なのに婚約者を探して来いなんて、無茶な話なのだ。




「ああ……領地の館で隠居したい。もしくは、お水をあげたら芽を出すみたいに、ひょっこりと私のことを好きになってくれる人が現れないかしら」




 面倒くさがりの私は、夢みたいなことをつぶやいてしまう。


 するとセリアンが笑いながら言った。




「じゃあ僕と婚約してみるかい?」

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