母親ってのは理不尽なもんだ
俺はその日、幼稚園の帰りに母親と一緒にショッピングセンターに来ていた。
俺は、きらきら輝く宝石のような玩具に囲まれていた。目の届く限り玩具がずらりと並んだ棚が、この先にも延々と続いている。こんな夢のような場所に連れてきておいて、「選ぶのは一つだけよ」と来たもんだ。
機関車も欲しいし車も欲しい。パズルだって沢山ありすぎて選べるわけもないじゃないか。
一つ。二つじゃないんだ、たった一つ。これを選んだらあれはなし、あれを選んだらこれはなし……
それでも断腸の思いで青い機関車を棚に戻して、俺の好きなおもちゃのヒーローたちのパズルを手にした。勿論、母親の好きな●を三つ並べたマークの奴だ。これなら俺も楽しみだし、何度遊んでも母親も文句は言うまい。
この前は失敗したからな。虫の絵のパズルは母親が嫌いだから、一度完成したらすぐにしまい込まれてしまった。いや場所は知っているけど、勝手に出したらまた理不尽に怒られるだけだからな。
機関車は気になるけど、腹は括った。パズルを手に、人形を見ていた母親のもとへ行く。「決まったのね。それじゃ、レジのお姉さんにピッってしてもらおうね」。分かってるさ。バーコードっていうんだろ。今はまだ、このパズルはお店から持って出ちゃいけない。機械がバーコードを読んだら、よくなるんだ。
レジには行列ができていた。パズルを母親に渡すと「台のところで待ってるね」とさっさと行列から離れた。喧しいおこちゃまに混じって順番待つのなんてうんざりだからな。それに、サッカー台の方からなら例の機関車も見えるからな。
しばらくそうしていたら、カートを押してきた女の人が機関車を手に取った。
畜生、俺はあきらめたのに、あの人の息子はあの機関車で遊ぶんだ。
……でもそれも縁だ、仕方ないな。
そう思ったんだがなんかおかしい。その女の人は周りを見渡すと、にやりとした。きっと俺が見ているのは背が低いから気づかなかったのだろう。
そのまま機関車の箱をカートに乗せると、レジに並ばずに自動ドアから出ていこうとする。
「いけないんだー。ピッてしてないのにー」
我知らず叫んでいた。
丁度母親がピッを終えたところだった。母親は俺の声を聞きつけてパズルを抱えて駆けてくるとまずは俺を睨みつけた。
母親としては、俺が欲しがっていた機関車だから何か勘違いしたんだろう。
俺も睨み返すが、「あれ?」と言ったきり出口の方を見ているので俺も振り返った。
女の人は、駆け付けた制服の小父さんと言い合いをしている。どうやら怒られているようだ。当たり前だ、ルールは守るもんだ。
「そっか、あの人ピッてしてもらわなかったんだね」
やっと分かったか。ルールは守れっていつも言っているんだからすぐ分かれよ。
「あんたはそれを見てたんだね。ごめん、あんたが欲しがったのかと思った」
冗談じゃない、無下に他人のものなど欲しがるものか。
「よし、ドーナツ屋さん寄ってこう。あんたの好きなの選んでいいよ」
食い物で懐柔などされるものか。寧ろ自分が食べたい言い訳だろ。
母親ってのは理不尽なもんだ。
所謂「生活系」と呼ばれるまとめサイトの記事を読んで発作的に書きました。
幼児期の記憶は、意外に忘れてしまいがちです。事実関係だけは周囲からの後付けもあって覚えていたりしますが。一方、幼児期の記憶が強く残っていてその頃の感情につけられた名前に大きくなってから気付く。そんな経験もした人もいるのではないでしょうか。
幼児に感情の語彙があったら。そんな観点で書いてみました。
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