元奴隷、霧中の老人と静寂の街
お待たせしました!
やっとファンタジーらしい内容になって来たと思います!
ポルカの町を出てしばらくすると、以前にも出会ったバイルゴブリンの群れが何度か現れたが問題なく撃退した。
さらに進むと新顔のマッドシェルと呼ばれる土の中に棲む蟹や、近くの海の中からはよろよろとウォーキングサーディンというサーディンという種類の魚に細く短い脚と手を持った魔物が数匹現れたのだがどちらも地上へ対応するための進化の途上らしく、満足に動くことが出来ないようで相手にはならなかった、ちなみにウォーキングサーディンはサハギンと呼ばれる海洋系の亜人の原種だった種族らしい……だが見た目はほぼ魚なので食用として道中で使うために一部の素材を持っていくことにした。
そこからは特に何もなく一行の話題はなぜアッシュは奴隷解放のためのお金集めをしないのかということに移って行った。
「いやぁ……別に今の待遇に不満はないですし、ポルカやダーサラでも少しは稼げましたから、特に急がなくてもそのうちお金はたまると思います、ベインバンブーは次の街でも売れると思いますしね」
「まぁそうなんですけどね? 奴隷っていうだけでいい宿に泊まれないかもしれないですよ?」
「その時はその時だと思うよ、そういうマスターがやっている宿だと信頼もできないからね」
「う~ん……確かにそうですが、ねぇナギさ……君はどう思いますか?」
「別にいいんじゃないかな、俺もちょっと前までは奴隷だったし、全然気になったことも無いからな」
「そんなものなんですかね……、俺は今まで何となく両親もいなかったから勧められるまま漁師の手伝いをやってたんですがこれが俺の仕事だ! って思えるようなことをしたいんですよね、俺の両親ってどういう人たちだったんだろうと思うことが有るんですよ」
フラムは赤ん坊のころに海辺をドンブラコと漂流していたところを保護された孤児、思うところがあるんだろうな。
それにしても絶海なんていうとんでもないものが沖にはあるのに、どうやって流されて来たんだろうか、ひょっとして絶海の向こう側にも国や町があるのかもしれない、世界は広いんだ、本当に何かあるかもしれない。
「とにかく次の街は面白いですよ? ライズの街とディセントの街が隣あっていて……いや、あれは隣というよりかは……、とにかく楽しみにしていてください、凄いですから」
いろいろと会話をしながら歩き続けていると道の先に看板が見えてくる。
『ここから先はミラージュロードです、霧には気を付けて進んでください』
シンプルな内容の看板だ。
「ここからが有名なミラージュロードですか、俺一回行ってみたいと思っていたんですよね」
ふいにフラムがそんなことを言い始めた。
「本当かい? ここで行方不明になった人だってたくさんいるような場所だよ? 私は少し怖いかな」
アッシュはそれを否定するかのようにする。
「ここには凄い宝物があるっていう噂がありますからね、いろいろな噂がありますしね、神隠しにあったとか気が付いたら海に落ちていたとか、なぜかこの看板のところに戻されていたとか時を超えたとか、楽しそうじゃないですか」
なんだかとんでもない噂があるらしかったが、元からここを通っていく予定だったのだ、このまま進むことにした。
「ミラージュロードっていう割には、すっきりと遠くまで見えていますよね」
「もう蜃気楼の中なのかもしれないよ? 夏場には陽炎という現象で、ありもしないものが見える魔法みたいな現象もあるみたいだしね」
「アッシュ、フラムを怖がらせても仕方がないだろ、ほら……少し霧が出てきたぞ」
途端に霧が濃くなってきた、視界は数メートル、何とか足元は見えているから道を外れてはいないだろう。
「なんだか暗くなってきたな、アッシュさん」
「そうだねフラム君」
進むにつれて暗くなってきたのだ、視界もない、突然魔物に襲われたらひとたまりもない状況になったので武器を構えて辺りを気を付けながら進んでいく……足元、道の確認は二の次になっていた、それからしばらくの間はそうして進んでいく、途中で道を外れたことには気が付いたのだが、とにかく霧を抜けないことには状況は改善しないのだ、感覚に任せて歩き続けていく。
