元奴隷、奴隷と旅する
ダサーラを旅立ち俺とアッシュの二人は山脈を右に見据えながら遥か前方にあるのであろう『ポルカの港』を目指し、歩みを進める。
出発後数日は問題もなく歩みを進めることが出来た……だが、この長い道中でなんの障害もなく目的地にたどり着くことなんて都合のいいことが有るはずはない――結果的にみれば『それ』が出現したことは幸運だった。
「ねぇアッシュ、君はいまレベルはいくつなんだっけ? レベルが上がると器? とかいうのが広がるんだろ?」
「まだ言っていませんでしたか? おれ……じゃないか……私はいま12ですね、突然どうしたんですか?」
「いや……俺はまだ『マナソウル』を吸収したことが無いだろう? どういう感覚なのかなって」
「そうですねぇ、まずマナソウルとは何かのおさらいから始めますか、マナソウルとは生物の魂に魔素と共に沁みついた記憶が宿ったものです、その魔物や魔獣など魔素の影響から発生した生き物を倒すことでその魂の力の記憶の一端を吸収することが出来るんだ、そしてその魂の力が自分の魂に足されることで肉体に作用して身体能力を上げることが出来ます、更に一部の魔法やスキルといったものを覚えることが出来る、これが基本だね」
「その『器』ってやつが大きくなると『魔素』を蓄えて置ける量が増えるんだったけ?」
「それで合ってますね、三鬼法または三鬼力といいまして、魔素を持てる量を示す『器』、魔素の放出力を示す『伎』、魔素の吸収力を示す『氣』、この三つはそれぞれ『き』と読むことが出来ることから魔素を扱う原則として三鬼法と呼ばれるようになりました」
「覚えることがたくさんあるな……、まぁなんでかいつも一回聞いたら覚えれてるからいいんだけど」
「は……ははは、普通は何回か聞いたり見聞きしないと無理ですよ、魔法や武芸だって一度型を見たりしただけで身に付いている超人じゃないですか」
なにやら苦笑いをしてアッシュが褒めてくれる……。
「さて最後に、記憶についてですが、魔物を倒して記憶を集めるといっても同じ種類や同じ環境では、似たような記憶ばかりになることが多いため何匹倒しても得られる記憶はなくなってきます、なのでいろんな場所やいろんな種類の魔物と戦うことが器を広げることにつながっていきます、器とは知識量のことですから、でも本で得た知識ではだめです、ヒントにはなるでしょうが記憶として取り入れて器を広げるには実戦したりマナソウルから記憶を吸収することが大事なのです」
ふむふむ、やっぱり今後はいろんな場所に行ってみるのがいいのかもな、だとすると……だ。
「俺も冒険者になっていろんな場所に行くとかできるのかな? 俺、いろんなものが見てみたいよ」
「冒険者ですか、ナギ君なら問題ないと思いますがこのファウンダー半島には冒険者ギルドはありません、せめてこの半島から出て内地の都市に行かないといけませんね、ここはすこし辺境過ぎまして支部すらないのです」
そうか、なんだか楽しみになって来た、教会巡りをしながら世界を旅してみよう!
……
そして冒頭の『それ』が出現した、この流れで分かるように魔物だ、それも群れで。
「リーフラビットとレッサーウルフが数体ずつ、それにバイルゴブリンですか、意地汚いゴブリンが……自分より知性のない魔物を当て馬にして弱ったところをかっさらう、なかなか策士なゴブリンです、まぁそれは自身の力が弱いために工夫した結果なのでしょうね」
冷静に分析しているアッシュ、そんな場合か?
「ナギ君これくらいの相手なら大丈夫、一人で倒してみてください、この数ならたぶんレベルアップを経験できますよ、あとそうですね……今回は槍で、そして一撃で仕留めてみてくださいね」
「は?! 何言ってるんだ?」
「いえ大丈夫です、これから冒険者になって旅をしたいのでしょう? これくらいの試練簡単に乗り越えないと」
あぁぁ! 分かったよ! やってみるよ!
「ひとつだけアドバイスです、まずはゴブリンから行くと良いと思います」
……
◆アッシュ視点
さて、ナギ君は修行では素晴らしい動きをしていましたが、これが初めての実践だ、うまくやれるかな?
お! 早速ゴブリンの方に行ったか、そして……やっぱりだバイルゴブリンは動きも遅い、リーフラビットもまずは草原に隠れて擬態するのがセオリー通りでレッサーウルフはまずは相手を見て距離を取る習性がある、これも予想通り……となればまずは一番不用心な頭をたたくのが一番効果的さ。
よし、ゴブリンを一撃で仕留めれたようだね、これで統率的な動きは出来ない、あとは簡単だ、リーフラビットに背後を取られないように、レッサーウルフには挟まれないように……うん、いい動きだなナギ君は、後ろを取られず、更に挟まれないように草原の深いほうにはいかないようにしながらも、少しずつ後退してレッサーウルフの挟撃にも配慮できている、こんなことは教えてないのにやっぱり天性のなにかがあるのかもしれない、この子は面白い……いまの俺はこの子の奴隷だがずっとその立場でもいい、この子の行く末を見てみたい。
数分後、魔物の群れを退治したナギ君は息を切らすことも無く満足そうに戻って来た。
「レベルアップ、おめでとう」
……
ふぅ、正直な感想は大したことは無かったといったところだ、けど合計十数匹分ものマナソウルが倒すたびに流れ込んできて、どちらかというとそちらの方に意識が行ってしまっていた、リーフラビットからは『擬態』レッサーウルフからは『観察』、そしてバイルゴブリンからは『懐柔』といった、確かにその土地や個性に見合った知識が流れ込んで来た。
「ナギ君、レベルアップの感想はどうですか? 酔っていませんか?」
「いや……、たぶん大丈夫」
「それはよかった、レベルが上がると身体機能が変化しますから慣れない動きのために酔ってしまうことが有るのです」
レベル3か、まだレベルは低いし最初はたぶん上がりやすいんだろうな。
「あ……これは言い忘れていましたが、レベルを上げるときには魔素は多く体にとどめていた方がよいですし、枯渇状態でレベルが上がるといささか危険です、レベルが上がるというのは身体が殻を破り、次のステップに進化する現象なんですが、その為に多くの魔素を消費します、そして魔素量が多くあった方が進化幅が大きいという伝承があり、逆に魔素量が少ないと身体に負担がかかり……冒険者を続けられない体になることも稀にあるようです」
結果的に魔法を使わないで倒したのは良かったということか……本人は忘れてたと言ってたけどね。
「一休みしたら行きますよ、塩の匂いもしてきていますし、あと少しでポルカに到着すると思います」
俺はそれを聞きながら、草原で大の字になり青い空を眺めていた。