第2話「私とアーニャ、そしてリボン」(仮題)
前回のあらすじ。
部屋の片付けを夜遅くまで行い、疲れて眠ってしまった主人公は不思議な体験をした。
抱えていた不要物をドンとゴミ置場に置く。その勢いで埃が立ち、少し咳き込んでしまった。
だがそんな失敗も不思議な達成感に満ちた私にはすぐに忘れてしまてしまう些細な事だ。
「さてと、帰りますか!」
独り言にしては些か声量が大きかったかと不安になったが、どうせ誰も聞いてないという楽観的思考でそんな感情も直ぐに消えていった。
「ただいまー。」
人が居ない六畳の狭い部屋に虚しく響く自分の声。だがお帰りと迎える声は最初から期待していない。
洗面と流し兼用の水道で手を洗って、ついでに顔を洗う。タオルは用意してなかったので袖で拭こうと腕を持ち上げた。
「あ、そういえば昨日お風呂入ってなかったか。」
袖の汚れに気付いて、己の失態に顔をしかめる。
「よし、こうなったら朝風呂だ。シャワー浴びよ。」
短髪を揉み込むように洗い、身体を撫でるように洗う。自身を労わるように、優しく、優しく。
風呂上がりにほのかに香る石鹸の匂い。肺一杯に吸い込んで堪能する。私の好きな瞬間の一つだ。
「おはよう、ローナ。」
「今起きたの、アーニャ。昔っからお寝坊さんなんだから。」
「ここはとっても心地がいいからね。二度寝も好きだし、お昼寝も好きさ。」
「アーニャは寝てばっかりね!」
ベットの上の縫い包みを抱き上げ喋らせる。昨日から始めたこの独り芝居は、どうしてか私の心を慰めた。
朝日に静かに照らされたビーズの黒い瞳がこちらを覗いている。
私はその長い片耳を軽く撫でて、テーブルに置いた。
「着替えないまま寝ちゃったし、いい機会だし、布団まるごと洗濯屋さんに持ってこう!」
外出する事を決意した私は、自分を着飾る事に決めた。
鏡の前に立って、自分自身をじっくりと見る。
「私ってそれほど不細工じゃないよね。」
ちょっと調子に乗ってファッション雑誌でよく見かける気取ったポーズをとってみる。それだけで何だか楽しくなってきた。
「でも、この格好はどうにかしないと。」
着替えたばかりなのにくたびれているTシャツの裾を持って溜息をついた。オシャレの域を越えようとしているダメージの入ったデニムも不恰好だ。
昨日着ていたワイシャツとデニムのセットと共に、ハンガーに掛けて着回しているうちにボロボロになってしまっていた。
「手持ちに良いのあったっけかな、、、ないよね、だよね、、、。」
タンスを開けると、上は白いTシャツかワイシャツ、下は青のデニムか、カーキのカーゴパンツしか無かった。
「オシャレを放棄していたとは言えバリエーションなさ過ぎ、、、。」
今更ではあるが、過去の私の雑さを嘆く。今日の予定に服屋で買い物をする事が追加された。
「オシャレしたら、あのリボン、付けたかったのにな。出てこないし、、、。どこ行っちゃったんだろ、、、。」
本棚にしまっていたはずの水玉のリボンは、掃除した昨日に見つかる事はなかった。
小さい頃のお気に入りだったピンクのリボン。捨てきれずに取っておいたはずだった。
「アーニャ、あなたとのお揃いだったのに。、、、あれ? あ、あぁ。そこに居たのねアーニャ。」
テーブルの端に置いてしまったせいだろうか、縫い包みは本棚とタンスの間の所に転がり落ちていた。
「あなたって意外とお転婆よね。どうしてそこまで転がって行っちゃったのかしら。」
拾い上げようと近づくと、縫い包みの手の先に懐かしいものが落ちている事に気が付いた。
「、、、リボン。」
小芝居も忘れてその埃まみれの髪飾りを縫い包みと共に拾い上げる。それは色褪せて少し黄ばんでいたが、確かに私の大切にしていた物だった。
そっと埃を払い、頭につける。
「久しぶりの、お揃い。」
知らずのうちに涙が溢れ、流れた雫が縫い包みの大きな黒いビーズに当たる。目元に塩水が溜まり縫い包みもまた、同じく涙ぐんでいるかのように見えた。
その縫い包みの首には同じデザインのリボンが誇らしく飾られていた。
第3話「お伽話は真になるか」(仮題)に続く。