いったいどのくらい歩いたのか、月明りも太陽の明かりもほとんど届かない霧の中を歩き続けている。
「どれくらい歩いたんでしょうか……」
「俺、こんなに歩いたの初めてっすよ、普段は海の上だったし」
「確かに……ここはどこだ……」
そんなことを話していると不意に赤い、小さいが確かに赤く光った灯りが見えてきた。
「あ! あれは!?」
「松明……いや、篝火みたいな感じですね」
「とにかく行ってみるしかない」
……
そこには玄関の傍に篝火が焚かれた小さな小屋があった。
「小屋……だ」
「小屋……ですね」
「小屋……だな」
不思議な雰囲気に包まれたその小屋に誘われるかのように小屋に近づき、ノックをしようとすると小屋の中から声がしてきた。
「入って来なさい」
突然の声俺たちは驚き、お互い顔を見合わせる……その声はしわがれているが、圧倒的な存在感を放っている。
「さぁ、入って来なさい」
お互いの顔を見て頷きあい玄関の戸を開く、そこでは白髪の老人がロッキングチェアに座り、その椅子を微かに揺らしていた。
その姿をみて、また動きを止めていると、また老人は声をかけてきた。
「さぁ、いつまでそこに立っているのだ? そこのソファなら3人でも座れるだろう」
こちらを見てすらいない、なのにこちらが3人であることを把握しているこの老人……なんなんだ、ただものじゃないぞ。
ソファーに座ると同時にこちらにロッキングチェアごと向きなおして来た老人を見ると、なぜか無性に懐かしさを感じた。
その俺たち3人を老人はまじまじと見てくる……。
「あ……あの俺たちは!「言わんでよい!」」
自己紹介をしようとしたその時、言葉をかぶせられてしまう。
「言わんでよいのだ、すべてを知っておる」
その言葉で全ての会話を遮られてしまった。
「ふむ……まだまだ足りんの、お主らはこれから水、風、光……闇は別にいいのじゃが、それらの教会をまわるのじゃろう? なぁフラム、アッシュ……そしてナギ」
驚きで顔を見合わせる。
「当初のお主らの目的通りに巡礼を続けると良いじゃろう、光と闇はこの大陸には教会は……昔はあったのじゃが今はない、じゃが当面は水と風の教会じゃな、あそこは今問題が起きてはいるが……大丈夫じゃろう」
いまフラムを見たか?
そのままその老人の声に逆らえないかのように話を聞く、その間何度かお茶を出してもらいつつも、逆らえない雰囲気のままに話を聞き続けていた。
「これで最後じゃぞ、この家を出たら後ろを見ず……霧を抜けるまで、まっすぐと歩き続けなさい。そして、君達が次にここに来るときは、わしが誰だかわかっているはずじゃ、そう期待しておるぞ? さぁ行きなさい」
数舜、老人は俺をニヤリと見たような気がした。
「あの、あなたは?」
こんな霧の中で保護してくれた……いや、それだけじゃない、今後の道筋についてもアドバイスをくれていたのだ、お礼を言わないとだよな。
「ふぉっふぉっふぉ……、今のワシには名乗るような名前などありゃせんよ、風に吹かれたらかき消されてしまう霧のようなものじゃからな」
そんな言葉に押され、再び霧の中へと歩みを進め始めた……なぜかまた会える、そんな確信があった。
……
従うしかないような迫力に何も言わずに従い、家を出ると無言のままに真っすぐと霧の中を進んでいく、すると別れてからものの数分で霧は晴れていき、夕焼けの太陽がはっきりと見えるようになっていた……そこで後ろを振り向くのだが、先ほどまで通って来た霧はいつのまにかすべて消えていた……。
「なんだったんでしょうね、さっきのは」
「いや……俺に聞かれても分からないよ」
しばらくの間はフラムと問答しながら歩いていたのだが、アッシュの声でそれは終わりを迎えた。
「あ! あれは! ま、まさか……もう着いたのか?! ありえない! 数か月はかかる道のりを数日でだなんて」
その声に反応してアッシュが見つめる方向を見ると、『ゴォォォォッ』っと轟音を立て、白いしぶきをあげた街が目に入って来た。
それにしてもなんだか肌寒い、夏が始まった頃だったはずなんだが……周囲の木は葉が落ち始めているみたいだ。
そこから少し歩きライズの街にたどり着いたのだが、そこは人が行き交う光景は見えるのだが、気配……というか誰も動いてはいない、滴る滝の轟音以外に音のないライズの街が待ち構えていた。




